⑥【可能性】
突如として、背中にしている壁が崩れ、天井が落ちてくる。下敷きにならない様に天井を注視する者、とにかく逃げようとする者、うずくまって動けない者、そのいずれもが、想定外の事態に順応できるほどの経験を積んではいなかった。
俺は正面の敵を見ながらロングソードを抜き、左右の攻撃に備えた。これは師匠から預かったエクエスの形見。白い剣身に鮮やかな青いラインと、上品で控えめな装飾の柄。清廉という言葉が似付かわしい、元の持ち主の性格を体現した様な剣だ。
禍々しいオーラを放つ左手の黒武器と、美しく輝く右手のロングソード。両手にそれぞれ相反する武器を携えた俺の姿は、敵兵士らにはどう映ったのだろうか?
敵兵が振り下ろしてくる黒の大斧を左手の黒剣で受け流し、右手の白剣で肩口を狙って斬りつける。無力化するだけならば武器を持つ腕を狙うのがセオリーだ。しかし、エヴァンジェル王家の兵士は黒武器を装備しており、俺やレオンと同じく腕全体がデーモンの甲殻に覆われている。その為、腕を狙って斬りつけても効果が薄い。それにここまで距離が詰まったら、確実に無力化しておかないとこちらが危険になるのは明白だ。
――故に、今狙うのは武器を持っている方の肩だ。
エヴァンジェル家の兵士達は、黒武器を体内に取り込んでいるにも関わらず 『デーモンになる』 という事実を聞いてもまったく動じずにいる。これは催眠術の類か、もしくはその時点ですでに“脳がデーモンに浸食されている”と予測出来る。
相手が普通の人間であれば次の一手を予測することは可能だが、本人の意思と違う“何か”で動いているとしたら、常識の範囲内での予測は不可能に近い。無力化出来たとしても、この点は要注意だろう。
右に目をやると、シルベスタが
「パティ、頼む」
「わかりましたわ」
パティも気にかけていたのだろう。この一言だけで理解した様だ。シルベスタのすぐ脇にいる
反対側、左壁の
だが、そのおかげで俺が対峙しなければならない敵兵が絞られ、五分の闘いが出来ているのも事実だ。
無詠唱魔法で小さな火玉を起こし、敵兵の目の前で破裂させ視界を奪う。その一瞬で肩を斬り、次の敵に備える。魔法を絡めた戦い方が出来るのは転生者の利点であり、むしろこう言った乱戦においてはかなりのアドバンテージとなる。
目の前の敵兵が間合いを詰めて来る。それと同時に、後ろに回った敵兵が斬りかかってきた。しかしこちらも一歩踏みだし、肩を狙い突きを放つ。
後ろの敵に気をとられ隙が出来るとでも思っていたのだろう。前方の敵兵は一瞬ガードが遅れ、俺の剣が肩を貫く!
後ろの敵は完全に無視だ。なぜなら……
「「背中は――」」
「任せている!!」
「任されているから!」
視界の外から鋭角に斬り込んでくるナイフ。うしろから襲い掛かってきた敵兵は両脚を切り裂かれ、その場に倒れ込んだ。そう、俺の背中はセイラに丸投げだ。
「悪く思うなよ!」
倒れてきた敵兵の右肩を狙って剣を突き立てる。『悪く思うな』とか言ったけど、絶対思うよな……俺なら間違いなく恨むわ。
すでに辺り一面血の海だ。俺やレオンが黒武器を取り出した時の出血なんて、可愛いものに見えてくる。その時、後方のパティから声がかかる。
「お兄さま、そろそろ動きそうですわ」
「わかった。こいつ等は抑えておく」
確かに戦略的にはそろそろだろう。中団に温存しているであろうイギリスの転生者が動くのは。
――しかし、軍隊としての戦略とは全く別の次元で進行している脅威があった。左右から異様な魔力を感じる。むしろこれは妖気とでも言うべきなのだろう。予測通りではあったが外れて欲しかった現実……
「始まったか……」
敵部隊の左右と後方、つまり”加減を知らない”
「なんや、気持ち悪いもんやな~」
「Gの抜け殻からGが出てくる感じっスね!」
ゴンッ……
……レオン、少しは学べ。
「痛いっス……」
「それでも、少し形が違うわね」
「純正品やないな、劣化コピー的なもんや……」
確かに、今迄見てきたデーモンに獣の様な外見が混ざっている。ハーフデーモンとでも言うべきか。
間髪入れずに
「なんや、ターゲットはキョウジのみか?」
「黒武器を持っている者を同族とでも思っているのかしらね……」
「それはそれで気分悪いっス」
セイラの言う通り、黒武器がハーフデーモンを引き寄せているのなら、この状況に説明がつく。俺と、俺の周りには黒武器を装備した“人間”が沢山いるのだから。とは言え、周りにいるローカルズの兵士がデーモン化するのも時間の問題だろう。
その時、敵部隊の後方から光が立ち上った。パティの予測通り、イギリスの転生者達がゴーレムを召喚し始めた光だ。四本……五本……光の柱はどんどん増え、その場にゴーレムが具現化していった。
「ざっと、八体ってところかしら」
「丁度いい頃合いだな……。セイラ、こっちもやるぞ!」
次回! 第六章【be Still Alive】 -生きるための未来- ⑦鎮魂歌
OUT of 眼中!!
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