第一章【laughing Stone】-笑う石- 

①【悪手】



「それで? お前さん何やったんだ?」


 左手に酒を持ち、いかにも適当に仕事してますよ~といった風体の牢番が、興味はないけど退屈しのぎに聞いてやるよ。っという口調で聞いてきた。


「さあ、なんででしょうねぇ」


 実際、なぜ自分がこんな石作りの地下牢に投獄されているのかさっぱりわからない。もちろん、あの親子連れの通報によるものではなく、単なる職務質問からの逮捕だ。

 ……それにしても、この蒸し暑さはどうにかならんかな。まだ春だってのに、空気の流れが無いから不快指数がうなぎ登りだ。



 数時間前の話だ。歩いていただけなのに、突然三人の警備兵に囲まれてしまった。俺ってそんなアヤシイ恰好しているのか? 薄緑のシャツにカーキ色のカーゴパンツと濃赤のジャケット、バックパックとウエストポーチ。この世界では極々普通の旅人スタイルだと思うけど。


「ここで何をしている」

 と、しかめ面でありきたりな質問。


「宿を探しているだけですよ~。アメリカに行く途中なので」

 と、作り笑顔でありきたりな返事。


 ここで言うアメリカとは、アメリカ人の転生者が集まり国家になった”アメリカ人転生者の国”の事だ。ニューヨークと呼ぶ人もいる。他にもイギリス人や台湾人、フランス人、中国人、ロシア人等々、世界中から様々な人種が転生し、同様にそれぞれの国家を形成していた。


「とりあえず、さっさとギルド証を出せ。早く」


 なんだよこの高圧的な態度は。通りかかっただけの旅人に対しておかしくないか? 何か変な疑いでもかけられているみたいだけど……。とはいえ今は大人しくギルド証明、つまり身分証明書を出して見せる。


 ――しかし


「……なんやまったく、うっさいなぁ」

 最悪のタイミングでタクマが起きた。


「なんだ今の声は?」


 もちろん警備兵には”腰にぶら下げている石がしゃべっている”とは解らない。当然、俺がふざけて声色を使ったと思い込んでいるのだろう。


「あ、いやいや、ちょっと声の調子が~」


 この人達、きっと俺の事を変人認定しているよな。でも、さっさと職質をきりあげて開放してくれるならそれでも良い。


「キョウジ、おまえアホになったんか? あ~いや、すまん、最初からだな。で、今度はなんや。この冴えないアホづらのおっさん達は」


 慌ててその場を取り繕う。警備兵を怒らせたら話がこじれるじゃないか。


「実はこの石を人に見立てて、腹話術でお金貯めて旅してるんですよ!」


 ニコっとひきつった笑いを作りながら弁解を始める。実際、腹話術の体でタクマと漫才して旅費にしたこともあるのだが……さすがに警備兵は怪訝な顔だ。


「なんかこう、石がアホみたいに笑って俺がツッコむ! みたいなネタでして……」


 警備兵の顔が急に青ざめ、俺の後ろに回っている二人から剣を抜く音が聞こえた。どうやら悪手を打ってしまったらしいが、どれがその一手だったか判断が出来ない。


 警備兵は三人とも魔力を持たない”非転生者”ローカルズだ。先祖よりこの世界に生きる人は、町や村、言語や文化も含めてローカルズと呼ばれる。基本的に魔法は使えず、特殊な家系でもなければ魔力自体を持たない。逆に転生者は、力の強弱はあるが全員が魔法を使える。 


 だからこの場は、軽く魔法をぶっ放すだけで切り抜ける事は可能だ。 


 ――しかしここから目的地のアメリカ領は目と鼻の先だ。仕方ない、とりあえずこの場は無抵抗を決め込もう。ここまでの職質で顔も名前も知られているから、下手に悪い噂でも流れて入国拒否されたら目も当てられないからな。



 そして今はこの牢番と会話を楽しんでいる。いや、全然楽しくないが。どうやら他の牢には誰もおらず、話し相手が俺しかいないらしい。ホント、こんな事やってる暇はないのだけれども。


「俺はよう~本当はこんな仕事したくなかったんだ」

「は、はあ。そうっすか……」

「就職氷河期ってやつ? あれだよあれ。あの野郎のせいでよう~」

 ……うん、氷河期は人ではないが突っ込まないでおこう。もう三十分くらいこの調子だ。


「うぉい! 聞いているのかにいちゃん」

「ああ、はいはい聞いてますよ。ひどいっすね、氷河期さん」

「だろおぉ? おれぁな、おれぁ~~なぁ……」


 言いたいだけ言ってその場で酔いつぶれて寝てしまった。大分悪い酒を飲んでいるらしいが、俺としては知ったこっちゃない。

 それにしても、ここからどうやって出ようか。捕まっている理由がわからん事には力押しで出るしかないのだが。


「破壊せずに穏便に出る方法はねぇかなぁ……」


 ボヤキ声ではあったが石造りの壁に反響し、地下牢中に響き渡った。『あるよ!』と間髪入れずに牢屋の入り口の方から返事が返ってくる。意思の強そうな、凛とした女性の声だ。ヒールの堅い靴音が近づいてくる。

 そのまま酔いつぶれた牢番を”踏みつけつつ”何事もないように話しかけてきた。


「ハァイ、君達ね? 笑う石を自称しているのは」


 笑う石とはなんぞ? というか見たことあるぞ、この女。タクマも記憶をたどっている様だ。……そして同時に同じ人物にたどり着いた。



「オマエはあの時の!!」



第一章MAP

https://kakuyomu.jp/users/BulletCats/news/16817139555335235557



次回! 第一章【laughing Stone】-笑う石- ②欺瞞

是非ご覧ください! 

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