④【衰退】
そもそもテレビすらない世界だ、“動く絵”は珍しさもあり、その場にいる全員が食い入るように観ていた。そこには俺達と山南兄弟、エヴァンジェル家の鎧を着た兵士達がハッキリと映っている。
【『両手両足に
山南兄弟の余りの酷い言動に、この場にいる誰もが絶句していた。特に弟が“味方兵士を殺しまくる”残虐な殺人鬼っぷりには、目を伏せる者が多かった。
もちろん俺も、一言も発することが出来なかったのだが……。カドミのアホ。なんて映像作ってんだよ。
これはカドミが徹夜して作った偽映像だ。あの時撮影する余裕なんてなかったし、そもそもそんな技術はまだ確立されていない。この映像も幻影魔法の一種だ。だが、だからと言ってこれは酷い……違う意味で。
「さ、さてと……これでもまだ知らないと言い張るのか? ハッキリとエヴァンジェル家の名前も家紋も出ているが?」
「このような男は知らぬ……」
この期に及んでまだシラを切る王。
「このレオンの兄貴も、山南敬助に殺されてんだよ」
「くどい。この者達が当家と関りがあるという証拠がどこにある。勝手にエヴァンジェルの名を出しただけじゃろう」
「兵士の鎧、紛れもなくこの国の物だよな?」
「はて、鎧などハッキリと見えぬな」
王は続けて、ギャラリー全体を見渡しながら威圧感を押し出しながら言う。
「誰ぞ、見えた者はおるのか?」
山南兄弟がエヴァンジェル家と関りがあるのは確定だ。兵士の鎧に描かれている紋章も動かぬ証拠。そして、ギャラリーの誰か一人でもそれを認めれば切り崩す事が出来る。しかしこの場において、王が
人としての感情を持ちあわせていると期待した俺が馬鹿だったのか、それとも王家ってそんなもんなのか……まあ、立場を守る為ってのが一番しっくりくるな。どの時代も権力者なんてこんな物なのだろう。
「ならば仕方がない……」
最初から実力行使のつもりだったから、力をふるう事に抵抗は全然ない。しかしここで、ずっと大人しくしていたパティが、俺を制止しながら進み出た。静かに、それでいて凛と響く声で話始める。
「いつまでそんな下らない椅子にこだわっているのですか」
「下らないじゃと? この無礼者、お主に何がわかる」
「そ、そうじゃ。顔を隠して卑怯者め。その仮面を取れ、お、王の御前じゃ!」
いまだ表情が見えない王と、おろおろしている大臣。人としての反応は後者の方が真っ当だろう。
パティは深くかぶっているフードを後ろに落とし、ゆっくりとオペラマスクを外す。その端整な顏が晒されると、王が初めて感情を表に出した。
「お久しぶり……いえ、初めましてですわ、おじい様」
「パトリシア、なのか……」
騒然となる謁見の間。王も大臣も、そしてギャラリーも。そしてもちろん俺達も。
(キョウジ兄さん、あれマジっスか?)
(いや、俺に聞かれてもわかるわけないだろ。セイラに聞いてくれ)
(私だって知らないって。何となく繋がりがありそうってくらいにしか思ってなかったし。キョウちゃんだってそうでしょ?)
(そうだけどさ。でもまさか孫とは思わねぇじゃん?)
“セイラがカドミのひ孫”程のインパクトはなかったものの、流石にこれは驚いてしまう。王家の血筋だったとは……。
「ええ、あなたが追放した皇太子レイモンド・エヴァンジェルの娘、パトリシア・ハーストですわ」
「なんと……そうか。目元がレイモンドにそっくりじゃ。あの者は健勝か?」
「ご自分の息子に対して“あの者”ですか。それに、やはり母様の事は気にも留めないのですわね」
よくわからんが、パティの血筋には何やら深い事情がありそうだ。エヴァンジェル家の孫で、名字が違うって事は、親父さんは母方の性に入ったって事なのか?
「まあ、今更そんな事はどうでもよいですわ。ところでおじい様。あなたの命令でハースト家に来た執事が誰なのかお判りですわよね?」
――王が息を飲んだ。突然目の前に現れた孫娘に気を許した事が、墓穴を掘る事になっていたのだと、今になってやっと気が付いた為だ。
「ハッキリ言いましょうか? あなたが監視の為に潜り込ませた、山南敬助の事ですわ」
居並ぶ大臣やギャラリーの前で眼下にいる娘を孫と認め、その娘から山南との関係を暴露された王。流石に言い逃れは出来ないだろう。これを認めた事でなし崩し的に“先ほどの映像が全て真実”と、この場の全員が認識する事になる。
「山南敬助には、わたくし達の大切な人が殺害されています。そして無関係の人まで大勢虐殺されていますわ。小さい女の子の、その両親も残酷に……。デーモンですらあそこまでの殺戮はしないでしょう」
パティのこの一言で、皆の脳裏にはエクエスの顔が浮かんでいたと思う。はしゃいだ笑顔や困った顏、ふざけてドヤった顏が次々と浮かんでくる。
「な、なにを言うか小娘が。わ、わしは認めんぞ。何が孫娘じゃ。偽物め! 誰かそこの者をひっとらえろ!」
慌てふためく大臣が近衛兵に指示を飛ばすが、この状況で動く兵士は皆無だった。自分達が信じた王家の腐敗、俺達の周りで倒れている近衛達、そして先ほどの映像。今迄であれば主の為に命ですら投げ出したであろう臣下も、この僅かな間に今や保身を第一に考える様になっていた。
もはやこの場を支配しているのは、王でも俺でもなく、パトリシア・ハーストだ。
「さらには、ですわ。先ほどから聞いていると、おじい様もあなたも数々の暴言に罵倒。あまりに口汚いですわね」
「そ、それは、そこの男が、どこぞの馬の骨ともわからぬ
とうとう俺達を下輩呼ばわりし始める大臣。立場を守ろうと必死なのはわかるが、見たところそれに賛同する奴はほんの数名に留まっている。つまり、それだけ王家から人心が離れているって事に他ならない。
皆が皆、俺達と王達のやり取りを固唾を飲んで見守っている。一つの王家の存続と衰退がかかっているからだ。
――そしてここで、パティから驚くべき発言が飛び出した。
「下輩ですって? 無礼な、我が夫に対して何という口をきくのですか!」
……はい? なんですと?
次回! 最終章【epilogue】 -明日への布石- ⑤決着
是非ご覧ください。
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