②【中野・夜】


 今日一日頭の中がモヤモヤしたままのデートだった。なんか、涼子に悪い事しちゃったかな。


「ショウちゃん、本当に大丈夫?」

「ああ、一晩寝れば回復すると思うよ……多分」


 映画の後、海老丹デパートとルミネウエストをはしごして買物。無理せずそこそこのレストランで食事をして、今家まで送ってきたところだ。


 涼子は実家暮らしで両親とも健在。一応、付き合い始めの頃に挨拶済み。しかし、あの時は滅茶苦茶緊張したな。大きな家が無駄にプレッシャー値を上げていたし。

 単なる挨拶なだけだったのに、家族総出で妹まで待機していたのには冷や汗ものだった。挨拶の直後『お兄さま!』と呼ばれた時は凄いドキドキしたわ。冗談でもやめてくれ、心臓に悪い……



「なあ、そんなもので良かったのか?」

「イイよ。イイに決まってるじゃん。お揃いなんだから!」


 今日、ルミネで買った同じデザインのラップブレスレット。安物という訳ではないが、特別高いものでもない。それでもこうやって喜んでくれるのは、本当に気分が良くなる。次はもっと喜ばせよう。とか思っちゃうもんな。……今度は体調万全にしておかなきゃ。


「ねえ、これ、会社にコッソリつけていこうよ」

「あ、同じこと言おうと思ってたのに。先に言われたか」

「袖の中に隠しておけば大丈夫よね!」


 時折見せる幼いいたずら心も、魅力の一つだ。こんな時間がずっと続くと良いな。



「それじゃ、また明日会社で!」

「うん、また明日!」


 と言いつつ、右手を引く。いつもの、それこそ定番の、恒例と言っても良いだろう。電柱とブロック塀の影に隠れ


 ――キス ……そして、きつく抱きしめる。


 時間の経過が残酷に感じる。だけど肩に回した手が、腰に回した手が、離れるのを拒んでいる。今日一日ほんのりと香っていたシャンプーの香りがハッキリと鼻孔をくすぐった。



 ――その時



『お兄さま、集中!!』



 頭の中にまた声が響いた。その声で頭が覚醒したのだろうか? 何かに追われるように目を開けると、そこには人影が一つあった。 

 一瞬『はずかしいとこ見られた』と思いもしたが、その人影には見覚えがあり『何故ここにいるのか?』という疑問に打ち消された。


「……G先輩」

「え? なんでゴ……あなたがここにいるの?」

 

 ここにいるはずがない人。それに加えて、横恋慕。夜。


 ――ストーカーだ。

 瞬間的にそう判断し、G先輩に向き合い、涼子を背中に隠した。


「こんばんわ……え、と、なんでしょう? せん……ぱい?」

 

 その場をごまかすような言い方になってしまったが仕方ない。G先輩は微動だにせず、また、帽子を深くかぶっている為、どこを見ているのかもわからない。



 涼子が後ろで警察に電話をかけている。安心した、冷静だ。端的に住所と名前、そして『強盗』と言う単語。これを二回繰り返して電話を切る。この場所なら五分もしないうちに警察官が来る。『ストーカー』と言わずに『強盗』と言ったのは大正解だろう。


 もちろん、


 たまたま知り合いが、


 たまたま同じ時間に、


 たまたま涼子の家の前で、


 たまたま手に刃渡り二十センチ程の包丁を持っていた


 というだけの話かもしれないが。


 涼子、頼む。君は家の中に逃げ込んでくれ。……ってそんな事出来る女じゃなかったな。考えるだけ無駄だった。それが出来る人間だったら、入社式の時に新入社員に気を遣う事はなかっただろう。 


 多分彼女は、いや、彼女も、だ。俺が涼子を守ろうとしているのと同じように、涼子も俺を守ろうとしているのだろう。


 背中から出てきて、俺の横に並ぶとG先輩に向き合った。手をつなぐ。震えているのがわかる。


「それ、この状況だと持っているだけで犯罪なんだけど?」 

「先輩、とりあえずそれ……しまいませんか?」


「なんだよ……それって。二人して、それって。なんだよ。仲がいいですアピールかぁ?」


 やばいな、まったく話を聞こうとしない。何か大きい音を出したり騒いだりして近所の人に出て来てもらうか? いや、それはG先輩を刺激するだけだ。今はとにかく穏便に、落ち着かせないと。


「ちくしょう……ふざけやがって。俺の方が先に目をつけていたんだ。それをよくもぉ」

「いや、先輩、落ち着きましょう……」

「ダメだよな。人のもの盗ったらダメだよなぁ? 小学校で習っただろう? おい、ペガちゃんよ! 俺の女盗ってんじゃねえよぉ。アホみたいな名前しやがって。てめえの親も低学歴なんだろうなぁ、おいぃ!」


「ふざけんな! ショウマはあんたと違って真っ当な人間だよ! ペガサスの何が悪いのさ。あんたみたいなゴキブリがふざけた事いってんじゃないわよ!」

「涼子、落ち着け。俺の事はいいから、頼む!」


 こういう人なんだ。自分がバカにされるよりも、家族や友人がバカにされる方に怒りを感じる人。この場において正しいかどうかは別として、本当に、俺には過ぎた女性だとすら思う。尊敬というべきか。俺自身そうありたいと思っている人物像そのものだ。



 ――だからこそ、絶対に守らなければ。



 腹を決めたら急に頭の中がスッキリしてきた!




「すいません先輩、俺、強いですよ?」




次回! 第四章【true this Way】 -人の在り方- Down Side:不都合 ③……また。

狂気を持ったストーカー。 ヤバイなこれ(キョウジ談) 是非ご覧ください!




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