⑯【斃】
山南の視線にいち早く気が付いたのは、一番近くにいたエクエスとセイラだった。その狂気を感じ取った瞬間、二人は考えるより先に身体が動いていた。
エマに向けて強烈な殺気を放ち、それと同時に殺しにかかる山南。
ひと呼吸遅れて反応したパティはエマに覆いかぶさる。もちろん、そんな事では防げないと判っている。それでもそうせざるを得なかった。殺気を孕んだ視線をエマが見ない様に。その時のパティにはそれしか出来なかった。
パトリシア・ハーストは、今まで争いの無い世界に生きていた。一人っ子であるが故、両親の愛情を一身に受け、守られて来た。かと言って過保護に育てられた訳でもない。それは転生者である母親の教育方針だったのだろう、社会のルールや人との関り、特に自己防衛の
国家間の争いや山南の裏切りを知ってからは、自分自身の力だけで解決していかなければならない現実を突きつけられる。争い、裏切り、殺し、若干十五歳にして僅か数か月の間に人間の欲望と汚い部分を見せられ、近しい人の死も経験した。
唯一幸運と言えるのは“自分の力で進む方法”を、周りの大人が行動で見せてくれている事。そして今も、理不尽な状況に抗う姿を目の当たりにしている。だからこそ、自分に何が出来るのか、何をしなければならないのか、そこから導き出される答えを全うしなければならないと、常々強く思う様になっていた。
――それでも、今この瞬間においては何ひとつ打つ手が無く、エマに覆いかぶさる事しか出来なかった。
エマへの視線を遮るように立ちはだかるエクエス。ギャラクシープリンスのメンバーは山南から受けた殺気がトラウマとなり、本人を目の前にすると
そんな邪悪な殺気を、物心がついたばかりの子供が受けたらどうなるか。そう考えた時には、いや、実際そこまで考えるまでもなく身体が動いていたのだろう。確固たる対処方法があって飛び出た訳でもなく、剣で受け流すなんて余裕すらない。山南とエマの間に入り込むので精いっぱいだった。
山南は人を殺す事に飽きていた。自分と対等に戦える相手との死合いなら楽しめもするが、そのほとんどは取るに足りない雑魚ばかりだ。故に“いかに面白く残酷に殺すか”と、常人ではおよそ到達しない域に踏み込んでいた。
目の前にいる子供を、それを庇う少女と一緒に刺し殺すのは容易だった。しかしそれで楽しいのか? 無抵抗の人間を刺し殺すだけなら、死んだ魚を捌くのと何ら変わらない。脇から飛び込んでくる男が視界に入っているが、その動きの遅さにはガッカリしていた。『こんなものか』と。
……いや、これはこれで楽しめるのではないか? 『この男もまとめて三人串刺し』なんてどうだろうか。そのまま刀を返し、斬り上げたら面白そうだ。男が間に合う様に攻撃の手を緩める。『早くこい、俺を愉しませろ』もはや山南にはゲーム感覚になっていた。
エクエスがパティと直線状に並んだ瞬間を狙って突きを放つ山南。男の心臓と娘の喉元、その先にある子供の頭。まとめて貫ける完璧なタイミングだ。
……しかし、完璧にこだわるが故のスキが、そこにあった。
刀の切っ先がエクエスの胸を貫こうとしたその時。足元の死角から、何かが山南の腕や刀身に当たり、突きの軌道が変わってしまう。心臓を狙っていた太刀筋は、狙いから外れエクエスの左肩を貫く。
「ちっ、花瓶か……」
刀の太刀筋を変えたのは、直前に割った花瓶の破片だった。セイラは、山南の視線がエマのいる部屋の中に向いた瞬間、精霊を破片に宿して飛ばしていた。もしこれがナイフだったら刀は完全にエクエスから外れていただろう。しかし質量の小さい破片を数個当てただけでは、軌道を少しずらすので精いっぱいだった。
刀はエクエス左肩に刺さったままになっている。急所を外れたとはいえ相当な痛みのはずだ。それでもエクエスは呻き声ひとつ洩らさない。それは、自身の生死を分ける瞬間においても尚、パティやエマに恐怖を与えない為の配慮だった。
「……大丈夫ですか?」
山南を睨みながら、パティとエマに静かに声をかける。普段通りの落ち着いた声。しかしその声にわずかに震えが混じっている事を、セイラもパティも感じ取っていた。
「ガキ共が! 散々馬鹿にしてくれたな。こいつが死ぬのはお前ら全員の責任だぞ」
山南は強引に刀を斬り上げる。エクエスの左肩を骨ごと砕き斬り、血しぶきが舞い上がった。そして……そのまま返す刀で袈裟切りに、叩き斬った。引いて斬るという日本刀の使い方でなく、怒りに任せて力任せに振り下ろしていた。その太刀筋は左首元から心臓を通り、腹部にまで達していた。
「エクエス!!」
「山南! 何してくれんのや!」
セイラ達の、悲鳴にも似た叫びが廊下に響く。
「……悪手を打ってしまいましたね」
しかしエクエスは倒れそうになりながらも、山南の服に
「汚ねぇな……」
山南は、エクエスから流れるおびただしい血が自分にかかるのをみて呟く。斬り捨てた“モノ”には興味がない、どうでもいいと感じていた。
しかしそこに僅かな隙が産まれる。山南の注意が次のターゲットに向いたその時、エクエスは山南の右袖を掴むと、腰につけていた短剣を山南の右肘に突き刺した!
――言葉通り、最後の力だった。
「どこを見ているのですか。一本……貰っていきますよ……」
右肘に刺した短剣に魔力を込めるエクエス。つらら状になった鋭い氷が山南の右腕を内部から刺しぬく。肘を中心に、手先から肩までびっしりと刺し貫き、生えていた。言葉にならない悲鳴を上げる山南。
「パトリ……シアさん、レオンを頼みます……」
必死で声を振り絞る。もはや振り向いて皆の顔を見る力も残っていない。その場に膝から崩れ落ち、自身の血だまりに倒れ込んだ。
「お断りしますわ。だから……生きていてください!」
「またキツイ事を……」
エクエスの口元は笑っていた。しかし、その意味は誰にも解らない。
「キョウジさん……。すみません、アナタに追いつけませんでした」
次回! 第五章【Destiny of the Evil】 -悪の運命- ⑰親子
是非ご覧ください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます