⑨【水面下】
セイラが出て行ってから一時間くらい経っただろうか。その頃には、窓から入ってくる少し冷たく心地よい風が心を落ち着かせてくれていた。
いろいろ思う所はあるが、今悩んでいても一歩も前進しないのは明白。だから、アイツに会うまでは記憶の奥にしまい込んでおく事にした。
……それでも自分の性格だと、色々考えちゃうんだよな。
――コンコン
「失礼します」
あれ? この人は日本の外交官の……
「キョウジ殿、よかった。お元気そうでなによりです!」
そう言いながら、果物が詰まった籠をテーブルの上に置く。割れた花瓶や壁に刺さった果物ナイフ、散乱している様々なもの。一目見て「何かあった」とわかる状況ではあるが、気を使ったのだろうか、それにはまったく触れてこなかった。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「いえいえ、キョウジ殿にはお世話になっておりますので」
「こんな所にまで仕事で?」
「ええ、この街の特産品を仕入れる契約がありまして。あの領主の投獄まで見届けてからこの街に来たのですが、そしたらキョウジ殿が入院されたと聞きまして……大丈夫ですか?」
「お気遣い感謝します」
「……ところで、タクマ殿の姿が見えませんが?」
「仲間が散歩に連れて行っています。俺がこんなだから気分転換に……」
「そうですか……ああ、いや、仕方ないですよ。これだけの大怪我なのですから」
――――!
「ホント、死にそうでした」
と言いつつ笑って見せる。
「タクマ殿とも話をしたかったですよ」
「はは……それは残念でしたね。まだこの街にはいるのですか?」
「ええ、書類が仕上がるまでの数日は拘束ですよ……」
「辛いですね、政府の高官ともなると」
「いえいえ、そんな大した役職ではないですよ。走りまわされているだけです」
「本当、大変そうだ……すみません、まだちょっと本調子じゃないのでそろそろ休ませてもらっても?」
「ああ、これは失礼しました。 突然お邪魔してしまって申し訳ないです。では私はこれで」
日本政府の外交官は”何かを確認する様に”部屋を見渡し出ていった。壁に刺さった果物ナイフや血痕、へこみ。何も言わなかったのは気を使ってではない、眼中になかっただけなのだろう。
それ以上に優先すべき事があっただけだ。つまりここに来た目的は”俺”ではないという事。
大勢の目の前で”死んだ”俺に……
ほんの少し前にひっそりと”生き返ったばかり”の俺に……
外交官は何も疑問を挟まずに『大怪我』と言った。
彼は、いや……日本政府は、か。どこまでこちらの情報をつかんでいるのだろうか。
――多分、狙いはタクマだ。何か悪いものが水面下で動き出している気がする。
「お兄さま、入ってよろしいですか?」
「え? ああ……」
いつからなのか、パティが病室をのぞき込んでいた。
「お話は終わりましたの? 何か、難しい顔をしていますが?」
「すまん、話しかけにくかったよな。大丈夫だったか?」
とりあえず無事みたいだ。もしタクマが狙われているとしたら、パティの身も危険だからな。
「師匠からお笑いの稽古をつけていただいていましたわ」
「おう! やはり弟子一号はスジがええで!」
「おう! やはり弟子一号はスジがええで!」
う~~ん、やっぱり二匹はうるさい。
「キョウジ、お前今二匹とか思ったやろ!」
「キョウジ、お前今二匹とか思ったやろ!」
「え?なんでわかった?」
「……マジか、ホンマそう思うたんか! ワイは悲しいで~!」
「……マジか、ホンマそう思うたんか! ワイは悲しいで~!」
「もしかして俺、鎌かけられたのか?」
「お兄さまも、たまには騙されるのですね!」
パティが意地悪く笑う……はあ、勘弁してくれ。疲れすぎて頭回らないわ。それに、”たまに”どころではない。
俺は……騙されてばかりだ。
「お兄さま、お疲れでしょうからそろそろお休みになった方が」
「そうだな、タクマはその辺りに転がしておいてくれ」
「いつも以上に扱いが酷いやないか!」
「いつも以上に扱いが酷いやないか!」
「そうか? こんなもんだぞ、いつも……」
短時間に二回も殺され、精神がズタズタになって、突拍子もない現実を突きつけられ……よほどつかれたのだろうか、急に眠気が襲ってきた……
いや……これは、パティの
「おやすみなさい。ですわ、お兄さま」
次回! 第四章【true this Way】 -人の在り方- Down Side:不都合 ⑩誘拐
タクマが高値で売れるんだって!? 是非ご覧ください!
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