第25話次への旅立ち
サザンの街を出発する朝がやってきた。
寝言を言っていたアセナを起こして、荷物の最終準備をする。
宿をチェックアウトして、店主に別れを告げた。
一ヶ月にも満たない利用だったが、離れる時は愛着もわき寂しいものである。
その後は冒険者ギルドにも顔を出していく。
早朝ということで冒険者たちは少ない。
手続きは昨日の内にしていたので、受付嬢と軽く雑談していく。
「そういえば、ソータさん。ギルド長の話では。これほど早くにランクを上げたのは、六年ぶりでした。ちなみに六年前は、あの六英雄の方で、期間は……」
「一ヶ月間だろ?」
「えっ、なんで分かったのですか、ソータさん?」
「偶然だ」
唖然とする受付嬢をはぐらかせて、ギルドを出る。
そういえば六年前はこの街に一ヶ月間も、滞在していたな。
あの時は異世界に来たばかりで本当に大変だった。
手探りの状態で必死に、迷宮や生活に慣れようとしていた。
そうか前回よりも早いペースで進んでいるのか。
これは嬉しい情報であった。
再スタートでアドバンテージがあるとはいえ、オレは追い越しているのだ。
六英雄たちと旅していた時の、自分の背中を越したのだ。
「ん? ソータ、なんか嬉しそう」
「そうだな。超えるべきは自分自身だな」
「変なの。自分は超せないぞ」
アセナは不思議そうにしていた。
若い彼女がこの意味に気がつくのは、もっと先の話になるであろう。
いや……天賦(てんぶ)の才を持つアセナは、もしかしたら一気に突き進むのかもしれない。
自分の才能の壁に悩むことは無いかもしれない。
「そうだな、アセナ。だが剣に道は険しいぞ」
「その時は頼むぞ、師匠」
アセナは可愛い弟子であり、頼もしい仲間である。
彼女がいたからこそ、オレは思い出していた。冒険者としての初心と想いを。
「ああ、こちらこそ頼むぞ、アセナ」
「今日のソータは素直で変だ?」
「気にするな。さあ、いくぞ」
冒険者ギルドから、街外れの駅舎まで向かう。
駅舎と言っても、現代のような電車ではない。
荷物を載せる荷馬車と、人を乗せる馬車の定期便。
街以外の荒野には野良のモンスターが出現する。
朝市の場所の護衛をしながら、次の街に行くのである。
「次の街まで、転移門?」
「オレだけなら大丈夫だ。だが二人なら無理だ」
転移門は大陸の各地にある、空間移動の魔道具である。
管理している聖教会に金を払えば、誰でも利用できる。
だが条件として、一度行ったことがある場所でないといけない。
つまり前に行ったことがある、オレしか行けないのだ。
「それに金の節約になる」
「アセナ、節約好き。美味いものを食べるため、頑張る」
街への転移門の使用には、膨大な寄付をしないといけない。毎回使っていたら、金がすぐ無くなる。
だから今回は冒険者ギルドから、依頼をついでに受けていた。
荷馬車の護衛もして、依頼料も貰えるのだ。
日数は少しかかるが、一石二鳥ともいえよう。
「もちろん道中は徒歩で移動だ。その間は鍛錬もしていく」
「えー、移動中も? ソータの鬼、悪魔!」
「強くなりたいなら、こうした旅が一番だ」
移動しながらの鍛錬法はいくつもある。
体力や健脚を鍛えるトレーニング。
周囲の警戒や罠を見破る感覚磨き。
荒野での野営での警戒や、仮眠など磨かれる技術は多い。
「なるほど。アセナ、強くなりたい」
「そうだな。アセナなら大丈夫だ」
オレが徒歩での移動を選んだのは、他にも理由がある。
それはアセナに外の世界を見せたかったのだ。
深い樹海の中で暮らしていた彼女に、いろんな風景を感じて欲しかった。
そうした経験は人の生きる糧となる。
復讐を終えた後のアセナ。その次なる人生の道しるべとなるであろう。
◇
「さて、護衛する荷馬車はあれだな。ちょうどいいタイミングだな」
駅舎に着いた。そこで依頼人を見つける。
冒険者ギルドの依頼書を見せて確認をしてもらう。
荷馬車隊はそれほど大規模ではない。
これなら初めてのアセナでも何とかなるであろう。
「ソータさん!」
その時である。
遠くから駆けてくる者がいた。
息を切らしてやって来たのは黒髪の乙女である。
「カレン……」
「見送り、間に合いましたね」
見送りにきてくれたのはカレンであった。
大魔導士である彼女も、もうすぐ出発するという。それで最後に、もう一度だけ挨拶にきたのだ。
「ソータさん、お気をつけて」
「ああ。カレンもな」
彼女とは今さら細かい、別れの挨拶はいらない。
短く互いに言葉を交わし合う。
それだけで全てを共感できた。
「教導団のことで何か分かったら、オレからも連絡する。カレンも気を付けろ」
「はい。私も調査と研究を続けます」
教導団は危険な存在であった。
その目的は本拠地など、分からないことだらけである。
特にあの“六英雄殺し”の宝玉は恐ろしい魔道具。
だが六英雄を狙っていることは、あの闇司祭の言葉で確認できた。
本部でのカレン自身の護衛は、前よりも増員するという。
また他の六英雄にも彼女から、注意の連絡をしておく手はずである。
本来ならかつての仲間たちのことはオレも心配である。何とか守ってやりたい。
だが今の自分はまだ非力。
有事に際して今はレベルを上げて強くなるのは先決である。
それも六英雄を守る高みまで……そう、浮遊城を攻略できるほどの強さまで到達する。
カレンとの今後に話については、そんな感じでひと段落する。
「アセナちゃんも、気を付けてね」
「カレンも頑張れ」
次にカレンはアセナの前に進む。
二人の少女はぎゅっと抱きしめ合って、別れを惜しむ。
こうして見ると仲のいい姉妹のようである。
過ごした期間は短い。
だが何ともいえない強い絆で結ばれている。
その光景は微笑ましくある。
「ん? カレン、一昨日と臭いが違う。何か変化があったのか?」
銀狼族であるアセナの嗅覚は鋭い。
一晩経ったカレンの身体から、何かを感じたのであろう。
「えっ……えっ……そうかしら?」
当人は顔を真っ赤にして誤魔化している。
一方でオレは目を合わせないようにする。
こういった話を、皆のいる前でするのは非常に恥ずかしい。
「そうね……アセナちゃんも、その内に分かるかも。ソータさんと一緒に旅をしていたらね……」
赤面していたカレンは、笑顔で説明する。
この辺りの切り替えは、オレと違い立派である。女性の方が精神的にも大人なのであろう。
「ソータは私の師匠だぞ?」
「そうね、“今は”ね。だから私たちもライバル同士になるかもね」
「強いカレンのことは好き。だが私も強くなる。ライバルは大歓迎だ」
両者は認め合っていた。
アセナは大魔導士であるカレンの強さを尊敬している。
一方でカレンもアセナの純粋なまでの一本さに憧れていた。
こんな二人だからこそ、今後も上手くいくのであろう。
「あんたたち、出発するぞ」
「ああ。今いく」
荷馬車隊の雇い主から声がかかる。
荷馬車隊が出発の時間となった。
サザンの街との。そしてカレンと別れの時間がやってきたのだ。
「では、ソータさん……また……」
「何かあったらすぐに連絡しろ。飛んでいく」
「はい、すぐに連絡します」
カレンとの最後の挨拶を交わす。
護衛する荷馬車と共に、オレたちも歩き始める。
カレンは駅舎から見送ってくる。
荷馬車隊はサザンの城門を出て、彼女のやがて見えなくなる。
「さあ、次の街はどんなところだ?」
アセナは荷馬車と並走しながら、旅を楽しんでいた。
だが周囲の警戒を怠っていない。
こういったところは五感の優れた銀狼族は頼もしい。
「次の街はサザンとは違う雰囲気だ。だが飯は美味いぞ」
「そうか。それは楽しみ!」
アセナはスキップをしながら、荷馬車の周りを駆け回る。
銀髪の絶世の美少女だが、こういったところはまだ子どもっぽい。
そんな光景に、荷馬車の雇い主たちも思わず微笑む。
「そうだな、楽しみだな……この道を行くには」
オレも思わず感慨にふける。
この道を歩くのは六年ぶりである。
前はカレンを含む六英雄の仲間たちを一緒だった。
今回はアセナと二人きりで。
しかもオレはレベルをリセットした中年冒険者。前回との戦力差は歴然としていた。
だがオレに不思議と迷いや怖さは無かった。
なぜなら今回は表舞台を歩いていた。
この胸にあるのは、挑戦に燃える熱い心。眩しいばかりの希望の道であった。
「さて、頑張るとするか」
自分に言い聞かせて。
こうしてオレたちは次なるステージへと向かうのであった。
不遇だった影職の青年、〈レベルリセット〉で第二の人生は最適で最強へと至る ハーーナ殿下@コミカライズ連載中 @haanadenka
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