-5-

 夏休みに、友達と飯を食う。

 それだけのことが、俺には幸せだった。

「本当に友達いなかったんですね……」

「香奈城くらいだぜ、付き合ってくれたの」

「浦島も悪いんだよ。喧嘩早い性格だし」

「そんなこと……あったかもしれんけどな」

 今日のメンバーは俺、香奈城、相原、一ノ瀬と根津。

 男二人が、女子三人と向かいあって座る形だ。俺と対面に座るのは相原だけど、彼女は俺を真っ直ぐには見てくれない。なぜかずっと、俺からそっぽを向いている。彼女の隣に座った一ノ瀬は楽しそうで、俺の隣に座る香奈城は何か吹っ切れたような顔をしている。

 根津は、呆れたように肩をすくめていた。

「浦島君。そんなに見つめたら、相原さんも恥ずかしいんですよ」

「なるほど」

「みーこちゃん! はじめ君はバカだから真に受けちゃうじゃん!」

 バカは余計じゃね?

 真に受けたのは本当で、なんだ違うのかと気落ちした。

「いやぁ、うん。他人の恋路ほど面白いものはないねぇ」

「美鶴ちゃんも……いや、これはそういうのじゃないから」

「まったく、浦島も相原さんも難儀な性格だね……」

 あれやこれやとジンジャーエールを飲み干して一息吐く。香奈城は指でストローの袋をいじっていた。潰したストローの袋に一滴の水を落とすと、芋虫のようにうぞうぞと動く。案外と可愛い手慰みだ。

「それで、どうして僕らまでデートに参加しているの?」

 一番の親友に尋ねられて、特に迷うでもなく答える。

「俺達に恋は難しい。だから、親友達に頼ろうと思って」

「えっ、私も親友枠ですか?」

「根津は嫌だったか? 俺はお前のことも好きだけど」

「友人としてですよね? 一ノ瀬君の前で変なこと言わないでください」

「いやそこ、相原さんの前で、っていうとこだよね?」

 にこやかに談笑を始める女子二人、その空気に感化されるかと期待してみたが、相原は相変わらずそっぽを向いている。でもチラリと視線を投げてくることもあって、それだけで俺は嬉しくなる。

 真横に座る親友殿は、少し寂し気な顔をしていた。

「浦島って、ホントにズルい奴だね」

「今更か?」

「……ううん。そういうところも含めて、好きだよ」

「ありがとな、親友殿」

 喋っているうちに、注文した昼飯が運ばれてきた。六人掛けの広い席だが、俺が二人分の飯を頼んでいることもあってかテーブルが一気に賑わしくなる。繋ぎにと頼んだポテトフライもほとんど空になっていて、若さとは偉大だと一人で得心する。

 ホンヤの女神のおかげで、俺の人生は随分と楽しくなった。

 家庭の事情は様々で、個人も複雑な内面を抱えている。

 だけど、それはそれ。

 楽しく過ごせる場所や相手を見つけられたなら、それだけで人生は幸せだ。

「なぁ、相原」

「どうしたの、はじめ君」

「俺、お前に出会えてよかったよ」

「……ありがと」

 はにかんだ彼女をみて、胸の内が温かくなる。

 誤魔化して嘘を吐くことも出来たけど、それはやめた。

 俺は、浦島はじめは、相原小紅に恋をしてしまったのだから。


 俺は宇宙人だった。

 地球人は忙しい。遊んで、食べて、学校へ行って――。

 自分のことで手一杯なのに、誰かと恋をせずにはいられない。

 俺みたいな"宇宙人"は、指を咥えて眺めるしかない。

 だからせめて、誰かの恋を応援することにしたいと思っていた。


 気付けば友達に囲まれて、誰もが宇宙人だと気付いて、自分の恋を応援して欲しいと願っている。叶わない恋もあるだろう。人との違いに悩むことも、その違いこそを愛してしまうことも。だけど、俺は自分がやれることを精一杯にやればいい。それが、ホンヤの女神と出会えた、俺の幸運だと思うから。


「小紅、好きだよ」

「……んべっ」

 小紅が可愛く舌を突き出して、精いっぱいの抵抗を試みてくる。朱色に染まった彼女の頬に返事を知って、俺はようやく、彼女の本心に触れることが出来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホンヤの女神サマっ! 倉石ティア @KamQ

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ