⑮【解錠】

 馬鹿にされたと思ったのか、山南は怒りむき出しでエクエスを追いかけた。間合いを一気に詰め、背中に刀を振り下ろす。

 しかし、エクエスは山南の行動を読んでいたのだろうか。左に刀をかわすとそのまま前転し、セイラのすぐ後に転がり込んだ。そして起き上がると同時にセイラの腕を掴み、続けて斬りかかってくる山南の正面にセイラを据えた。


「エクエス!? 何を……」

「女を盾にするのか。いいザマだな」


 刀を振り下ろしながら、半笑いの口元が確信的な笑いに変わる。この距離、このタイミングならセイラの隠している”何か”も役に立たないと踏んだのだろう。山南にしてみれば、振り下ろした先にいるのがエクエスかセイラかというだけの違いだ。最終的にその凶刃は“この場にいるすべての生命活動を止めるつもり”なのだから、殺す順番などどうでもよかったのかもしれない。


 しかし山南の刀はセイラを斬るどころか、あらぬ方向を彷徨っていた。舞い散る花びらと水しぶき……。刀の軌道の先には花瓶があり、躊躇なくそれを叩き割った為だった。

 人を斬ったはずが、妙な手応えを感じた山南は一瞬……本当にわずかな一瞬だけ動きが止まる。


 ――エクエスはその瞬間を見逃さなかった。左腕をセイラの腰に回し、抱きかかえるようにして前に踏み出す。


「セイラさん、腕を!」


 その一言の意味を瞬時に理解したセイラは、山南に触れようと精一杯腕を伸ばした。

 

「まさか……としか言えないわね」

「キョウジさん流に言えば『ビンゴ』ってやつでしょうか」


 セイラの腕から手錠が落ちる。今まで何をどうやっても外れる事の無かった忌まわしい手錠。それが今、あっけなく、鈍い音を響かせて落ちた。



「山南が同調魔力の持ち主だったという事ですの?」

「そういう事やな。つまり山南は調セイラが何かを隠していると思ったという事か」 

「それをあの一瞬で読み取ったという事です? ……呆れるくらい際どい作戦ですわね。お兄さまに似てきましたわ!」

「流石や。キョウジのヤツが買っているだけの事はある。エクエスの大手柄やな!」


 しかしエクエスは、浮かれる事も隙を見せる事もなく、冷静に言葉を繋げる。


「同調魔力の話を聞いた時、何となく予想はしていたんですよ。だから反応を見てピンときましてね」


「……なんの話をしている?」

 山南は怒りの籠った鋭い眼光で周りを見渡す。斬ったはずのセイラが自分の横にいる事、その場で交わされている訳の分からない会話。彼にしてみればすべてがイライラの元だった。そんな山南に向けて、エクエスが問う。


「多分、ですが。あなたは日本までセイラさんの護送をする予定だったのではないですか?」

「……それがなんだと言うんだ?」

「日本政府は、セイラさんを交渉材料にするため死なせるわけにはいかなかった。だから万が一の事を考えて、護送する者の魔力を手錠管理の為に同調させる必要があったのでは?」


 “護送する者が手に負えない状況になってしまっては、それ自体が全く意味をなさなくなってしまう。その為、最低限一人は状況を管理できるようにしておく必要がある”

 ――この推測は理にかなっており、エクエスは最初から“山南という答え”にたどり着いていたのだろう。そしてその答え合わせが出来た瞬間、セイラの手錠を外すために動いたのだった。


「ならば、何で山南が手錠の事知らんのや?」

「手錠は試作品だったのかもしれませんね。本人はまったく知らされていなかったたとか。そしてその指示が伝わるより前に、パトリシアさんを追いかけて行ってしまった」

「なるほどな。それなら同調魔力を知らないのもつじつまが合う。ワイらにしても、あんな手錠見るの初めてやったし……。しっかしなんや、推測だらけでえらい確率の低い賭けやったな」

「でも、上手くいきましたでしょ?」

「それはむしろキョウジの悪影響や。あいつを真似たら人生踏み外すで!」


 山南はエクエスに向けてゆっくりと刀を構え直し、殺意を向けながら独り言のように言葉を発した。


「鏡、か……。やってくれたな」

「ええ。やっとわかりましたか。案外鈍いのですね」


 エクエスは、空気中の微量な水分に氷の結晶を纏わせて光を屈折させていた。本来目の前にあるはずのものが、そこに存在しない様に見える。つまり、ほんの数メートルの距離間で、言わば蜃気楼を発生させていたのだった。

 いつどのタイミングで魔法を展開していたのか、山南はもとよりセイラ達仲間ですらも気が付いていなかった。それほど自然に、その場の環境に溶け込ませていたと言える。


「お姉さまのナイフが見当違いな方向に飛んだのも?」

「そうですね。あの時点でバレないかとヒヤヒヤしましたが」


 もしあの時、セイラが普段通り“精霊の意思で”行動させていたら、ナイフは命中していたかもしれない。脚を狙おうとして場所を指定したのが仇になってしまったようだ。セイラが指定したつもりの場所も、光の屈折によってずらされてしまっていたのだから。


 「さて、これで三対一。ついでにそろそろ警官隊も到着する頃でしょう。どうします? まだやりますか?」


 今度はエクエスがブラフを仕掛ける。しかしそこには誤算が生じていた。大抵の相手なら“数の有利や国家権力”を持ち出せば怯むものだが、今現在の山南にとってそれらは単なる“燃料”でしかない。……エクエスは、山南という男の異常さを読み切ることが出来ていなかった。



 ――そしてもう一つの誤算。


「セイラおねえちゃん、大丈夫ですか?」


 “かくれんぼ”をしていたはずのエマが、動けないセイラを心配して……声をかけた。首を傾げながら、本気でセイラを心配する少女。その瞬間、山南以外の全員が青ざめる。状況を全く理解していない女の子が、いつの間にか廊下に顔を出せる位置まで出てきてしまっていた。


「エマちゃん、だめ、戻って!」

 パティもタクマも目の前で繰り広げられた攻防に気を取られていた為、ベッドから這い出て来たエマにまったく気が付いていなかった。一番注意しておかなければならない事を、うかつにも疎かにしてしまっていたのだ。


 “子供の声だけだったら”もしかしたら気にも留めなかったかもしれない。しかし、パティの慌てる声を聞いた瞬間、山南の視線はドアから覗く子供を弱点ウィークポイントとしてとらえる。



 そう、ここにきてエクエスはひとつ、パティは二つのミスを重ねてしまっていたのだった。



次回! 第五章【Destiny of the Evil】 -悪の運命- ⑯斃


是非ご覧ください!

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