②【ーセイラー】


『人を傷つけるという事は、同時に自分を傷つけているんだよ』


 物心ついた頃から、常々母親に言われていた言葉。まさかね、それを今になって痛感する事になるとは思わなかったわ。


 「傷つける、か。……でもまあ、キョウちゃんなら大丈夫でしょ。私とは、違うから……」



「セイラ、何をボーっとしている」

「はいはい、聴いてるから。さっさと進めて」

「まったく、それが上司に対する態度か!」


 悪態はつく癖に、それ以上は何も言わずに話を進めはじめる。この人達はそれで良いのだろう、とりあえず上層部から言われた事をそつなくこなすだけの管理職。この病院の会議室にしても自身で使用交渉したのではなく、国家権力を使って無理矢理使用しているのは容易に想像出来るわ。


「それで? 口数多すぎ、簡潔に話してよ。こっちは怪我人なんだ、少しは気を使って早く終わらせようとかないの? というかさ、なんでこの場に諜報部と関係ない人がいるのよ?」 


 既知とは言えまともに話した事なんてほぼない。貿易の街で、キョウちゃんへの預かりものを受け取った時に接触があった程度の相手。どう考えてもイギリス諜報部の会議の場にいるべき人物じゃないわね。


「セイラ、黙れ。……申し訳ない。気が立っているみたいで」

「いえいえ、見たところかなりの大怪我の様子。疲れているのも仕方ありませんよ」

「そう思うのならさっさと終わらせて欲しいわね」


「それでセイラさん、次の指令内容なのですが。あなたの知人であるタクマさんを確保してもらいたいのです」

「ちょっと待って。なんで日本人あんたがイギリス諜報部の指示を出すの?」


 さすがににこれは看過できない話。タっ君は石だけど、ひとりの意思を持った人間であって決して物ではない。それを奪い取って来いと? それも諜報部の指示ではなく。


「我らがイギリス政府は、日本政府と協力する事になってな。今は諜報部もイギリス政府も日本政府も意見は一致している。反論の余地はない。わかったら……」


「お断り!」

「なんだと?」

「お断りだと言ったのよ! そんな卑怯な事はやらないわ」


「まあまあ、セイラさん、落ち着いて」

 事ある毎に割り込んでくる日本の外交官。ウザ……。


「知ってのとおり、現状この世界では”電力事情”が芳しくありません。そのため……」

「うるさいよ」

「な、なんですと?」

「うるさいって言ってんのよ。今の一言で大体の察しはついた。協力はできないわ」


 “エネルギー問題解消の為”と言えば聞こえはいいけど、タっ君を政治利用しようとしているのは明白。真に問題解決を考えるのなら、イギリスと日本だけで秘密裏に動く必要はないもの。 

 ま、莫大な利益と権力を産む可能性があるから、必死なのは判らなくもないけどね。あわよくば世界を牛耳ろうという魂胆なのかしら。


「この世界でまた日英同盟とか、アンタら脳みそカビて生えてるんじゃないの?」

「セイラ待て!」

「まだ上司風吹かそうっての? それともやり合おうってんなら相手するけど?」

「――おまえ、このまま無事でいられると思うなよ?」

「安いわね、その脅し」


 この場にいる者は権力を振るうだけしかできない人種だ。多少なりとも魔力を持っているにもかかわらず、安全な所に身を置くことしか考えていない。それがあまりに下らなく見えてしまったのが、こいつらと決別する銃爪ひきがねになったようなものね。


「キョウちゃんの”生き抜く意思”をまざまざと見せられたおかげで、あんた等が愚にもつかない下種だと気づかされた様なものだけど。それについては感謝してるわ。今迄こんな連中の指示で動いていたとか、本当不覚ね」


 部屋から出た後の会議室は、キレた上司の怒鳴り声が響いていた。しかし、もう関係がないのだから、気にする必要もないでしょ。わざわざイギリス領まで行く手間が省けたのは良しとすべきだね。


「ところでシルヴィはどこに行ったのよ、まったく。キョウちゃんの部屋の護衛でも頼みたいんだけどな。仕方ない奴……」



「……そうですね、仕方がないとあきらめてください」

 病院を出たところで、うしろから声をかけられた。振り向くと、そこには意外な人物がいた。別に驚く事もなかったけど。



「ふうん、アンタなの。それにしても何? その口調は。いつもみたいにしゃべったらどうなの?」




次回! 第四章【true this Way】 -人の在り方- On your Side:味方 ③エクエス

本当、飽きない人達です(エクエス談) 是非ご覧ください!

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