⑲【喝破と奇行】
同時に動く十本ナイフに対して、相手は連射性能もそんなに高くはない弓。立ち位置もセイラの射程距離で、弓を使うには近すぎて標的が定まらない。この条件でセイラが負けたのか? あの凶女が?
……今回は流石に目を疑った。
「人質とは卑怯やないか?」
タクマの言う事も最もだが、この展開は大会の運営側も想定していなかったと思われる。そもそもルールには“人質をとってはいけない”といった類のものはない。
仮に、人質を死に至らしめた場合負けるのは“人質に取った方”なので、勝負という意味では大して効果がないと思うだろう。だが、失った命が戻ってはこないのは、元の世界でもこの世界でも同じだ。蘇生魔法なんて物は存在しないのだから。
試合に勝つのと、仲間を永遠に失うのと、天秤にかければ答えは明白。
「……とは言え、やっぱりやり方が汚ねぇな!」
これには観客席からもブーイングの嵐だ。特にセイラファンからは悲鳴も聞こえる。
「シルベスタさん、一体何がありましたの?」
目の前で起こった事だ。状況は彼が一番よく見ているだろう。
――少なくとも最初はセイラが優勢であった。弓矢とナイフ、どちらにも風精霊の力が宿っている。その為どちらも決定打を欠いているのは確かであった。それでも手数の多さで少しずつセイラが押しはじめ、わずかなスキをついて弓を持つ左腕にナイフを命中させる。痛みに弓を落とすチャリオッツのリーダー。
本来ならここで一気に押し込む場面だが、何か裏があると読んだセイラは慎重に間合いをとる。
……しかし今回はそれが仇となってしまった。突如、チャリオットの召喚魔法陣から“黒い鉤爪のようなもの”が飛び出しセイラに攻撃を仕掛けてきた。完全に視界の外からの攻撃に、避けきれずにダメージを追ってしまう。
――黒い鉤爪はセイラの左肩を貫いていた。
「その黒い爪っちゅーのが問題やな」
「ああ、ゴーレム操作しながら攻撃魔法打ち込むとか、そんなこと出来る奴がいるのか?」
かなりの出血量だ……白いブラウスの半面が真っ赤に染まり、鮮血がしたたり落ちている。悔しいが、今はサベッジ・ペガサスを後退させる以外に何も出来ない。
「さあ、この生意気な女をどうしてやろうかねぇ!」
相手……いや、“敵”リーダーは、セイラのブラウスのボタンにナイフの刃先をひっかけると
「まず、ひとつ」
“ピンッ”と、ブラウスのボタンが一つ飛び、落ちる。そして、二つ目のボタンに刃をかけた。……観客席の怒号と悲鳴がますますひどくなる。怨嗟渦巻くといった様相だ。
試合前はあれだけ爽やかなイメージであったが、あまりにギャップがありすぎるせいなのか、今は単なる低俗な悪役と化してしまっていた。もしかしたら元々がそういう人間で、だからセイラはそれを察して嫌悪したのかもしれない。
「――汚い男ですわ! 恥を知りなさい!!」
……突如として発せられた十五歳の少女の喝破に、観客席が沈黙する。パティも相当な策士だ。風精霊を使い自身の声を会場中に響かせていた。もちろん心底怒りに満ちた言葉だったのだが……この一言は、観客の支持を一気に引き寄せる事になる。
パティの怒号と同時に、レオンは自分のチームリーダーに肘打ちを喰らわせていた。縮地の技でも持っているのだろうか? 皆がパティに目を奪われた時には、すでにその場に姿がなかった。
――少女の喝破、少年の奇行。
「え?なんやあいつ?」
観客席も、戦っている俺達も、目の前の出来事に一瞬混乱した。右胸に攻撃を受け悶絶する敵リーダー。突然の襲撃を受け、セイラを放してしまう。
「リーダー、一体なにをやっているんスか!」
倒れこんで来るセイラを抱えながら、レオンが問う。
「レオン……裏切るのかキサマ!」
「裏切ったのはアンタっスよ。こんな卑怯な手は武道家の風上にもおけないっス!」
なるほど、ありがちな話ではあるが、チームメンバーの意図するところではなかったという事か。
「お姉さんを、早く!」
レオンの言葉は後ろにいるシルベスタに向けてのものだった。相手の重鎧兵も、チームリーダーの行動に違和感を感じたのかもしれない。すぐさま押し合いをやめ、助けにいかせた。そして、自身も“元リーダー”に対峙する。
「姐さん、今助けますぜ!」
抱きかかえ、一目散に後方に走る。
「エクエス、レオン、キサマら……」
――相手ゴーレムのチャリオットは突進してくる構えを見せる。だが俺はその時すでに、サベッジ・ペガサスに次の行動を起こさせていた。
地に刺した剣を抜き、前に蹴りだすと同時に体内に溜まった熱気を足元から一気に噴出させる。前に踏み出した力が僅かに浮いた体を一気に押し出し、一息の間に相手の直前まで距離を詰めた。
流石にこの速さで距離を詰められるとは思っていなかったのだろう、相手召喚士の対応が一瞬遅れる。サベッジ・ペガサスの剣はそのまま相手ゴーレムの右肩を貫き破壊した。
実質、戦闘継続不能ではあるが、ゴーレム自体の動きが止まらなければ大会規定では“勝ち”にならない。もちろん相手が負けを認めればその限りではないが。
「ちゃっちゃと負けを認めや~。ゆうてもどうせ認めへんやろうけど」
形勢は逆転した……しかし観客の怒りは収まらない。怒号が飛び交い、恐ろしく混沌とした様相だ。怒りが先走っているのだろうか? 何が出来る訳でもないのに、観客が次々にフィールド内になだれ込んできている。
「……いいぞ……もっとだ」
敵リーダーはそう呟くと、数メートル先の魔法陣に向かってフラフラと歩き出す。なんの躊躇いもなく魔法陣に踏み込むと召喚士の後ろに回り……心臓を貫いた。
手には何も武器は持っていなかったはず。しかし奇妙な事に今は“長く鋭い爪を持つ漆黒の腕”が召喚士の胸から突き出していた。
「――なんやと?」
「あの腕……まさか、デーモンか!?」
次回! 第三章【Existence Vessel】-魂の器- ⑳魔族
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