【180万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜
第141話 それでもわたしは、それを選ぶ。またの名をパノプティコンの歯車
第141話 それでもわたしは、それを選ぶ。またの名をパノプティコンの歯車
銀色の雪が降る。
力場で覆った訳でもないプラズマの砲撃は、さしたる殺傷能力を持つわけでもない。よほどの至近距離にいない限りは、機体そのものを一撃で破壊するほどの強さは持たないだろう。
しかし――――十分だった。
その爆発的な剣閃に晒された戦場の残骸たちは、既に打ち砕かれて放り捨てられた残骸たちは、それらが流した銀色の血液は再加熱されて巻き上げられる。それらを溶かすには十分すぎる技。
巻き上げられ、降り注ぐ。
その最中で固体に戻り、降り注ぐのだ。あの日と――あの【
「……」
あの戦いでのリーゼの被弾を思い返す。
その集中のために持続力にさほど優れるとは言えぬ彼女が、それでも第三位という位置付けにいた彼女が、最終的に弾を受けたのはこれが理由だ。
戦場に蔓延した数多の残骸とそれが流したガンジリウム――奇しくもガンジリウム・チャフとなったそれらに無線操作機体を奪われ、咄嗟の対処が間に合わず被弾した。
ロビンが庇わなければ、彼処で死んでいただろう。
「……まだ、動くか」
降り立った剥き出しの地面は陽炎に揺れ、草木や破片が燃えている。
その中で動く影は、二つ。
左腕を喪い半壊した
一歩、音を超え。
「……敵機撃墜」
振り抜いた右腕のブレードがプラズマの残滓を飛ばした。両断した敵機が背後で崩れ落ちる。
規定を超えた電流の通電に、どこかが狂ったか。ブレードは、不安定な力場と不安定な炎を吹き出していた。
『
「……いや」
背後を見る。
崩れ落ちる瞬間、その機体は、こちらに右腕を伸ばすようにしていたが――……その腕ごと機体を切り裂いた。
敵機が断末魔に不可解な行動をするという例は幾らでもある。気にしたら、きりがないことだ。
「つまらない約束を思い出しただけだ。……つまらない、口約束を」
吐息を一つ。
恐るべき技能を持った敵の撃破に、静かに目を閉じる。
やがてこの、電波を塗り潰す銀雪も完全に消えるだろう。
降り続くそれが収まるのを待つ。
そんなとき――だった。
『大尉!? 大尉、どこにいるんスか!?』
『先輩――――!? ちょっと、この場でいなくなるの本当に洒落になってませんよ!? コンバットリンクをオンにして貰えます!? 先輩!?』
泡を食ったような部下たちからの悲鳴に近いノイズ混じりの通信。
電波阻害が晴れつつあるこの状況でもクラッキングの追加がされないということは、つまり、どうやら首尾よく電子戦敵機は撃破できたようだ。万一のために待ったが、甲斐はあったということか。
機体破壊等の膨大な電子情報のフィードバックで脳を焼かれたか、それとも単にこの場で乗っ取れる全ての機体を失ったのかはさておき……いや、こちらと異なり軍用ネットワークを介してクラッキングを受けていたであろうエルゼたちが事態に気付いたということは、おそらく前者と推定されるが。
それにしてもオーバーだなと思いつつ、ふと思う。
……ああ。
自分も【
「……不明敵機により攻撃を行われた。高度に電子戦に習熟した機体だ。貴官らと引き剥がされた形になる」
『それって――不味いじゃねえっスか! すぐ応援を!』
『ちょっと待っててくださいね! 状況は!?』
「問題ない。……既に撃墜した」
振り返る。
真っ二つにされて完全に四肢と五体を失った敵機はもう動かない。
そしてエルゼたちへの電子欺瞞も溶けたということは、完全に殺し尽くせたということを意味するだろう。
つまり、問題は、失せていた。
『……あの、大丈夫ですか……先輩?』
何故か声を顰めて問いかける彼女に、
「問題ない。……大丈夫だ。何も問題はない」
そう返答し、焼けた大地から飛び立つ。
災害はどの程度の規模だろうか。これから、どんな役割を命ぜられるだろうか。
それとも、まずは今回の件の報告からだろうか。
銀色の雪が降り注いだ大地は、視界の遠くに過ぎていった。
◇ ◆ ◇
静かに――静かに。
噴火に対しての喧騒を立てる聴衆や白き円卓に座した他の討論者に気付かれないほど静かに震えたその端末を、スティーブン・スパロウは僅かに一瞥する。
おそらくは、これがもう最後か。
すぐにでも、退避指示が出されるだろう。
一瞥し――その内心とは全く別に、これもやはり湖面めいた静謐さのままに、彼は口を開いた。
「ラッド・マウスくん。君の問いに、答えようじゃないか。……何故、僕らがリーゼくんの名を明かさなかったのか」
小さな頷きと共に、
「リーゼくんは、もう、死んでいるためだ」
「……な、に」
零された言葉に最も動揺したのは、奇しくも彼と同じ勢力であるはずのマクシミリアン・ウルヴス・グレイコートだった。
それに構わず、老巨木じみた中将は言葉を続ける。
「死んでいるんだよ、リーゼ・バーウッドは。完全に……電子的な記録も残っている。彼女は既に死んでいる」
また新たな衝撃の事実の開示に、最早何度目になるかも判らぬざわめきが上がった。
「……それが、欺瞞ではないという証拠は?」
「証拠?」
その中でも冷静なラッド・マウス大佐と、スティーブン・スパロウ中将が視線を交わし合う。
「君自身が言った言葉だろう? 何故、リーゼ・バーウッドの名前を使わなかったのか――一定の支持も得られるというのに。その通りだ。そうするのが本来なら最も良かったとしても――僕らは使えなかったんだ。使いようがなかったと言っていい。彼女がいつ亡くなるか、判らなかったためにね」
「さて。……しかしそれは、今日この日のために伏せていた可能性への弁明にはなりませんが」
そんな追及の言葉も、しかし、その老巨木にとっては涼風に等しいのだろうか。
「そうかな? 少なくともこう言える。……我々のリーダーだと突き止めていたなら、君たちこそ何故彼女の確保を行わなかったのか。或いは確保できずとも、少なくともそう報道することはできるだろう?」
「失礼。それは、今日この日まで確証が得られませんでしたので。……それに国家の英雄に対しては、慎重な動きともなるでしょう」
「ああ、確かにね。そうとも言える。ただ――」
教えを説くような敬虔なる牧師じみた口調のまま、巨躯の老人はとくとくと続けた。
「欺瞞? それを言うなら、君たちこそが――だろう? リーゼ・バーウッドという電子の天才を敵に回したという情報を把握しながら、或いはそんな疑惑や懸念を持ちながら、ドミナント・フォース・システム――アーセナル・コマンドの機体や
「……」
「……つまり、つい近頃それらを導入したということは、状況的に、君たちも彼女の死を把握していたと考えるべきだと――僕は思っているけどどうかな?」
ある意味で、それは、銀の弾丸なのだろう。
コンラッド・アルジャーノン・マウスが齎した不和の果実、悪夢じみた陰謀論に撃ち込まれる弾丸。
推論に基づいた状況証拠ながら、それは確かに、真実味を帯びていた。
即ち――――リーゼ・バーウッドは死んでいるという事実を人々に贈るための。
不定形の怪物として、疑念として、陰謀論の主として脳の瞳の中で生存させられ続ける虚像となる彼女を殺すための、一発の弾丸だ。
「そうだろう? 軍は少なくとも、彼女にクラッキング能力がないことを把握していた。実際、彼女はあの戦争で、脳機能の大半を喪失し深い眠りについていて――」
それを、引く。
大切な同士であり、理想の共有者であった彼女へ。
この先も陰謀の中で、疑念の中で、仮想の中で人々の絶望と不満を吸い上げる吸血鬼として活かされ続けることになる彼女の未来へ――――引き金を引く。
「――そんな人間としての死だけでなく、物理的な肉体の死も迎えている。このことは覆せない事実だよ」
スティーブン・スパロウは、リーゼ・バーウッドを殺害した。
最後に銃口から上がる硝煙のように。
それがこの、レヴェリアの会談を締め括る言葉だった。
護衛たちに囲まれてシェルターへの退避を行う中、スティーブンと歩みを共にするマクシミリアンは悔いた表情を拭えなかった。
「……すみません、中将」
「いいさ、逆に申し訳ないくらいだよ。大切な妹さんの死を、このような形で使わせることになって――そしてこうとしか落ち着けられずに」
「いえ。……申し訳ありません。まさか、こちらの本当の指導者まで把握されているとは……。ロビン・ダンスフィードも、その死と引き換えにデータを入手してくれたというのに……」
そんなマクシミリアンに、スティーブンも頷き返した。首尾よく事が運ぶというのは、そんな意味がある。
そうだ。
彼は勝ってはいけなかった。
彼が勝利したそのときこそ、データは永遠に手に入らなくなってしまうが故に――――。
そんな中でデータがここにあるということは、つまり、ロビン・ダンスフィード本人はブラックボックスまで辿り着くことができず――以ってブラックボックスを奪われることなく、マクシミリアンたちの手に入ったということだった。
「その、リーゼ・バーウッドは……本当に……」
「死んでいる。これは、嘘偽りない事実だ。彼女ももう亡くなっているんだ」
「そう、ですか……黒の駒も残り三つとは……」
「アシュレイくんがこちらに居てくれて何よりだ、としか言えないな。……それでもブランクを考えれば、相性のいいはずのグッドフェロー大尉に勝てると言い切れないのが困ったところだけどね」
「……。……そう、ですね。ええ、あの男は脅威です」
文字通り実力的にも立場的にも、ハンス・グリム・グッドフェロー大尉は
そしてこの会談で、奇しくもメイジー・ブランシェットの婚約者と明かされた。国によって婚約者を奪われた悲劇の騎士だと。
それが、何を齎すのかまではスティーブンにも判らなかった。ただ――彼はこの騒動の中心的な立場には運ばれるだろう。それだけの偶像性を帯びてしまっていた。
「まあ、
「……は」
顔色が優れぬマクシミリアンを眺めつつ、スティーブンも内心では笑顔を浮かべられずにいる。
(……圧倒的な支持を得られなかった時点で、この形に持ち込まれた時点で、既に分断は避けられなくなった)
少なくとも今後の歴史の全てにおいて、リーゼ・バーウッドが作り上げたフェイク――――という陰謀論を挙げられることに止めを刺せたのだけは及第点だ。
あの暴論は、劇薬だった。
人々の間から、信頼という果実を奪う。ありとあらゆるものに疑念を抱かせ、手にしたい真実だけを手にする時代に針を進める劇薬だった。
それでも――――それを防げたとしても、その萌芽は残った。少なくとも今回の一件に関しては、そんな陰謀論による分断は押し寄せてしまうだろう。
(……ああ、でも、首の皮一枚は繋がったと言うべきかな。死亡判定や鑑定を電子的に改竄するプログラム――それを既に用意していたとは)
どんな死であれ、最終的には電子的に記録される。
つまり、リーゼ・バーウッドはそれを偽装できるということだ。
今日この日の死を以って、データ的には、現時点より遥か以前にリーゼ・バーウッドは死亡していたことになる。
いや、『実は死亡していたのに今日まで生存を偽装していた』という真実とはまるで逆の形に書き換えられるだろう。だから今まで病院の中で生命維持を続けられていたのだ、と。
おそらく今頃……【フィッチャーの鳥】か関係者はリーゼ・バーウッドの肉体を確保し、司法解剖にかけようとしていることとなろうが……。
(……織り込み済み、なのだろうね。
それは真実、生きたまま、己の身体を殺していたのだ。少しずつ、腐らせていたのかもしれない。
巧妙に。
繊細に。
死亡推定時刻の不明をできるだけの処理を――――おそらくはデータベースの司法解剖などから、その要点を拾い上げて。
……恐ろしい行いだ。
彼女はその状態でも、限界まで自己の生存を図っていただろう。本当に己が死ぬべきときを見極めるために。自分という駒が、
身体を少しずつ殺しながら、それでも絶対に終わることのないように延命を行いつつ、延命が明らかにならない限度まで……己の生命活動を絞る。
恐ろしい行いだ。
真綿で首を絞められるなどというものではない。
死に腐りながら絶対に死ねない場所で――しかしともすれば呆気なく死んでしまうかもしれない場所で、彼女は孤独に戦っていたのだ。常人なら磨り減り、それこそ己が行いに狂い果て死を願うだろう。
そこに、いたのだ。
リーゼ・バーウッドは。
本当に。たった一人。誰に手を握られることもなく。
(君はそうまでして、この国を――未来を守りたかったということか)
彼女がかつて語ってくれた、マーガレット・ワイズマンが掲げたという標語。
全てはそのために。
強い思想や信念ではなく、彼女はただその言葉の実現を夢見ていた。そんな少女だった。
だからこそ――
(……ああ、必ず。必ずこの歴史を着地させてみせる。次に繋がる形で……まだ続けられる形で。僕もそのために、僕という札を切るよ)
スティーブンもまた、覚悟を決めた。
世界がこの先、どんな形になるか。
その中で自分という命をどう使うべきか。
彼もまた、それだけを考える――――――――。
◇ ◆ ◇
――――お兄様。あのね、リーゼ、やってみたいことがあって……。
――――いつかね? リーゼ、いつか、お父様とお母様みたいな科学者になってね……?
――――新しいお手手を作るの。リーゼみたいにオバケになっちゃった人たちでも、また世界と繋がれる手を。世界の暖かさの判る素敵な手を。
――――リーゼみたいになっちゃった人も、また立ち上がれるような素敵な靴を。
――――それで、なんだけど……ね。
――――あのね? リーゼ、皆とダンスがしたいの。
――――マーガレットお姉様と、メイジーお姉様と、アシュレイお兄様と、ロビンお兄様と、ヘイゼルお兄様と、ハンスお兄様と。
――――えっと……それでね? あの、ね?
――――その時お兄様は、一番に……リーゼの手をとってくれるかなぁ……?
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