⑦【有象無象でも……?】

「ほんと、小者だよねぇ~。脇役決定!」


 笑顔のセイラがあきれながらつぶやく。次の瞬間、脇役アニキの横腹にナイフが突き刺さった! それも左右から一本ずつ。悶絶してその場に倒れ込み、這いつくばりながら悶えている。

 弧線を描いて飛ぶ八本のナイフ。普通ならありえない動きに、脇役アニキは目を奪われていた。そのスキに投げた二本だ。セイラは本来、逃げる相手に致命傷を負わせるような戦い方はしなかった。戦意をなくした者に追い打ちをかける意味がないからだ。しかし、今回は部下を置いて逃げる上司に腹が立ったのだろうか、容赦なくナイフを突き刺していた。


 自分の土俵に相手を上げ、一方的に力を見せて負けた気にさせる。それがセイラの心理戦だった。実際彼等は“一斉にやられた”という状況を見せつけられただけで、ブロックヘッド以外は大したダメージを負っていない。アニキが冷静であれば、形勢は逆だったかもしれない。


「さて、この穴……どうしよ? これだけ大きな音立てたら忍び込むも何もないよね……ま、どっちにしてもこの穴から入るしかないけど」

 計画では忍び込むはずだったが、これでもかというくらい力いっぱい目立ってしまった。だからと言って、セイラは反省も後悔もしない。次の一手を考えるだけだ。それが彼女の長所でもあり短所でもあった。


「……ま、キョウちゃんの方で忍んでくれるでしょ。きっと」

 良く言えば前向き、裏を返せば楽観的。しかしそれは経験からくる自信の表れとも言える。



 ――それにしても、小悪党ってのはどうしてこうもタイミングが悪いのか。セイラは、そう思わずにはいられなかった。


「ちと待てや、姉ちゃん。俺の舎弟どもがなめられてこのままいかせるわけには……」


 セイラが声の方に振り向くと、黒のスーツに黒の帽子、趣味の悪い金色の腕時計を付けた“これぞ小悪党の親玉”が手下を連れて出てきた。


「いかねえよなあああ???」


「カ…カシラ……」

 ブロックヘッドがおびえる声で顔を上げる。


「ふ~~ん、アンタが、ねえ……」


「やってくれんじゃないの、姐さん!」

 ――ニヤニヤ。

「どうよ? こちらにつかねえか?」

 ――ニヤニヤ。

「見事なもんだ。うちの馬鹿どもがくっちゃべっている間に魔法つかっていたろ? ナイフが曲がったのはそれか?」


「あら、それなりに見てはいるんだ。それなり、だけど」

 確かに、言われる通り一投目をフェイクとして投げ、脇役アニキと大男がしゃべっている間に二投目の為に魔法詠唱はしていた。横から見ていれば魔法を使えないローカルズでもそのくらいの判断はつく。

 


「だとしたらどうする? おカシラさん」


「だから、俺の手下に……」


「お・こ・と・わ・り! どうせ私の目もくらむようなこの体が目当てなんでしょ? おほほほほ。あ~やらしいわぁ。スケベさんですこと!」

 

 ここまでは笑顔&普通のトーンだ。むしろ優しく。わざとらしい笑い声を添えて……そして一呼吸おいてオカシラを睨みつけ、軽く“がなり声”をまぜつつ言い放つ。


「にやけヅラのアンタみたいなハゲとかかわる気はないね。相手している暇はないんだよ。このヅラ! カス! ハゲ! さっさとお家へおかえり。しっしっ、ほらほら、House!」


 相手の言葉にわざとこちらの言葉をかぶせてストレスを与えておき、そして抑揚を大きくつけた言葉で相手のプライドを揺さぶる。このオカシラもアニキ同様、アッサリと挑発に乗ってくるタイプだった。


「お、お……俺は……俺はハゲてねぇ! 二度も言いやがって。ちっとばかし薄いだけだ!!!」


 セイラはストレス解消を兼ねて適当に言っただけだったが、帽子の下は図星だったようだ。あまりに図星過ぎてアッサリ挑発に成功してしまった。

 ハゲをいじられたのがヤバいと思ったのだろうか、カシラのすぐ後ろに控えている幹部らしき男が慌てて手下どもに号令を下す。林の奥からワラワラと、ひと目で把握できないくらいの手下が出てきた。


「あ~、さすがにヤバいな、これ」


 ナイフは投げるのを前提でかなり本数を隠し持っているが、これだけの人数を相手するのは難しい。そもそも先ほどの一対七の戦いでさえ、冷静になってゴロツキ全員で襲い掛かかっていれば、セイラでもひとたまりもなかっただろう。ましてや今は、目視で把握出来ない数が相手だ。


 アニキの舎弟どもに刺さったナイフの回収は難しいが、大男のアキレス腱を切り裂いた二本のナイフは上空に待機したままにしてある。

 そのナイフの一本を、こちらに向かってくる有象無象どもの目の前でわざと大きく旋回させ足止めし、もう一本をカシラのすぐ目の前に突き付ける。

 

 ――眼前にナイフが飛んできて静止する。これには流石に一瞬怯むカシラ。


 ここでカシラを倒すことは出来るだろう。しかし、その後この手下どもの動きが読めない。一斉に来られたらいくら何でも多勢に無勢。有象無象相手でも確実に嬲られる。つまり、今は倒すのではなく、このまま牽制しておくのがベストだろう。

 幸いにも、予想不可能な軌道を描くナイフは牽制に十分使え、カシラはじめ有象無象は警戒を強める。


「お、おい、アレはまだか? 早く持ってこい!!」

「まだ来ていないようです。それに一発しか使えないのでここでは……」

「くそっ……」



「まだまだ出てくるけど、刺されたいM男君はいるのかな?」

 手に持った数本のナイフをヒラヒラ見せ笑顔で回りを見渡すと、おもむろにそのナイフを投げた。一直線に飛び手下どもの足元に突き刺さる。彼等の言う『アレ』が何なのか気にはなったが、ここでの最優先は逃げの一手だ。


「私は領主に用があってね。ちょっとだけ余力残したんだけど? でも君らがやるって言うなら全員まとめて潰すけど、どうする?」


 足元に突き刺さったナイフに加え、自身に満ちた笑顔での一言。その二手で盗賊団全員が完全に固まった。もちろん、全員潰すなんてのはブラフだ。手の中のナイフを投げるフリをするだけで手下どもは後ずさる。



 ……そしてそのスキに、壁の穴から屋敷内に飛び込むのだった。




次回! 第一章【laughing Stone】-笑う石- ⑧命は 転生前も 今も 変わらずに重い

この物語における主題の一つ【命】。 是非ご覧ください! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る