⑬【斜陽】
ほんの少し前、丁度陽がそろそろ沈もうという頃逢い。俺が河原にテントを張り終えて、釣り糸を垂らしていた頃だ。
セイラ一行は、ロックリーフから馬車で半日ほど南にある街に入っていた。”街”と区分されるだけあって立ち寄る冒険者も多く、それ故宿屋の数も多い。
街灯は昔ながらの灯油ランプ。行政の担当者が一つ一つ灯を着けて回っていた。切り出した石を積み上げて作った家々に、石畳の街路。全体的に灰色一色の街ではあるが、ランプのオレンジの灯りと街路脇のプランターの花々が、重苦しい視界を少しばかり鮮やかに染めている。
「明日は早めに出れば、昼頃にはキョウジさん達と合流できますよ」
「師匠、やっと休めますわね」
「そやな~。一日中馬車やったからな。まあ、ゆうてワイは何もしてないのやが」
皆の疲労感は相当なものだっただろう。それでもエクエスは一切手を抜く事はせず、万全の態勢を整える為に宿を一つ一つ吟味していた。
「それにしても、流石エクエスだよね。陽が沈み始めるタイミングに合わせて街に着くとかさ」
「お姉さま。お兄さまと一緒にしては失礼ですわ!」
「それもそうね。勘と勢いで動くからね、キョウちゃんは」
「……おまけにその勘も良く外れるんや」
「いえいえ”それ”がキョウジさんの持ち味ではないですか!」
ここぞとばかり饒舌なタクマ。それを受けてエクエスがフォローを入れる。その場にいない人へのフォローも忘れない気遣いの男だ。
「しかし”それ”意外なんもないで、キョウジは」
「師匠が一番毒舌ですわね!」
「でも、結構正解よね、それ」
「お姉さまも!」
『明日は久々に皆で会える』
特に再会が嬉しいという訳でもない間柄だが、それでも皆の気分が高揚しているのは確かだった。仲間とはそういうものなのだろう。
宿屋で借りたのは、階段から一番奥に位置する横並びの二部屋と、通路向いの二部屋。二階奥の四部屋をまとめてキープしていた。階段側の部屋にエクエス、奥にセイラとパティ。正面二部屋はダミーとして借りるだけ。
つまりは女性二人の部屋にいくにはエクエスの部屋の前を通る必要があり、そこはまさしく鉄壁の守りだった。
何かあったら窓から通りに飛び出るなり、空き部屋を使うなりすることが出来る。この条件で泊まれる宿を選定するのに五軒も回っていた。
条件を満たす代わりに、少々ボロ宿になってしまったのは仕方がない。それでも宿屋の廊下には、野花が挿された質素な花瓶が各部屋のドア脇に置いてあって『旅の疲れを癒してもらおう』という宿主の細かな気遣いが感じられるアットホームな宿だった。
「キョウちゃんじゃここまで気を使ってくれないよね~」
久々のベッドに身体を投げ出して、セイラが伸びをしながら呟く。
「あいつ、普通に野宿選択しやがるからな」
「お兄さまは、意外と野生児なのです?」
「いや……。口では野宿だのキャンプだの言いよるけどな『蚊が出た!』とか『虫が登ってきた!』とかうるさいんや」
「タっくんはその辺り平気そうだよね。石だし」
「そうそう、石やし。ってセイラいけずや!」
――トントンッ
その時、ドアを叩く音がした。
「いますかー?」
「お、この声は……」
「いますよー。いいよ、開けて」
「おねえちゃん、あそびにきたよ!」
「エマちゃん、いらっしゃいですわ」
このエマちゃんというのは宿屋の一人娘で、セイラ達が宿に入った時に欠けた歯で“ニカッ”っと笑顔を見せてきた女の子だった。元気で愛嬌があって人懐っこい娘だ。
背伸びしてドアノブをつかみ、小さい体でドアを押し開けてくる様が何とも愛らしい。これを動画に撮ってSNSにアップしたらバズる事間違いないが……この世界にはネットが無いのが残念だと心底思える。
年齢は四歳か五歳くらい。大きな猫のぬいぐるみを両手で抱えて、セイラとパティを見るとまたニカッと笑った。どうやら二人に懐いたらしく、遊ぶ約束をしていたらしい。パティにしてみても、ちょっと年の離れた妹みたいな感じなのだろう。
「丁度、酒場が忙しい時間帯やからな。一人で寂しかったんやろ」
「そんなことないよー。エマ、いつもベルノちゃんとお店のお手伝いしてるよ!」
「ベルノちゃんってその猫ちゃんかな?」
にっこりと笑いながらセイラが尋ねる。
「うん。そーだよ!」
「なんや、セイラもまんざらじゃない感じやないか。姉さん、というよりも……。セイラママ~とか言うたりしてな」
「……タっくん、ちょっとそこにお座り!」
「きゃははははは……」
「なんや、ウケとるやないか」
セイラの手錠に怪訝な目を向けず、タクマがしゃべっても疑問を持たず、真っすぐな”ものの見方”をする。
「子供は素直でええな!」
心が洗われる瞬間だった。ここ最近、汚い奴らばかり見てきたからなおさらだろう。
――しかし一瞬の後、突如としてその”洗われた心”が宿屋ごと不穏な空気に包まれる。酒場で喧嘩でもしているのだろうか、やたらと騒がしい。
「ねえ、ちょっと……。下の酒場、おかしくない?」
セイラが警戒の色を強める。たしかに妙な気配だ。パティも妙な雰囲気を感じているらしく、エマをしっかりと、護るように抱きしめる。
宿の一階は、宿泊者の食事場所も兼ねた酒場だ。この世界では極々一般的な構造ともいえる。陽が沈めば酒好きが集まり、一晩中喧噪に包まれるのが常だ。しかし酒の上の喧嘩だったとしても、異常を感じてしまうほど明らかに度を超していた。イスやテーブルがひっくり返される音や食器が割れる音が聞こえ、それに混じっていくつもの悲鳴が……
「急に静かになりおった。来るで……」
息を飲む。部屋に重苦しい空気が漂い始めた。
――直後、廊下の床がきしむ音がしたかと思うと、金属同士がぶつかり合う鈍い音がいくつも響いてきた。
廊下で誰かが戦っている。一人はエクエス。そして相対するもう一人……
「この魔力の感じは……記憶にあるで」
「山南……ですわね」
次回! 第五章【Destiny of the Evil】 -悪の運命- ⑭三十六計
パトリシアさん……レオンの事を頼みます。
是非ご覧ください!
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