⑩【奥の手】


「なあ、キョウジ」

「どうした?」

「山南・兄、まだおるで」

「マジか。嵐撃ディザスターで吹っ飛んでいなかったとはな……」


 多分、魔法詠唱中に危険を察知して、味方を盾にでもして保身を図ったか。少なくとも危険に対する嗅覚はあるということなのだろう。


「さっさと逃げればいいのに、あいつは何してるんスか?」


 レオンの疑問はもっともだ。多分、山南・兄の苛立ちはゲージを振り切っていたのだと思う。前後から挟撃されたばかりか、満を持して投入したゴーレムが瞬く間に2体も倒されるという始末。あまりに思い通りに事が運ばない現状に怒りが収まらない。といった所か。

 それでもこの場から逃げないのは最終目的の石タクマが目の前にある事以外に“何か手を残している”という事なのかもしれない。



 レークヴェイムは、左から来ているゴーレムの突進をかわすと同時に足を掛け、その場に転倒させた。人型とは言え七メートルの巨大構造物が起き上がるにはそれなりの時間がかかる。その間に一体目の敵ゴーレムからランスを抜き、そのまま起き上がろうとしているゴーレムに突き刺した。


「残り四体……二体位は彼等に任せておいて良さそうね」

「結局、あいつ等の名前はプリプリに納まったのか?」

「なんじゃ? その絶望的にセンスのないユニット名は……」


 やはりカドミもそう思うか。俺も人の事を言えた義理ではないが、やはりあれはセンスが無いと思う……。


「それにしても……ちょっと邪魔ね」

「そうだな。いまいち視界が悪いな」

「あら、わたくしも同じ事思っていましたわ」

 

「それじゃパティ、俺は左をやる」

「では、わたくしは右をやりますわ」

 ひとつふたつの言葉で考えが伝わり、行動に移せる。意思疎通が出来ているというのは心地よいものだ。


「おい、ちょっとまて。なにをするのじゃ?」

 そしてここに意思疎通が出来ていない者がひとり……



 パティが詠唱に入る。物理的なダメージが必要になる為、土か氷魔法を使うのがベターか。俺は正面の扉があった所からから左範囲、パティは右範囲に向けて……


氷刃アイス・ブランド!」

土弾アース・バレット!」



 同時に中級精霊魔法を放った。轟音と共に崩れ落ちる城の壁。嵐撃ディザスターで破壊したとはいえ、中途半端に残っていた入口脇の壁をまとめてぶち壊し、外での戦闘を視認しやすくした。


「何してんじゃお前らぁ~」

 慌てるカドミ。今更ひとつふたつ壁が崩れたところで。大差がない状態ではあるが…… 


「視界良くなったわ。イイ感じ!」

「こら、セイラ! イイ感じじゃねぇ!」

「刺し込む光が素敵じゃないかー!」

「キョウジ、おま、どこが素敵なんじゃ!!」

「ま、どうせボロやし~」

「ボロ言うな~!」


 ツッコミに忙しそうなカドミ。あと二~三発撃ち込んだら発狂しそうな勢いだ。


「そんな事よりキョウジ兄さん、山南・兄は次どう出ると思いまス?」

「やけになって自分自身がデーモンになり襲い掛かってくる。ってパターンはないだろうな。あいつはそこまで根性ないわ」

「そやな、落ちるとこまで落ちても保身しか考えなさそうや」


 開けた視界のおかげで戦況の確認が容易になった。敵部隊後方ではルキフェルとディーンが奮戦しており、すでに残ったゴーレムのうち二体を倒している。ここまでほぼこちらの戦術通りに展開し、エヴァンジェル・イギリス連合軍の大敗をもって、この争いもそろそろ終わると思われたのだが。



 ――しかしここで、敵も味方も想像すらできなかったおぞましい光景が、俺達の目の前で展開された。


「流石にこれは考えが及ばなかったわ……」

「うわ、グロいっスね……」


 生き残っているハーフデーモンが、死んだハーフデーモンを“食い始めた”のだ。腹を噛みくだき、頭を引きちぎる。手に持つ武器で切り刻み、叩き潰し、おびただしい量のドス黒い血が辺り一面に飛びちる。

 

「共食い……ですの?」

「うむ。しかし、これだけではすまないじゃろうな」


 どうやらハーフデーモンは死体を丸々喰らっているのではなく、主に心臓を捕食している様だった。次から次に死体をあさり、挙句の果てには生きているハーフデーモン同士でも喰い合いが始まった。心臓をえぐり、生きたまま引き抜き喰らう。一体、また一体と減っていくハーフデーモン。

 この城から伸びる石畳には、重なり合うハーフデーモンの死体と血の海だけが見えていた。


「そろそろいいでしょう。奥の手は奥の手なのですよ!」


 おびえ逃げまどっていた山南・兄がここにきてまた大言を吐き始めると、おもむろにスーツの内ポケットから小さい箱を取り出した。それは、キョウジ達は当然だが、ルキフェルやディーンまでもが見覚えのある物体だった。


「あれは……キョウちゃん、あの時の!?」

「また面倒なもん持ち出してきやがったな。マジで“アレ”はトラウマだわ」


 そう、それはまさしくカレルトーナメントで俺が死ぬ元凶となった、ゲートを開く魔道具アーティファクトだ。


トーナメントあれは良い実験になりましたよ。おかげでいろいろ改良出来ました。今ではこんな事も」



 山南・兄は俺達に背をむけると、小箱の魔道具アーティファクトを死屍累々が浮く血の池に向かって“投げた”。しかし“それ”は下に落ちる事がなく、何もない空間で静止すると、その場に黒く丸いゲートを開き始めた。


 ゲートにいち早く反応したのは、共食いから生き残ったハーフデーモン達と、黒武器を装備し、脳を侵食されている兵士達であった。彼等は盲目的に、引き寄せられるようにその一点に集まって来ている。


 じりじりと広がる黒い球体の中には、血に塗れた赤い目が潜んでいた。“その目”は辺り一帯を睨みながら、ゆっくりとこちらの世界に姿を現す。右手には巨大ななたの様な刃物を持っていたが、左腕は手首から先が存在せず、二本の爪の様なものが出ているだけだった。


 ゲートに引き寄せられたハーフデーモン達は、次々に鉈で頭から叩き割られその場で捕食された。長身細身であった身体つきが、段々とマッシブに変わっていく。その場にいたすべての“食料”を食い尽くした頃には、鉈のデーモンは十メートル近い巨体になっていた。


 これには流石にイギリスの転生者達も慌てたらしく、残った二体のゴーレムが鉈のデーモンに攻撃を仕掛けていた。



「カドミ、自動人形オートマトンにルキフェルとディーンを抱えて逃げる様に指示してくれ。急ぎ、出来るだけ遠くへ。なんかヤバイぞ……」


「……それにしても不思議よね~」

 セイラはレークヴィエムの目を通して見たのだろう。


「だよなぁ……」

 それ以外は俺にしかわからないのだが……



「何で鉈のデーモンアイツ?」




次回! 第六章【be Still Alive】 -生きるための未来- ⑪足元

……俺の仇を討たせてもらう!

是非ご覧ください

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