寄り道話 -キョウジの知らない話- ※第4章【true this Way】 -人の在り方- Down Side:不都合4.5話
【キョウジの知らない話】
「
「うむ……。東雲さん、これはいつから書かれていたのですか?」
「それが全く、心当たりがないのです」
ここは東京都中野区の閑静な住宅街。しかし今は大勢の人だかりと警察官でごった返している。これから日をまたごうという時間帯に、パトランプの赤い光や警官の持つライト、近所の家々の灯りで、辺り一帯騒然と言った感じだ。これはつい二時間ほど前、営利誘拐と思われる事件が発生したためだった。
――それも、関連不明の二人の青年の死体を伴って。
「お願いします、娘を助けてください……」
「管轄署員総力を挙げて捜査にあたっておりますので、ご安心ください」
自宅の前で愛娘が誘拐されたのだ。その心労はいかばかりのものか。それにしても、この二人の死体はなんだ?
「東雲さん、この二人に、もしくはどちらかに見覚えは?」
「いえ、まったく……見覚えはないと思います」
この、足元の二人の死体からわかる状況は、AがBをめった刺しにして殺し、BがAの首を切って殺した。という現状だけだ。
……これはどちらが先なのか?
Bの指紋がついているナイフは数メートル先に落ちていた。状況的に”Bはナイフを投げ捨ている”という事。
――これが明らかな違和感だ。
仮にAが先にBをめった刺しにしている最中にBが反撃してAの首を斬ったとする。その後投げ捨てるか? Aは刺し続けてきているのに。
もしBが先にAの首を切ったとしたら、Aはその後どうやってBを組み伏せ、めった刺しにしたのだろうか? Aの首の傷は致命傷なのに。
つまり結論は”第三者による犯行”の線が強い。東雲夫妻の娘さんが誘拐された事からも、誘拐犯がその”第三者”である可能性が高い。とするとこの二人は誘拐犯グループの一員で、仲間割れでもあったのだろうか?
殺人を
そして不思議な事がひとつ。近所の住人は”騒ぎを聞いているのに誰一人としてその会話内容を覚えていない”という事。これは事件内容に関する証言が皆無という事になってしまう。
――その時連絡が入り、急ぎ無線を取る。
『環七、新神谷橋で犯人車両を前後から挟み込み逃げ道を絶った所、犯人グループが発砲。銃撃戦になっている』
「日本だろここは……。それよりも人質の安否確認を急いでくれ!」
銃を撃ちあっている渦中に人質がいるとか絶望的じゃないか。くそっ、無事でいてくれよ……
とりあえず、愛娘の安否確認が出来るまでは話は伏せておこう。話しても余計に不安にさせてしまうだけだ。
何食わぬ顔で夫婦の元に戻る。ポーカーフェイスを維持するのも仕事のひとつだと、警察官になったばかりの頃に教え込まれた。
「……ところで東雲さん、これはいつから書かれていたのですか?」
「それが全く、心当たりがないのです」
視線の先には、東雲邸の外壁に書かれた数字がある。書かれたというよりも焼き付いているといった方が正確だろう。黒く焦げた状態で書かれていた数字が車両ナンバーの可能性を考えて一斉手配したのだが、これが間違いなく犯人の車のものであった。
ダイイングメッセージともとれるが、この二人の死体のどちらかがやったのか? やったとしてもガスバーナー程度の火力ではこんな”コンクリートがえぐれるような”燃え方はしない。
「警部、無線が入りました」
「人質は?」
「無事です。奇跡的に」
「流石に警官隊も人質には当てないように注意しているだろうからな」
「それが……。犯人グループは逃げきれないと判断し、人質を殺そうとしたそうですが……」
「なんだと?」
それで無事だったのは本当に奇跡としか言いようがないな。
「人質を撃っても当たらなかったそうです」
「……何を言っているんだ?」
「いえ、ですから、弾が曲がって人質には一発も当たらなかったと犯人が言っているそうです」
「曲がったって。何だそれは? ……まあ、無事でよかったが」
結果オーライってやつだ。それにしても、この事件はわからない事が多すぎる。死体の2人、壁の文字、誰も覚えていない会話、当たらない弾。何かの力が働いているとしか……って、警察官がそんな事言っていたらおしまいだな。
「鍬形警部、ありがとうございます。娘が、涼子が無事で本当によかった……」
「ええ、我々も一安心です。娘さんもかなり疲労していると思われますので、今日の所はこちらに送るように手配しています。また明日以降、証言の為にお時間を頂きたいのですが?」
「もちろんです。ああ、良かった……」
犯人グループの生き残りが二名、そして人質が一名。この三人の証言で事件の真相がどこまでわかるか? とはいえ……弾が人質を避けたとか、高火力で書いた壁の文字とか、多分解明出来ないだろう。
そんなもん超常の力しかありえないし、それこそ漫画やアニメの世界の話だ。……そしたらこの死体の二人も、異世界にでも転生しているかもな。
「はあ……。報告書どう書きゃいいんだ、こんなの……勘弁してくれよ」
とりあえず今夜は録画しといたアニメでも観て忘れよう。
……明日から当分、寝る時間がなさそうだ。
寄り道話 【キョウジの知らない話】 完
ご覧いただきありがとうございます。
是非是非、本編も続けてご覧ください。
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