⑰【親子】


 右腕をボロボロにされた山南は、床に落ちた刀を拾う事もなくその場を逃げた。この状況でセイラとパトリシア二人の相手をするのは困難と判断したのだろう。


 しかしセイラにはそれを追いかけるだけの余力はなく、パトリシアにしても、エクエスの亡骸をそのままにして追いかける事は出来なかった。何より一階の酒場の状況確認が必要であったし、場合によってはエマへのフォローも必要になってくる。 


「辛いやろうけど、今動けるのは嬢ちゃんだけや……」

「解っていますわ。お姉さま、エマちゃんをお願いします」


 必至で涙をこらえているのが痛いほどわかる。『なんでこの娘は辛い目にばかり遭うんや……』声にならない声がタクマの口から洩れていた。

 セイラは手錠が外れたとはいえ、まだ体を動かすのは難しい。エマと部屋の中で待機してもらうしかなかった。



「嬢ちゃん、とりあえずエクエスを隣の部屋に安置や」

 廊下の床も壁もおびただしい鮮血で真っ赤になっている。その中を血まみれになりながら部屋にエクエスを運び入れる。 


「何故ですの……。あの男は、なんでこんな事ばかり」

「今はエマちゃんの事を考えてやりや。不本意だろうが、山南の事はワイとキョウジにまかせておいてくれ。悪いようにはせぇへん」


 エクエスを隣の部屋に寝かし、顏に着いた血をふき取った。愛用の剣をかたわらに置き、両手を胸の上で合わせる。


「今はこれしか出来ませんが……。床の上でごめんなさい」


 パティは何気なく部屋を見渡した。キチンと畳まれた衣類、机の上に真っすぐに置かれた本。どれもこれも持ち主の性格が表れている。そんな、整然と置かれたエクエスの荷物が目に入ると、ボロボロと涙があふれだしてきた。

 ほんの数分間、涙をそのままに黙祷を捧げていると、下の階が騒がしくなってきた事に気が付く。


「嬢ちゃん……。下にぎょうさん人が入って来とる。多分警官隊と野次馬や。一旦部屋に戻って血の付いた服着替えとき」

 このあと一階の酒場を確認するつもりだったが……大勢の警官隊が入って来ているという事は、酒場にいた人は皆虐殺されている可能性が高い。ならばわざわざ見に行く必要はないだろうし、むしろそんな死体の山を見せる事が無くて良かったと、タクマは少しだけ安堵していた。


 部屋に戻るとセイラはエマを寝かしつけていた。廊下での会話が聞こえていたのだろう、睡眠魔法マインド・レストを使って急ぎ眠らせたようだ。エマに”血まみれのパティ”を見せないように配慮したのだろう。


「警官隊に状況を話すにしても、山南の素性は黙っておいた方がいいわね」

「うむ、セイラの言う通りや。山南の過去を調べたら嬢ちゃんとのつながりが出てくるかもしれへんからな」


 痛くない腹を探られるのは不本意。警官との会話は場慣れしているセイラに任せておくしかなかった。


 5分と経たずに警官が三人で聞き込みに来た。中年に差し掛かったくらいの警官が主に質問をして来る。その後ろの老齢な警官はその上司だろう。こちらの挙動、一挙手一投足を”監視”している。一番若い警官は新米なのか、靴の裏に着いた血痕を常に気にして床に擦り付けている


「それで、酒場の状況はどうなっているのですか?」

 とことん冷静な口調でセイラが尋ねる。  


「エマちゃんの両親はご無事なのですか?」

 だが、パティは感情が先に出てしまう。十五歳なんて、元世界で言ったら女子高校生なのだから仕方のない事だろう。 


「酒場にいた者は、家主はじめ十七名皆殺されています。この街始まって以来の大惨事ですよ。ところで……となりの部屋に青年の遺体がありますが、お知り合いですか?」


 『お知り合いですか?』と聞いてはいるが、すでに宿帳は調べているのだろう。そしてとなりの部屋にエクエスを安置するために動かした形跡もしっかりある。それでもなおかつ聞いてくるという事は、少なからず大量虐殺犯の疑いを向けられているという事だった。 


「ええ、私達で旅をするのは危険なので護衛に雇ったのです。犯人が逃げた後、廊下に晒したままにするのは忍びないので……となりの部屋に安置しました」

「そうですか。犯人に心当たりは?」

「ありません。ですが、日本刀を持った目つきの悪い小柄な男でした」


 素性以外の情報は、全て明かしておいた方が良いというセイラの判断だった。場合によっては今後、目撃情報の入手につながる場合があるからだ。


「なるほど、ありがとうございます」 

「近隣住人の目撃証言と一致しています。犯人と断定して……」

 何故か得意気に発言する若い警官とそれを睨み付け静止する老齢警官。


「あの……。恐ろしく狂暴な男でした。皆さんお気をつけて……」


 これはセイラの本音なのだろう。山南の狂暴さは普通の人間には対処出来ないのだから。話が区切れたのを確認して、パティが一番気にかかっていたことを聞いた。



「この子は、エマちゃんはどうなるのですか?」

「親戚関係を調べたのち、扶養家族として預かってもらいます。もしくは……幸いこの街には児童養護施設がありますので、そちらに預かってもらう事になりますね」


 行政的にはそれ以上の事は出来ないだろう。むしろ妥当な判断と言える。それでもパティは納得出来ていない様子だった。

 三人の警官がその場を離れようとした時、老齢の警官が振り返りながらセイラに向かって一言残していった。


「手首のアザは目立つので、ちゃんと直した方が良いですよ」


 それ以上は特に何も言わず、隣のエクエスの部屋を調べに入って行った。廊下に落ちたままの手錠と、袖から見え隠れする手首の痣。誰が見ても無関係とは思えないだろう。


「あれは何か疑っているのやろな」

「面倒事になる前に街を出た方が良さそうね」

「でも、エマちゃんは……」



 寝息を立てている小さな女の子。目を覚ましたら両親とも亡くなっているとか悪夢なんてレベルの話ではない。『遠い所に行っているんだよ』と、ドラマで言うシーンがよくあるが、実際それ以外の言葉は出て来そうになかった。


 ……こんな親子の別れなんて、あっていいもんじゃない。


「連れていっては……だめですか?」

「嬢ちゃん、流石にそれはアカンで。ワイらといる方が危険や」

「だけど……」

「セイラも何とか言うたってや」


 パティの気持ちは痛いほどよくわかる。わかるが故に、タクマはセイラに助け舟を求めた。しかし……


「……いいんじゃない?」

「おい、何を言うて……って、セイラお前まさか母親になろうってんじゃ」

「お・ね・え・さ・ん、でしょ!」

「目に殺気が宿ってるやないか。ほんまうちの女どもときたら手におえんで」


 皆、平常心を保とうと無理して普段の会話をしようとしているが、言葉が途切れる度に気持ちが深く沈む。その重い静寂は、ついさっきまで普通に話をしていた仲間が、今はもういないと実感させるには十分だった。


 ……そして二つ三つ言葉を交わした後は、皆黙りこくってしまっていた。

 


次回! 第五章【Destiny of the Evil】 -悪の運命- ⑱通すべきスジ

犯罪者と呼ばれてもかまわねぇ! (キョウジ談)

是非ご覧ください!

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