⑪【Dog tag】
昨日はほんの数時間なのに色々あり過ぎた。流石に疲れがまだ抜けない……。今はというと、この街で一番豪華なホテルに滞在している。更には右腕もしっかりと治療してもらった。どちらも費用はイギリス政府持ちで。
これは、セイラが自分の上官に“事件解決の立役者”と大げさに紹介した為、感謝の気持ちとして半ば強引に宿泊させられたようなものだ。まあ、ローカルズの街の事でなんでイギリス政府が? と思う部分もあるが、きっとそこには“高度に政治的な何か”があるのだろう。
「ええなぁ。スイート言うんか?こういうの」
「さあな。タクマ、転生前にスイートなんて泊まった事あるか?」
「ある訳ないやろ。ないから聞いとるんや」
「ならば、俺がスイートに泊ったことがあると思う?」
「……お前貧乏やったしな!」
「ほっとけ!」
……今は、こんな愚にもつかない会話が心地よく感じる。
領主の館で“騒動が一通り終わったタイミングで”駆けつけてきたのは現地の警官隊とイギリス諜報部の高官だった。本当に駆けつけたのか、収まるのを待って隠れていたのかは定かではないが。
警官隊が手際よく盗賊どもを縛り上げる。一応、立場を考慮してなのか領主には“とりあえず”先に事情聴取を行っていた。まあ、この期に及んでシラを切ろうとしていたが。
セイラは一人のスーツと話をしていた。多分上官なのだろう。報告と同時に左腕につけていたバングルを外し、スーツに渡す。その行動に何の意味があるのかわからずに見ていたが、セイラは視線に気が付いていたみたいだ。
一通り上官報告をした後『アレ、気になっていたでしょ』とからかい口調で説明してくれた。
「あのバングルは、そうね、ICレコーダーってとこかな」
……なんですと?
「ちょっとまて、この世界に集積回路なんて存在するのか?」
「ん~厳密に言うと、ICってよりMC? Magical Circuit レコーダーね。イギリスの転生者に半導体技術者がいてさ。なんかこう、魔力がしみ込んでいる石を弄って録音できるようにしたんだって!」
なんかとんでもない事やってるな、技術者すげー。そこには丁度、ラフィンストーンのカシラと丸豚領主との会話が入っており、この後“罪状追求”に大いに役立つと思われる。
ちなみに、ではあるが。ICレコーダーという名称は和製英語なのでイギリスでは通用しない。セイラはわざわざ解りやすい言葉を選んでくれていたようだ。
「もしかしたらこの世界では、レコードよりも先に音声ファイルで音楽が流通するかもしれないな」
なんかそういう時代の流れもワクワクしてくる。転生前の世界の技術が“半端に”入ってきて、その為技術発展が面白い方向に飛んでいく感じ。
セイラと会話していたら、いつの間にか俺の少し後ろに見覚えのあるスーツ姿の男が立っていた。会話の邪魔をしないように、途切れるのを待っていたようだ。
「お久しぶりです、キョウジ殿、タクマ殿」
「殿?」
これにはセイラも驚く。
「殿ぉ?????」
頼む、そこは流しておいてくれ。
「あ、これは失礼しました」と、セイラの方に向き直るとスーツの内ポケットから名刺を取り出し「私、こういうもので」とセイラに差し出した。異世界に来ても、日本人はとことん日本人だ。むしろ嬉しくなる。俺に“殿”とつけた男は日本政府の外交官だった。
転生したばかりの頃、日本街でのちょっとした跡継ぎ問題を解決してしまったために、以降、下にも置かない歓待ぶりで、かえって居心地が悪くなって旅に出たようなものだった。
「ちょっとしたなんてとんでもない。国の根幹にかかわる問題でしたから。キョウジ殿がいなかったら、それはもう大変な事に……」
と、ここでも持ち上げてくるものだから、タクマじゃないが『おケツがスースーする』感じだった。
「ところでキョウジ殿」
改まって聞いてくる。
「カドミさんには逢えましたか?」
日本街の近くに転生した時、俺のジャケットにまったく見覚えのない
――ひとつは俺の名前。
――ひとつはタクマ。
――そしてもうひとつにカドミ。
幸いにもタクマは俺と同じ場所にいたので発見出来たが、カドミはどこにも姿がみえなかった。それでもドッグタグがある事で、こちらの世界に転生したと考えて間違いなさそうだった。タクマの例もあった為、葉っぱとか蟻とか鍋とかに転生している可能性も考えたが未だに発見に至っていない。
この半年間、色々な街や村に立ち寄ったのは、カドミの情報を集める為でもあった。そしてとうとう『アメリカ領でその名前を聞いた』という情報を得る事が出来、僅かな可能性に期待して向かっている。
ドッグタグには、裏にも文字が刻んであった。俺達の転生に関わる重大な内容だった。しかし俺は……
……それをタクマには話していない。
次回! 第一章【laughing Stone】-笑う石- ⑫旅の空
是非ご覧ください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます