第捨捌話 夢の浮橋

 ひとぉつ ふたぁつ


 みぃっつ よぉっつ


 いつぅつ むぅっつ


「どうした? なぜいつものやうに塔を壊さぬのじゃ?」

「ンあァ? うるせぇなぁ、最後にぶっ壊すのがオツってもんだろがぃ」

「……そうか」


 ななぁつ


「そなた、今日はやけにおとなしいな」

「ンなことねぇよ、気持ち悪いぞおめぇ」

「むぅ……」


 やぁっつ


「のう、いつもすまぬな」

「何がだ?」

「わたしがおるから、そなたの仕事がはかどらぬのであろう」

「ンなの関係ねぇだろが、おめぇはとっとと……」

「ん?」

「あ、いや、なんでもねぇ」

「ほんにどうしたのじゃ」


 ここのぉつ


「ほれ、もうここのつじゃ、崩さぬか」

「うるっせぇな」

「今日は何をする? かざぐるまも笹舟も、気づけばたんと、子らが喜ぶほどに作ってしもうた」

「あー、今日か、今日はそうだなぁ」

「そなた……今日はほんに落ち着かぬのう」

「おめぇ、手を動かせってンでぃ。このクソ餓鬼が」

「むぅ……? ほんに、奇妙な日よのう」


 と——。


「おい、なンで手ェ止めんだよ阿呆んだらぁ」

「そなた……そろそろ名を教えてくれても良いのではないか?」

「ンあァ? 鬼は名をぜってぇ告げねーんだよ」

「なぜじゃ。わたしはそなたの名が知りたい」

「知ったところでよぅ……すぐに」

「……ん?」

「嗚呼もうめんどくせぇな、疾く手を動かせってンでぃ」

「いやじゃ」

「はぁ?」

「そなたの名を聞くまで、絶対にいやじゃ」

「このクソ餓鬼、てんめぇ、俺っちがせっかく……」

「わたしは友を、決して呪わぬ」

「はぁっ?」

「わたしの名にかけて誓おうぞ、してそなたの名はなんじゃ?」

「……教えたら、手を動かすんだぜ?」

「……」

「ばっかやろう、俺っちを誰だと思ってやがる。石を積み終わる其の最後のきわに、希望をひょいとかっさらう。これぞ地獄の鬼ってもんだろがい」

「わたしは約束を決して破らぬぞ」

「おう、わかった。じゃあせーのでいくぜぇ」


 とぉ——。


「そなた……」

「ばっかだなぁ、おめぇは莫迦だ、大莫迦だ。だから百年ちょいと、こんなところにいるんでい」

「や、約束したではないか!」

「あ、嗚呼チクショウ、泣くんじゃねーよこら。ほぅら、お迎えの光がやってきたぜ」

「いやじゃ」

「ンあァ?」

「そなたが名を教えてくれぬなら、わたしはお地蔵さまに噛み付いてでも往かぬぞ……」


(そんな悠長なこと、云ってる場合じゃねーンだけどよぅ)


「躑躅……」

「つつじ?」

「そ、嗚呼もう、これで満足かぁ?」

「つつじ! そうかそなたの美しい紫色はつつじの花の色か!」


 鬼は、生まれて初めて泪を流しました。

 身体の感覚が、どんどん失われてゆきます。

 けれど、彼はちっとも哀しくなんてないのです。


「つつじ? つつじどうした? 今度はの、わたしと共に、そなたの名をした花を見にゆこう。な? 約束じゃ……約束、してたもれ」


 小童がみるみる其の紅い瞳に泪をいっぱいにためております。

 どうしてでしょうか。ハッと気配に振り返れば、地蔵菩薩が見たこともないほどに憤怒の形相で立ちすくんでおったのです。


 鬼は——最後の力を振り絞り。

 泣く小童を抱えあげました。鬼も、せいいっぱい笑いながら、それでも泪は止まりませんでした。


「ほぉら、泣くな、泣くなやい。俺っちは笑ってンぞ。おめぇが泣いたら意味ねーだろぉ」


 少し前に覚えた子守唄、それを囁けば白い小童はやがてすぅすぅと寝息を立てはじめます。

 ぎゅうと抱きしめ、鬼は後ろを振り返りました。

 


「……てめぇ、餓鬼になんておっかねーもん見せてんだよ」

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