⑥【誘惑-その2】

 その夜、懐中時計のリューズを回してみた。何も起きない。さらに回す。まったく変化がない。騙されたかとも思ったが、デーモンが出てきてまで渡された魔道具アーティファクトだ、何かやり方が違うのだと考え直した。

 そして、その疑問はすぐに解けた。 


 ――単純な事だった。 


 汽車を動かすには石炭が必要。そう、 魔道具アーティファクトを動かすには魔力が必要だった。その日から夜になると懐中時計のリューズを回しながら、魔法が発動する場所を探し歩いた。



 そして今から一年ほど前の事だ。静かな夜の事だった。歩きながらリューズを回しているとジョンの周りにだけ風が吹き抜けた。『これだ』 と直感的に思ったのだろう。根拠はないが確信はあった。

 目の前の風景は変わらないが、空は明るい。昼間だ。直感的に母親が事故に遭った場所に走った。角を曲がり、村の中央の噴水が見えてくる。



 ――いた! 懐かしく優しい後ろ姿。 



「母さん、そこにいちゃ駄目だ!」

 だがその声に振り返った母は、後ろから暴走してくる馬に気が付つのが遅れ……


 ……轢かれた。


 目の前が暗くなる。気が付くと魔法が発動した場所と時間に戻っていた。声をかけてはだめだ。母が暴れ馬に気が付くようにしないと。いや、むしろ馬を止める方法を考えよう。そもそもその日そこに母が行かないように説得しよう。色々考えた。考えて実行した。しかしその度に、その場で助かったとしても違う死に方を見せつけられた。


 何十回と戻った。

 何十回と母の死を見させられた。気が狂いそうになる。


 いつの日からか、おかしな事象が発生していることに気が付く。学生時代の友人がいなくなっていたり、建物がなくなっていたり、または知らない建物が建っていたり。


 ――そして母親が違う人になっていたり。



 これが時間をさかのぼり続けた代償なのだろう。ならば本当の母親が母親になるまでくり返してやろう。もしかしたら魔力が足りないのかもしれない。もっと魔力の高い場所を探す必要がある。

 そして探し当てた。リューズを使うたびに時間が戻るから、魔法を使ってもその事自体がなかったことになり、誰にも気が付かれない。村の人にも、冒険者にも。

 ただその場に魔力が少しだけ残るだけの話だ。それが獣に影響を与えているのは聞いて知ってるが、それがどうしたというのだろう? たいした事じゃない。そして今夜、魔力の高い今場所で時間を巻き戻す。そうすればきっと……



 建物の陰、ジョンの少し前方に人がいる。暗くてよくわからないが、多分仕事を受けた冒険者だろう。だが魔力に反応されてもこれだけ距離があれば止められる事はない。どう見ても弓矢等は持っていない。こちらに気が付いてもその時は過去に飛んだ後だ。それでこの場はなかったことになる。

 リューズに手を伸ばす。魔力のないジョンでも、何かの力みたいなものが集まってきているのが感じていた。

 

 今度こそ母さんを……

 

 その瞬間足元で爆発が起こる。咄嗟の事なので何が起きているか理解が追い付かないが、手に持っている魔法具から放出された“薄緑の光”がジョンを包んでいた。



 やさしい光。



 慈しむような光。



 この光は……





 ……母さん……ずっと、そこにいたんだ……






次回! 第二章【truth of Fault】-過ちの真実- ⑦報酬

第二章完結。  是非ご覧ください!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る