㉗【円環】
「俺もその場にいた? ならなんで覚えてないんだよ……」
「確かにキョウジはその場にいたが、お前じゃないんだ。キョウジ……」
「くっそ、余計訳わからなくなった。カドミ、さっさと説明してくれ」
「今から約八十年前、この世界に転生させられたワシらは、現実に存在した異世界転生に正直ワクワクしていたんだ……」
♢
――約八十年前(地球での西暦一九三九年)
地球崩壊直後、ワシら三人は草原に放りだされていた。そして“創造主”を名乗る者の声を聞くことになる。正確に言うと“創造主達”じゃ。複数の声がしゃべっていた。異世界に転生した事、魔法が使える事、最低限必要な事だけを伝えるとすぐに声は消えた。当然その時はまだ、六十億の罰など知る由もなかったのじゃよ……
「マジか~、異世界転生って本当にあったんだな」
「そやな。流石にワイらがこうなるとは思わなかったわ~」
「まあ、キョウジは昔から『死んだら異世界転生してやる』とか言っておったのう」
「そうは言ってもさ。本当にあるとは思わないじゃん? それに、毒ガスでじわじわ死ぬとか、あんな苦しい思いは二度とごめんだわ。」
この後どうすれば良いのか全く不明なままじゃ。いきなり放り出されてそれっきり。自力で何とかしろって事なのじゃろう。……ここでも試されている気がしない事もない。
「しかし、何でワイは石なんや」
「でも似合ってるぞ。石。ワシは美少女にでもなりたかったわ」
「カドミが女とか不審者すぎる!」
「いやいや、ワシ意外と美人じゃぞ。大学の時、選挙カーのウグイス嬢に『そこのお姉さん!』とか声かけられたし」
「ロン毛降ろしてる時に、後ろから声かけられただけじゃねえか」
下らない事を話しながら、半日ほど歩き回った所で街にたどり着いた。街と言ってもかなりみすぼらしい。小奇麗にはしているが木造の平屋建てばかりで、“異世界転生ファンタジー”からイメージされる中世ヨーロッパ風の街並みとはほど遠い。
かと言って、ゲームとかにありがちな“魔王のせいで貧乏な街”とかではなく、ただ単にこの世界そのものの文化レベルが低いという事らしかった。
「それでも魔法が使えるってのはファンタジーっぽいけど」
「でも使い方がようわからへんな。いろいろ試さんとアカンで」
「まあ、とりあえずは金かせがんと。魔法の研究はその後でな。異世界にきて餓死とかは流石にごめんだ」
とりあえずは手っ取り早く、何か売るのが良いじゃろうな。見たところ冒険者ギルドみたいなものはないし、仕事を探す方が無理筋に思える。
「カドミ、お前ライターもってたろ」
「うむ。……何かそんな話あったのう。百円ライターでひと財産稼ぐってやつ」
「江戸時代にタイムスリップして~とかそんなのだったか……。ま、それをやろうぜ」
「ほんなら、どうにかしてこの世界の権力者に渡りをつけないとやな」
「後はポケットに入っている物でこの世界ではあり得ない様なものがあれば、ひと財産稼げるだろう」
皆でポケットを探ってみた。皆と言っても、ワシとキョウジじゃが。タクマの持ち物も来ていればもうちょっと色々あったのだろうけれど。
「ライター、タバコ、ボールペン、ポケットメモ帖、娘の写真、このくらいか。キョウジは?」
「模型屋のポイントカード、マスク、のど飴、ポケットティッシュ、家のカギ……あ、これは行けるかも。カギのキーホルダーに小型ライトがついてた」
「ふむ。使えそうなのは、ライターとボールペン、小型ライトってとこか」
こうなると判っていればもうちょっと色々用意して来たのじゃが……。
「後はメモだな。“真っ白の紙”は価値あると思うぞ。この文化水準だと貴重品になりうる。それからポイントカード」
「なんや、模型屋開くんか?」
「ポイントカードの考え方を、店や宿屋とかに導入するんだ。ポイントが溜まったら王家直轄領のホテルに泊まれるとかさ。もちろん予算は王家にでも出してもらう。この辺りのプレゼンはカドミにかませるわ」
「ワシかい……」
キョウジのヤツ、丸投げしてきやがった。まあ、一番慣れていると言えばそうなのかもしれんが……
「今こそ終電社畜の力を見せるんやで!」
「社畜言うな……」
交渉は上手く行った。社畜の面目躍如といったところじゃ。さらには文化を伝えるという名目で、王城のある大きな街に居住をあてがわれた。この辺りは大地から魔力が噴き出していて、何をするにも丁度良い土地柄だった。
生活基盤がしっかり固まってきた頃にまたもや“創造主”の声が聞こえてくる。その内容は、六十億の罰についてじゃった。
「おい……何だよそれは。あり得んぞ。六十億回死ねって……つか、今になって言うか? 普通」
流石にキョウジの罰が一番キツイ内容だ。とは言え、この罰って……
「ワシらが受けるようなものか? 理不尽じゃろ」
「そうやな。あの状況でワイらの罪になるとかありえへん」
そしてこの日から、魔法研究と平行して“理不尽な円環の業”を断ち切るにはどうすればいいかを模索していた……
一番最初に考えたのは、地球が滅ぶ直前に行って、正しい選択をするという事。
しかしこれには問題が二つあった。
一つは、二つの世界は同じ時間が流れている為、百十年待ってから転移しなければならないという事。
もう一つは“過去は変えられない”という法則で考えると、ワシらにとって未来の地球崩壊は過去の出来事になっているので変えられない可能性がある事。
結果、却下となる。
次に考えたのは、自分達を地球に転移させ、啓蒙活動活動を行う事。しかしこれは、自分という存在が産まれる前に地球に存在してしまう為、どのような影響が出るか予測がつかなかった。もちろん、却下とした。
最悪かつ最後の手段、これは……ジェノサイドが起きる前のワシ達を殺す事じゃった。そうすれば地球が滅ぶという未来を回避できる可能性がある上、不可抗力な大量殺人の責任を押し付けられる事もなくなるじゃろうと。
当然、自分達が死ぬ事になるが、六十億回だの六十億年だのといったあり得ない円環の罰よりは全然マシという判断じゃった。
……もっとも、こんな案を実行しようとする時点でワシらは相当病んでいたのじゃろう。
次回! 第五章【Destiny of the Evil】 -悪の運命- ㉘孤独
回想シーン後半です。
是非ご覧ください!
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