第156話 黒衣の七人と姫君、或いは一発の弾丸。またの名をパノプティコンの歯車


 襲撃、或いは蜂起直後だ。


 二頭の獣が争ったように雪が飛び散った石畳。


 大の字になるように雪の中に仰向けに倒れた錆銀の青年は、口を開いて天から降り注ぐ雪を受ける。

 喉を潤すように。

 慈悲を待つように。

 火山灰だけでなくガンジリウムの粉塵も混じったその雪を口にすることは到底正気の沙汰と思えないことであるが――それを見下ろす炎髪の彼女は、今更、そのことを指摘しなかった。


「貴様もそのざまでは、機械化するより術はないだろうな。……お前が呼んだあの傭兵たちのように」


 ギャスコニーの誘いによって宇宙のウィルヘルミナの本隊に合流した傭兵団――【小人の靴屋チェンジリングス】。

 衛星軌道都市サテライトの戦時中の実験部隊。

 その肉体を機械に置換した彼らは、脊椎接続アーセナルリンクにおいて機械化者特有の意識混濁や精神汚染が見られている。

 まさしく、妖精との間に取り替えられた仔のように。

 人に入れ替わった悪しき妖精のように。


「は、は――――……そう嫌ってやるものじゃあないさ、お嬢さん。あれでいて、みぃーんな一級品なんだ。役には立つさ。表の順位には載せられなかったものだけどね」

「……一級品とは、あの黒衣の七人ブラックパレードがいる世でもか?」


 そう、ウィルヘルミナは冷たい目を向けた。

 あくる日、【蜜蜂の女王ビーシーズ】の船内にて宮廷道化師めいて振る舞っている従軍牧師のトラス・スネークリーフがかつて三人相手に引き分けた――と聞いていたために侮っていたが、いざ目の当たりにしてみると実態は違った。トラスが如何なる奇跡を成り立たせたのか、それとも如何なる戦況が黒衣の七人ブラックパレードたちの刃を鈍らせたのかは知らないが……あれは現代に蘇った神話の英雄たちだ。

 いや、彼らに限った話ではない。

 世に広がってしまったアーセナル・コマンドという暴力は、個人の意思のままに世界を焼き尽くす術なのだ。

 敗戦に追い込まれつつあった保護高地都市ハイランドが作り出した起死回生の策――――戦況を取り戻すための強靭な暴力は、だからこそ今や秩序に対する危険として世に芽吹いていた。

 それはそも、少数機による戦局の打開を目的に作られたのだから。


「……破壊者ブレイカー


 ウィルヘルミナは、静かに口を結んだ。

 これが――――またとないハンス・グリム・グッドフェローを殺害する機会だった筈だ。

 機体に乗れば一昼夜や数日間も戦闘を行える図抜けた持続力を持つ駆動者も、そんな機体から降りてしまえばただの人だ。不可視の歩法も不可侵の装甲もない人間だ。

 彼女の策略によって途絶した通信と蜂起した市民。

 そこでこそ、あの狩人を討ち果たせると思ったというのに――――結果はギャスコニーの敗北だった。


「さて、どうするんだい……お嬢さん?」

「まずは貴様を移送する。それから――……あの男が機体に乗り込む前に蹴りを付ける」


 そう頷くウィルヘルミナだったが、


「……悪魔の犬ブラックドッグめ」


 その時まさに、ウィルヘルミナの感情を燃え広がらせた暴徒の最後の一人が手負いのハンス・グリム・グッドフェローによって止めを刺された。

 結果は全滅だが、戦闘の開始に伴い彼は駆動者リンカースーツを失った。つまりは今、何の補助も得ない完全なる生身の怪我人だ。

 生身の怪我人が数十名の暴徒相手に勝利するのも驚きだったが、黒衣の七人ブラックパレードの脅威を目の当たりにした今は驚くまい。絶対不利の宇宙空間で、太陽光と反射を利用して焼却空間を作り出すことに比べればまだ理解の範疇だった。


 なんにせよ……弱っている今しか、取り除ける機会はあるまい。

 少しずつだが、確実に削った。獲物はあちらの側だとあの狩人に教えることができた。

 如何に不死身の鉄の男だろうと、生身のまま都市一つの全市民を引き換えにすれば殺せぬ道理もあるまい。機体搭乗時ではそれでも不足だろうが、今なら――まだ殺せる筈だ。


 奴さえ取り除けば――――――。


 きっとそれは、どの勢力も考えている。

 保護高地都市ハイランドが滅ぶその最後も旗の下に立ち続けるとしたらあの男だ。奴が倒れぬ限り、その旗も倒れることはない。

 奴を倒せば、残るはあの脅迫を行ってきたコンラッド・アルジャーノン・マウスだ。そちらも悩ましいものであったが――……。


「……いや、そうか」


 ふと、ウィルヘルミナは呟く。

 その視線は、グッドフェローが這っていった雪の跡を見詰めていた。



 ◇ ◆ ◇



 衝突の余波が、都市に吹き荒れる。

 ショットガンが唸りを上げながら半回転に繰り出されれば、特殊な運動を加えられて放たれるその散弾は衝突を繰り返しながら咲き誇り、アサルトライフルやレールガンの弾丸を次々に撃墜する。

 散弾それ自体がある使命を与えられた生物じみて――再びの超高速にて不可視となったエディスの射撃を阻害し、ともすれば、人妖花にも殺到する。


 しかし、流石のサム・トールマンも心得ている。


 鎖で引き連れた死人子機たちの力場制御を僅かに調整しながら重ね合わせることで、迫るヘイゼルの散弾を反射する。

 この点から言えば――今のヘイゼルにとって、サム・トールマンという青年はこの地上で唯一《仮想装甲ゴーテル》を成立させられる強敵と言っていい。

 しかし――――《仮想装甲ゴーテル》殺しは一人ではない。


「今――――ッ!」


 僅かに機動が鈍れば、その瞬間にシンデレラのプラズマライフルと対装甲レールガンの銃口が向く。

 そう、致死という意味ではヘイゼルもシンデレラも変わらない。アーセナル・コマンドの装甲性を成り立たせる不可視の力場を喰い破る術を、両機とも有しているのだ。

 そして――彼らにとっては悲劇的なことに、ことここにおいては、シンデレラに対しての汎拡張的人間イグゼンプト殺しが機能していなかった。


 理由は単純――――ヘイゼル・ホーリーホック。


 シンデレラがその技能により二機への未来予測ができずとも、類稀なるヘイゼル・ホーリーホックの五感は二機を捉える。それが有機的な機動を行っていようと、絶影の歩法であろうと関係がない。

 そして彼女は、

 あたかも指揮者めいてその古狩人の銃身が動き、応じてシンデレラが機動を行う。


 自他共に指揮能力は不足していると認めるヘイゼルであったが、いち早くその意図を読み取るシンデレラによって――両機は、即興的ながらも連携を成り立たせていた。


「これなら……!」


 シンデレラは、そう頷く。

 先程までの不利とは違う。

 単に数が合ったというのを通り越して、敵の手を封じられている。それでも撃墜されない二機は流石とも言えるものだが――――やはり、技量としてはヘイゼルが図抜けていると思えた。


 一方、


(その高速移動は、もう一機の力場を足場にしてやがるか……味な真似をするもんだな、教官殿)


 ヘイゼルは、僅かな不吉を感じていた。

 想像を超えたシンデレラの技量によって、かろうじて均衡を成り立たせられている。そんな局面でしかない。

 敵が行おうとしていた隠し玉――――あの場ではシンデレラを迅速に叩き潰すために畳み掛けるように伏せ札が開かれていたが、今は違う。確実に仕留められるそのときまでは本命も繰り出されまい。

 出し惜しみは愚策といえども札の切り方を間違えればひと所に呑まれる。最早、そういう域の戦いだ。

 今までのどの戦いよりも神経を擦り減らす。未知の敵への予測と、その切り札への注意はヘイゼルの集中力を刻一刻と削っていく。



 対して、


合一ユナイトを使うだけじゃ足りねえか……?)


 エディスは、眉間に皺を寄せた。

 人体形状を外れた機体との接続率を上げ、より直感的な操作を可能とする――どころか、汎拡張的人間イグゼンプトに近接するための機構。

 といっても、エディスの【ジ・オーガ】は元より人間に近い形の機体だ。機能適用によって動作可能となるのは、肩部の補助加速機の精密操作と背部プラズマカノンの直感的操作に留まる。

 疑似仮想エミュレート汎拡張的人間イグゼンプトとも呼べる力。

 それも完全なる未来予測とまではいかず、強いて言うならという機械接続との拡張方面への発揮――――それも完全でない――――という方面に向かっていた。

 その部分も、そもコンラッド・アルジャーノン・マウスが設計した専用機が機体としてのポテンシャルが高すぎるがために、完全な拡張とまでは到達していなかった。


 そして、


(……問題、ない。俺たちは、問題、ない)


 サム・トールマンは、そのコックピットで合一ユナイトを利用して一心に心を鎮めようとしていた。

 メイジー・ブランシェットの暗殺。

 ロビン・ダンスフィードの迎撃に向かったゲルトルート・ブラックの音信不通と、彼のブラックボックス音声の放送。

 三頭会談での暗殺の暴露。

 ヴェレル・クノイスト・ゾイスト特務大将の死。

 市街地襲撃を利用する形での支持確保。

 その全てがサム・トールマンという青年の心を苛んでいた。


 ポテンシャルとしては、最悪に近い。


 合一ユナイトに伴って、電脳仮装人格への干渉に伴って、頭部の制御装置とミラーリングニューロンの活性化によって、精神も極めて平坦な状態へと加工される。

 しかしながらそれは、狩人化としての機能の完全作用でありでのことで、未だ、誰一人とて完全に【狩人連盟ハンターリメインズ】としての設計思想を発揮するには至ってはいないのだ。無論、サムも例外ではない。

 それでも――精神状態も含めたあらゆる状態で最高のポテンシャルを発揮し続けるという汎拡張的人間イグゼンプト化の恩恵は受けている。でなければ、まず、精神的不調の彼から撃ち落とされていただろう。


 結果――――果敢に攻めたてる強襲騎士と、腰を据えて迎え撃つ古狩人、カバーリングや制圧を試みる妖花騎士と、状況の打破を試みる聖騎士という四機の構図が出来上がっていた。


 そして、その均衡を崩したのは――――サムだった。


『教官殿、決着を』


 彼が小さく呟くと同時、青白い人妖花の【ルースター】は空中に足を止め、大花が咲き誇るように――或いはその種子を放つかの如く、鎖に繋がれた五機の【コマンド・レイヴン】が更に広く空域に展開した。

 そして、直後。

 空間を押し退けるように、その不可視の重圧は吹き荒れた。


「きゃっ、」

「く、そ――」


 第三世代型量産機――単身での大気圏離脱も可能な速度にも到達可能な出力を持つ最新鋭機の有する力場:尖衝角ラムバウの最大展開。

 並の機体ならそれだけでも砕かれ、或いは轢き潰されるであろう対空気抗力防御の攻撃転用。力場の重圧。

 応じるのが、第三世代型の高価機体ハイエンドと第五世代型とも言える試作機だからこそ、即死を免れただけだ。


 そして古狩人の動きが止まる。

 如何にヘイゼル・ホーリーホックといえども、その面制圧を前には打破の手段はない。そもそもの武装の手数と突破力が限られる以上は、《仮装装甲ゴーテル》を減衰させる手段が不足している。

 それが彼とロビン・ダンスフィードとの差異だった。

 彼の狙撃は力場を無視できるが、彼の動きそのものが力場を無効化している訳でも、力場の阻害や減衰に長じた手段を持っている訳ではない。

 この攻撃を前には純粋な力場同士の押し合いと、更にはショットガンによる力場の削りという手段でしか応ずることができず――それでは、遅すぎた。


 【ルースター】が空中に用意した力場の重圧を縫う形で、その僅かな空隙を通る形で、赤銅色の強襲騎士が跳ねる。肩部の補助翼が力場同士の反発を生み、空間跳躍じみた速度での飛翔を可能とした。

 対する二機は、空中に停止している。

 聖騎士と古狩人が如何にジェネレーターで大鴉を上回ろうとも、流石に五倍の出力とは言えない。

 余人を凌駕し、単身で一〇〇〇〇〇機に比すると称される撃墜数上位陣ダブルオーナンバーズと言おうとも、それは技量においての話。技量も発揮できない単純な出力においては、一機は一機だ。


 シミュレーター上で黒衣の七人ブラックパレードを打倒したというのは、伊達でも酔狂でもない。


 空中に磔にされるように装甲を軋ませる二機に対して、空域で唯一機動を行う強襲騎士のプラズマ刃が――――否、


(そこに……なら!)


 ガンジリウムと火山灰の混じった雪が舞うその空域においては、僅かにその衝突の分だけ力場が減衰されてしまっていた。

 故に、この場の誰よりも精密に力場を操れる白銀の騎士の使い手は、そんな隙を突くかの如く――自機の崩壊の限度を見極めて不可視の力場を操り、空間を抉じ開けた。

 動く銃口。

 僅かに構え直した白銀の聖騎士の右手武器からプラズマ炎が放射され、その力場と死人子機となった【コマンド・レイヴン】の力場が衝突する。


 空間に広がる透明の衝撃波。

 二人の機体の動きを止めるほどの重圧を考えれば――それは、無謀であると思えるかもしれない。

 だが、あくまでもこの重圧に関しては――機体の全方位からの圧力をかけられているからこそ抗えないだけであり、その一つ一つは通常の【コマンド・レイヴン】の力場でしかない。


 結果――――通常のプラズマライフルがそうするかの如くにブレード同然の濃密な力場として敵機の複合装甲を喰い破り、胴部を撃ち抜かれた一機の死人鴉は爆発四散した。


 戒めが緩む。

 吹き荒れる爆風と飛び散る破片に、力場そのものが揺るがされる。

 瞬間、ヘイゼルの銃口が応じ――――また、シンデレラの銃口も動いた。

 それぞれがそれぞれの敵を撃たんと。

 エディスの強襲騎士と、サムの妖花騎士に目掛け。

 しかし――――それを黙って受けるエディスでも、サムでもなかった。


『教官、防御を!』

『やれ――――――!』


 バトルブーストに用いる、指向性を最大に高めた力場放射。

 蓄電装置キャパシタの電力も振り絞り、瞬間的に残る四機の大鴉の形成する不可視の力場の圧力が加速度的に膨張する。

 その反作用としてサムの機体も弾き飛ばされ、《仮想装甲》全てを防御に割り振ったエディスも停止。

 圧縮された大気の一部が僅かにプラズマすらと化すほどの強烈な空振に、ヘイゼルもシンデレラも一時的に行動を停止に追い込まれた。


『――――――――――――ッ』


 にわかな、静寂。

 雪空に飛ぶ四機の機体のうち、その接続率とは裏腹に、最も早く動き出したのはヘイゼル・ホーリーホックの古狩人であった。


「嬢ちゃん!」


 シンデレラに呼びかけると同時に彼女へと二丁のショットガンを向ける。

 その意図を察知したのは、二人。


「サム、止めろ――――――――!」


 即座に叫んだエディスと、そして他ならぬシンデレラ。

 青白い人妖花が応じるより先にヘイゼル目掛けて、左のレールガンを向け――紫電と共に解き放った。

 純正ガンジリウム弾頭によって形成されたその射撃は、超高速での敵装甲侵襲によって諸共にユゴニオ弾性限界を超え、固体のままに液体の振る舞いを開始する。

 結果、相手の電力を吸って内部から力場を生じて炸裂する一撃致死の弾頭であったが――――今この場の役割は、違った。


 応じたショットガンと、宙空で散る火花。


 双方の弾丸はそれだけで互いに対しての殺傷能力を失い――そして嵐めいて、都市部上空に吹き荒れた。

 その砲撃の破片が、建物に着弾する。

 無数にビルというビル、道という道に弾き返り――かの聖書に謳われる飛蝗や熊蜂の飛翔めいて、都市上空のあらゆる地点に反射した。


「へえ。……いい腕してるね、お前さん」


 僅かに――……アサルトライフルから硝煙を上げる【ルースター】目掛けてヘイゼルは片眉を上げ、対するサムとエディスの顔は苦い。

 直後に切り替えて二機が古狩人の制圧にかかろうとするも、庇うように割って入った白銀の聖騎士に行く手を阻まれた。

 当然、ヘイゼルのショットガンがそれぞれ別に駆動し二機を照準し続ける。

 再び、両機は加速を行おうとするも――――だが、もう、決定的に事態は


「――任務完了コンプリート


 ヘイゼルはそう頬を上げる。

 次いで、無線機のスイッチを入れた。


「よお、聞こえるかい? こちらはヘイゼル・ホーリーホック特務――――いや、大尉だ。本日付で保護高地都市ハイランド陸軍に復帰した」


 敵味方を問わずに行われる広域通信。

 既に敵も味方も、呆然と空中に足を止めて戦闘の手を意思している。

 そのまま――悠々と、彼は嘯く。


「さっきのお嬢ちゃんが言った通りだ。ここで撃ち合うんじゃねえ。下で焼けてる街を助けな。


 その証拠を示すように――――肩を竦めたヘイゼルは不敵に笑った。

 全ての機体が、何故、戦闘行動を停止したか。


 からだ。

 からだ。


 彼らが手にした携行型の武器という武器は、大半が、その


「武器を抜いて狙うやつ、近くに組み付くやつ、これを機にどこかを壊そうとする奴――――その手の奴は俺が。オーケー? お前さん方の安全ってのはお兄さんが保証してやる。だから、お前さんたちは下の人間の安全を保証してやんな。……できるだろ、兄弟ブラザー?」


 最早それは、決定打と呼んでいい。

 保護高地都市ハイランドでは天より降り注ぐ神の杖への守護天使として語られ、【フィッチャーの鳥】にも所属し顔を出していた――現行の生ける伝説だ。

 そんな男の呼びかけを前に、従わぬ兵士はいない。

 元より一度シンデレラの言葉にて戦闘が停止されてしまっていたというのもあって、こうなっては完全に衝突は起こり得なかった。


 一度の射撃で戦況を塗り替えた。

 一発の弾丸で戦場を覆い尽くした。


 これが――――――これが、黒衣の七人ブラックパレード


『……クソッタレが』

『教官殿……』


 シンデレラとヘイゼルの銃口に遮られる形となった二人は、コックピット内で顔に苦渋を滲ませる。

 敗北必至の祖国を立て直し、戦術どころか戦法や一発の弾丸で戦術や戦略を塗り替え、個を以って群を制し、当時の全生産機体と伍すると謳われた星の英雄――――――最新鋭の神話伝承。

 神をも退ける超常者。

 首を刎ねられる最後まで戦う神獣。

 不屈の精神と勝利の意志が具現化した騎士団。

 究極の損耗率からも帰還した、ただ七人の鋼鉄の生存者だった。


『相変わらずのデタラメしやがって……』

「そうかい? 宴会芸ってもんだが、驚いてくれたならお兄さんも奏者冥利につきるって奴さ」

『……魔法や奇跡は宴会芸とは言わないんだよ、超人』

「さてな。アベンジャーズやX-MENならやるかもしれねえだろ?」

『随分な古典を……』


 飄々とした笑いつつ、ヘイゼルとて、苦い思いだった。

 全機の武装――とは言っても、その手に持ったものだけだ。それ以上の破壊はできていない。サムのアサルトライフルの弾丸によって、三分の一は阻害されたのだ。

 そして、眼下の地上で暴れまわる連中までもは制されていない。

 或いは、ロビン・ダンスフィードであれば完全にこの都市部での騒乱を収めることもできただろうが――


(……ま、弾バカの真似ってのも無理な話だな。特にコイツらは油断ならねえ)


 それほどまでに射撃に気力と集中力を割り振ることはできなかった。

 今のヘイゼルは、一撃で敵機の破壊が難しい。

 《仮想装甲ゴーテル》を無視した攻撃程度ならできるだろうが、その肝心の武装が力場の減衰能力はさておき殺傷能力には欠けるショットガンだ。

 機体の分解を行ってやろうにも、アシュレイほどに機体構造把握に長じない彼にとっては未知の機体というのはあまり望ましくなく――音を頼りに即興で行うとしても、敵の二機の駆動音は聞き慣れず、ともすればその調子も崩されるかもしれない。

 互いの動きを待つように睨み合ったまま、ヘイゼルはシンデレラへと通信を入れた。


「シンデレラの嬢ちゃん。グリムの真似はできるか?」

「え? ……『ネコチャン』『ネコチャンカワイイ』『スキ』『ネコチャン』」

「いやそうじゃねえよ!? いやそうじゃねえだろ!? アイツみたいに近接はできるか、って聞いてるんだ」


 こっちまでまさか天然ボケとは見誤ったかと思いつつ――それでも、コックピットモニター上の敵機を睨みながら会話を続けた。


「結局のところ、ナイトおれの強襲はポーンあいつがいるときが最適だ。……そういう動きはできるのか、と思ってな」


 伏撃手としてのヘイゼルが力を使えるのは、あのように注意を引く役が居てこそ最大となる。

 故に、ハンス・グリム・グッドフェローはヘイゼル・ホーリーホックの無二の戦友なのだ。

 そして、


「できます! いつも……いつも大尉のことを考えて思い返していたから……!」


 自負を以って語られるシンデレラの言葉に胸を撫で下ろしながら、ついでとばかりに笑った。


「……あー、?」

「なっ、べっ、別にベッドに入ってるときとかお風呂に入ってるときとかも大尉のことをいつも考えてたなんて言ってません!? そっ、そんなに大尉のことで頭がいっぱいで何度も何度も大尉の声とか指とか手の甲とか唇とか喉仏とか流し目とか思い返してたなんて一言も言ってませんし力を込めた身体が凄い固くなっててビクともしなかったとか考えてません! ハッ……ハラスメントです!」

「……いやそれもう完全に逆にアイツへのハラスメントだ――――――ろ、っと!」


 わざとらしいその談笑に割り込むように、大口径のプラズマ砲が放たれた。

 当然、ショットガンの一発でそのプラズマ――流体――も四散五裂されるが、銃身を一回転させて構え直したヘイゼルの顔は苦かった。


「おいおい、恋バナに割り込むとは無粋じゃないかい? だから嫁さんに逃げられるんだぜ、教官殿」

『逃げられてねえ。こっちから別れたんだよ。……それに俺はベッドでも風呂でもアイツのことを考えてる。お前らの低次元な話に巻き込むんじゃねえ』


 軽口を交わし合いながら、二人は互いにこの戦況の変化を感じ取る。

 ここに来てエディスが住民への被害も有り得る都市上空でプラズマ砲を使用したというのが、またとない証左であろう。

 即ち――――シンデレラ・グレイマンの呼びかけと、それを支持したヘイゼル・ホーリーホックによってレヴェリア市上空の騒乱は抑えられたということ。

 つまりは、決定的なのだ。

 今ここに、エディス・ゴールズヘアとコンラッド・アルジャーノン・マウスの目論見は崩れ去った。勝利条件の達成は不可能となった。


 残るは――――


保護高地都市ハイランド軍に無許可での機体出撃……黒衣の七人おまえたちには致命的だな』

「ああ? 例の内部文章のことかね、教官殿。こんな状況だし、見逃されるんじゃないのか?」

『メイジー・ブランシェットでさえ、その脱走を追われたってのにか? ……少なくともお前さんを撃ち落とすところまでは、線引きの上だろうさ』

「……」

『……』


 ヘイゼル・ホーリーホックだけはここで取り除くと、エディスは瞳を尖らせた。

 ハンス・グリム・グッドフェローと並んで、計画の最大の障害として認定されたヘイゼル・ホーリーホック。

 絶対の必中・《仮想装甲ゴーテル》の防護無視・流体操作による一撃での不可避の死――――――グッドフェローがその演説や鼓舞、異常なまでの戦闘継続能力と環境利用能力から警戒されているとすれば、ヘイゼル・ホーリーホックは単に最強の駒としての警戒だ。

 他の人員のように軍を離れず、グッドフェローと同じくこの三年間もひたすらに研鑽を続けた兵士なのだ。

 まさにこの男を打ち崩さなければ、彼らの陣営に勝利はない。


 【フィッチャーの鳥】に属さないある軍高官のシミュレーションでは、万全のヘイゼル・ホーリーホックと彼ら【狩人連盟ハンターリメインズ】の戦闘予測は、【狩人連盟ハンターリメインズ】側の全滅というものだった。


(何としてもコイツを落として、少なくとも俺たちの性能の証明は必須……)


 そこで価値を示せれば、少なくとも、【狩人連盟ハンターリメインズ】の計画に戦略面での保証は付く。

 そうなれば、喪失を惜しまれる。軽々に切り捨てられはしなくなる。

 でなければ――――あの、コンラッド・アルジャーノン・マウスが何を仕出かすか判らない。


『全機、戦闘はいい。だが、常に遮蔽物を意識しろ。ホーリーホック大尉は、さっきのガキに――【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】に賛同している。特務大将が殺された今、どんな危険があるか判らない……武器を失ったのは痛手だ。くれぐれも気を抜くな。とにかく注意して身を守れ』


 エディスは、そう呼びかけた。

 涙ぐましい努力だ。

 かろうじて、シンデレラとヘイゼルを中心に出来上がりつつあった場の空気を霧散させる。彼らの中に、疑念と憤懣を維持させる。

 その上で――――


『よぉ……教官殿。お前さんがしたいのは、都市の防衛かい? それとも争わせたいのかね?』

「所属不明機に、足抜けした未許可出撃機……お前らを蔓延らせていい場面じゃねえんだよ。どう考えてもな」


 戦闘続行の大義名分を作って、この男を葬るしかない。

 強化されていく接続率を見つめ直して、エディスは歯を食い縛った。

 最早、これ以上戦場が掌握されてしまうよりも先に――彼を撃墜する。それしかない。


『……三分で終わらせる。コード:【嵐の裁定者ストームルーラー】――ギア・セカンド』


 そして、その装甲板の大半が稼働し――――剥き出しの銀色の液体が外気に晒される。

 装甲板が火花と共に花開き、それは加速のための増設装甲板の如く機体の外部で身を起こす――背びれの如く。剣の如く。

 剥き出しになったその骨身は、白銀に輝いていた。

 言うなれば、赤銅色の劔刃甲冑に覆われた銀色の巨人。

 極めて――――極めて純度の高い流体ガンジリウムが、その巨人の内骨格の骨組みの外に纏わり付いていた。いや、鎧によって押し込められていたというべきか。


 外部との温度差異によって、その機体は蒸気をまとう。


 眩い銀の巨人が、都市の上空に顕現していた。

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