⑭【三十六計】
廊下に響く剣戟の音に混ざって、話し声が聞こえる。建物内部は木材で仕切ってある為、普通であれば声や音はそれほど響かない構造。しかし今は”静寂すぎる”一階の酒場のせいもあってか、闘っている二人の息遣いまで聞こえてくる。
「ほう、あなたも邪魔をするのですか。大人しくあの女二人を渡せば生きてはいられるというのに」
「
「……そうか、あのガキの兄貴か。くくっ、気が変わった。オマエは斬り刻んで殺す!」
挑発するエクエス。それを聞いて
「パティ、肩を貸して。サポートくらいは出来るから……」
「エマちゃん、ちょっとだけ、ベッドの中で大人しくしていてね!」
「顔出したらあかんで~。かくれんぼやで~!」
「うん、わかった!」
エマは本当にかくれんぼをしているつもりなのだろう。今の状況を何も理解していないのが、この子にとっては救いと思えた。
「この屈託のない笑顔は未来の宝。あんな奴に手出しさせる訳にいかへん。それに……巻き込んでしまったのはワイ達の責任や」
誰もが口には出さないが、酒場の状況がもっとも気にかかるところだった。“過剰な喧噪が悲鳴と共に途絶えた” これはつまり……酒場の人達は皆、山南に殺されている可能性があるという事。しかしそれは、エマの両親も。という事になる。
「パティ、やるわよ!」
「判りましたわ。こちらは任せてくださいませ」
内開きのドアをすこし開けて隙間から状況を確認し、そのまま廊下に転がり出るセイラ。パティは部屋そのものに魔力で結界を張り始めた。間違ってもエマに被害が及ばないようにする為だ。
「嬢ちゃん……」
「なんですの? 師匠」
「ええか。よく聞きや。もしヤバいと思ったら、ワイを置いてかまわず逃げや」
「師匠。そんな事出来ると思って……」
「それでもやるんや。あの狂人がエマを生かしておくと思うか?」
この場にいる誰に聞いても答えは『No』だろう。
「その娘を守るんや。嬢ちゃんにしか出来へん事や。頼むから戦う気なんて起こすさんでくれ……。状況はすぐにキョウジに伝える。上手く合流して逃げてくれ」
エクエスの後、5メートルくらいの所で片膝立ちになるセイラ。チラっとだけ視線を合わせ、アイコンタクトを取った。短い付き合いだが、それでも修羅場経験を共にした仲間。一瞬の視線交差でお互いの意図をくみ取っていた。
山南が恐ろしいまでの剣術家なのは言うまでもない。対するエクエスも相当剣が立つ上、セイラのサポートもついている。それでも……
「悔しいがやはり山南に軍配が上がるやろな」
特に警戒しなければならないのは脚だ。一瞬にして間合いを詰める瞬発力は、警戒していても懐に入り込まれてしまう程の脅威。それ故、セイラのナイフで足元を牽制し、脚を止めてからエクエスが斬り込むという作戦が最も勝算が高い戦術だった。
しかし、山南は先手を打ってエクエスに斬りかかってきた。中段の構えから胴を薙ぎ払いに来る。刀身の軌道を読み、ロングソードの腹で受け流すエクエス。そのまま踏み込み、剣の柄で山南の肩を強打しようと試みる。しかし、これは完全に見切られていた。
カウンター気味に攻撃を繰り出す山南。完全に死角を突き致命傷にもなりうる斬撃がエクエスを襲う。
――しかし、山南は不可解な動きを見せた。
「なんですの。いまのは……」
「うむ……。何かを警戒しているみたいやな」
その時セイラは、ナイフに宿した風精霊に攻撃対象を指示する為、手錠で繋がれた両手を山南の足元に向けていた。どうやら“セイラの挙動”に反応して後ろに飛び退いたようだ。
「ちっ、なんだそれは。女、今度は何を隠していやがる……」
「バレちゃったか~。意外と勘がいいのね!」
これは間違いなくセイラのブラフ。山南が飛びのいた理由は、セイラが何かを隠していると思い込んでいるからに他ならない。しかしセイラ自身は何も隠していないし、むしろ隠す余裕なんて全くない。
それでも、一瞬にして山南の動揺を読み取りハッタリに変えたのは、洞察力の鋭さのなせる技だ。
セイラはそのまま精霊に攻撃指示を出した。普段ならナイフに宿らせている風精霊に好き勝手やらせておくのだが、今回は明確に“脚を狙う”という目的があった。その為、攻撃場所を指定しそこに向けて飛ぶように命令を出した。しかし――
「え……なんで……」
セイラのナイフはあらぬ方向に飛び、狙っていた場所からは程遠い場所、通路の壁に突き刺さっていた。
「お姉さまが狙いを外すなんて」
「今のセイラは言わば“病み上がり”や。感覚がおかしくなっているのかもしれへんな」
「くっくっく……何をやっているのですか、“お嬢さん”? それは見せかけでしたか」
勝ち誇った顔の山南がセイラを見下しながら挑発してきた。
「お姉さま、安い挑発に乗らないでくださいませ!」
「大丈夫、見たところセラは冷静や。それにしても山南の一言一言がムカついてしゃーないわ」
……山南に対する恨みつらみが相当溜まっているのだろう。それもそのはず、セイラもパティもタクマも、そしてもしかしたらエマも。山南の被害者なのだから。
しかしそんな中、エクエスだけは冷静でいた。その冷静さが、目の前の狂敵と自分自身との力量差を測ってしまったのだろうか……
「『それ』ですか。可能性は低いのでしょうけど……」
「エクエス、どないしたんや?」
「無理です、勝てません……。逃げますよ!」
直後エクエスはブーツに仕込んである短剣を山南に投げつけると、突然背を向けてセイラの方へ走りはじめた。
振り返りもせずに、一目散に。
次回! 第五章【Destiny of the Evil】 -悪の運命- ⑮解錠
是非ご覧ください!
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