寄り道話 0.5章【the Perfect Food】-喰らえ!飯テロ-
【the Perfect Food】
転生してから数か月。日本の街、寒空の下を「今夜は何を食べようか」と考えながら歩いていた。ここから二週間ほど歩いた先の村では上質なワインと地鶏料理が食べられると聞き、そこから逆算して「今日は中華の気分か」などと取り留めもなく。
異世界とはいえ人口の四割が転生者のこの世界では、この日本街だけでも元世界と同じように和洋折衷一通りの料理を食べられる事が出来た。
「関東人は”食べられる”いうけど、関西人は”食べさせてくれる”いうんやで」
と、タクマのどうでもいい一言をBGMにしながら歩いている時だった。
ふと、記憶の奥底をかき回す様な何とも懐かしい香りが漂ってくる。辺りを見まわすと、細い路地の奥にポツンと灯りが一つ。その前には、赤い楕円形をした街灯があった。
「あれは……間違いない、赤ちょうちんじゃないか!」
そしてその店から流れてくるこの香りは。
「忘れもしない俺のソウルフード……」
そう思った時にはすでに、店に向かって歩き出している。中華の気分なんてどこ吹く風。それはまるで、脳みそを求めて無心で歩くゾンビの様でもあった。
――店の前に立つ。
【居酒屋・猫鰯】
赤い提灯に白い文字で書いてあった。
引き戸を開け、暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!!」
威勢のいい声が響く。
「くう、これだよこれ!」
これぞ居酒屋! と言った感じのその店は何ひとつ違和感なく、完全な元世界の居酒屋だった。唯一違うのは、多分これは流通の関係なのだろう、メニューに鮮魚関係がない事だった。それはちょっと寂しいが、今の目的はそこじゃない。
「大将、この味噌の香りはもしかして」
「お? お客さん、甲州かい?」
この一言で確定だった。
「やはり。まさか出している店があるとは思わなかったよ」
とりあえず心を落ち着かせて、まずは日本酒とつまみを頼む。店主自慢の自家製の純米酒と、B級グルメグランプリを獲った【鳥もつ煮】
あとは無駄な抵抗と知りつつも健康を考えて特製マヨの野菜スティックを頼んだ。
甘辛く煮込んだ鳥もつ煮の凝縮された味。香ばしさが食欲をMAXにまで引き上げる。
スッキリと淡麗でありながら腰の据わっている日本酒。これは薄濁り酒と言った感じか。あえて もろみ を粗濾しし、米の甘味と旨味を引き立たせている。この世界に米が存在してて良かったわ~。
ラベルには【猫賢】と書いてある。大将はよほどの猫好きなのだろう。
そして、野菜スティックの特製マヨは、卵黄・なたね油をべースに和からしと味噌をブレンドし、アクセントに山椒を少々。これがまためちゃくちゃ美味い! その日消費する分だけ作るので、酢の類は入れておらず、どうしても酸味が欲しい人には別途添えている。
……これだけでも満足度はかなり高い。
次に出てきたのは冬定番の【おでん】
大根・厚揚げ・牛スジの三種。こんにゃくがないのは残念だったが、こちらの世界では蒟蒻芋の代わりになる植物がないらしい。
大根は皮下の白い線を基準に厚めに皮を切り取り、三日程かけて味を入れている。 厚揚げは別途茹でて余分な脂をとる。そのかわり、牛スジの仕込み段階での煮汁を加えていて、生姜とネギがほんのり香る、何とも風味豊かでマイルドなおでんに仕上がっていた。
そして最後に【追いガツオ】
『これが重要なんだ』と大将が力説してた。
「……ヤバいな、尻に根が張ってしまった」
ここに住みたいくらいだ。
そう言えばカドミの奴は居酒屋がマイホームみたいなヤツだった。
『行きつけの店があるけど、絶対に常連風は吹かせない』
と、口癖のように言っていた。
『いつもの!』
とは死んでも言わないとかなんとか。
『サッときてサッと帰るのが作法なんだ』
とかなんとか。
アダルトDVD借りる時の心得をレクチャーしている感じだったな。
なんてことを考えていたけど、お目当てのコレが出てきた瞬間、カドミの酒のみ作法とかどうでもよくなっていた。
――そう、コレよコレ。
【甲州名物、ほうとう】
野菜類、タンパク質、炭水化物、ビタミン、ミネラル、塩分全てが入った最強の完全食! まさしくthe Perfect Food!! 異世界でこれを出している店があるなんて。
転生前の地元では各家庭で作っていた郷土料理で、他県の人が旅行かなんかで来た時に『ほうとうのおいしい店はどこですか?』と、聞かれても『うちのが一番美味い』と答えてしまうほどのソウルフードだ。
……その ほうとう が目の前に!
まずは汁をすする。
「美味い!」
かの昔、戦国武将・武田信玄公が戦場で食べる陣中食として考案したとされる ほうとう。
野山の山菜やキノコ類を採ってきて煮る。
小麦を練った麺を平たく伸ばして切り、打ち粉を落とさずにそのまま鍋に放り込む。
その際に刀を使って切ったという話もあり、一説によると【宝刀】と書くとも言われている。
野菜に七割ほど火が通ったら麺を投入。この時、打ち粉を落とさずに入れる。これがトロっとした味噌スープの素だ。麺そのものは、さぬきうどんみたいなコシがある麺ではなく、もっちりとした食感である。
そして、最後に兵士が身に着けている“腰縄”を投入する。この腰縄には味噌が塗り込んであって、一緒に煮ると鍋の中に溶け出すという仕組みだ。
かくして【陣中ほうとう】が出来上がった。
まあ、当然今は腰縄を入れる事はないが。それにしても、一番だしはおでんに、二番だしは ほうとう に、と使い分けているのがニクイ。
「やるな、大将!」
あまりに美味すぎて麺を一気に捕食してしまったが、そのタイミングで店主がそっと出してきたものがあった。
「これは……冷や飯!?」
ほうとうの残り汁に冷たいご飯を入れる。和風ラーメンライスとでも考えればわかりやすいか。これがまた滅法美味い。
昔の超有名な俳人だったか「ご飯は炊いた翌日に、冷水をかけて食べるのが美味い」と書き残した人がいたが、それに近いものがあるのだろう。
水分が飛んで少し食感が増した白飯と、野菜類の味が溶け込んだ味噌スープの相性は抜群である。
「気持ちイイ食いっぷりだな、あんちゃん。」
大将は気を良くしたのか、帰りにお土産を渡してくれた。
握りこぶし大の包み。持ってみるとずっしり来る。そしてほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「うお、こ……これは……。この香りは!」
「おっちゃん、これって」
「おうよ、黙ってもっていきな!」
「ありがとう! おっちゃ……大将! また来るよ!」
俺は半分涙目であった。
大将もうるうる来ていた気がする。
♢
火照った体に夜風が気持ちイイ。空気が澄んでいる分、星が良く見える。
「ほんで、土産なにをもろうたん?」
「ああ、これか。これは……」
【甲州名物:鮑の煮貝】
知る人ぞ知る逸品。葡萄やワイン、ほうとうは有名だが、コレを知る者は通と言っても差し支えないだろう。
かの昔、これまた武田信玄公が“内陸の甲州で海鮮を食べる”為、水揚げされた鮑をその場で塩辛く煮込み、腐らないようにして運ばせたのが由来とされている。
鮑独特の食感と、甘じょっぱいタレとの相性が抜群で、酒のつまみにしても、白飯に乗せても、炊き込みご飯にしても、とにかく美味い。
世界中の人にオススメ出来る【まさに絶品】である!
「大将、煮貝まで作ってしまうとはな」
それにしても今夜は良い邂逅であった。久々に、本当の日本にいるような気分だった。明日にはここを立たねばならないが、いずれ必ず三人で戻ってこようと思う。三人というか……二人と一石だが。
大将、それまで元気ていてくれ。
「おい、一石ってワイか? ワイだよな? なんだよ一石って。石が単位っておかしいやろ。問題提起するで。ワイは問題提起する! この問題に一石を投じるんや~!」
「タクマ、それつまらんで~」
夜風はまだまだ冷たかった。
寄り道話【the Perfect Food】 完
ご覧いただきありがとうございます。
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