第24話変わらぬ思いの夜
サザンの街を離れる最後の夜がやってきた。
夕方までに全ての用事を済ませておく。
オレは約束通りに、カレンと夕食をとることにした。
「料理、お待たせしました、ソータさん!」
夕食はカレンの宿の一室で、食べることになった。
なぜなら彼女は六英雄の一人である大魔導士。街のレストランで食べていたら、他の客に大騒ぎになるからだ。
魔法で彼女の顔を変えて、お忍びでレストランに行く案も考えた。
だが、せっかくの仲間同士の夕食ということで、カレンが部屋飯を提案してくれたのだ。
「これを一人で作ったのか、カレン?」
「はい、頑張って仕込みました!」
部屋のテーブルに料理が出されいく。
カレンの泊まる宿はサザンでも最上級であった。貴族が泊まることも出来る特別部屋。
そのために簡単な調理場も備わっていた。今回は彼女がわざわざ、この手料理を用意してくれたのだ。
「ちなみに護衛の者は、この部屋に入ってこられません。今宵はゆっくり食べましょう、ソータさん」
食事以外でもカレンは色々と準備してくれていた。
結界と幻影魔法を駆使して、この部屋は別空間となっているのだ。
外部の来訪者が来た場合は、自動的にカレンの幻影が対応すると。
またオレが部屋に来たことも、誰にも気がつかれていないという。大魔導士の全力を尽くした、静か夕食の時間なのだ。
「そういえば、カレンは料理なんて、出来たか?」
六年前のことを思い返す。
七人で冒険していたときは、外での野営もしていた。
そんな時は交代で食事の準備もしていた。
魔法で焼き過ぎて真っ黒焦げにした、彼女の料理を思い出す。
「止めてください、その黒歴史を! わ、私もこの五年間で成長したんだから……」
カレンの恥ずかしそうに料理を並べていく。
たしかに彼女は成長していた。出された料理は、どれも見事な出来ばえである。
「ああ、じゃあ、有り難く頂戴するか」
「あっ、待ってください。お酒もあります」
「そうか、カレンも酒を飲める年になったのか」
当時、彼女は十六歳の未成年であった。
この世界は十四歳で成人となり、酒は飲める。
だが年寄り臭いオレは、六英雄たちに二十歳まで酒を認めなかった。
一応は公の場ではという条件で。
オレに隠れて飲んでいた奴もいたのは、見て見ないふりとしていた。
「たくさんは飲めないけど、ソータさんと一緒に飲むのを夢見て、練習しました」
「そうか。では乾杯だな。勝利と……かつての仲間との再会に……」
「はい……乾杯……」
乾杯をしてから、カレンと夕食をとる。
彼女の作ってくれた料理は、シンプルだがしっかりと作られていた。
お互いの五年間のことを話しながら、酒と料理を楽しむ。
「そうですか……ソータさんも苦労していたのですね」
カレンに自分のことを語っていく。
この五年間、オレは冒険者として大陸各地を転々としていたことを。
色んな冒険者とパーティーも組んでいた。
厄介な事件に巻き込まれたこともあった。
だが身分を隠して活動を続けていたことを話す。
「自業自得だ。苦労したカレンに比べたら、たいしたことはない」
カレンたち六英雄は表舞台に立っていた。
聞こえがいいが慈善事業がほとんどだ。
魔王軍との戦いで、荒れ果てた国の復興作業。
モンスターの残党狩りと研究。
王国の公の行事に参加と、休む暇もなかったという。
「でも楽しいかったです。私はこの世界のことが好きなので……」
六英雄の中でカレンが一番の頑張り屋さんかしれない。
正義感に溢れていつも頑張っていた。
そんな彼女との会話は本当に心が温かくなる。
「そういえば、ソータさんに見せたい物があるんです」
「見せたい物?」
「はい。絶対に驚きます!」
そう宣言しながら、カレンは鞄から一枚の紙を取り出す。
大きさはハガキくらいの長方形の紙である。
「これは……そんな、まさか……写真か?」
カレンが取り出したのは、一枚の写真であった。
信じられないことに、六年前のオレと六英雄が写っている写真。七人で一緒に旅していた時の様子である。
だがこの世界に写真など存在しない。
スマホやデジカメなどの機器も、異世界転移の時に消失していたはずだ。
では、どうやって写真を現像できたのであろうか?
「いや、違う……魔法で転写した絵か?」
「はい、ご名答です。さすがはソータさんですね。頑張って私が発明しました」
驚いたことにこの写真は、カレンの秘密の発明品であった。
原理としては、彼女の頭の中の記憶を映像化する。
それを特殊な紙に転写して、固定化したという。
話だけ聞いていれば簡単だが、実用化までに二年の歳月を要したという。
この世界でも最高位である大魔導士カレンが、全力で注いだ結晶である。
「驚きました?」
「ああ……びっくりした。この五年間で一番驚いた」
まさか中世風な技術しかない異世界で、写真を発明するとは思ってもいなかった。
産業革命を一気に飛び越したレベルである。
実際には写真ではなく記憶の転写機か。それでも凄い。
今のところカレンの記憶しか、写真化できないという。それならこの世界の文明にも、悪影響は及ぼさないであろう。
「それにあと何枚かあるんです、ソータさん」
「これは七人の集合写真か……懐かしいな……」
次に取り出したのは、他の仲間たちとの思い出の写真である。
七人で食事を食べている写真。
貿易都市で買い物をしている写真。
湖に全員で飛び込んでいる写真。
全てはカレンの記憶であるが、オレも覚えている。
当時はオレも元気で若かった。夢と希望にあふれていた。
本当に懐かしい思い出ある。
「オレは憧れていた……カレンたちに……カレンたち六英雄が羨ましくて、仕方がなかった……」
写真を見ていて、思わず言葉が漏れてしまう。
ずっと隠していた自分の本音が出てしまう。
酔ったからではない。
カレンといたことによって、時間が動き出したのだ。
これまで年長者として言えなかった、強がりが出てしまったのだ。
「そうですか……」
「ああ、カレン……オレは後悔した事もあった。あの女神を恨んだこともあった……なんでオレだけに、英雄職を与えてくれなかったのか……」
カレンは黙って聞いてくれた。
オレの隠していた心の闇を、静かに受け止めてくれた。
「オレは天に問いかけた……なんでオレを巻き込んで召喚したんかと……」
最初、オレは異世界に来たことをむしろ喜んでいた。
ファンタジーな世界に希望を夢見ていた。
だが現実は残酷であった。物語のように楽しいことばかりではなかった。
これは表にだすことは決してしなかった。
なぜならオレは年長者。未成年が多かったパーティーの、精神的な柱となりたかった。
「ソータさんにはいつも助けてもらいました。いっぱい支えてもらいました。皆も感謝してました」
オレの独白を聞きながら、カレンは静かに答えてくれた。
当時の他のみんなのことを、教えてくれた。
無理をしていたソータのために、自分たちも成長しようと話し合いをしていたことを。
大切な仲間であるソータと一緒に、絶対に魔王を倒そうと誓い合っていたのだと。
「そんな、カレン……そんなことがあったのか……」
カレンの話は初めて聞く内容だった。
当時のオレも余裕がなかったのかもしれない。
六英雄に追いつくために、無理をしすぎていたのかもしれない。
守ろうとした仲間たちにも、心配をかけていたのであろう。
「ソータさんは変わらずに、頼りになって、たくましくて、素敵です」
「もう35才だ。おっさんだぞ」
「でも、ソータさんは、また一からスタートしています。自分の想いを信じて挑戦しています」
オレがレベルリセットしたことは、カレンには全部話していた。
龍王山脈の祠で起きたことを。
英雄職を会得したこと。
新しい仲間を探して、これから浮遊城を目指すことも伝えていた。
「私も本部での任期が、落ち着いたら、またいつか一緒に旅したいです……ソータさんと一緒に……」
大魔導士であるカレンは忙しい身である。
任期満了まであと一年は、本部に滞在しないといけない。
「ああ。そうだな。いつでも待っているぞ」
カレンほどの腕利きなら、いつもで大歓迎である。
初心に返って、また一緒に旅をするのは楽しいであろう。
「そういえば、ソータさん……この写真のことを覚えていますか?」
最後に出した写真には、オレとカレンが二人で写っていた。
背後には美しい泉ある。
「ああ、これは……」
「はい。五年前に、私がソータさんに告白した場所です……」
最終決戦を前に、オレは彼女に告白されていた。
魔王との戦いで命を失うかもしれない。
だから彼女に想いを、ぶつけられていたのだ。当時のオレはうやむやに断っていた。
彼女が未成年者十六歳という理由で。
「あの頃の思いは変わりません……この五年間、ずっと想いを大事に守ってきました。そして私はもう二十二歳になりました……」
その言葉の表情に、思わずドキりとする。
カレンの見せた大人の表情に心臓音が早まる。
五年前から止まって時計の針が一気に動き出す。
今度はうやむやにしてはいけない。男として返事を出さなければいけない。
「カレンの気持ちは嬉しい。だがオレは明日から、浮遊城を目指す。離れ離れになる……だから……」
「私のことは……嫌いですか……?」
「そんな訳はない」
はっきり言ってカレンのことは、女性として見ている。
ここだけの話、五年前時も本当に嬉しかった。
彼女から想いを告白されて嬉しかったのだ。
「無理強いも、束縛もしません。だから思い出を下さい……ソータさんに次に会うまで、一年間……頑張れます……」
カレンは静かに目を閉じる。
オレの答えを待っていたのだ。
それは言葉ではない。
男としての行動である。
こんな時は女性に恥をかかせてはいけない。
オレは年長者や仲間でも何でもない。
一人の男として、彼女の想いに本気でぶつからないといけない。
「カレン……」
「ソータさん……」
彼女と唇を重ねる。
脳味噌が真っ白になり、電撃のような刺激が全身を駆け巡る。
そのままベッドに倒れ込む。
部屋の明かりが静かに消えていく。自動照明の魔法であろう。
大魔導士カレンの結界魔法で、この部屋は誰にも邪魔されない。
今宵だけの二人だけの世界となる。
「ソータさん……」
「カレン……」
もう一度、互いの名を呼び合う。
これから先は言葉はいらなかった。
二人の男女として時間を過ごすのであった。
◇
次の日の朝となる。
寝ていたカレンを起こさないように、オレは宿に戻る。
途中で水浴びをしていく。
アセナはいびきをかいて、まだ寝ていた。
食べ物の名前を寝言でいっていた。
戦いの時は頼もしいが、こういったところはまだ子どもである。
「さて、サザンの街とも今日でお別れか……」
こうして最初の街。サザンを離れる日がやってきたである。
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