第四章【true this Way】 -人の在り方-  Down Side:不都合 

①【新宿・春】

「…………ちゃん」


「……ショウちゃん!」


「起きろ~、ショウマ!」



 …………


 はっ……


「……すまん寝てたか……おはよう、涼子」

 完全に前後不覚に陥ってた。いつの間に寝てしまっていたみたいだ……それもモフモフバーガーの店内で。あまりに久々のデートだから、思春期の中学生みたいに昨夜はなかなか寝付けなかったんだよな。

 それにしても、チーズモフバーガー食べかけのまま寝てしまったとは我ながら情けない。情けないながらも、目を開けたその先に君がいる幸せは何物にも代え難いのだが。



「おはようじゃないわよ」

 とイタズラっぽい笑顔で言う。


「それにしても珍しいじゃない、私よりも先に来ているなんて。まだ十時だよ?」

「いや、女性を待たせている時点で遅刻なんだろ?」

「何それ、誰に言われたのよ」

「あれ……。誰だっけ?」

「アヤシイな~。どこの女?」

 と言いつつも、俺がそんなにモテる男じゃない事は君が一番わかっているんだろ?


「でもまあ、悪い事じゃないよね。この先一生、ショウちゃんが先に来て待っていてくれるんだし」


「何だよその縛りは……一生待ち合わせって、結婚する前から別居宣言か?」

「ん~それは流石に嫌だな。ショウちゃんの料理美味しいもん」

「今度は家事しません宣言かよ~」


 彼女、東雲涼子は会社の先輩で二つ年上だ。もっともそれを言うと怒られるが。パティに年齢を聞いた時もセイラが怒って……


 あれ? 何この記憶……パティとかセイラとか誰だ?


「あ~、また難しい顔してる~」

 冷めたフライドポテトをつまみながらニコリと笑う。この笑顔にどれだけ救われた事か。



 会社の入社式の時、あろうことか“新入社員全員の名前を部長が読み上げる”という俺的にはとんでもないイベントが発生し、いきなり初日から『京地ペガサス君』と呼ばれ爆笑の中心に放り込まれた。 

 その時『ペガサスなんて、カッコいいじゃない。素敵だと思うよ!』と堂々と笑顔で発言し、皆の嘲笑を一瞬で止めてくれたのが彼女だった。それでも他の社員は先輩同輩問わず「ペガサス」とか「ペガ」とか呼んできたが、涼子だけは「ショウマ」と呼んでくれた。


 多分その頃はまだ、何か特別な意識があっての事ではなく、曲がったことが嫌いという性格がそうさせていたのだろう。



『フライドポテトは関西でフライドおいもさん言うんやで~』



「それ、半分ネタらしいぞ」

 ……言ってから気が付いた。


 なんだ今の声は? 思わず周りをキョロキョロと見てしまったが、今の声は明らかに頭の中で響いてた。咄嗟に返事してしまったが……


「ショウちゃん、どうしたの?ネタって……?」

「いや、何でもない」

 と、思う。何かさっきから変だな……。変と言えば、目が覚めた時から視界が、左目の視界が赤っぽくぼやけている感じがする。



「いつも変だけど、今日は特に変だね~」


 はいはい。と言いながら彼女の顔をまじまじと見る。この笑顔の為なら死ねると結構本気で思っている事に、自分自身でも驚く。


 俺は基本的に人を避けて生きてきた。人が嫌いという訳ではなく、過去の“若気の至り”とでも言うべき失敗がトラウマとなり、人と接するのが怖いのかもしれない。だからこうやって涼子といる事も奇跡みたいなものなんだ。


 普段会社で顔を合わせるとは言っても、お互い仕事は仕事でキッチリやるからプライベートな会話は殆どない。だから付き合っている事が発覚しても、からかってくる人はいなかったし、むしろ上司からは「社会人の見本だ」みたいな押し付けがましいモデルケースとして歓迎されていた。 

 ……まあ、涼子に気があった先輩社員からは敵認定される事になってしまったのだが。


「無理無理。だってあの人、足クサイんだもん」


 と、涼子の的確な人物評。確かに、半径二メートル以内に近づくと『靴下いつから替えてないの?』って位の臭いがしている人だ。


「趣味とかはどうでもいいのよ。競馬趣味でも模型趣味でもアニメ趣味でもね。だけど臭いはダメ。あれはダメ。ゴキブリレベルにダメ!」


 酷い言われ様だな。まあ、仕方ないけど。


 付き合い始めの頃にそんな話が出て、それ以来俺の中では『G先輩』という名前になってしまった。そのうち間違って本人の前で言いそうで怖い。



『ゴキブリの移動速度って人間に換算すると時速三百キロらしいで~』



「……」


 今度は声出さなくて済んだ。幻聴とか疲れてるのかな……


「ゴキブリの移動速度って人間に換算すると時速三百キロらしいよ」

「なにその絶対に一生使わない無駄知識は」

「あ、いや、なんとなく……」

「じゃ、そろそろ行こうよ」

「そうだな、早めに行って真ん中の席確保しなきゃだし」


 今日から封切りの映画[タタミで寝ーたー2] これ、ずっと楽しみにしていたんだよな。早めに移動したのが功を奏したのか、中列のほぼ真ん中の席を確保出来た。


「前過ぎると首がいたくなるんだよなー」


「だよね。真ん中くらいが丁度いいよ」

 そうなんだよ、こういう価値観近い相手ってのが付き合いやすいんだよな。無理せずにいられるのが一番だ。


 冒頭、最凶の敵ジュワちゃんが、味方に寝返るシーンから始まる。前回の1の時は、攻撃が全然効かない最凶の敵だったからな。あれからずっと2を楽しみに……

あれ?


「ずっと」って……いつからだ? そもそも1っていつやったんだっけ……?


 ……やっぱり何かおかしい。 



 何が……おかしい?




次回! 第四章【true this Way】 -人の在り方- Down Side:不都合 ②中野・夜

とりあえずついてきて!(作者談) 是非ご覧ください!

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