⑤【誘惑-その1】
丁度良い事に、警察署の裏手には公園があり、のんびりとベンチに座って空を眺めていた。と、見せかけて実は警察で調書を取っている所を、こっそりと風霊性を使って会話を拾っていたんだ。
どんな理由があったとしても、ジョンのやったことは犯罪そのもの。もちろん擁護する気はない。だがそれでも、個人的な感情としては“大岡裁判”を望んでしまう……
♢
「宿屋のおかみさんが死んだ。」
突然の事だった。誰が教えてくれたかは覚えていない。村の中心に位置する噴水の前で、突如として暴れだして制御不能になった馬に轢かれた。
村でも評判の気立ての良いやさしい女性で、生活に困った人には無償で食事を出したりするような人だった。『出世払いでいいよ!』と。
ジョンは思い出すたびに暗くなり、やがて部屋に閉じ籠るようになっていた。前日の夜に口喧嘩をしてしまった事。朝起きて挨拶もしないで市場に買い出しに行ってしまった事。すべてが後悔の対象だった。
そんな折、引き籠ったジョンを見かねた友人が、気分を変えさせるためにと湖に誘ってきた。それでも最初は塞ぎ込んでいただけだったが、視界に広がる水面を見ていて少しは落ち着いてきたのだろうか、次第にひと言ふた言話せる様になってきていた。
「覚えているか? ジョンの家族とうちの家族でここにキャンプに来た事」
「ああ、イタズラしようとしてお前が湖に落ちたんだったな」
「それ、今言うのかよ。その時ジョンの母ちゃんが飛び込んで助けてくれたんだよな」
「そうだっけ? お前が落ちた事しか覚えてないよ」
「なんだよそれ……俺のいいとこ全然ないじゃないか」
なんでもない様な会話が気持ちを和らげていた。きっとそのせいだろう、帰る頃には友人に向けて少しだけ笑顔が作れる様になっていた。
――しかしその帰り道、不幸にもデーモンに遭遇した。
元々この世界には存在しない魔法生物であったが、約八十年前、最初の転生者が現れた頃からぽつぽつと異形生物の発見報告が上がっていた。それ故当時は 「転生者が連れてきた」 と囁かれたりもしたものだった。残忍、狂暴、遭遇したら魔界に引きずり込まれる。
そのデーモンが突如として目の前に現れたのだ。もちろん二人とも見るのは初めてだが、紛れもなくデーモンなのだと言い切れてしまう禍々しい姿かたちをしていた。
足がすくみ動けない。 蛇ににらまれた蛙だ。頬を伝い、背中を流れ落ちていく冷たい汗だけが感じられた。なすすべなく死を受け入れようとしていた時、デーモンは小さな銀色の、それでいて緻密なレリーフが彫られた懐中時計を差し出し〔ケイヤク……シロ……〕 とだけ言い残し、消えた。
……どのくらいたっただろうか、緊張が途切れ、安堵の息を吐きだしその場に二人ともへたり込んでしまった。
「ジョン、それは……捨てた方がいい」
ジョンの手の中にあるのは、持っているだけでも犯罪になるような
そんな友人の厚意に、ジョンは 「考えておくよ」 とだけ言い、懐中時計をしまった。その懐中時計に刻まれている文言や数字は表裏逆になっており、針の進行方向も逆であった。 逆に彫られた文字を読み解く。
――時をさかのぼる。それがこの懐中時計の能力だった。
多分その時のジョンにとって、デーモンとの邂逅は不幸などではなく、僥倖と思えた。『考えておく』とは言ったが、過去を変えられるかもしれないという誘惑に対しては契約する選択肢しか持たなかった。
「ありがとう……ごめん……」
ジョンは、何もない空間に向かって呟いていた。
次回! 第二章【truth of Fault】-過ちの真実- ⑥誘惑-その2
是非ご覧ください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます