第弐拾参話 玉藻ノ前ノ草子

 寛和元年、七月——。

 その日、ひとつの命が此の世に産声を上げたそうにございやす。


 泣く赤子のあまりの白さと、頭髪の白さ、更には生後一日にして眼を開けたその様子は、まさに人ならざる化生けしょうの者。然もその赤子の眼は、血のやうな真紅ときた。


 いやはや、そらぁまぁ。生まれ落ちた仔を、即座に実の祖父・為光は斬り捨てようとしたそうにございやす。産みの母は、既に息も絶え絶え、正気も保ってやおりやせん。どうせこの赤子を生かしたとて、帝の血を引いてないとあらば己れの出世にはなんの得もなし。否、寧ろ……ええ、寧ろ此奴こやつを身ごもってしまった娘を、帝が手放さなかったとは狂気の沙汰だとも。

 気の触れた女御をそれでも労わり、慈しむ花山天皇の様子は。そののちの世には奇行だとも異常な執着だとも云われておりやすが。その引き裂かれ弱りきった心すらも、彼にとっては愛しい忯子ししそのものだったのかもしれませぬ。


 為光の刃が今まさに赤子に届かんとした其の刻——。

 ぱさり、と部屋の隅から一枚の式鬼が躍り出て、その太刀を受け止めたそうにございやす。


「ちょいとお待ちを為光殿。この赤子、殺してはなりませぬよ」

「な……まさかその御声に力、晴明殿か? し、しかしっ!」

「帝には護符を渡し、片時も目を離さぬように伝えておりましたが。嗚呼、連れ帰ってしまわれたのですねぇ……」

「儂の判断が間違っておったと申すのか?」


 否。然し此処はどうかその太刀をお納めくださいませぬでしょうか。有無を云わせぬその口調に、為光はごくりと喉を鳴らし、太刀を引きやした。


「今となってはどちらが正しかったのか、考えたとて詮無きことです。生まれきた御仔は……残念ながら、うん、ご存知でしょうが帝の仔ではありませぬ。いやはや然し、某の占いではこの赤子を殺しては凶兆、何某なにがしかの不幸がこの先降って湧くかのやうに訪れることにござりましょう。うんうん、それに関してはしかと面倒を見るべきかとも」

「きょ、凶兆だと。既にこの有様がまさに其れそのものだと云ふに、まだ何か起こると申すのか」

「おや、随分と控えめの表現を選ばせていただいたのですけども。早い話が、是ほどの力を受け継ぎし赤子、育て方を誤れば一族全てを喰ひ殺す鬼と化し、殺してしまわば末代までの祟りとなりましょうぞ」

「な、なんと悍ましい……」


 為光の言葉を受け、式鬼はくるりとその小さな形代の身を翻す。


「世話には、某の縁の者を一名お付けいたします。決して無下にはなさらぬように……お約束いただけるのでしたら、此の赤子の鬼の牙は某が封じましょうぞ」


 かくして、京の都より少し離れし高台にある別邸。其処に造られた座敷牢にて、赤子はその生涯を過ごすことになったのでございやす。


 晴明の遠縁の者と名乗りし女性は、それより直ぐに現れたそうな。ええ、そらァ乳飲み子と云えど、人ならざる血の混じった赤子の世話なぞ、誰ぞ気味悪がってしようとしやせん。

 彼女は愛おしそうにその赤子を抱き上げ、大切に育てたそうな。

 然し、必要以上の都の知識は与えてはならぬと、赤子が乳離れし物心つく頃には完全に座敷牢の外からのみの交流となってしまったそうにございやす。

 ひそひそ、と。仔にあやかしの力の無いことを知る者からの心無い声も、屋敷の中では聴こえやす。然し乍ら、ひとつ懐かしき声が、いつも語りかけてきておったんでさァ。


「ぼうや。怒りを以ってして、事に当たるをするべからず。悲しみに、その身を任す事なかれ……ですよ」


 やがて小童は感情を抑え、外の者に声をかけぬやう日々粛々と過ごすことを身につけたのでございやす。月夜にそっと語りかけるひととき、静かに返す声や琴の音が小童の愉しみにございやした。

 顔は見えねど、きっとひとりくらいは、己のことをなんとも思わずしてこの屋敷に居てくれるのであろうと。それは、狭き小童の世界の中での小さな光にございやした。

 そう、いつか。いつかは恋しい母が迎えに来てくれる、その日を待ちわびながら——。




***




 その昔、下野国しもつけのくに那須野なすのと云ふところ、その歳六百とも八百とも経ておると噂の狐が棲んでいたそうにございやす。その尾は九つに分かれ白面金毛はくめんきんもうであったと伝えられておりやした。

 元は大陸より、何世紀かに一度現れては、王朝を揺るがす傾国の美女として名を馳せたものらしく。人を憑代よりしろとせねば、存分に力を発せぬ身ゆえ、日本諸国を巡り刻には蛇や鳥の類いに姿を変え、小さな悪の種を撒きつつ好機を窺っておったそうな。


 目下のところ、狐の悩みは憑代が見つからぬことと、京にてあやかしに対し絶大な脅威となっておった安倍晴明及び源頼光とその配下の武将たちでござんした。

 鈴鹿の山の大獄丸とはどうもそりが合わぬゆえ敬遠しておった。然し北野の土蜘蛛、那智山の大天狗、百鬼夜行の阻止と。ええ、名のあるあやかしどもが是れほど討ち取られておるとあらば、用心に越したことはない。

 ならば、と。狐は大江の山に巣喰う鬼の一派に、そっと天狗の配下に扮して様々なことを吹き込んだんでさァ。


「京におわす親王は、内劣りの外めでたとは申しますが。彼の者の発想は常人の域を超えておりまする。きっと、帝となれば我らのやうな人ならざるものの脅威となりましょう」


 そう云ふなり美しい天女のやうな様相に化け、狐は酒呑童子及びその配下の者どもを蠱惑し、いよいよ鬼どもの暴挙は山の周辺のみならず、京の都に及んだそうにございやす。

 ただひとり、狐の妖術に惑わされぬ鬼もおりやした。


「お前、天女も天狗もかりそめの姿だろ? おれの目だけは誤魔化せねーよ」

「おや、おまえさまは鬼の中でも一番に見目が良いとは思ったんだけどねぇ……だけど、其の内に秘めた叛逆ほんぎゃくの本心、曝け出されとうなかったら、お利口さんしとくことやわねぇ」

「知らねーよ、おれは山にいるのがいっとう好きなんだ。みやこも享楽も、別段好みじゃねーから乗らねーってだけだよ女狐め」


 京から家畜やヒトを攫っては、遊び、喰い、好き放題していく其の様を。然し、其の副大将は冷めた目で眺めては。云うことを聞かねば父に嬲られ、受け入れるしかないさだめの如くただただ傍観しておったそうにございやす。

 命乞いするおなごの悲鳴は耳に刺されども、同時に己れの尊厳が傷つけられる刻ではないことも告げておるのです。

 もう殺してくれ、と呟くヒトの命を幾度奪ったか。喰いかすのやうに放置された其の者共の命を奪うたび、「茨木は徹底して容赦のない奴め」と仲間は恐れ、矢張り鬼の副大将たる者だ、と一目置いていたそうな。


 はて。いよいよ鬼の一派の手が帝の最も愛する女御へと伸び、狐はその生気の失くなった女を宮廷の端に打ち棄てるやうに進言しやした。曰く「この女の有り様、末路を見れば。あの帝も退きましょう」とのこと。

 云わるるがまま、女を返せば。ええ、あとはご存知の通り、女御の死後一年を以って花山天皇は退位をいたしやす。


 其処からが実は狐の本分にございやした。

 時代は一条天皇の御世に移り変わり、朝廷内の権力争い、呪詛返しに奔走されていた晴明も、再び力をつけた武士たちとともに京の警護をかためやす。

 この刻、宮中には藤原道長あり。まさに藤原一族の全盛期といった時代にございやす。狐は鬼たちに暴挙を奮わせ、何度も宮中へ忍び込もうと画策しておりやしたが、晴明・葛の葉の母子の術によりなかなかそれができやせんで。


 ずる賢い狐は、ふと葛の葉に目をつけたのでございやす。

 見れば何故か神通力も然程さほどなきやうにも視えるその狐が、大切にしている白き仔の存在を。

 いやいやなんと、狐は己れの星の巡りにうち震えたそうな。そらァそうでしょう、なんの意趣返しとばかりに宮中の端へと打ち棄てたあの女の産んだ子供にございやす。

 葛の葉を亡きものにし、鬼の血を受け継ぐ仔を喰らわば。此度もこの国は妾の天下となろうぞと。


 刻は長徳元年。其の夜、大江の山での鬼退治がおこなわれておった、まさに刻同じくして——。


 狐はもう大江山には用もなしと、其処にはおりやせん。

 京のすぐお隣、近江国あうみのくにの水海に、人に化けては毒を流し込んだのでございやす。

 さぁ是れに激怒したは水海に棲まう龍神でさァ。龍神はたちどころに嵐を呼び寄せ、水底に棲まう大蛇を揺り起こすと、毒を孕んだ水を全て京の方へと大波として返したそうな。


 地鳴りと、迫り来る水の壁に、京より高台にあった為光の別邸は大混乱となりやした。もちろん、警護の者も侍女も、皆々が這う這うのていで波から逃げようと大騒ぎでさァ。

 この混乱の中、ヒトの波とは逆方向へ。座敷牢へと駆けたるは葛の葉にございやした。


「ぼうや、ここは危ない、逃げましょう」


 口をきくな、と散々に屋敷で云われておった小童は惑い、然し口には出さずとも頷きやした。

 牢の鍵を開け其の手を取ると、葛の葉も波から如何にか逃れやうと急ぎ走りやす。

 なんと準備の良きことか。狐はねぇ、屋敷に施されておった晴明の結界が綻ぶやう、その数日前に警護の者を術にかけて札を数枚ほど剥がしておったのでさァ。

 あゝ、此処に晴明がおったならば、どれほどに心強かったことでしょう。然し、今この仔には私しかおりませぬ、何をしてでも護り通さねば……。

 葛の葉は心に誓い、そっと角を曲がった刻には本性の狐の姿を現しておりやした。もはやヒトの身に化ける力すら惜しかったのでございやしょう。はっと小童は今しがた居った侍女がおらぬことに一度足を止めやしたが、すぅと己と行き先を交互に見つめるかのやうな所作をする眼前の白狐を見るや、彼女についていくことにしたのでございやす。


 人々は逃げ惑い、然し乍ら京にはまだこの混乱も伝わってはおりませぬ。頼みの晴明も、祈祷中の時間にございやした。


「だ、だめじゃ!」


 不意に小童がそう叫び足を止めやす。

 何をしているのです、行かねば波に飲まれるのですよ。葛の葉は必死に其の小さき身体を更に高台へと押しやろうとします。


「母上が、母上がまだ何処ぞにおるかもしれぬのじゃ」


 小童は必死の形相で叫びやした。

 無論、葛の葉は彼の本当の母が此の世にはもう亡き者だと云ふことも、十分に存じておりやした。然し小童は其れを知りませぬ。すぐに身を翻すと、逃げ遅れた人々の方へと必死に走ってゆくのです。葛の葉もすぐに追いやしたが、刻既に遅し。

 嗚呼、なんと云ふことでしょうか、「ばけものだ!」誰かの叫び声が、そう群衆の中に響いたんでさァ。そう、髪の白く、目の真っ紅な子供が何事かと叫び走り来る様子に、人々は更に混乱を極め、叫び狂いながら恐れ散らばってゆくのです。


「そんな……」


 呆然と立ち尽くす小童の傍に、白狐のままの葛の葉は寄り添いやした。

 もう波はあと数秒ののちには此の場所へ——其の刻でございやす。


「来るなっ! 元在った場所へ帰れ」


 小童は、大波と云ふものが何なのか、座敷牢暮らしゆえに存じやせん。湯殿に浸かることすら許されぬ身、水に沈めば息をすることがかなわぬことも知らなかったのでございやす。

 故に——此の刻小童の中に、水に対する畏怖の念はございやせんで。


 すると如何どうでしょうか。


 波が、ぴたりと。其の場所に固まったかのやうにその動きを止めたのでございやす。


 見れば、小童はその額に玉のような大粒の汗をかき、歯を食いしばっておりやす。葛の葉は、しまったと小童の足元を支えやした。そう「怒りを以ってして、事に当たるをするべからず」其れは、小童が感情に呑まれて鬼の本性を出さぬやうにする為に、自身がよくよく云い聞かせておった言葉にございやす。

 だめ、ぼうや、此処で鬼へと成ってしまってはだめです。きっと生き残ったとて、辛い目に遭ってしまうでしょう。


 真紅の目の両端にはびきびきとはしるやうな血管の筋が浮き、封印されていた小さな牙が伸び始めておりやす。

 だめです、ぼうや、いいからお逃げなさい。葛の葉は必死に小童の気を高台の方へ向かうやうにと身体をぐいと引っ張りました。然し——。


「そなたは、お逃げ」


 口の端から血の筋を垂らしながら、そう白狐に向かい微笑むのは小童でした。

 嗚呼、なんと。葛の葉の教えは、小童の中に残っておったのです。禍々しい氣をを発しようとも、気遣う心はその中にしかと残っておりやした。


『いいえ、貴方を置いて私が逃げるなぞ、あり得ましょうか』


 波の力は強く、小童は膝から崩れやす。精一杯押し戻そうとするも、徐々に波は近付いて来るばかり。小童を支え、其の神通力を波へと使っておった白狐にも、彼の皮膚から弾けるやうに出た真っ赤な血がかかりやした。

 其の身に流るる鬼の血に、ヒトの身である小さな身体が悲鳴をあげておったんでさァ。


「ほら、わたしはどうにももう立てぬ。そなた、名も知らぬ狐じゃが、はようおいき……?」


 薄れゆく意識の中、小童はそう云っては何度も必死に葛の葉を追いやろうとしやすが、彼女は決してその傍を離れませんでした。

 もう辺りに人はおりませぬ。皆々は怯えながらも、小童が必死に波を押しとどめておる間に山の上へと逃げのびておったんでさァ。


「邪魔な白狐めが……」


 ひゅう、と風を裂くやうな。嫌に高い音が辺りに響きやした。


「あ……ぶないっ」

『ぼうやっ』


 白狐を咄嗟にかばった小童の手にはずぶりと一本の矢が。

 そのままくらりと小さな身体が倒れゆくと同時に、随分と減ってはおったものの……ざぶんとひと波、残った水が其の地を洗い流して去ってしまいやした。

 後に残るは、何もなし。水も、水海へと引き戻ることなく其処で全てが消えてしまったそうな。


 はて、突然現れた矢は何処ぞから、と思いなさったことでしょう。ええ、そうでさァ。葛の葉を消さんとあの狐めが射たものにございやした。

 狐は丘の上から水の去った跡を眺め、悔しげに其の顔を歪めておったそうにございやす。


「ふぅん、でもいいさ。あれだけ弱っておれば、白狐もやがて死んでしまいましょうし」


 そう踵を返し、何処ぞへと消えてしまったそうにございやす。


 此の狐こそ、のちにみくずと云ふ憑代を見つけ、宮中に忍び込み。鳥羽上皇を其の美貌と教養で惑わせ、朝廷を混乱の中へといざない、のちの保元の乱の黒幕でもあったとも語らるる——玉藻前たまものまえと呼ばれる大悪党にございやした。




 水底は、目のまわるやうな独りきり——。

 沈む意識の中、肺に入ってくるものは水のみで。小童には、苦しみもがく余力すらありんせん。

 あの白狐は無事だったのであろうか……何も視えぬ、何も聴こえぬ。のたうちまわりたいほどに苦しかったのは最初のみ、あとは身体が冷えてゆくばかり。

 眠り、眠るやうに、水底へ——。

 



「母上、母上っ?」


 聞き覚えのある声に、葛の葉が重い瞼をあげると、其処におったのは愛しき息子の姿にございやした。


『晴明や』

「嗚呼、如何して。如何してこんな」

『何をまぁ、こんなにも大きく成ったのに、貴方はまだ母と呼んでくれるのですね』

「何をおっしゃるんですか、某の母上は……あなたおひとりなのですよ」


 もう人の姿に成ることもできなくなった葛の葉を、抱きかかえておるのは安倍晴明。別邸の護符が剥がれし気配を察知し、急ぎ祈祷ののちにやってきたものの。聞かば近江の水海より大波が参ったそうで。然しその京を巻き込むかに思われたほどの波は消え、人々は家に戻る最中にございやした。

 ただ、母、葛の葉と鬼の仔だけは、待てども待てども戻ってきやせん。気配を辿り、式鬼を飛ばして探せば、京へと向かう山中にて葛の葉の姿を見つけたのでございやす。


「そうか……あの仔が母上を護ってくれたのですね。でも……」

『あの波、あの傷ですもの。どうしましょう……ぼうや、あんなに心優しき仔を私は……』


 小童の姿は、屍体すら。終ぞ見つかりやせんでした。


 やがて葛の葉も、毒の混ざった水の影響か。日に日に弱っていくのです。

 近江の龍神とも対話を試み、毒を流した犯人は妖狐と判明はしたものの。回りきった毒の完全な解毒の方法はわかりやせんで。それから数年の月日が経ったそうにございやす。


『晴明や、幼き日に渡した白い珠を覚えておりますか?』

「ええ、未だに某、己れで持っておりますが……」

『そうなのですね、ふふふ……』

「だって、ほら。某、母上に頂きましたものは、全て大切にとっておるのです……だから」


 逝かないでくれますか——? そう細く囁く晴明の声に、葛の葉は静かに笑いやした。

 そう、晴明も、葛の葉自身も、其の死期を察しておったのです。


『もう、稀代の天才、なんて自称他称もされつつも。貴方はいつもそう、もう少し、しゃんとしなさいな……』


 大丈夫。消えゆく葛の葉は静かに笑いやす。


「母上、先ほど申された白珠を還せば、母上は……」

『それはできませぬ。一度身体から外した白珠は戻りません、なにごとも条理を逸れてはなりませぬ』

「然し……」

『いいですか晴明、あの狐、大陸から来た妖狐はいづれ貴方の去ったのちの世を必ずや狙います。狐は、力を込めた白珠を身体から引き剥がし、破壊すれば元の力は戻らぬと云います』


 覚えておくのですよ、そう力なく微笑む葛の葉の頰に、晴明は手を添えて振り絞るやうに呟いたそうな。


「如何して。如何してそんな大切な白珠を、某にくださったのですか」

『あら、そんなこと。簡単なことですよ』


 貴方が泣いていたから。私は、貴方の母親だもの——。


 其の刻どうと信太森に風が吹き荒れ、都を通り。瞬く間に白い狐の亡骸は姿を消したと云いやす。

 ただ、信太森の坂にだけ咲く「やすなの菊」と云ふ花が、社の周りで弔いをするかの如く、一斉にその花びらを森の奥深くへと散らしていったのだとか。


 晩年、晴明は其の死の間際まで数々の研究を続け、役職に就き、多くの書物を後世に残したと云われておりやすが。

 その死に際の真実については、だぁれぞ知りんせん。


 晴明の居ぬ朝廷にまんまと潜り込んだ玉藻前が、その来孫である安倍泰成に暴かれ、矢で射抜かれ成敗されたのは。それよりおよそ百年ののちのことにございやす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る