③【……また。】
涼子を後ろに下がらせる。不本意だろうが何だろうが『反論は許さない』と目で伝えた。
「ペガ……いつまでも舐めてんじゃねえぞぉ!」
「ゴキブリなんか舐めたくねぇよ」
「てめ……」
もうこの状況になったら先輩でもなんでもない。俺を、涼子を殺そうとしている”敵”だ。こんなヤツに容赦はいらない。恨まれるのは俺だけでいい。
だから徹底的に……すりつぶす!
『いいんじゃない? キョウちゃんらしいよ』
「だろうね」
頭の中の声に返事をする 誰なのか知らないけど、なんかもう抵抗がない。
Gが包丁を両手で持ち、真正面から突進してくる。しかし俺は包丁を持つ手を左手で受け流し、更に右手でGの肩をつかみ、みぞおちに膝蹴りを入れる。その拍子に帽子が落ち、苦しんで倒れるG。動きが見えた。勝手に体が動いた。何故こんな事が出来ているか不思議ではあるが、疑問はこの問題の後に置いておこう。
「ショウちゃん、こんなに強かったんだ……」
「おう、能ある鷹は何とやらだ」
「能あるペガサスでしょ!」
ペガサスという名前にも抵抗がなくなった。何を優先すべきか? 何をやらなければならないか? その決断の前では些細な事だったという事に気が付いたんだ。
閑静な住宅街に響く、バチバチバチッ……という音と光。Gの手には隠し持っていたスタンガンがあった。見るからに不潔な長髪が顔をまばらに覆い、電気のスパークする音と相まって異様な雰囲気を醸し出していた。
「まあ、飛び道具よりはマシだな」
『アイツは何か、奥の手を隠しているんやろな』
それはもう見切っている!!
――ハズだった。
Gは右手に包丁、左手にスタンガンを持ち、俺を睨みつけている。だが動く気配がない。何を……隠しているんだ?
……嫌な予感がする。
『アイツは何か』
Gから目を離さずに、涼子を視界の隅に捉える。
『奥の手を隠しているんやろな』
そこには……人影が二人分あった。涼子が後ろから何者かに口を押えられ、短刀を喉元に突き付けられていた。
「涼子!」
しくじった。ほんの一瞬だった。涼子の状況に注意が向かってしまい、Gから完全に目を離してしまった。
その瞬間、激しい痛みが首筋にあった。スタンガンの電流だ。日本で手に入るスタンガンは鋭い痛みを与える事は出来るが、気絶したり死亡したりといった事はない。それでも当てる場所や当てる時間によって、一時的な麻痺を与える事が出来る。
Gの目的は麻痺させる事だ。殺すのは右手の包丁で良いのだから。
首筋に電撃を受けた為か、身体に力が入らなくなり、その場に倒れ込んでしまった。
「へっ、何が俺強いですよ?だぁ。アホかっつーの」
「……おい、さっさと始末しろ」
涼子を捕まえている黒づくめの男の声だろう。くそっ、身体は動かないのに意識ははっきりしていやがる。
Gは俺に馬乗りになると、そのまま無造作に包丁を突き刺した。首、胸、腹。何度も何度も。相当恨んでいたのだろう。そのたびに体が揺れる。
刺されている感覚が、金属の板が内蔵を貫通している感覚が、しっかりある。麻痺が回復するにつれて少しずつ痛みを感じ始め、徐々に増してくる。首の刺し傷が痛みを感じるとともに、血が吹き出ている感触があった。
ここまま何も出来ずに死ぬわけにはいかない。しかし、すでに抵抗する力がないのが自分でもわかる。痛みと苦しさとで何をすれば良いのか考えが追い付かない。いや、もう考えても無駄なのだろう。……指一本動かせないのだから。
呼吸が出来ない。また、こんな死に方をするのか。
……また?
またってなんだ?
朦朧とする意識の中で涼子を見る。涙がこぼれている。そんな顔は見たくなかったな……ごめん、涼子。もうそんな言葉も発することが出来ない。
黒づくめの男は三人になっていた。車も見える。計画的な営利誘拐か? Gは利用でもされたか。その逆もありうるな。色々な事が一瞬頭をよぎったがそんな事はどうでもよくなった。
今は、彼女の無事だけが望みだ。
それだけでいい。
誰でもいい。
護ってくれ!
近所の家々の明かりがつき始めているのがぼんやりと見える。流石に騒ぎに気が付いたのだろう。誰か出て来てくれないか? 人目があれば誘拐はしにくくなる。 誰でもいいんだ。
Gは、多分二十回位は俺を刺したと思う。目を見開いたまま微動だにしない俺を確認し、息を切らしながら満足した顔で立ち上がると涼子の方に向き直った。
「へへ…… 俺の……」
次回! 第四章【true this Way】 -人の在り方- Down Side:不都合 ④カウントダウン
奇跡は起きるのか? 是非ご覧ください!
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