補話【七】猟犬と、少女と、ある戦争の日々 その一


 暗い部屋の中だ。

 奇妙な形の車椅子に座す黒髪の少女は、唯一の明かりと言っていいモニターを見詰めていた。

 その幼い頬に、画面の光が投射される。


『いいか、俺は明日世界が滅ぶとしても林檎の木を植える! 明日のその場に俺がいないとしても! ここで果てるとしても! 生きようとする貴官たち一人一人の命が、その力がさらなる誰かの明日に繋がる! 明日に向けての林檎の木になる! 俺は今日それを植えるためにここにいる!』


 ある都市で――焼ける都市で。

 一人、そう告げて立ち上がった青年がいた。

 都市を覆わんとする竜の群れに、一人立ち向かった青年がいた。


 民を鼓舞し、戦士を奮起させる。


 声を上げる彼は、どこか、物語の中の英雄じみていた。

 彼は、戦う。

 両の剣だけで戦う。

 雨粒のような銃撃に晒されても、ただ一人で戦う。


『……かの誇り高きイェーアトの王、ベーオウルフよ。民を真に愛し、気高く、慈悲深き、竜に挑みし至高の王よ』


 それは、誰かに向けての言葉ではなかった。

 コックピットの中で、静かに零された呟きだった。

 両手の剣も砕け散ったその後に、身を覆う不可視の鎧すら持たずに、それでも彼は諦めなかった。


『明日の民のために鉄の盾を携え、孤独に竜との戦いに赴いた貴官の加護を。どうか、僅か一片でも――俺でなく、民を憐れむならば。貴官が民の命を真に愛した英雄であるならば、どうかここに、民のその一日の生のために……俺に力を』


 そうして、二十近い竜の群れへと単身で向かっていく。

 助けを求めず。

 その人は、誰かの助けになろうとしていた。

 誰の助けも、借りることなく。

 ただ、誰かの助けになろうとしていた。


 ああ――……なんて、眩しい人なんだろう。


「……わたしも、いるよ」


 思わず、呟いた。

 存在しない拳を握り締めるような気持ちが、少女の中に生まれていた。


「わたしも、いるよ」


 お日様みたいな人だ。

 闇の中でも絶対に沈まない、お日様みたいな人だ。

 それとも、夜空に煌々と輝くたった一つの星だろうか。

 その人は――――遥か彼方に、孤独に輝いていた。


 だから、


「リーゼも、一緒に戦うから――――」


 リーゼ――――エリザベート・バーウッドは、世界を覗き見る瞳を閉じた。

 見るだけじゃない。覗き見て、終わりじゃない。

 存在しない両足で、その舞台に登れるように。


 多分、本当に――――――自分の目で何かを見たのは、きっとこの日が初めてだった。



 ◇ ◆ ◇



 アーセナル・コマンドという兵器が戦場に齎した影響は大きく分けて三つだ。


 一つ――――流体ガンジリウムが齎す力場による『回復する装甲』。


 これによって、至短時間での飽和火力による攻撃以外が無効化された。

 つまり、典型的な空戦のような長時間の追跡や回避を連続させる中で一撃を当てに行くような戦闘では、敵機の打破が非常に困難だった。

 依然として航空機が配備されながらも対アーセナル・コマンドに用いられなかったのは、低速化と高速化を切り替え可能なアーセナル・コマンドを迎撃するには不十分と判断されたのだ。


 更に固体ガンジリウムの持つ電磁的吸収能力を利用したステルス性が、急激に戦場の有視界戦闘化を加速させていく。

 ステルス弾頭による長距離ミサイル攻撃も考えられながら、制圧能力という意味ではアーセナル・コマンドに劣る点――――。

 また誘導弾では生じてしまう噴煙と赤外線探知を鑑み、その迎撃に対して強い装甲力を持つことと、戦略的機動性のままに大口径野砲を移動させて砲撃できるという点から、これもアーセナル・コマンドに軍配が上がることとなる。



 二つ――――力場の指向性を限定することによる『空力抗力防御』。


 尖衝角ラムバウと呼ばれる力場集中による空気抵抗や断熱圧縮への対抗能力。これによって、アーセナル・コマンドは他の空戦兵器に比して大きな戦略的な機動性を持つこととなる。

 増設ブースターによって第二宇宙速度近くまで加速する兵器は、既存の対空防御での迎撃が困難となった。

 必然的に加速中の撃墜は不向き。

 それが低速となる領域――つまり加速を終えて目標地点に到達する領域でなければ迎撃が行えないというのは、防衛上の大きな問題点だった。


 相手の戦略的機動性に合わせられる機動力を持ち、同等の装甲を持つ兵器。


 必然的に、対アーセナル・コマンドにはアーセナル・コマンドが用いられるということになる。


 なお、この機能を利用すべくジェネレーター搭載型の大型ミサイルの開発も並行して進められていったが……ガンジリウムが齎す有害性が明らかとなってからは、本土を戦場とした保護高地都市ハイランドがそちらの装備を開発することはなかった。

 同時に、ジェネレーターを使い捨ての弾頭に搭載することが開戦直前の衛星高度爆撃によって生産拠点の多くを破壊された保護高地都市ハイランドからは疎まれたという背景がある。



 三つ――――脊椎接続アーセナルリンクによる直感的な制御と反射速度の高速化。


 人体――機械の双方向的な信号送信によって、人は直感的な機械操作を可能とし、機体は空戦生理学プリセットによってその駆動者リンカーの肉体的な訓練を不要とした。

 どんな人間でも、即席の戦力となる。

 更に機械と同等の命令伝達速度を手に入れたのだ。



 勿論、同様に大型ジェネレーターを装備させること――そして二足歩行という対地負荷を鑑みて戦車の装甲性をより強くさせる方向、或いは戦闘機をより大型化・高速化をさせる方向というプランも存在していた。

 しかしながら、力場の特性から航空力学に従った揚力を得るための設計が不要であること・高速化をしすぎた航空機では操縦者の負担が大きいことから航空機の改修プランは破棄され――――。

 戦車の思想はアーク・フォートレスに受け継がれて今日でも継承をされているが、全世界規模の戦闘という点からより戦略的機動性を求められることからこちらのプランも破棄。


 最終的に、以下の点からアーセナル・コマンドが軍においての主力兵器の位置付けを獲得する。


 装備の切り替えによる対地攻撃・対陣地攻撃・対空攻撃・対施設攻撃を持つという汎用性。

 戦略的機動性と装甲性。

 その人員導入の容易性と、広大な戦闘領域と開戦前後の損耗によって不足した兵員を補う民間人登用についての最大有用性。


 それら三点が、この軍事的に不合理な人型搭乗機械を主力兵器として隆盛させることとなる。



 更に、宇宙居住区での閉鎖空間戦闘や真空間でのミサイル攻撃・迎撃が戦闘の主体であり、そも空軍という兵科が僅かなヘリボーン作戦や大規模ドローン管制を除いて存在しない衛星軌道都市サテライトという国家にあって、新たに航空機を作製するよりも空戦兵力へと流用した点。

 同様に、宙間戦闘を視野に入れた際に航空力学に基づいた戦闘機は非合理的で、汎用性に優れない点。

 

 それが、今も鋼の巨人が飛び続ける空を作り上げた。


 或いはそれは、かのギリシア神話や北欧神話のような――巨人たち蔓延る闘争の世界への、先触れであったのだろうか。


 これはそんな時代の、黎明期の話である。



 ◇ ◆ ◇



 船体が雲に紛れるたびに、僅かな揺れが艦を包む。

 その度に明るいストロベリーブロンドの毛先が動き、紫煙が上がる。


 通常数千人規模で運用される規模のこの船が僅かな人員で運用可能となっているのは、開戦前後の爆撃によって高度に訓練された兵たちを失った軍の苦肉の策か。

 動力整備班と船体整備班は、知識と判断を行うリーダー以下、多くが作業用ロボットで構成されている。

 更に船体監視を行うのも専用のAIが行っており、いずれ戦争から人間が不要になるのかもしれない――――と、片目を長い前髪に隠した青年はあたりを見回しながら思った。


 煙を吐き出す。

 それならいっそ、今すぐにすべてを機械化しろというのが彼の本音だ。


 作業用ロボットを整備する作業用ロボットを見ると馬鹿げた気持ちになってくる。

 それも人間から指示を受けているものの、オモチャがオモチャを直しているようで何とも奇っ怪な光景にしか思えない。

 百名強。

 それが、この船にいる全ての乗組員の数だ。

 本来なら高度に機械化してなおも最低でも数百名を必要としているのに、それでも動くというのは驚きに近い。


「ま、つまりは無理させてるってことで――」


 倹約ぶって根本近くまで吸った煙草の煙を、備え付けられた空気清浄機に目掛けて吐きかける。

 巡航飛行ではないため、甲板に出て喫煙することは叶わない。つまりは警報装置に引っかかることもあり得るという奴なのだが、このスペースに関してはそれもない。

 廊下に設けられた待避スペース。資材置き場。

 本当ならそこにいるはずのロボットは、出払っている。

 まともなローテーションやシフトを組むこともできない船内での、ちょっとした憩いの場だ。そういうふうに、わざと火災報知器に詰め物をしている。良くないことだが、それを咎められる者もいなかった。


 最新鋭艦と言ってもそのザマだ。

 さっさと次の基地について、さっさと本職に乗り変わって欲しい。

 少ない人員で無理矢理シフトを回すなんて、地元の小さな警察署を思い出させて嫌になる――――と残り少ないケースの内の煙草のもう一本に火を点けたときだった。


 ドバン、と開く廊下と廊下を区切る気密ドア。


「サボり魔発見!」

「……えぁ?」

「確保ぉ!」


 肩で明るい茶髪を切り揃えたハイスクールぐらいの少女が――鳶色のいつも通りのアホみたいな輝きの目をした少女が、セージ・オウルビークを指差してそう叫んだ。

 叫んだ。

 叫び、それから止まり、おもむろに背後を見た。


「確保の人ー?  確保の人ー……? あれー……? えーっ、いや私だけです!?」


 相変わらず騒々しいアホ面を晒す少女、メイジー・ブランシェットである。


「頼りのエイダンの旦那はいねーみてーですケド?」


 ひょいと頭越しに廊下の先を覗き込みつつ、その僅かに癖のある髪に顎を乗せる。

 そのまま一服。

 髪に匂いが付くからやめろ、と彼女から言われたことはしっかり覚えてる。それでも意趣返しに煙を吐き出した。


「う……」

「う?」


 もう一度煙草を咥え直して目線をやれば、


「乙女ナメんな! やったらぁ! できらぁ!」

「うおっ!? こちとら警官だってーの!」

「不良警官に負けるほどヤワじゃないんですよっ! 専用機持ち舐めんな!」


 煙草を没収しようと指が伸びてくる。

 それを躱す。ひょいと躱す。

 流石に少女に負けるほど耄碌してないというのが、セージ・オウルビークの自己評価だった。




 ……負けちゃった。


 若さの反射神経ってすごいね。

 四つくらいしか違わないのに。

 喫煙って運動能力落ちるんだね。


 貴重な煙草を分捕って缶に押し込んだ少女は、腰に手を当てながらクドクドとお小言を続けていた。


「パイロットって言うのは、選ばれたすごい人しかできないらしいんですよ。駆動者リンカーも元々はそうです。他の特技の人は、皆どことなく遠慮したり配慮したりしてくれるんですよ。えっと、だからですね、私たちがちゃんと気を引き締めてたら結構それに習ってくれるんです。わかります? 私たちの態度が艦内の空気を作るんですよ? いわばもう風紀委員って奴ですよ?」

「へーへー」

「だーかーらー……聞いてます? まずはちゃーんとブリーフィングに参加してくださいよ。二番機なんだから自覚を持ってくださいってば」

「……へっ、補欠の二番機ですケドね。エイダンの旦那が本当なら二番機でしょ?」

「だとしてもセージさんは自動的に三番機なのでどのみちダメです! 撤退不許可!」


 大きく手でバツを作られる。

 何をするにも動作が大きい。よっぽどアホなのか、それとも無駄にテンションが高いのか、逆説的なコミュ障なのかは定かではない。

 なんにせよ――……後頭部を掻きながら溜め息を吐く。


「そんなこと言うとエースの坊っちゃん泣きますぜ? いーんですかね、風紀委員サン?」

「や、そんなことないと思いますけど? アイツのふてぶてしさ知ってます? 十年……じゃないな、んー五年……五年? まぁ五年近くぶりに再会して相変わらずアレですよ? 変に張り合ってきて……そんなナイーブさなんてあるわけないじゃないですか」

「……ガチで泣くぞこりゃ」

「泣きませんし泣いてるヘタレに用はないです。……で、話を反らさないでくださいね! お説教! 正座!」


 地面を指さされる。

 当然しなかった。

 睨み合いが続く。睨み合いというか、ハムスターにガンつけられてるようなものなので気にするほどでもない。


 やがて諦めたのか、彼女はそのまま語り出した。


 職務意識がどうとか、全体の指揮が何とか。

 統一軍事章典が何とか、交戦規定がどうとか。

 細かくは覚えてないししっかり読んでないけどともかく駄目だとか。

 とにかく良くないし駄目だったら駄目とか、理由が上手く説明できないけど駄目なことは駄目とか。

 それらを総合して――


「という訳で……心を入れ替えて真面目にやらないと芋の皮剥きとかパイプ磨きとか待ってます! あと部品のサビ磨きもつけちゃいますからね! 怖いでしょう? 怖いですよね? なのでやりましょう! ちゃんと! 仕事!」


 と、茶髪を揺らしながら力瘤を作るような動作をした。

 意外に仕切り屋なのか、それとも何かと軽んじられている臨時艦長であるアーサー・レンに対しての連帯感なのかは判らない。

 もしくは、こうして駆動者リンカーになる前は軍の管制オペレーターに従事していたからなのか。

 なんにしても、学生時代を思い出してうんざりした気持ちになった。セージは、その時からサボり魔のレッテルを貼られているのだ。……まあ、事実なのだが。


「へーへー、御高説は判りましたけど……よくもまあお小言飽きないもんで? そんなに口煩いと嫁の貰い手がなくなるもんですけどねェ?」

「いますー! ラブラブマイダーリンいますー!」

「ぜってぇ嘘でしょ」

「いるったらいるんです! イケメン高身長高収入のダーリンが! ……いや高収入かな。どうだろ。どうなんだ。貯金は……してると思うけど……どうかな。浪費家ならどうしよう……私が支えなきゃかな……養育費ぐらいは出してくれるかな……」

「……そこは徹底しときなさいよ、妄想なんだから」


 「妄想なんかじゃないですー!」と騒ぐ珍妙ハムスター女を腕で遠ざける。

 さっきもこうすればよかった。リーチが違うのだ。

 それにしても、顔を合わせる度に驚く。

 戦時中で、人数も十分でない新造艦で、おまけに試作実験機の乗り手は全員素人で、それでこれから激戦区にブチ込まれるのだ。

 あの焼ける街から逃げられたところで、敵の追撃を何とか振り切ったところで、待ち受けているのはそれ以上の何かにしか思えない。


「つーかさ、そんなに本気ぶってもしょーもねーですよ。やり過ぎたらね、捕虜とかにして貰えねーとか思わないんです?」

「捕虜? なんでです?」

「ハァ……勝てる訳ねえって思わないの? こっちにできるのはチマチマチマチマと敵の侵攻部隊を削ることだけデショ? 無理ってもんよ、勝つのは」

「そうですか? そこはこう……下にいる人たち全員とっちめれば何とかなるんじゃないんです?」

「はー……やだやだ、これだからお子様は」

「お子様じゃないですーレディですー。ふっ、私の魅力という高度な領域の話はぐーたらセージさんには判らな――むぎっ」


 腹が立ったので鼻っ柱をデコピンする。

 物凄く恨めしそうに睨まれるが、まあ概ね珍妙な小動物のようだ。怖がる理由が微塵もない。ミジンコの方がもーちょっと迫力があるだろう。

 ボリボリと、後頭部を掻いた。

 改めてまじまじと見る――――この女が今や船の生命線だ。稼働可能な機体は多くとも、それを動かせる駆動者リンカーが不足している。

 職務中の怪我によって生命維持装置代わりに手術を受けたセージ・オウルビーク、バイク事故をきっかけに移植されたエース・ビタンブームス、正規兵で砲撃機の駆動者リンカーだったエイダン・フープース……そして試作機の開発者だった父親によって手術を受けたメイジー・ブランシェット。

 この四人以外、操縦できる者はいない。

 軍で言えば、一個小隊規模の強襲猟兵しか戦力がないのだ。


(土台勝てるわきゃねェんだよ、こんなの。それならいっそ、この辺の兵器を手土産に投降した方がマシでしょーに)


 実際、艦内ではそんな動きもあると聞く。

 アナトリアで街を焼かれた民間人や開戦から戦友を焼かれた兵士は認めないだろうが、戦時急造兵や登用者の一部では機体を手土産に投降した方が――という計画も持ち上がっていた。

 どっちつかずのセージは、それらの話を耳にしている。

 だが目の前のメイジーや新米艦長のアーサー、古参のエイダンあたりは飲まないだろう。エースも多分蹴る。

 そうなったとき、彼女らがどんな扱いをされるか――仮にも艦内の対外的な最大武力の保持者たちだ。


(……それも寝覚めワリィですからね)


 全然そういう様子に気付きもしないだろうアホ面少女を眺めて、吐息を一つ。


「ちょうどいいから説明してやりますよ、お子様に。色々と……補給食持ってるだろ?」

「持ってますけど」

「そこに並べなさいな」

「えぇー……なんかバッチくて嫌ですけど……」


 ぶつくさと文句を言う彼女がテーブルの上に撒いた高カロリーチョコを、さながら碁石やオセロの駒のように動かしていく。

 程なく出来上がったのは、一つの赤い円盤チョコの下に四つのチョコが横並びになったチョコ組織図だ。


「これが衛星軌道都市サテライトの社会構造ってワケ。それぞれ三つ……月面と、B7Rと、衛星軌道上。んで、コイツらの上に統合議会と……あとは議会直轄領」

「それがどうかしたんです?」

「黙って見てなさいよ。お勉強教えてやるんですから。不良生徒サン?」

「いやそれセージさんにだけは言われたくないんですけど。不良警官にだけは言われたくないんですけど」


 揶揄されるが無視。事実なので無視。

 ……いや事実とはいえこんなガキにそう言われるのも癪なのであとでもう一発デコピンで痛い目を見せるとし――


「この統合議会の直轄ってのは、B7Rのとこの訳よ。いくつかの直轄都市がある。あそこは今開発が盛んですからね」


 赤いチョコの真下に連なるチョコを指差す。

 州とは別に直轄都市があるのは何とも中世的で奇妙ではあるが、保護高地都市ハイランドも他所のことは言えない。流石に直轄領や貴族領はないが、未だに上院――貴族院は現役なのだ。

 何故貴族なんてシステムを残そうとしたのか。格好いいから、としか思えない。

 閑話休題。


「んで……統合議会なんて謳ってるけど、厳密に言うとコイツらは独立都市の連合のそのまた連合って訳。一つの国ってよりはいくつもの地方の集まりって感じで……こうするとどうなるか判ります?」


 赤いチョコの真下に一列になった四つのチョコ。

 そのうち三つの更に下に、いくつものチョコを並べていく。


「敵が……いっぱいですね。なるほど、全部とっちめればいい、と」

「この猪武者ガール」

「なにおう!?」

「ハイハイ、授業中は静かに」

「なにぉぅ……」


 無駄に声を潜めたその様に、思わず笑いが出てしまう。


「完全に独裁って訳でもなくて、コイツらは地方が強いんですよ。それぞれがそれぞれ力を持ってるから、国家総動員ってのができないワケです。基本的にどこもまず、自分とこの土地のことを気にするワケ」

「つまり敵が……少ない、と。なるほど、全部とっちめやすいってことですね」

「だから黙って聞きなさいよ、この猪突猛進バーサクガール。要するに……今地球に来てるのはコイツらのそのまた一部なワケです」


 これだけ大規模な進撃と動員ながら、実のところ、彼ら衛星軌道都市サテライトはその半数も兵を差し向けてはいないのだ。


「で、こっからがお勉強です。コイツらが攻めてきた理由ってのは、平たく言えば“大いなる一つの宇宙の仔らアステリアス”運動って奴のせいなんですけど……判ります?」

「……皆仲良く?」

「半分正解。正確に言うと――……そうっスねえ。あれよ、あれ。『我々宇宙移民は、元は大いなる一つだった。皆が開拓の精神を持ち、過酷な宇宙に身を投じた勇敢な人間だった。今一度、我々は一つであった偉大なる開拓の意思を取り戻そうではないか』――って奴」

「……精神論?」

「とゆーか、回帰論ですかねぇ。昔は良かった的な。昔は偉大だったので、それに戻そう……的な」

「……それで何で戦争してるんです?」


 腕を組んで首を捻るメイジーの前で、セージは盛大に溜め息を付いた。


「昔はそうだったのに何で今はそうじゃないの?――ってなるでしょ? 我々は一つなのになんでこんなに不平等が広がってるの?――って。んで、こう、『そんな我々の中での貧富の格差は未だに地上にしがみついた者たちの中で悪なる企業が起こしたもので、彼ら自己愛溢れる資本家が人々の分断を助長している』と来る」

「……陰謀論?」

「陰謀論なら良かったんですわ。そういうのを広めて、後押しを受けて、そんで地球との輸出入のアレコレごたごたを解決しようとした。まー、ようはこんだけデモが起きてっから配慮してくんねーとウチら立ち行きませんわ的に」

「……なるほど? 自作自演的な奴です?」

「というかまあ、卵が先か鶏が先かなんですわ。そういうのが広がったからそういう主義者がトップに立ったのか、それともそういう主義者がトップに立つために広めたのか……まあ今となってはですケド」


 やれやれ、とセージは首を縮めた。

 何にせよ――――内部での貧富の格差が進んでいた。社会への不満が溜まっていた。そこからの脱却を望む声があった。多く上がった。

 そして、それを解決できる……と民衆に思わせる政治家が出た。マッチョで、保守的で、回帰的で、しかし先進的で革新的。今の息苦しい社会をどうにかできる人間が求められた――――その虚像の果て。


「で、まあ、実際のとこ高い支持率で色々と手ェ付けたみたいなんですよ。痛快なくらいに。民衆からもっと支持されるぐらいに……そういう政党の一党独裁になるぐらいにね。そんで、ドンドンとこう――できる人間って評価が積み重なってくでしょ?」

「まぁ……というか今の所、それほど悪くは聞こえませんけど」

「でーもー……起きたワケですよ、大寒波。不作。こっちがやべーくらいなんだから、そら向こうに回す分なんて全然でしょ? 色々と高くなるでしょ? そうなってくると、なんやかんや支持率高かった連中のメッキが剥がれちまうんで――」


 期待の分、それは裏返される。

 そして彼らは、その裏返しが致命的な土地だった。

 暴動一つで、諸共にすべてが滅びかねない土地だった。

 なので――


「やっちまったワケだ。保護高地都市ハイランドが分断工作をしてるって。悪い資本家に唆された悪い国がそういうことしてるから自国が脅かされるんだって。今皆さんが苦しいのはそういう悪い奴らのせいだって。……そうしてるうちに例のガイナスの食料輸入価格の件が改めて報道されて……」


 それは周知の事実であったが、時期が許さなかった。

 何にしても不満の受け皿になっていたものは、不満という燃料が溜まっていたものは、高まった熱のままに火を点けた。

 果断な政治家像を作ったツケだ。そのイメージから外れることもできなくなってしまった。


「……それで攻め込んで来たんです? こんなに?」

「古今東西の戦争ってのはそんなモンですよ、猪突猛進ガール。大体が内側のアレコレのせいで外側にアレコレするワケ……んで、今のは余談ね。実際戦力がどうかってーのは……」


 テーブルの上のチョコの組織図に目を落とす。


「統合議会の直轄兵士はクーデター対策に動かせねえ。他がどうかっていうと……」

「言うと?」

「B7Rの連中。コイツらは一番勢いがある。レアメタルを掘って売って掘って売ってして、そのために新しく都市を作って増やして作って増やしてしてる……新星人ノヴァーリスとか呼ばれてますケドね。ま、そいつらが一番乗り気なんですよ、大いなる一つの宇宙の仔らアステリアス運動って」


 核融合にて生成されるプラズマから、電磁誘導によってタービンを回すことなく直接的に電力を取り出せるようになったというのは世界的に大きなエネルギー革命だった。

 その核融合のための触媒として――極端に電子というかマイナスの粒子の半径が小さなガンジリウムは、世界に欠かせないものになった。

 他にも電波の吸収性に優れている。つまりは、保護材や隠蔽材としても有用であったのだ。

 それ故に彼らは勢いを増し、衛星軌道都市サテライトの中でも特に過酷な労働条件を課せられる彼らを纏めるためにできたのが“大いなる一つの宇宙の仔らアステリアス”運動の始まりだ。本当なら内向きにこの構造を維持せんと行われていたものが、外に向いた。

 

「衛星軌道の連中は、簡単に街を増やせねえ。B7Rと月の引力でラグランジュポイントがハチャメチャになっちまったせいで、宇宙空間に浮游都市を作るのがクッソ難しいワケ。そんで地上との貿易ハブだからめちゃくちゃ儲かりはしてる……漂流野郎ドリフターズなんて言われてるコイツらは土地が欲しかった。それも貿易に都合いい場所ね」

「ふんふん。ええと……だから海上遊弋都市フロートのお友達になった、と」

「そ。コイツらはいい感じになったら、海上に分権都市でも作るでしょーね。そういうワケでコイツらも戦争にゴーサインを出した」


 何かの事故や僅かな引力の変化で真空の藻屑になってしまう状況を、厭ったのだ。


「そんで月面都市は、ここでしか取れない――特に酸化鉄ってのは酸素作るのにめちゃ大事な感じ。だから儲かりもするし、土地もいっぱいある。上で基本的に農業してるのもこの辺。何か酸素足んなくなってもいざとなったらどうにかできそうだから」

「んー……他の二つと違って、自給自足が成り立つって感じですか?」

「そーそー。だからコイツらは実のところそんなに戦争に乗り気でもない。でも三つの内の二つが乗り気でしょ? そんなところでうちは御免ですーなんて言っても通らねえし……」


 頷くメイジーを前に肩を竦め、煙草を取り出した。

 よほど話に熱中しているのか、火を点けても諌める素振りも見せない。流石はアホの子だ。

 紫煙を吐き出し――……


「コイツらの住処って元々の都市が世界連邦政府時代に作られたものが多いワケ。そうなるとどうか判ります?」

「んー……整備面倒そうですね。パーツが今もどこまで生産されてるか判らないし……特に電子部品らへんに規格違いがでちゃうんじゃないですか? 初製造って何年前ですっけ? 百年近くないです?」

「……メカだけは強ぇーんですね、メカは」


 ぽんこつギーグ少女。

 今はさておき、幼少期は友達が自前のロボのみというコミュ障少女は伊達ではないのか。


「まあ、半分正解。正確に言うと徐々に新しいのに入れ替えつつ、月面の資源工場でパーツ自体は引き続き作られてる訳なんですケド……早々おいそれと全部作り変えなんざできねえワケで? そんでこの戦争でしょ? 新しく作り直しなんてしてらんない」

「ですよね、うん。はい」

「ってーなると、遥か大昔の……アイツらのご先祖が宇宙に上がる原因になった世界統一連邦時代のものを使うでしょ?」

「ですよね、はい」

「……で、言われるワケだ。非国民って」


 フーと煙を漂わせれば、彼女はわかりやすく首を捻った。


「……んん? 非国民?」


 それについては、聞いたセージも馬鹿らしいと思った。

 だが――


「他の地域と違って周りがポシャっても自分たちはやっていけるだけの余力がある。自給自足できる奴ら。んで、昔の時代のものを引き続き使ってるし、何なら文化の長さも誇ってる……そういう奴がどう見られると思います?」

「どうって……」

「戦争やるなら要ですし、そもそも戦争なんざやらないときからでも宇宙ではめちゃくちゃ大事なワケです。ってーなると統一議会さんとしてはそこに抜けられると困っちゃうでしょ? そーとー裏から思想運動起こしたみたいなんですわ」


 一枚岩ではない、と言ったのには理由がある。

 一枚岩ではないものを纏めようと、都合よくその理論に頼った。その果てに彼らの持つ祈りは暴走し、理念は自家中毒を起こし、偏執は引き起こされた。

 内部統制の失敗が、全て、火に変わった。


「で、若い世代の中にはそんな恵まれた状況を恥じて今回の戦争にガンガン参加する連中も増えちまってる……ってとこ」

「ええと……」

「ここはここで内輪揉めが凄くて、その内輪揉めを収めようとさっきの宇宙の仔らアステリアス運動が進むでしょ? そうなると余計に地上に敵愾心抱く人とそうでない人でてくるでしょ? そうなると――」


 無間地獄の始まりだ。


「……バカなんです?」

「アンタに言われたくはないでしょうケド。バカなんですよ、戦争やる奴なんてのは基本。そして


 自己たちを特別視する思想が諍いを生むのか、そんな思想に頼らなければならない現況が諍いの根なのかはさておき――――つまり、幾らでも材料があった。

 B7Rの到来によって分かたれた世界は、それによって変質した世界は、それによって進められた技術とそれに釣り合わない倫理と規範は、全てが闘争に収束した。

 どう足掻いても、変えられない。

 それができるとしたら――――あんなものが届く以前に全ての人類に叡智を授け、全てが思想良心的に高次元に至るしかない。

 アレが届いてしまった時点で、アレに変えられてしまった時点で、のだ。


「――とまあ、アイツらはバラバラながらに戦争にもガチで、戦争にはガチですけどまだまだ全然余力がある……ってワケで。一方のうちらはアイツらの本国に届きもしない。おわかりいただけました? ここに来てるのなんて一部なのにうちらはてんやわんやの目一杯で、あっちを殴れねえし、殴りに行ってもまだまだ後続はいる……つまりはこの戦争、勝ち目もクソもねーってワケ」


 長々と話したが、セージの結論はそこだった。

 人類がどうとか、世界がどうとかに興味はない。

 ただ、ではあるし――――起こってしまった以上はどうしようもなく、そして、それとは別にどうするかを考えなくてはならない。

 相手の社会がどうだろうが。

 自分の社会かどうだろうが。

 それよりもただ、勝ち目があるかないか――――いや、生き延びられるかそうでないかしか考える余地はない。


(この戦争理由が間違ってるかどーかなんてどうでもいいんですわ。そんなバカバカしいものに巻き込まれて、バカバカしいと判ってるのに死ぬのが最悪。そんなバカバカしい戦争すらもオレらはどうにもできねー、ってバカバカしさの話でしかないワケ)


 不正を正す神はいない。

 不義を糺す賢者もいない。

 あとは馬鹿げた話に呑み込まれて終わるか、そうしないかだけであり――


「ありますよ」

「あン?」

「勝ち目、あります」


 対する青い瞳の少女は、そう、厳かに首を振った。


「一枚岩じゃないって言うなら――まだ全力でないって言うなら、全力を出させた上でやっつければいいんです。言い訳なんて聞かないぐらい、誤魔化しなんてできないぐらいにやっつけて――」


 彼女が拳を握る。

 そのまま、静かにテーブル目掛けて振り下ろした。


「仲が悪いって言うなら、その仲ごと叩き割るんです。隠しようもないぐらいに、負けさせて。向こう同士で手を結べなくなるぐらい。夢を覚まさせるぐらい」


 その振動で、チョコたちの整列は崩れていた。

 全てがゴチャゴチャになって。

 何一つ纏まりがなくなって。

 ああ――――統一論に陶酔できないだけの力があれば、現実もこうなるだろうか。


「……それができたら苦労しねえっつーの」

「だから苦労してでもやるんです。皆、そのために戦ってるんです。私も……きっとあなたも」


 真っ直ぐな視線だ。


「……バカなんです?」


 呟きながら、思わずセージは目を逸らしていた。

 何も考えないガキ。何も気付かないガキ。

 その陽光みたいに遠ざからない瞳が、気に障る。

 それでもメイジー・ブランシェットは、視線を歪めることもなく続けた。


「確かに私はバカなのかもしれないですけど。でも、これをバカだなんだって言いながら――そんなバカなことに巻き込まれて終わりだなんてことほどバカなことはないですよ。なんで、私たちがそれに大人しく付き合わなきゃいけないんです? セージさんは許せるんですか? そんな人たちにやられっぱなしで、好き勝手にされて、何もかも取られて……それで許せるんですか?」

「だから許せる許せないじゃなくて、無謀だって……」


 これ以上、話したくない。

 溜め息と共に論を打ち切ろうとしたセージへ、メイジーが身を乗り出して言った。


「無謀で何が悪いんですか? このまま大人しくしてたって、相手からは抵抗がなくて助かったな――なんて思われて終わりですよ。そのまま、何でも言うこと聞かせてやろうって思われますよ? 私もあなたも、皆――絶対に楽になんて生きられませんよ?」


 それは昔、虐められてたという少女の経験談なのか。

 それとも別に何か、確信を得ているのか。


「絶対に――――絶対に。こんなことで、譲っちゃダメです。戦うべきです。私が知ってる人なら、絶対にそうします。……――

「――――」

「……少なくとも私は、エイダンさんもアーサーさんも他の皆も殺されちゃうような道なんて、選びたくないです。大人しくそれに従うなんて、絶対に嫌です」


 意地でも譲らないという、強い青色の視線。

 ……向き合うのが、馬鹿馬鹿しくなる。

 話すのが、馬鹿馬鹿しくなる。

 これ以上話してるのは、きっと、馬鹿馬鹿しいことだ。


 自分が馬鹿だなんて――――そんな馬鹿な話に気付かされるなんて、そこまで馬鹿げたことがあるものか。こんな阿呆一直線の少女相手に。


 なので、スッと中指を突き出した。

 デコピンという形で。


「あ痛ァ――!?」

「痛くなければ覚えないデショ、あんた」

「痛くしてまで覚えさせる何かありました!? 酷い! 人妻への暴力! まだ人妻じゃないけど! 旦那サマに言いつけるぞ!?」

「そりゃ夢の中の? へー、んじゃ居眠りでもするんですかい? サボりの仲間入りっスねぇ」

「夢じゃないもん現実だもん! いるもん! 婚約者フィアンセいるもん! ラブラブダーリンいるもん!」


 それが現実ならとんでもない物好きも居たもんだと肩を竦める。

 こんな全力でアホを遂行している向こう見ずアホ女と結婚するなんて疲れるだけだ。少なくとも、これだけの会話でセージは疲れている。

 気を使ってやろうとした自分が莫迦だったのか。


(……だーかーら、現実見ろっつーの。そこまで付き合ってらんねーっスわ)


 やれやれ、と頭の後ろで腕を組む。

 どんな熱意に燃えていようが、現実ってのはそれより下を行く。そうでしかない。そうとしかならない。

 そんなものに熱意を燃やすなんてのは無駄でしかなくて――日常生活でもそうなのに、ましてや戦争だ。リターンが何にも見合ってない。

 ま、忠告だけはしてやったと……休憩室から出ようとしたときだった。


「逃げるなーーーーー! 乙女の柔肌に傷を付けて逃げるなーーーーーっ!」

「なんですそれ人聞きの悪い……乙女ってガラじゃねーでしょ、アンタ」

「乙女ですー! 清らかな乙女ですー! 十年近く一途な私は全世界に出しても恥ずかしくないキング・オブ・恋する乙女ですー!」

「……女ならキングじゃなくてクイーンでしょーが。もう全世界に恥ずかしいアホっぷりですわ。隣歩かないでくれません? ちょっと噂されたくないってゆーか……」

「男女逆ですよその対応!?」


 むぎゃあ、と騒がしい彼女の頭を手のひらで遠ざけつつ――


「ってゆーか、部屋から出て欲しいんじゃねーです? 探しに来たんでしょ、オレを」

「あ」


 メイジーが手のひらを叩くのと、緩やかにドアが開くのは同時だった。


「……何してんだよ、お前ら。探しに行くって遊んでんのかよ。サボってる暇あるのか?」


 呆れ顔の黒髪の少年、エース・ビタンブームスが半眼を向けた。

 神経質。無愛想。反骨心。

 メイジー・ブランシェットの同級生で小隊の三番機。高火力の重装型四脚アーセナル・コマンドの駆動者リンカーだ。


「はあぁぁぁぁ〜? 見付けられてもない人がそれを言います? そっちこそどこかで油売ってたんじゃないんですか?」

「は? こっちは真面目に探してたんだよ、お前がお菓子なんて広げてる間も。アホの子ブランシェットがうるさいんだよ」

「えっ……真面目に探してこの時間……? 人探しのセンスが死んでるんですか……?」


 それから、やいやいと言い合いが始まる。

 幼馴染――のようなものなのか。

 アナトリアに越す前の幼少期に顔を合わせていて、それから再会した。再会はしたが旧交を温めるなんて感じではなく、どうにも折り合いは悪いらしい。

 一説によると武道少年であり非行少年である(どうもかなり意地を張る上に衝突を厭わないようだ。見りゃわかるが)エース少年のズボンの中身を事故で衆目に晒したとか何とか――……まあとにかく、うるさいハイスクール生二人というのは確定である。


 そして散々ばらの言い合いの後に、


「知りませんでした? アホって言う方が……アホなんですよ?」


 と、まるでこれが世界の真理だと言わんばかりに――さっきセージに向けてたのと同じぐらいに胸を張って、彼女は言い切った。


「今世紀イチのアホのドヤ顔」

「発言と顔がアホ。もう全部アホ」

「はぁぁぁぁ? 喧嘩? 喧嘩です? よっしゃ買ったる! 乙女ナメんな!」


 袖まくりをする彼女を置いて、二人で部屋を出る。

 後ろでキャンキャン吠えてるアホの娘コーギーはさておき、


(カスピ海過ぎてインドへ、でしたっけ。……途中下車できねえルートを通るってのは、多分脱走防止だよなァ)


 やれやれ、と息を漏らした。

 正規軍人が十分いるとは言い難い新鋭艦と実験機。

 敵に対する手土産としては、これ以上ないものになるだろう――――。


 軍もそれを許さず、おそらく、離脱ができない間に戦闘に放り込んで実績を積ませに来るはずだ。

 逃げるとしたらそこでだろうか――とセージは瞳を閉じる。このまま戦争に付き合わされて、戦うしかない状況に送られるのだけは御免だった。

 せめて乱戦や激戦でないことを祈るしかない。



 そして二人に取り残された室内で、小さく手を握ったメイジー・ブランシェットは頭を壁に預けた。


(……大丈夫なのかな、これ)


 誰にも気付かれなくて安心したが、結局のところ空元気だ。父親が開発者でこそあるが、テストパイロットは別に居た。メイジーが事前に知ってるのは、ちょっとしたメモの切れ端程度のもの。あとは乗り込んでから、マニュアル片手に確認したものでしかない。

 セージの懸念はもっともだったし、メイジー自身も不安を抱えている。

 あの日は――無我夢中で敵を蹴散らしたが、本当にこの先、自分が船を護りきれるのか。何とかどこかの基地に辿り着けば、正規軍人に乗り替わりになるだろうが……果たしてそこまで辿り着けるのか。


(……ハンスさん。ハンスさんなら、どうしますか? ここで諦めてでも生きた方がいいって――あなたもそう思いますか?)


 問いかけて、小さく首を振る。


 ……違う。絶対にあの人は諦めない。

 他の誰かが諦めても、あの人はきっと飛び続ける。

 たった一人になっても――ただの一人になろうとも。


 あの焼ける街で見た背中は、そうだった。機体は、そうだった。

 絶対に折れることがないと、思わせた。

 それは、昔からだったのだろうか。手紙を読み返せたら判ったかもしれないが、生憎、あの街と共に燃えていた。


(……ハンスさんのところには、私の手紙、とってて貰えるのかな)


 そうすれば少なくとも、形として、自分たちの交流が残されている気がして安心する。

 ……何に対する安心だろう。

 自分が死んでも、自分が居た証が彼のところに残る安心だろうか? それとも、続く戦いの記憶に追いやられても彼の中に残れるという安心だろうか?

 或いは――――あの人が、あの戦いの日みたいに。

 たった一人でどこかに消えてしまわない、楔になってくれるのではないかという安心だろうか。


 ……たった一人に、したくない。


(……生きてください、ハンスさん)


 最後のとき、血塗れの彼は朦朧とした中でメイジーの脱出を叫んでいた。

 あのあと、助けられたのだろうか。

 生きていてくれるのだろうか。

 怪我は、どうなのだろうか。安静にしてくれているのだろうか。今も戦っているのだろうか。危なくはないのだろうか。

 もう何年か早く産まれていたら、こんな場所じゃないところに居られただろうに――――……。


「……煙草くさ」


 呟いて、壁から頭を離す。

 これからの行き先を告げるような艦の振動が、心細かった。



 ◇ ◆ ◇



 保護高地都市ハイランドの海軍は大別して五方面に分けられる。


 太平洋艦隊――――その基地は『アウストラリス州(旧オーストラリア)』『グレートセリカ州(旧中国)』に集中。

 北大西洋艦隊――――その基地は『ローレンシア州(旧アメリカ・カナダ東海岸)』『エリクス州(旧グリーンランド)』『アルビオン州(旧イギリス)』に。

 南大西洋艦隊――――その基地は『ローレンシア州』『アマゾニア州(旧南米東部)』『ゴンドワナ州(旧アフリカ)』。

 インド洋艦隊――――――その基地は『アーリヤヴァルタ州(旧インド)』『アラビス州(旧アラブ)』『ゴンドワナ州』に。

 北海及びバルト海・地中海及び黒海艦隊――――その基地は『ノルディア州(旧北欧)』『クマニア州(旧東欧)』『タイガニア州(旧シベリア地域)』に。


 この内、最も損耗が激しかったのは太平洋艦隊であった。


 海上遊弋都市フロートの多くが太平洋に属していたこと、そしてアウストラリス州は他の保護高地都市ハイランドの地域と近傍になく孤立した地域であったこと。

 鉄鉱石等の地下資源や畜産・農産物が豊富だったこと。

 そこに目を付けた衛星軌道都市サテライトが地上侵攻の橋頭堡として降下を行ったこと。


 それらが相俟って太平洋艦隊及びアウストラリス州の陸軍は壊滅的な被害を被り、大戦後期には海上遊弋都市フロートのマスドライバーを奪取する【鉄の鉄槌作戦スレッジハンマー】の一環として地域解放が行われるも、戦争の最後まで地上において敵残党を残すこととなる。



 ◇ ◆ ◇



 空に浮いた羊の群れのようにぽつぽつとした白雲を見下ろし、その先にある点々とした小島を見る。

 穏やかに――そう、対地速度がどれほどになろうともこの高度では穏やかに、機体は空を駆ける。

 何度目か。

 空を飛ぶようになってさほど時間は経っていないが、それでも、随分と上空から海を見下ろす機会が多くなったと思っている。

 水色と青の混じった地中海は、こんな形でなければ訪れたい場所だった。


『中隊各機、羊たちはどうだ?』


 隊長機からの通信を受けつつ、周囲に目をやる。


『こちらノベンバー小隊、離陸直後のトラブルを除いて脱落者なし』

『ドランカー小隊、二機がエンジントラブル。今は牽引している。……こちらの着陸を優先させてくれ』


 やや下方に一塊になった鉄騎の集団と、ずんぐりとした鯨めいた大型の航空機。

 自分は、その先導役のような位置にいる。


「グリント−09オーナイン、脱落者はない。輸送機も無事だ」


 力場による推進――つまり無補給飛行。

 それによって、ときに、戦力移送について輸送機も用いずに直接的に兵を移動させること実施されていた。

 アーセナル・コマンドは血脈型ガンジリウムパイプという複雑な機構を有しているためにこのような長距離連続移動はあまり推奨されないが、機構が簡略化されているモッド・トルーパーに関しては別だ。

 空も飛べる重砲兵として、彼らは一固まりになって移動する――――直掩たるアーセナル・コマンドに囲まれて。


 そして、現地の整備班によって機体の整備を行われる。


 このような輸送方法の多用によって、近頃、軍部ではその員数の把握が満足にできていない事例も増えていた。

 大隊規模ですらなく、中隊や小隊――ともすれば個人に拠るような戦力の配置。

 保護高地都市ハイランド連盟軍の兵力も決して少ないとは言えないが、全国土に分散させるつもりで組織されていない。こんな未曾有の大規模戦闘を想定していないが故の、問題だ。


(アナトリアで制作されていた航空要塞艦が十分配備されていれば、こんなことも防げたかもしれないが……)


 兵員輸送装置であり、空中橋頭堡になる筈だった空飛ぶ城。

 敵軍の急襲とプラズマミサイルによる爆撃のために、数隻を除いて爆破処理が行われるか消し飛ばされるか、殆どの船は喪失してしまっている。

 あれらは、反抗作戦の要になるものだった。

 これによって――――また状況が悪化するとしか言えないだろう。敵には既に第二世代型のアーセナル・コマンドが配備されつつある。こちらは第一世代型。対アーセナル・コマンドは想定されていない。

 量産化に着手はしているそうだが、


(……つくづく、絶望的な状況だ)


 太平洋の制海権は、既に海上遊弋都市フロート衛星軌道都市サテライトの連合軍に奪われて久しい。


 太平洋の制海権の喪失によって、保護高地都市ハイランドは何としても大西洋の制海権を維持すべく残る海軍を結集し、それらの海軍基地を要するローレンシア州・ゴンドワナ州・アマゾニア州――旧北米・南米の東部、アフリカ大陸西部の各海岸線付近での勢力圏維持を第一としていた。


 しかし旧北米西海岸・旧南米西海岸と呼ばれる地域は、この太平洋の制海権を背にした敵軍の強い侵攻被害に。

 おそらくは地上でも有数の激戦区――地下輸送網の存在がなければ、勢いのままに押し込まれていたであろう。

 それでも衛星軌道降下作戦と海岸線からの猛烈な侵攻を前に、既に当該地域では戦線の維持も難しく、国土を利用したゲリラ戦術に切り替える動きも出てきている。

 少なくとも開戦当初のように、これらを拠点とした増設ブースターによる太平洋の海上遊弋都市フロートへの直接攻撃作戦は最早実行不能であろう。


 同じく太平洋から侵攻可能な地域――ユーラシア大陸に位置するグレートセリカ州は、既に飽和火力による侵攻によって大陸奥地に戦線を後退。

 ユーラシア大陸の北方に位置するタイガニア州ではそのシベリアの広大な土地と気候を利用した縦深防御・地帯戦術が行われており、その後背である東欧・北欧――クマニア州・ノルディア州からの補給線によってこの地域での敵侵攻は鈍化傾向にある。

 これらの重心的立地となるアルビオン州は衛星高度爆撃によって大きな被害を被ったものの、未だ敵の衛星軌道降下によっても地上橋頭堡を築かれることもなく、象徴的要地という件も相俟って強い抵抗が続けられている。


 一方のアフリカ戦線では、衛星軌道空挺降下によって大陸内での軍の連携ネットワークが寸断。

 かろうじて体勢を立て直したものの、保護高地都市ハイランドの戦力はアフリカ大陸の東部と西部に分断されている。

 地下輸送網の一部が敵の手に落ちたという話も聞く。余談を許さない状況だ。

  

 東部戦線については、アーリヤヴァルタ州――旧名インド地域が、アウストラリス州を橋頭堡とした衛星軌道都市サテライト及び太平洋からの敵艦隊の侵攻に晒されている。スリランカ島は既に敵の手に落ち、そこに侵攻拠点が築かれつつあった。

 インド洋海軍が何とか海上封鎖を防いではいるものの、第二世代型アーセナル・コマンドを積載した空母の侵攻により、広域での制空圏は失われつつある。


 そして今、インド地域戦力のその後背を突ける位置であり、ゴンドワナ州東部への挟撃やアルビオン州への直接航空攻撃も可能であるアラビア半島――アラビス州を巡って激しい戦闘が行われていた。



 アラビス州防衛のため、機動砲台として重火力モッド・トルーパーの増産配備。

 地中海を縦断する形で東欧・北欧からの部隊輸送の護衛を命ぜられていた。

 三機の大型輸送機と、三個中隊――三十六機のモッド・トルーパーの配置転換。空軍と陸軍の混成である。


 先のアナトリア襲撃を鑑み、これらの地域にも敵地上侵攻部隊の出現が予期されたが……ひとまず、その心配は不要だったらしい。

 無事に緊張感溢れる地中海の上空クルーズを抜け、目的地に到達する。


 アラビス州最北端の臨時空軍基地の、掩蔽された砂色の滑走路に着陸していく機体達を見送りながら、上空の警戒を行う。

 今回護衛についたのは、一個中隊――自分を含めて十二機のアーセナル・コマンド。これでも、民間人登用者の混成でない精鋭部隊――ということになる。


(……戦況が芳しくない。俺が、防衛に使われることも多くなった)


 あのドレステリアの悲劇による【アクタイオンの猟犬ハウンズ・オブ・エークティオン】の壊滅。

 それに合わせる形で行われた衛星軌道都市サテライトによる降下作戦によって、全世界規模で戦線が構築され、そして押し込まれてしまっている。

 およそこの二ヶ月のうちに、保護高地都市ハイランドでは敵本土フロートへの強襲作戦ではなく、防衛や迎撃を行う任務が増えていった。


(……本当にこの状況から、勝利できるのか?)


 常に問いかける。

 己の中の記憶――――硝煙に追いやられて掠れていく記憶の通りに。この国は、勝てるのか。

 ……いやある意味では、別の恐ろしさもあった。

 この状況からでも勝たせてしまう何かが居たら、人は一体それに何を見出すのか――――と。

 そんな場所に、座らせられてしまう誰かのことが。


『グリント−09オーナイン、帰投するぞ』

「了解」


 中隊長からの呼びかけに首肯する。

 自分だけは、中隊の各機と異なるコールサインで呼ばれている。【アクタイオンの猟犬ハウンズ・オブ・エークティオン】の、その頃のコールサインで。

 それが何を意味しているのかは判らないが……できることをやるしかなかった。


『待て……赤外線センサーが何か拾った。少数規模でこちらに高速で接近する飛翔体がある』

ブースター長槍か? アナトリアにも攻め込まれたって話だが……』

『モッドはともかく、輸送機は逃げられないか。……何事もなくエスコートは済んだかと思ったのに。ターキーシュートを防がなきゃな。迎え撃とう』


 そう、各機が応じる。

 頬がひりつく気配と共に、己の頭をある予感が過ぎた。


「――――全機! 装甲に回せ! プラズマ焼夷弾だ!」


 言い終わるが早いか、遥か青き空を赤熱して飛ぶ槍。

 間に合わない。

 マッハ二桁で飛翔する弾体が到着。

 空域が、瞬く間に白光に飲まれた。


「……ッ」


 爆発の衝撃と、真空状態への揺り戻しと、再度の爆発。

 そのどうしようもない衝撃に揺らされ、機体のセンサーが警報を鳴らし続ける。

 地獄めいた陽炎と噴煙が入り交じる大地。

 二枚重ねで盾にした大剣――――力場利用型のブレードは、プラズマの熱と衝撃によって揺るがされ、殆ど原型を留めて居なかった。

 それでも、役目は果たした。

 紙一重――その炎熱を遮り、コックピットの破損は免れたのだ。


 荒くなった吐息が戻るのに合わせて、次第に冷静さを取り戻す。

 そこで、思い至った。

 自分は、かろうじてこの装備によって防御が叶った。だが――――他は、


空域内全機オールステーション、被害状況を報告……! 生存者……応答しろ……!」


 歯噛みする。

 この戦法は、自分が海上遊弋都市フロートを焼き払ったそれを再現したものに等しい。

 その逆利用。意趣返し。


 空中浮游都市ステーションへの誤爆に端を発した戦時条項により、【星の銀貨シュテルンターラー】の使用は禁ぜられた。

 その入れ替わりに用いられた大量殺戮兵器。

 核兵器よりも大規模かつクリーンに――――大型ジェネレーターを組み込み、それ自体が力場を有する迎撃不能弾として飛翔するプラズマを生む槍。


 上空目掛けて立ち上る雲に紛れて、銀色の雪が降る。


 これでこの地域は、ガンジリウムに汚染される。

 人が暮らせない土地に、なる。


「……生存者、応答せよ」


 それから、数度呼びかけた。

 監視衛星を持つ衛星軌道都市サテライトには、こちらの動きは筒抜けなのだ。

 アフリカ大陸や欧州、アメリカ大陸などの地下網を持たないこの地は――特に逃げ場がなかった。

 この爆心地で、一体、どれだけの生命が残るだろう。


『グッドフェロー少尉……状況を……告せよ……』

「敵のプラズマ焼夷弾によって部隊は壊滅。護送対象も全て焼き払われた」

『……了解。第二……が警戒され……直ちにその場を離れ……』


 固体になりつつあるガンジリウムによる電波吸収によって、管制機体との通信も不安定になっている。

 少しでも上空へと逃れながら、管制機へと呼びかけた。


「……コンバット・クラウド・リンクに要請。隊長機が拾った赤外線センサーの情報の共有を」

『グッ……フェロー少尉……敵の第二……が……される。直ちにその場から……』

「問題ない」


 言いながら、ホログラムコンソールに振れる。

 機体状態の確認。

 まず、流量の確認。血脈型流動パイプの損傷確認。


「上申。これは、防衛上の深刻な懸念だ。敵のプラズマ焼夷弾は猟兵大隊規模の機体すらも焼き払う火力を有している。これが戦線に投じられれば、現在維持している防衛線を押し込まれる懸念がある」


 システム――機体に融解は生じているが、運動器に損傷なし。

 内部循環システムも正常。プラズマ動力炉も稼働。

 武装は――損傷があるが、戦闘続行は可能。


「同様の兵器が、アナトリアでも用いられた。つまりここは、当該兵器の射程圏だ。通過ルートになっている」


 呼びかけながら、地図に敵砲撃ルートを記入する。

 アラビア半島を両断するような射程。

 それは恐ろしいが――……あの日のアナトリアを想った。その飛翔角度。おそらくは、同一地点からの発射。

 つまり、まだ量産体制に入っていない。


「現在状況から推定すれば、敵プラズマ焼夷弾に関しては特定の箇所にしか配備されていないだろう。でなければどの戦線も片端から焼き払われて終わりだ。これが機会だ。第二波があるならその情報も収集し――――」


 機体が第一世代型、関係ない。

 自分一機しかいない、関係ない。

 敵勢力圏、関係ない。

 制空圏、関係ない。


「――――敵ミサイル母基地を襲撃、発射前のミサイルを鹵獲する。追撃の許可を求む」


 嘆くな。

 悔やむな。

 俯くな。


 ――――



 ◇ ◆ ◇



 ある暗夜の空域で、揃いの人狼が空の方々に広がる。

 白狼の群れ。

 鱗ある悪竜から乗り換えた彼らは、祖国からの最新鋭シミュレーション・システムのその通りに新生を果たした。


 闇を紅く押し退けた爆炎のままに陸上に堕ちていくアーセナル・コマンドたち。


 戦闘開始から十数分。

 かの【アクタイオンの猟犬ハウンズ・オブ・エークティオン】ではないものの、名うてと称された西ゴンドワナ方面隊の空戦アーセナル・コマンドは、制空圏を喪失していた。

 程なく本国から、追加の降下兵たちが現れるだろう。


「近頃は活きが良いのも減ったねえ……」


 撤退していく保護高地都市ハイランド機を眺め、その中隊長たる女性は肩を竦める。


「おまけになんだい? 群狼中隊ウルフパック、だったか? そういうのも出てきたそうじゃないか」

「ハッ、どーせお偉いさんの息子だかに付けられたお守りみたいなもんですぜ、姉御。なんだったかな、グレイウルフだかなんだか……」


 空という――宇宙にないその領域であろうと、彼女たちは優位を保っていた。

 衛星軌道都市サテライトの開発した最新の駆動者リンカー用シミュレーター。その効果は、これで実証されたと言う訳だ。

 元来がアーモリー・トルーパーの宙間ショーチームだった彼女たちにとって、人型機械での連携はそう難しいことではない。あとは重力下という条件にさえ適応してしまえば、ここはかつて駆った真空の部隊と変わらない。


「そういえば、保護高地都市ハイランドも第二世代型に着手したようですぜ。何でも、地中海ってところの辺りで戦闘になったって」

「へえ? どの程度かはわからんが、ちっとは楽しめそうじゃないか」


 名を、“群竜騎ドラグナー”。


 “群狼中隊ウルフパック”、“赤の切札レッドスート”、“白駒大隊ホワイトチェック”、“群竜騎ドラグナー”――――そのいずれも、【星の銀貨シュテルンターラー】戦争の最中に結成されたカウンターエース部隊だった。

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