⑲【決意】


「そうですか。あの子エクエスが……」

「あの、エクエスさんは……私達を守る為に必至で闘ってくれました」


 言葉を詰まらせながら、パティがその時の事を説明する。顔色一つ変えずに黙って聞く師匠。レオンはというと、訃報を聞いた途端泣きじゃくり、膝を抱えて母親の脇に座り込んでいる。


「師匠……申し訳ありません。俺が、俺が護衛を頼んだばかりに……」

「キョウジ、何を言っているのですか」

「し……しょう?」

「エクエスがいなかったら、こちらのお嬢さん方三人とも命がなかったかもしれないのですよ。よくやったと褒めるべきでしょう。それに冒険者として旅立った以上、死に目に会えないのは当然と思いなさい」


 こんな状況でも凛とした声で俺達を諭す師匠。一番辛いはずなのに、テキパキと指示をだす。


「お嬢さん達はお風呂にはいりなさい。汗と血の匂いをしっかりとるように。そんなこっちゃモテないよ!」


 この辺りの村や町には風呂の文化が伝わっていた。おそらく、過去に日本人がこの辺りに広めたのだろう。この家にもタイル張りのしっかりした薪風呂があり、つい昨日まで俺も薪割りをさせられていた。


「それからキョウジ、レオン、川行って臭い取ってきな! 男どもは水で十分。さっさとお行き!」

「かあちゃん、俺、昨日の夜風呂入ったよ……」

「いいからお行き!」

「……レオン、行くぞ」


 無理矢理レオンを立たせ、半分引きずるような状態で川に向かう。


「キョウジ兄さん、俺、本当にいいっスよ……」

「レオン、お前がしっかりしないでどうする?」


 少年には酷なのはわかっているが、レオンには立ち直ってもらわないと師匠まで潰れてしまう。





「なあ、師匠は平気な顔していたけどさ。そんな薄情な人間だと思っているわけじゃないだろ?」

「もちろんっス……。エクエス兄さんの帰りをどれだけ楽しみにしていたか……」

「ならばわかってやれよ。俺達には涙を見せられないって事を」


 あの場で泣き崩れてもおかしくないはずなのに、気丈にふるまって見せた。だけど自分の子供が死んで戻ってくるなんて親不孝に……平気でいられるはずはない。きっと今頃は……


 昨夜放置したままのテントに着き、上着を脱ぎ棄てる。


「レオン、この辺りは誰もいねえ。テント使いな」


 黙ってテントに入るレオン。誰にも見られない、聞かれない場所が欲しかったのだろう。 


「かあちゃん……。にい……ちゃん……」


 テントの中から号泣する声が聞こえてくる。今は泣き止むまでそっとしておこう。いや、むしろそうするしかなかった。俺は俺で……川の反対岸近くまで行き、声を殺して泣いていたのだから。


「人を殺したいと思ったのは初めてだよ、タクマ」

「仕方あらへん、同じ気持ちや。アメリカの時、ワイに手足があったらと思うと、ほんま悔しいなんてもんやないで」


 人生皮肉なものだと思う。やってもいない大量殺人の罪でこの世界に転生させられ、だけどそこで人に殺意が芽生えるとかさ。 


「キョウジ兄さん……」

「ああ、少しは落ち着いたか?」

「俺、あの男を殺したいっス」

「そうか。それが良いか悪いかは自分で判断しろよ。その時が来るまで考え続けるんだ。どんな選択をしても止めはしない」


 偉そうな事をレオンに言いながら、実は自分に言い聞かせていた。結局、残された者がどう考えるかが重要で、そこに故人の意思は存在しない。 


 エクエスの性格からしたら、仇打ちは止めてくれと言うだろう。『故人はそんな事を望んではいない』と言う人もいる。だけどそれは偽善だ。残された者に我慢を強いるかせみたいなものだ。


 だから、残された者の気持ちの方が優先されるべきだと……俺は思う。


「戻るか。エクエスを弔ってやらないとな」

「はい」



 俺もタクマも、レオンやパトリシアの為に手を汚す覚悟はとっくに出来ている。この子らが、どうしても拭えない殺意をいだいたのなら、最後の業は背負ってやる。 



次回! 第五章【Destiny of the Evil】 -悪の運命- ⑳形見

必ず、返しに来ます!

是非ご覧ください!



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