⑥【そして裏門では……】

 俺が正面門でゴロツキに囲まれるちょっと前、裏門ではセイラが数人の男達と対峙していた。


 領主の館裏手には、使用人が使う為の出入口がある。この、いわば勝手口そのものには警備はおらず、定期的に屋敷の周りを巡回する衛兵がいるだけだった。付近には小さな林がある程度で人家はない。正門に比べたらかなり雑な警備体制で、体裁だけを気にして見えない所は手を抜く“隠蔽体質”の領主らしい屋敷ではある。


 それ故、館に忍びこもうとする輩は大抵ここからの侵入を試みるのだろう。とはいえ、他人の家に忍びこもうなんてタイミングで遭遇するとか、不幸を通り越して最悪のケースだ。

 


「あら? デートのお誘いかしら?」

 と、ナイフを構えながら軽口を叩くセイラ。とは言え相手を甘くみている訳ではない、目の前の相手を吟味する為に視線は外していないのだから。どうみても堅気の人には見えないし、そもそも領主の館に裏手から忍び込もうとする人間がまともなわけがない。どうみても堅気の人には見えないし、そもそも領主の館に裏手から忍び込もうとする人間がまともなわけがない。

 余裕を見せたセリフを言いながらも、セイラの背筋には冷や汗が流れていた。囲まれたらまず勝ち目はないのがわかっているからだ。背後に回り込まれないように、立ち位置を調整しながら常に敵全員を視界に入れる。一人対多数の戦いでは、囲まれたら一気に不利になってしまうのは経験からも十分に承知していた。


「アニキ、時間がありませんぜ」

「おい、俺を見下ろすなと言っているだろ!!」


「やぁねぇ、プライドばかり高い男ってさ。間違いなく上司にしたくない男No.1ね。そんなにイライラするとハゲるわよ~」

 と、小柄なアニキを“見下ろしながら軽く煽るセイラ。少しずつ何度もイラつかせ、それを蓄積させていけばやがてはキレる。キレれば短絡的になって、策にハメやすくなる。それを狙っての言動だった。



「……このアマ!! ひん剥いて弄んだ後売り飛ばしてやる!! おい、ブロックヘッド!」

「へい!」

「顔だけは傷つけるなよ、売り物にならんからな」

 

「ちょっと陳腐すぎないかしら? その脅し。小学校行き直した方がいいんじゃない?」

 

 それが彼等の流儀なのだろう。いつの時代でもどの世界でも、こういう輩は一定数いるものだ。ブロックヘッドと呼ばれた大男は、背負っていた二メートルほどの大槌を構えながら、それでもアニキに問う。


「本当にやるんですか? 相手は女ですぜ?」

「なに弱気になっとんじゃアホ! なめ腐った奴は男も女も関係ない。それが俺らのやり方だろうが!!」

「でもよ~……」

「てめぇ、拾ってやった恩を忘れたか!!」


 しびれを切らしたアニキが意味もなく怒鳴り散らす。音量と権力が比例していると思い込んでいる典型なのだろう。しかしこういう感情の起伏が激しい性格は、セイラにとって最も相手にしやすいタイプだった。こういった“ちょっとした言葉のやり取りや仕草”を見逃さずに分析すれば、相手の思考の裏をかく事もそんなに難しい事ではない。



「……そんなに怒りっぽいと、女の子にモテないぞ♡」

 軽く足を開いて両手を腰に着き、軽く前かがみになりながら“あざとく”言い放つ。もちろんこれも、相手をイラつかせるためのポーズだ。


「くそっ、いいからさっさとやりやがれ!」

「……そんじゃ、お嬢さん、いきますぜ!」

 ――ブロックヘッドは言うと同時に、右手に持った得物を無造作に振り下ろした。これだけの重量武器を片手で扱うにはかなりの膂力が必要ではあるが、この男の真髄はそれよりもむしろ“相手との間合いを見切る力”に長けていた。

 ――攻撃が当たるギリギリの間合い。

 ――もし避けられても反撃をかわせる間合い。

 相当場慣れしているのが見て取れる。傭兵上がりだとしたらかなりの手練れだ。しかしそれは、ローカルズ同士での戦いにおいての評価であった。経験を積んだ、武器と魔法を織り交ぜた戦い方が出来る冒険者からしたら対処方法はいくらでもある。



「スキが大きすぎだよ!」

 大槌を避け、間合いを取りながら手もっていたナイフを投げる。続けざまにもう一本!


「なんだそりゃ? そんなものでブロックヘッドに傷をつけられると思ってんのか。

なめるなこのアマ!」

「横から茶々を入れてくるとか、もう完全に脇役確定だね、おチビさん!」


 ブロックヘッドは飛んでくる短剣を大槌の柄ではじき、二本目のナイフを左手でつかみ取りその場に投げ捨てた。その左手には、うっすらと手の皮1枚切れた程度の傷がついていただけで、まったくダメージを負っていない。


「見たか。つえ~んだよ、コイツは。おい、お前らも加勢してさっさと終わらせろ!」

 

「アニキィ~、女一人相手にそりゃねえよ~」

「うるせぇ! 卑怯でもなんでもやるんだよ! こんなところで時間食っていたらカシラに殺されるぞ!」

「!!」


「……わ、わかったよ」


 真剣な顔つきになる大男&有象無象の手下ども六人。そのカシラと言うのがどういう人間なのかは、部下こいつらの反応をみれば推測が出来る。

 


「さてと……“It’s Show TIME!!本気で行くよ!”」


 一本が二本、二本が四本と、手の中のナイフが手品のトランプみたいに増える。右手と左手。そしてその八本のナイフを一息で投げた!



 ブロックヘッドは先程と同様、大槌の柄ではじこうと構える。武器にもよるが当然軽い方が取り回しはよい。得物の大槌は見るからに超重量級の武器だが、槌の方を持ち、軽い柄を振り回すことで素早い動きに対応できる。

 ナイフがブロックヘッドに向け、一直線に飛ぶ。一投目よりスピードがあった。だが先ほどと同様、ナイフの軌道を読み大槌の柄を合わせてくる。


「だけど、そう簡単にはいかないんだよね!」


 ――確かに軌道を読んだ。間違いなく弾いたはず。しかし手ごたえがない。ブロックヘッドがそう感じた次の瞬間には左踵の上、アキレス腱に熱いものを感じた。



 ……そう、飛んできたナイフは軌道を変え、ブロックヘッドの左アキレス腱を切り裂いていた。


 これに一番驚いたのは、高みの見物を決め込んでいたアニキ。一瞬にしてナイフがおかしな動きをして“つえ~舎弟”のアキレス腱を切断し、他の手下どもも肩や背中にナイフが刺さり悶絶している。

 何が起こったのかわからなかった。ナイフが“生き物のように”軌道を変えながら六人の舎弟が一斉にやられたのだ。肩や太ももを刺され、悶絶している。


 ブロックヘッドはといえば、突然の事とは言え多くの戦いの経験がそうさせたのか、倒れることを本能的に拒み踏みとどまった。左足に力が入らない。それでも目の前の敵に攻撃を仕掛けようと右足だけで身体を支え、前のめりになりながら大槌を振り下ろす! 

 だがしかし、飛んできた八本目のナイフが右足のアキレス腱も切断、勢いそのままに館の外壁へ大槌を振り下ろす形になり、爆発音ともとれるような音ととともに壁に大穴が開いた。



 その時点で逃げの体制に入ってるアニキ。部下の安否なんぞ気にする余裕もなく、振り向きもしないで一目散だ。





次回! 第一章【laughing Stone】-笑う石- ⑦有象無象でも……?

バトルシーン後半! 一方、正門のキョウジはいかに? 転是非ご覧ください! 



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