②【謁見】
「城門の衛兵に、お兄さまの名前を言えば通れる手はずになっているはずですわ」
「なにその不安になる言い回しは……」
パティに言われるがまま衛兵に名前を伝えると、アッサリと来客用の控室に通された。そこは、壁から天井に至るまでめちゃくちゃ豪華な内装で、ソファひとつとっても、俺らがいた時代ならウン百万円しそうな代物だった。豪華な装飾のサイドボードの上には、細かなレリーフの鏡やティーソーサーが飾ってあり、燭台や一輪挿しに至っては“使う”という目的ではなく、美術品として飾ってある感じだ。
衰退の一途をたどっていると噂だが、そこは腐っても鯛。流石は王家といった威厳はある。
「なんスかこの部屋は……」
「悪趣味ですわね。持ち主の性格の悪さがにじみ出ていますわ」
「パティ、ヤバイって。持ち主って国王なんだから、悪口言ったらどうなる事か……」
「あらお兄さま。国王をゆすろうって人がそんな事でどうするのですか」
「ゆするだなんて人聞きの悪い。せめて賠償金をふんだくるとか……」
「同じですわ。どちらでも」
……なんかここにきてからピリピリしてるな。セイラもパティの素性までは知らないって言ってたから、理由聞いてもわからないだろうし。
「キョウちゃん、あんたさ」
「な、なんだよ……」
「この部屋見てビビッてんじゃないの?」
「おいおい、ふざけるのも大概に……」
セイラの声に振り返った時、肘が胸像に当たり円柱状の台座ごと倒れ始めた。
「ヤバ……」
咄嗟に抱きかかえるが、モノは石膏の塊なだけあって重く、そのまま押し倒されてしまった。とにかく必死で抱き着き、自分の身体をクッションにして胸像を守り抜いた……。
「ふう……あぶねぇ。冷や汗が出たぜ」
「やっぱビビってんじゃん」
「ビビってますわね」
君達女性陣の方が怖いんですけど……。俺を押し倒している胸像を見て、レオンが聞いてきた。
「ところでその爺さんだれなんスか?」
「知らねぇよ、こんなチョビヒゲ」
「そんなに熱い抱擁するなんて、キョウちゃん愛しちゃってるのね」
「アホか。早く起こしてくれ……」
……なんでこんなジジイと添い寝せにゃならんのだ。
「キョウジ、
この部屋に入るなりタクマに頼んでおいた下調べだ。交渉がどんな形になるとしても、魔法を使える者がいるかどうかで相手の出方も変わってくる。
「お、さんきゅ。どうだった?」
「城内におる魔力持ちは三人や。城の中央に固まっているから、多分そこが玉座の間なんやろな。まあ、護衛ゆうほどの魔力は持ってへん。お飾りや」
その程度の人数なら問題ないだろう。イギリス領にあった
その時ドアをノックする音がした。謁見の順番が来たという事だろう。
「お兄さま、わたくしはしばらく黙っていますので、決して名前を呼ばない様にお願いします」
「ああ、了解」
理由は判らないが、謁見の許可を取った事が関係しているのだろう。なにやら思惑があるのは間違いないが、ここは好きにやってもらう方がいい。少なくとも目的を邪魔するようなことはしないだろうし、俺は俺でやるべきことをやるだけだ。
♢
謁見の間の扉前に立たされる。高さは三メートル位か、赤を基調として白と金で装飾阿してある。これまた派手で豪華。これもパティに言わせると悪趣味という事らしい。
それにしても、わざわざ扉を開け閉めして仰々しい演出をしなきゃならんとか、旧態依然としてむしろ可哀想にも思えてくる。扉の前に立たされて五分、中から声が聞こえて来た。
「次の者、キョウジ・ハースト、及び一行、中へ」
ギィィィィ……と音を立てて扉が開き、廊下とは比べ物にならない煌びやかな灯りが目に飛び込んでくる。金縁の赤いカーペットは二十数メートル程の長さがあり、脇には側近や従者、言わば文官が整然と並ぶ。そしてその先には玉座が鎮座、この国の王と思しき人物がいる。
カーペットを進み出てしばらく歩くと、脇の従者に止められる。この位置までしか近づけないというルールなのだろう。俺は、わざとらしくも
「本日は急な申し出にもかかわらず、拝謁をご承諾頂き誠に恐悦至極に存じます」
「……うむ、そなたたちの話は大臣のルドウィンから聞いておる。国益に関する有力な話という事だが?」
ルドウィンと呼ばれた初老の男が一礼をする。どうやらパティが話を通した相手は彼らしい。
「まずはこちらをご覧ください。提言の詳細について、一通りまとめてあります」
俺は懐から提言書を出し、脇にいる従者に渡す。普通こういう書面は、まずは高位の側近が目を通すもの。そして
「これは……」
側近が言葉を詰まらせる。『こんなものは……』と言いかけたが、俺は「すでに他の王家も周知です」と言葉を遮った。煮え切らないやり取りを見て、王は側近に書面を見せるように促した。
書面をひと目見ただけで俺を睨む国王。
「なんと。貴様、これは正気であるか?」
「正気でなければ書けない内容だろ。そんな事もわからんのか?」
「貴様、王の御前で何という言葉使いを……」
取り巻きの一人がこちらを指さしながら声を荒げてきた。
「丁寧な言葉はここまでだ。つか、苦手なんだよ。舌を噛みそうな挨拶とかさ。アホすぎんだろ、十把一絡げで同じ事しか言わねぇんだからよ」
部屋の脇に控えていた近衛兵が槍を構え俺達を取り囲む。しかし相手の出方を読んだセイラは、すでに呪文を唱え終えていた。俺を中心にバタバタと倒れる衛兵。槍を持ったまま夢の世界へ直行した様だ。
「この中にも転生者がいるみたいだが、俺達とやるってんならいくらでも相手になるぜ?」
単なるこけおどしを思ったのだろう、僅かに魔力を感じる傭兵崩れの男達と、廊下から追加の近衛兵がなだれ込んで来た。立ち並ぶ文官達から悲鳴と罵声が聞こえる。
「三日前、あんたらの軍勢が音信不通になっているよな?」
側近や従者が動揺しているのが面白い位わかる。あの場から逃げ返った兵士の一名や二名はいるだろう。そして報告したはずだ。
「エヴァンジェルとイギリス連合軍、総勢四百名を……俺達が皆殺しにしたんだぜ?」
次回! 最終章【epilogue】 -明日への布石- ③恐喝
是非ご覧ください。
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