⑤【決着】

 確かに城に来る前、ハーストを名乗る様に言われたけど……それって話を通すための方便なだけだと思っていた。まさかこんな一手に使うとは。


 つか、キョウジって名字なんだけど? キョウジ・ハーストってよく考えたらファミリーネーム×ファミリーネームじゃねぇか。……ま、そんな事は俺達以外誰にもわからないからヨシとしとこう。


 方便とは言えレオンには刺激が強過ぎた様だ。混乱しながらも小声でまくし立てる。


(パパパ、パトリシアさんの夫ってどういう事っスか!)

(まて、レオン、それは方便ってやつでだな……)

(許さねぇっス、キョウジ兄さんと言えど、許さねぇっス)

(おいセイラ、何とか言ってくれ……)

(おめでとう~)

(……そうゆうのやめろ)


 王が皆の前で“孫”と認めた娘が、ハーストを名乗る俺を“夫”と呼び、更にご丁寧にを皆に見せた。


(あら、準備いいわね~。キョウちゃん、いつ用意したの?)

(だからやめろって、そろそろマジでレオンが限界だから……)


 あの指輪、普段左手に付けているハースト家の紋章じゃないか。いつの間に付け替えたんだよ。というかレオン、グルグル唸るの止めてくれ……。背中に猛獣がいるみたいだわ。


「ま、そんな訳でおっさん」

「まだ言うか、不敬である……」

 大臣に殺意を向けて黙らせる。一瞬にして硬直し、目を見開いたまま言葉を失っていた。この威嚇方法は山南敬助が使っていたのを見て覚えたものだ。ここで役に立つとか、何とも皮肉なものだな。



 王の手は震えていた。もはや逃れる方法はないと覚悟しただからだろうか。その震える手に持つ提言書を指さしながら、俺は最後の脅し文句をその場に残す。

「その書面に書いてある損害金額、キッチリ取り立てるから覚悟しとけ!!」


 背を向けて歩き出し、退出すると見せかてからの……


「あ、そうそう」


 振り向きながら改めて声をかける。王や大臣、そしてギャラリーまでもが不意を突いた俺の行動に表情まで固まってしまっていた。これは俺の好きな映画の主役、ゴロンボ刑事がよく使っていた手法。一旦返ると見せかけ、ホッとした犯人にいきなり声をかける事で動揺を誘うやり方だ。


、そこにいる従者セイラは山南敬助を再起不能にしている。そして後ろに控えている自動人形オートマトンが、お前らの軍隊を壊滅させたのも見ての通りだ。に何かあったら、こいつらがお前らを虐殺するぞ」


 普段通りではあるが、わざわざ皆の前で“パティ”と愛称で呼ぶことで、夫としての立場を印象付ける。


「パティ、セイラ、後は頼む」

「わかりましたわ“アナタ”」

(おめでとう~)

(やめろって……)

 セイラは笑いをこらえるので必死なのだろう。肩がプルプル震えている。


「レオン行くぞ」

「え? 自分もっスか?」

「いいから、お前もいくんだよ……」





「キョウジ兄さん、何で途中で出ちゃうんスか~」

「あれ以上いたら、俺がボロだしてしまうからな。それに交渉事ならセイラにまかせておいた方が上手く運ぶんじゃねぇか?」


 それにしても、カドミの作った証拠映像は酷いものだった。あれで騙せたのは奇跡に近いと言える。……セイラの腹パン一発で山南が吹っ飛んで再起不能とかやりすぎだろう。まさしく“あの場にいた誰一人として”展開が読めなかった。……もちろん俺も。


「ところでキョウジ兄さん……」

「ああ、俺はキョウジのままだ。ハースト家に婿入りなんてしてねぇよ」

「そうっスか……」


 肩を撫でおろしながら『ふう』と息を漏らすレオン。こんな事でそこまで気を張ると、この先大変だぞ。


「しっかしなんやな、レオン坊も難儀やな。狙いが王家の孫娘やで」

「お、お師匠、こんな場所で言わないでくださいって」

「レオン坊、顏真っ赤や~」


 レオンをからかいながら、ワイゼリアで軽く食事をとる。テラス席とか好きなんだよな、人間観察しながら食事出来てさ。タクマも謁見の間ではずっと黙っていたからストレスが溜まったのだろう、俺達が食べている間中しゃべりっぱなしだった。


「そうだ、控え室にあったあの胸像……」

「王様やったな、あの爺さん」

「あんなの不意打ちっスよ。笑いこらえるの大変でした」


 一時間くらい経った頃か、のんびりと気を緩めている所に“山南をぶっ倒した従者を連れた王家の孫娘”が合流してきた。色々あったとは言え王家の血筋。そのまま王位を継いだりするのだろうな~と勝手に思っていたら、我が妻は一味違った。


 王家への要求はほぼほぼ通った。損害に対する金額、俺達が知る限りの範囲ではあるが、山南の被害に遭った人々への賠償。王城や街等、統括地域の委譲。エヴァンジェル家の名前だけ残して、一切の私財を没収するという極めて重い内容だ。これを飲まざるを得なかったのは、他のローカルズ王家や転生者国家からの圧力もあっての事。もちろん、日本とイギリスも同様に、名前だけ残して近隣諸国の統治を受ける事となる。


 一連の世界を裏から牛耳ろうとする陰謀は、加担国それぞれの“実質的な”解体によって幕を閉じた。


「それにしても勿体なくないか?」

「王位の事ですの?」

「そうやな。嬢ちゃんが名前を継げば、再興だって出来るやろ」

「でも、パティにそんな気はないみたいよ」


 セイラは俺とレオンが退出した後の事を語り始めた。まずは『ルドウィンを騙して謁見する様に“命令した”』とパティが口にすることで、王や取り巻き連中からのそしりが向かない様にした事。まあ、騙したのは本当だが……。

 当のルドウィンは元々パティの父・レイモンドの教育係で、城から追放された後も個人的にハースト家を訪れていたそうだ。そもそも何で追放されたんだ?とパティに聞いてみたのだが……


『転生者の母様と恋仲に落ちたのが許せなかったらしいですわ』


 と語っていた。それでいて山南を執事の名目で潜り込ませたのは、王は王なりに気に留めていたのだろう。旧態依然として転生者との婚姻を許さず、王座にあって感情を出すことがなかった男が、息子や孫娘に対してだけは人間的な感情を示していたという事か。そんな感情からか、王はパティに王家の名を継ぐように懇願したそうだ。


 しかしパティは


『こんな腐った家はつぶれてしまいなさい!!』


 と一言残して謁見の間を後にしたらしい。


 最後にセイラはチラリとだけ王座を見たが、そこには“うつむいたままの老人が一人いるだけだった”と言っていた。




次回! 最終章【epilogue】 -明日への布石- ⑥明日

とうとう最終話です。なんかさみしい……。

是非ご覧ください。

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