③【恐喝】
俺に向かって来た近衛兵が力なくバタバタと倒れ、そしてこの国の兵士四百名を『皆殺しにした』と宣言した。これだけでその場にいた誰もが一瞬にして沈黙することになる。実際は寝かせただけの事だが、傍から見ている人達は“俺に近づいたら死んだ”と思い込んだだろう。
「さて、チョビヒゲのおっさん。“そこ”に書いてある事を認めるか?」
「言葉をつつしめ、下郎! 不遜であるぞ!!」
王に義理立てしているのだろう。脇にいた大臣らしき男が声を荒げている。
「あぁ? 何か言ったか、小僧」
もちろん相手は子供ではなく、俺よりも大分年上だ。それでも『小僧』と言い切る事で、この場にいる人は俺を計れなくなる。そうでなくても今この場は俺が恐怖で支配しかけているんだ。『何年生きているんだ?』とか『本当に人間か?』とか、今頃頭の中がぐちゃぐちゃしている事だろう。
それでも、この場から逃げ出そうとしないだけ皆根性がある。もっとも、逃げる気力すらないのかもしれないけど。
「知ってんだろ? 山南を。俺達はな、お前の差し向けた連中のせいで途方もない被害を被ってんだ。俺のこの左腕、見えてんだろ?
黙りこくっている王の代わりに口を挟む大臣。
「そんな男どもは知らん。差し向けたとか言いがかりを言うでないぞ」
「知らないと言い張るのならそれで構わん。イギリスにある大使館、その裏手の施設には何があるのか。そして“それ”を使って山南が何をしようとしていたのか。俺らは全て知っているんだぜ?」
「ふん、訳の分からぬことを。繰り返すが山南なんぞという輩は知らぬ。それに大使館裏の施設なんぞ無関係だ。何を研究しようと知った事ではない」
知らぬ存ぜぬを通せば誤魔化せると思っているのだろう。口を挟んで来た大臣はふんぞり返りながら語気を強める。
「あ~、おっさんさ。アンタ三つほど墓穴掘ってんだけど?」
「な、なにを……」
ミスに気が付いていないのだろう。何を指摘されたのかわからず、キョドる大臣。
「俺は山南とは言ったが男とは言っていない」
「……」
「それに山南を指して『男ども』って、なんで複数なんだ? 兄弟って知ってたんだよな?」
「それは……」
「そして大使館裏の施設。俺は研究施設なんて言ってねぇよ」
――そしてここで“ギャラリー”を味方に付けるための演出を入れる。
「あんたさ、何でそんな事知っているのかな~?」
わざとらしく両手を広げ、居並ぶ文官を見渡しながら問いかけた。ザワつき始める人々。聞こえて来る声には『研究施設なんてあったの?』とか『派兵ってモンスター討伐じゃなかったのか?』とか、いかにも一部の幹部クラスしか知りませんでしたという現状が浮き彫りになった。
「な、なにを証拠にそのようなデタラメを言うのか。証拠を見せて見ろ」
「証拠、だと?」
「そう、証拠だ。出せぬのであろう。そのような世迷言をこの場で発した罪は重い。王の御前での虚偽は即斬首じゃ!」
――この世界に来て半年とちょっと。その間俺は、否応なしに鍛えられた。
悪意を感じ、
暖かさに気づき、
駆け引きを知り、
死を受け入れ、
恨みを認め、
殺意を覚え、
そして、仲間と共に真実にたどり着いた。
それら全て、人の心に起因するものだ。そして“心”を持たぬ者は人間ではない。感情が揺れないのは物でしかない。そんな当たり前の、人としての在り方を強烈な体験から魂に刻んできた俺達には『斬首』程度の脅しは全く響かない。
そして、目の前にいる者達はまだ感情を持ち合わせている。それは人として言葉を持って解決出来るという願望であり希望だ。
「虚偽が斬首なら、アンタはこのあと死ぬ事になるが、それでいいのか?」
「もうよい。やめよ……」
ここにきてやっと口を開く王。ヨボヨボの爺さんだが、声にはそれなりの威厳があった。俺を見て言葉を続ける。
「そこの者、山南なる者が何を行ったというのだ?」
王は知らなかった? ……いや、まだ断定は早いな。この年まで王位にしがみついている位だ、狡猾な相手と見なきゃならない。これも学んだことの一つだ。
「ならば証拠を見せてやるよ。アンタらイギリスと提携していただろ? ならばコレが何かわかるよな?」
そう言いながらセイラに目配せをする。左腕からバングルを外しながら進み出ると、ギャラリーに見えやすい様に高く掲げた。
「イギリスが開発した“音声記録装置”だ。見た事あるだろ? これに、山南が暴露した内容が全て入っている」
動揺しているのだろう。大臣の足が震えているのが、ここからでもハッキリと判るる。セイラから『戦闘時の音声データがある』と聞かされたのはついさっき、控室での事だった。もっと早く教えておいてくれ、とも思ったがこの際それはどうでもいい。使える交渉材料は多いに越した事はないからだ。
「聞かせてやろうか? アンタらのお仲間も声を」
「不要じゃ。声なぞ聴いても知らぬ男の物。意味をなさぬ」
……流石に何十年と王座にしがみ付いている爺さんだ。一筋縄ではいかない、老獪という言葉がふさわしい。だけどこっちも妖怪みたいなじじぃどもに鍛えられてんだよ。
俺はウェストポーチから手のひらサイズの黒く四角い箱を取り出した。それぞれの面には血の色のヒビが入っていて、見た目はまさしく“黒武器そのもの”だ。これはセイラ達も初めて見る装置。この後何が起こるか、俺以外に誰も予測できないだろう。もちろん周りのギャラリーも興味津々という様子で俺の手元をじっと見つめている。
箱の横にあるボタンを押すと上面から光を発し、そこに映像が浮かび上がった。そこにハッキリと映る俺やセイラ達の顏、そして山南兄弟。特に兵士達が着ている鎧は紛れもなくこの国のものだ。
……今迄微動だにしなかった王が、少し体を乗り出したように見えた。
「魔力を使った立体映像装置ってやつだ。三日前の戦闘映像が全て入っている。このまま観せておいてやるよ」
次回! 最終章【epilogue】 -明日への布石- ④衰退
是非ご覧ください。
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