S先輩

@Social_Prairie_Nuts

S先輩

 

 山。 

 夏が終わって、空気が香ばしくなりだして、暑くも寒くもない最高の季節が始まろうって時に、気分は最低。前を歩くS先輩の背中を見て、口を尖らせ、靴底で土を蹴り、木と木の間のさらに向こうの木々を見る。 

「ねえ聞いてる?」

 聞いてなかった。S先輩が立ち止まって、こちらを振り返る。ぶつかりそうになる。

「おわ、ちょっと。何ぼーっとしてんの」

 このデートも四回目となった。委員会の引き継ぎのために、休日にファミレスに集まったのが一回目。学校で、とはならなかったのはもう既に、S先輩もその気だったのだろう。どうでもいい引き継ぎ資料の説明を手早く終わらせて、S先輩はテーブルを二回叩いた。口の端をむずむずさせて。嬉しそうに。

 コンコン。

「あのさ、聞いて。笑うのナシね」

 僕は怪訝そうに「?……はあ」と応えて、カップに口をつける。とぼけたフリして、こういう時の女子が何を話そうとしているのかはわかっていた。S先輩には話してほしくなかっただけだ。時間稼ぎにもならない。虚しい抵抗。

「好きな人がいるんだけど」

 この時点で僕の可能性は完璧に無くなった。何の可能性か? 言わなくてもわかるだろ。以降三回に渡って、僕はS先輩の相談相手に成り下がる。成り上がる? いや、下がっているね。確実に。 

 そして今日。四回目のデートで、……デートだなんてみっともない表現はよそう。四回目のS先輩ラブロマンス大作戦会議で、僕たちは山に来ていた。二〇〇メートル程度の小さい山。ハイキングに適していて、僕たち陸上部もよくトレーニングをしにやってくる。遊ぶ場所がない田舎の中学生が散歩するのにもってこいな、そんな山だ。

「おいってば。何か意見ないの? Kの誕プレ」

 Kというのが……K先輩というのが、S先輩の同級生で、片想いのお相手をお務めあそばされる、大変なご幸運に見舞われた一般人だ。イケメンでも優秀でもスポーツ万能でもない。ただの中学三年生で、先輩なのに、一五〇〇メートル走では僕より遅い。S先輩と共にもう引退しているので、僕が彼より速いって事実を、S先輩は忘れてしまっているのかもしれない。

「ハンカチ、とか?」

 それなりに長い間、裾野から広がる市街地を眺めつつナレーションをしていた僕が提案するのは、ひどく平凡なアイデアである。

「はんかち?」 

「ハンカチーフ」

「あんたそれ本当に、私がプレゼントしてうまくいくモノの、最上級の代物の、いくつかのアイデアの中の、本当はあれもあるしこれもあるけど止む無しに一つあげるとするならばといった、その過程を踏まえて出てきたのがハンカチだとするならば」

「するならば」

「BANG!」

 S先輩の人差し指が僕の眉間を狙って、弾かれたように上を向いた。

「お前は終わりだ」



 服屋。

 僕とS先輩と店員さんが出口に向かう。 

「ありがとうございましたー」

 店員さんが紙袋をS先輩に手渡した。中身はマフラー。丁寧なギフトラッピング。

「マフラーも大して変わんないだろ」

「なに?もしかしてハンカチと比べてる?」

 僕らは外に出た。服屋は幅広の歩行者天国に面している。日没後。部活終わりの学生や買い物袋を下げた家族連れの姿が多い。 

「あんた、女の子にプレゼントとかあげたことある?」

「ある」

「へー、何」

「チョコ。バレンタインのお返しに」

「大人しく無いって言いな」

 

 

 交差点。

 人も車も多い。街灯はチカチカ。

「じゃ、あげてくるから」

 S先輩が赤信号で止まる。僕に向かって手をあげている。僕の家はS先輩の行き先と九〇度違うので、ここでさよならしなくちゃいけない。僕がS先輩についていく自然な理由はどこにもない。

「あ、はい」

 あ、はい、だって。読んでる人は何か期待しているかな? でも残念。お話はここでおしまい。咄嗟に上手い言葉が出るほど頭が回るわけでもないし、S先輩の腕を掴むほど衝動的な人間でもないんです。僕は。

 青信号。

 S先輩は少し歩いてから上半身だけ軽くこちらに向けて、もう一度手を上げてから人混みに紛れていった。

 僕は何でもないフリをして家に帰った。猫が出迎えてくれたので抱き抱えて横腹を吸い込んだ。

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