⑳【魔族】


 試合直前に挨拶を交わした時、彼は間違いなく人間だった。もしそこにいたのがデーモンや人外生物であったとしたら、どんなに隠しても“その人の持つ魔力の質”で転生者にはすぐにバレる。


 ――しかし、あれはどう見ても魔族・デーモンの腕だ。


「なんてことを……」

 レオンが今にも飛びかかろうとしたその時、重鎧の男が腕をつかみ止める。


「エクエス兄さん!」

「おちつけ、レオン……怒りは目を曇らせる。よく見るんだ!」


 ……なるほど、彼はレオンの兄貴だったのか。エクエスの言葉で、俺達も状況を見極めようと思考を切り替えていた。一言で回りに影響を与えられるほどの判断力と落ち着いた声。年は俺より少し若く見える。それでも相当経験を積んでいるのだろう“状況を正確に掴む力”を持っているのがわかる。



 召喚士の胸を貫いていると“俺達が思ってた”リーダーの腕は、実際には右手に持った何かを召喚士の背中に押し当てているだけだった。つまりデーモンの腕は、召喚士自身から出ているという事だ。


 魔法陣を囲む魔力の壁が段々と、薄紫から赤黒く変色してゆく。禍々しいその色は“触れたら危険”だと本能に訴えかけていた。

 エクエスは警戒しつつ呪文を唱え、自身の持つ“刀身が白く輝く騎士剣”に魔法を付与している。魔力の壁を魔力で打ち消す。その為の事前準備だった。

 文言を重ねる回数が多い。これは簡易的なモノではなく、かなり強力な魔力付与だ。詠唱時間が長くなると防御が手薄になる為、通常の戦闘ではまず使うことは出来ない。しかし、今の敵は正面だけで、そしてレオンが敵と自身の間にいる事で守りは任せられる。


 詠唱完了とともに魔法陣に突っ込むエクエス。それに合わせて前を走り、敵の攻撃に備えるレオン。この兄弟はよほど信頼関係が厚いとみえる。無言でお互いのやる事を認識していた。

 エクエスに向けて、黒い爪が魔法陣から延びる。軌道を読み、爪に回し蹴りを食らわすレオン。その隙にエクエスの剣が魔法陣を貫く!



――しかし剣は”その”魔法陣に阻まれた。



「どういう事だ……?」

 本来なら、反属性の魔力を突き刺す事で“相殺される”はずだった。しかしこれは……

 ”剣を突き立てた所から放射状にヒビが入っている” 魔力の壁とはいっても、物理的なモノではない以上、ヒビが入るなんて事はまずありえない。

 そのあり得ない事が目の前で起こっていたのだ。その為、一瞬判断が遅れたのだろう。ヒビのすぐ下から“また”黒い爪が出現した。


「兄さん!」


 出現したと認識した時には、その爪は……すでにエクエスの右ふとももを貫いていた。剣を手放し、左足だけで後ろに飛びのき倒れ込む。兄を守る為に駆けつけるレオン。しかし。  


 ゴーレムの操縦の為に移動できない俺

 重症のセイラと、抱えて走るシルベスタ

 足を怪我して動けないエクエス

 兄を守る為に魔法陣からの攻撃に注視するレオン



 皆が皆、各々の状況で手一杯だった。そして、次に魔法陣から現れた黒い鉤爪は……


 ――パティを標的にしていた。


「オマエだ、小娘、オマエが全てを狂わせた! よくもぶち壊してくれたな……エクエスもレオンもまだ使えていたものを!」


 エクエスの心臓を狙って即死させる事も出来たはずなのに、わざわざ足を狙ったのはその場にレオンを釘付けにするためだった。


「まずい、パティ!」

 パティはセイラの肩の怪我に意識が行っていた為、防御行動が間にあわなかった。まったく無防備な頭上をめがけて黒い鉤爪が鎌のように振り下ろされる。


 ――その時、大型のラウンドシールドを持った男が二人、黒い鉤爪とパティの間に割って入った。金属同士がぶつかり合う音が響く。


「あの二人誰や?」

「あいつらは……」

 先日『パティは俺の嫁』と言っていた二人のローカルズだ。どこから持ち出したのか、それぞれが“ほんのり光る”古ぼけた大型の盾を構えている。


「よくあんな盾で防げたもんやな」

「いや……タクマ、よく見てみろよ」


 彼らが持っている盾には文字が書いてあった。それも裏に小さくとかではなく、表面にバカでかく、だ。レリーフが彫られた上品な表装が台無しだ。多分、いやあれは間違いなく持ち主の名前だろう。『ゴリさん』『山さん』と書いてある。つか、自分の持ち物に『さん』付けで名前書くなよ……


「ちくしょう……じじぃども、やるじゃねえか」


 魔力付与エンチャントされた盾ならローカルズの彼らが使ってもそこそこの強度は保てる。現状でこれ以上心強い事はない。


「大丈夫でゴザルか?」

「あ……はい……?」

「ぼ、ぼ、僕らが護るんだな!」

「あら、ありがとうございますですわ!」

 にこりと笑うパティ。それだけで俄然やる気を出す二人のパトリシアオタク。

 

 ……う~ん、悪女の片鱗をみた気がした。


「でも、お前らみたいなやつ、好きだぜ!」

 コッソリ彼らに向けてサムズアップする俺。



「……嫁にはやらねぇけどな!」



 何にしても、今の攻撃を防げたのは幸運だった。相手の手の内が判った以上、この先は今の様な不意打ちは食らわない。多分ではあるが、あの爪は魔法で身体の一部を変形させて撃ち出してくる槍といった感じか。そしてそれは“一度に複数は出せない”のだろう。もし出せるのなら、わざわざエクエスの足を貫いたりして注意をそらす必要はないのだから。


 敵召喚士の胸の黒い円が少しずつ大きくなっているのが目に見えて判る様になってきた。その奥にはデーモン族特有の“血を固めたような赤い目”が辺りを警戒でもするようにじっと潜んでいた。


「あれはゲートって事か。術師を媒介にして、ここに出てこようとしているのか……?」

「あの禍々しさは尋常じゃないで」

 多分それは、この場にいる転生者にだけはわかっているはずだ。しかし、魔力を持たない多くの観客には、この脅威は伝わらないだろう。わからないまま、この危険な魔力に飲み込まれていく事になる。


「あの門は何もしなくても開いたと思うぜ」

「なんでや?」

「最初にセイラを攻撃した爪ってのが気になるんだ。多分あの魔術師、最初からデーモンに寄生されていたんだろうな」

 寄生とは言っても、デーモンはそんな能力を持っていないはず。敵リーダーの行動はゲートが開くのを促しているだけで、ゲートそのものはすでに魔術師の身体に発生していたと考えるのが妥当か……。



「パティ、セイラの傷は?」

「キョウちゃん、大げさだよ……」

 とは言うものの、額には大量の汗が光って見える。


「お姉さま、動かないで!」


 パティは出血を止めようと自分の服を破り始める。しかし、それを止めるセイラ。


「左腕を身体に固定してくれる?」

「お姉さま、何を……」

「パティ、これ使え!」

 ベルトポーチを外しそのままパティに投げた。中には包帯やモルヒネ、絆創膏等が入っている。俺が普段身に着けている、小さめの緊急用ポーチだ。


「どうせセイラに休めと言っても聞かんからな!」

「さすが、わかってるぅ」

 痛みをこらえ笑って見せるセイラ。 


「大丈夫、まだ、大丈夫だ」

 気が付けば俺は、自分に言い聞かせるように口の中で呟いていた。


 セイラはナイフを飛ばすと、瞬時に自分のブラウスを切裂いた。公衆の面前で上半身があらわになる。 

 


 その時、角度的に見えたのは多分俺とパティくらいだろうか。



 ――セイラの背中にはタトゥが彫られていた。





次回! 第三章【Existence Vessel】-魂の器- ㉑脅威

デーモンの影響で狂気に包まれる会場。 そして活躍してしまうあいつ等! 是非ご覧ください!

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