㉑【脅威】

 ――最早これは試合などではなかった。

 人を殺すことに躊躇がない相手。

 話し合いなんてまったく不可能な相手。 


 すでに命の危険がある“死合”になっている事を……俺も、セイラも、フィールド上の誰もが痛感していた。禍々しい色の魔法陣の輪が、少しずつ大きくなってきていた。放っておいたら会場中の人間があの中に飲み込まれるかもしれない。だが、観客にそんな脅威は伝わっていない。


 ――優先すべきは、この場にいる全員に対する脅威の排除。

 それ故、観客の前で素肌を晒す事になっても“やらなければならない事”を違えない。セイラの決断力と行動力が、躊躇なく“それ”を選択していた。


「うおぉぉぉ!もっと脱げ~~」

「ストリップじゃ~~~~~!」

「剥げ~もっと剥げ~!」


 最初は一部だけであったが、徐々に会場全体を狂気が包んでいく。連鎖なのか伝染なのか、目に見えてヒートアップしていく人が増えていった。 


「なんか会場がおかしぃないか?」

「ああ、かなり異常だな……」

 多分、あのデーモンか魔法陣が、魔力を持たないローカルズの精神に何らかの影響を与えているのだろう。怒りや憎しみと言った感情が増幅され、そしてそれはデーモンのエネルギーになっている。負の連鎖どころではない。


 パティが包帯で腕を固定している間、シルベスタとパトリシアオタク達が盾で周りから見えないようにガードしてくれている。こんな状況でも冷静に動ける仲間が、どんなにありがたいか骨身に染みる。 


「見えねえぞコラ!!」

「どけや、ガキどもーーーー!!」

「殺すぞクソガキ!」


 ますます異常な雰囲気になっていく観客席。最早収拾がつかない。


「ひどい……」

 パティの目には涙があふれている……心を失った大人の狂気の言葉だ。凶器と言ってもよいだろう。そんなものが飛び交う中、十五歳の少女が平気でいられるわけがない。


「嬢ちゃん気にするな、あんなのばかりじゃねえ。味方はここに大勢いますぜ!」

「そうでゴザルよ!」 

「な、何があっても味方なんだな……」


 オマエらナイスフォローだ! 二人は任せたぞ! ……デーモンが感情を増大させているとしたら、あの二人のパトリシアオタクは”恐怖よりもパトリシアへの気持ち”が勝っているって事か。だから負の感情に呑まれていないのかもしれない。オタクの集中力ってのは時として恐ろしいほどのパワーを発揮することがあるからな。


「おい、何しやがる!!」

「なめんじゃねぇぞ!」

 喧嘩まで始まっている。もはや観客席も乱戦状態だ。と思ったのだが……


「うるさいよ、おっさん!」


 言うが早いか殴りつけ、暴言を吐いていた連中はその場に倒れ、沈黙する。

必要以上に派手に動き、必要以上に大見得を切る! そこでは妙に派手な連中が大立ち回りを、まさしく“演じて”いた。


「いいか、あいつ等は命張って戦ってんだ。てめえらの好奇な目で見ていいもんじゃねぇんだよ!」


 声の方を見てみると赤・青・金と坊主二人が、明らかに熱くなって暴言を吐いている連中を片っ端から殴り倒し、沈黙させていた。赤達も殴り返され、痣が出来ている。一回戦で戦った後、何か改心でもしたのだろうか。やり方は……まあ、別として、グッジョブだ。坊主二人は確か空と橙だったかな……?


「色がないと、まったくわからへんで~」

 タクマ、わかるぞ。わからない気持ちがよくわかる!


 どうやらセイラの腕の止血と固定も終わったようだ。とはいえ満足に戦えはしないだろう。言っても聞かないだろうから下がれとは言わないが、それでも出来るだけ後方支援に徹してもらおう。



 セイラが自らの服を切った時に背中に見えたタトゥ。あれは召喚魔法陣だった。自身の体に魔法陣を刻んでいたのなら、何もなしに精霊を呼び出せる理由は解った。だが、魔法なんて自然の摂理に反するモノである以上、本来生物との相性は悪い。

 ……多分、精霊を呼び出している間中、背中にものすごい痛みを感じているはずだ。


「姉さん、大丈夫っすか?」

 声をかけたのは、いつの間にかフィールド上に降りてきていた紫だった。ん~、こんな顏してたのか……髪色しか印象にないわ。


 自身が着ているギャラクシープリンスお揃いの上着をセイラの肩に乗せる。立ち振る舞いはむずがゆくなるくらい紳士的だ。弱かったけど。

 白をベースにした宝塚の男役が着るタキシードみたいな形状で、襟や袖に赤のラインがあり、所々金銀で装飾がしてある。 

 ……まあ、普通なら着ていられない派手さだな。


「流石にあんなもの見せられちゃ、俺達正義のアイドルもだまってはいられませんからね!」

 白い歯をキラッと光らせながらドヤる紫


「……あかん。ツッコミどころ多すぎて追いつかへんわ」


 禍々しい壁が徐々に広がってきている。赤黒く、それでいて透明なドーム状の半円。中にいる術師の胸の穴からは、すでにデーモンが一体出てきているのが見えた。 


「ヤバイな、これは……」 

 個体差があるとはいえ、普通はデーモン一体に対して“戦術を熟知した転生者五~六人”でやっと対処出来る位だ。今出て来た一体だけならここにいる転生者達で倒せるだろう。しかし穴の中にまだ複数の赤い目が見える。

 そして、最も気になるのが敵リーダーが術師の背中にあてている物。何か道具を使って術士を媒介にし、魔界とつながる門に仕立て上げているといったところか。


 ……正直俺も余裕はなく、それ故何も期待しないで雑に鎌をかけてみた。


「なあ、その魔道具アーティファクト、どこで手に入れたんだ?」

「ほう、オマエ、何者だ?」

「さあ、ね?」


 答えは期待していなかったが、どうやら“正解”だったらしい。俺の問いに対して「何者だ?」という疑問は『これを魔法具アーティファクトと知っているのはイギリス政府関係者ではないか?』と考えての返答。という事だ。



 つまりはイギリス政府が、セイラが、追っていた犯人がそこにいた。




次回! 第三章【Existence Vessel】-魂の器- ㉒言い訳

是非ご覧ください!


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