第XXX話 あるどこかの未来の戦争、或いはあるどこかの戦争の未来


 背筋を凍らせるような風切り音と共に飛来した砲弾が、市街地にて炸裂する。

 大気を震わせる破裂音。

 透明の衝撃波がビルのガラスを砕き、大通りの粉塵が舞い上がる。


 砂に塗れたその都市を、壮大な豪風が吹き抜けた。

 だが――……


「無理だ……! アーセナル・コマンド相手じゃ、無理だ……!」


 目標健在。

 路地裏から身を乗り出した前線観測手の双眼鏡の先の目標物――鋼の巨人は、動ずることなく直立する。

 頭の平たいずんぐりとしたシルエットの機体。

 第二世代型低価格量産型ローエンドアーセナル・コマンド――――【カエルの王子フロッグプリンス】。

 時代に比してはあまりにも旧式と呼べる機体であったが、しかし旧政府軍の有するその戦力はあまりにも絶大な性能であった。


 ガンジリウムの力場を利用した《仮想装甲ゴーテル》とその戦略的機動性。


 それが飛び立てばすぐにでも砲兵たちは灰にされる――対空機銃も対空ミサイルも、確実な打破を約束しないのだ。何よりも彼らはそれを所持しておらず、そして、アーセナル・コマンドはまだ控えている。

 最早、最早猶予はなかった。

 冷や汗と共に苦渋の顔の壮年男性が拳を握り締める。そのまま振り返った先には、影のように付き従うスーツの青年がいる。


「ええ、今からでも連絡は取れますが」


 硝煙と土埃の漂う戦場には不釣り合いなその姿は完全にビジネスマンのそれであり、そして事実――彼はなのだ。

 砲撃の音が響く前線。

 眉一つ動かさない青年と、最後まで苦しみながら脂汗を流して悩み続ける戦闘服の男性。

 やがて――


「――――発行する! 『』を発行する!」


 ついにその契約は、結ばれた。

 B7Rの消失に伴った新たなる戦争の形。

 衰退する国家に変わる新たなる支配者が生み出した経済価値にして、人類の禁忌の果実。


「――承知しました。これより当戦争の資産判定については、《統一企業協会キャピタリア》が一元管理いたします。……ところで、『免争符』の発行は如何いたしますか?」


 更に持ちかけられる悪魔の契約に、男性は、ただ項垂れる他なかった。



 星歴せいれき〇二二四年――。


 度重なる紛争と相次いだ気候変動によってその勢力基盤を揺るがされた国家は、支配能力を低下させていた。

 入れ替わりに、国家群の中枢に派遣されていた人材を元にした企業勢力が台頭。

 アーク・フォートシティと呼ばれる移動型武装要塞都市を基盤として企業都市を建造した彼らは、まさに国家権力そのものを揺るがす新たなる経済支配体制を確立しようとしていた。


 これは、その、過渡期だ。


 過渡期であり、一つの終焉の始まりだった。



 ◇ ◆ ◇



 大型のコンサートホールめいた会場は、すなわちこの世の中にあっても未だそこには技術と発展が収束するという幸福な未来の展望のようなものだ。

 高い高い天井はあたかもその先が宇宙空間に繋がるかの如く深遠に遠ざかり、薄暗がりに包まれた会場は壁面の位置も感じさせぬほど――つまり無限遠の彼方の事象の地平線を映すかの如く、ぼんやりとした白光を抱えてる。

 足を踏み入れた観衆たちが思わず外を伺おうとするかの如き、一つの小宇宙じみたプレゼンター会場。


 衰退する国家支配との入れ替わりを示すかの如き企業シンポジウムは、それ自体が一大商業施設じみたアーク・フォートシティの建造を伴い、無数の大型ディスプレイやホログラフィックプロジェクターが協力企業たちのロゴを映し出している。

 テーマパークか、スタジアムアリーナか。

 オーディエンスに配布されたタブレットの明かりは、地に満ちた光の窓の如く観客席を埋め尽くしていた。


 そんな中で――始まる。会場が、湧き上がる。


 無数の青き閃光が彼らの周囲を迸り、会場の中心に収束する。人体をスキャニングしたかの如き蒼白のホログラムは骨格から逆再生するかのように、舞台上に一人の人間を作り上げた。

 再生の秘術か。悪魔的な反魂か。

 現代の魔術さながらに骨からの復活を遂げたプレゼンター――――胸に赤薔薇の如きポケットチーフを挿した中性的な容貌の黒髪の麗人が、歓声を後押しに両手を広げた。


「さて、皆さんは所謂……死の商人というものをご存知でしょうか?」


 観衆が静まるのを待って、涼やかな女性声でなされる問いかけ。

 僅かに、会場がざわついた。

 その蔑称をまさか、向けられる本人が口にするとは思えないという――……そんな視線に、彼女は残念そうに肩を竦めた。


「旧時代において、まことしやかな陰謀が語られたものです……軍需複合体が戦争を支配している……戦争のたびに成長する企業がある……」


 静かにステージを歩き出しながら。

 それは、虚空の旅人を思わせた。

 最新鋭の音響と光学効果の用いられたその舞台は、スポットライトが当たってなおもそこに足場があることを感じさせない。彼女は緩やかに、暗き宙を歩いている。


「だが実際――戦争は儲からない! ええ、この場にお集まりの経済に明るい皆さんならば、とっくにご存知でしょう! 無秩序な戦争というのは、経済的にも紛れもない損失なのです! それは人道的に避けられるべきであり、同時に経済的にも忌まわしき悲劇なのです!」


 それは彼女の旗振りを鮮明にする言葉。

 同時――彼女が魔術師めいて手を翳すと同時に、人々の持つタブレットが、ステージの虚空が、ホログラムのヴィジョンを浮かび上がらせた。

 それはデータであり、ショウシーンだ。

 一目で判る数字というのは、ある種のエンターテイメントなのだとプランナーは知っている。


「ですが、今や、《統一企業協会キャピタリア》が発行する『戦争株』は違います!」


 大きく頷く彼女に合わせて、プロモーションビデオのスナップの如く切り替わっていく数字と映像。

 それは、実績を感じさせた。つまりは展望を感じさせた。発展を、進歩を、成長を、そして未来を感じさせた。

 疑いない――輝かしい未来に繋がるための種。


「この資源も限られた、国家の庇護も期待できなくなった土地に生み出された新たな――そして古きを踏まえた価値の創出! それは極めて安全に、安心に、戦争という人類が逃れられない経済活動を支えるものです!」


 滅びかけの世界でも、まだ、希望はあるのだと――彼女は謳う。

 あらゆる懸念の必要はないのだと、彼女は笑う。

 人々を見回し、微笑む。

 貴方がたの心配を、紛れもなく、疑いなく、我々は解消するのだと――敬虔なる神職者のように笑う。


 そしてすぐにその顔は、一人の――信頼できるビジネスパーソンのものに変化していた。


「『戦争株』は、極めて公平かつ公正なシステムです。旧来のような非正規戦や、それに伴う虐殺の心配もありません。……『戦争株』の発行を行えば、そこでの戦力の不利を埋めるための非人道的な作戦も非倫理的な交戦も必要ありません」


 彼女――いや、彼女らが作り出した新しい基軸。

 争いを負のものとして避けるのではなく、受け入れることで益を生み出すという発想。

 最早、人々の目には滅びや終わりが疑いなく映り込んでしまっていて――……だからこそある種の日常とでも言うほどに近付いたそれらは、旧き時代よりもより現実的な問題としてそこにいる。

 故に、言うのだ。


 ――――それは恐るべきものではないのだ、と。


 彼女は続けた。

 訴えかけた。

 人々の抱いたそれが如何なる頑迷な迷信であり――そして、何故そんな迷信が作られてしまったのかと。


「民族、宗教、独立、自立、自助――……国家というものが無秩序に作り上げた枠組みは、本来そこにあるべき人々の姿をしがらみに縛り上げました」


 貴方がたは、被害者だと。


「多くの問題を孕んで作られた統一政府は、あの宇宙への半ば強制的な移民や……或いは同じ地上にあっても分断された都市を生み出しました。彼らとの軋轢を作りました」


 貴方がたは、無垢なる羊なのだと。


「それが、今日まで続く衰退の要因となったあの戦争――あの恐るべき、忌まわしき悲劇へと繋がった。我々の現在は、過去の統治者たちが先送りにした問題によって狭めれた」


 その怒りは。

 その不満は。

 正しいのだと。仕方ないのだと。悪くないのだと。


 何故なら真に悪しき者がおり、それが全てを引き起こしてしまったのだと――彼女は首を振る。


「彼らが残した負の遺産とも言うべきものが、その巨獣の死した後も我々を毒のように蝕み続けている。……そして今も世界で繰り返される戦いとは、全てがそんな先送りの果てのものなのです」


 沈痛そうに目を伏せた彼女は言う。


「争う人々は、貴方がたと異なる人間でしょうか。まるで違う、血も涙もない悪の人々でしょうか」


 罪悪感の刺激――共感の想起。


「いいえ、いいえ、違います。世にそんな人間がいることも否定は致しませんが――……その中には違った形のものもある。そんな事実から、我々も目を背けてはいけません。それを見つめ直さなくてはなりません。私達もまた、同じ世界の当事者なのですから」


 理論の受け入れ――同時に問題提起。

 社会善、公正、即ちは正義欲の刺激。


「かつての構造に歪められた姿からの解放……。いわば、姿に取り戻そうとする人々の願い――……彼らはそのために、時に戦わざるを得なかったのです!」


 過去形の利用――問題の矮小化。痛みの発散化。

 巧みな話術と共に、虐殺の文法と共に、彼女は唱えた。


 ああ――――世に悪しきがあるとしたらこれまでであり。


 これからのものは、違うのだと。

 これは改革なのだと。革新なのだと。発展なのだと。

 我々は、新たに築かねばならないのだと声を上げる。


「その解放のために、『戦争株』は力を貸します。身を守るための武器の供与や、共に戦う戦力の提供、或いは彼らを支援する資金の提供、苦難にある人々を助ける物資の提供――……それがこの皿の片方に乗ります。これは彼らからの訴えへと、貴方がたが差し伸べる手です」


 宙に浮かぶは、ホログラムの天秤。

 秩序と公正を示す、正義の女神のその天秤。


「対して彼らは、愛するその土地で本来彼らが得られるべき作物を、その景観を、或いは――その後の平和によって創造される多くの工芸品を逆の皿に載せます」


 浮かんだホログラムは色とりどりに、美しい景観や人々の笑顔を映して片方の皿に乗った。

 天秤が釣り合う。

 公正が実現する。


「これは、いわば、未来への投資なのです! 彼らが本来なら得られ、そしていずれ作り上げられる未来への投資なのです! 彼らのその幸運なる未来を、我々は共に祈るのです!」


 ああ――なんと、清く正しいものか。美しく正しいものか。

 それは、正義だ。善を内包する正義だ。

 人々が囚われてしまった鎖を壊し、人々に与えられるべきだった明日を与える救いの手。

 そうだ。


 これは、死の商人ではない。

 生の先導者なのだ。

 今そこに苦しむ人々のために、我々は、義務として――救済として協力することができるのだ。


「『戦争株』は公平です。【ガラス瓶の魔メルクリウス】という優れた瞳と頭脳が、そこにある価値や成果を鑑定します」


 戦場の資産鑑定。

 それは土地資源、人材、建造物、或いは行われた戦闘の正しき結果を測定する。


「『戦争株』は確実です。携わる戦闘者の武器は完全に制御され、戦場での不当な虐殺や――戦闘終了後の秩序不安とは無縁です」


 戦闘の安全保障。

 立ち直るべき人々を悩ませる問題を一層し、それは復興の手助けとなる。


「『戦争株』は安全です。三段階のランク分けにより、それぞれ協会はその最低資産価値を保証します」


 参画者の安心保証。

 なんにせよ貴重なる資本を差し出すことに対する敬意――その善意に対してのリスクの排除。


 それらを示しながら、彼女は締め括りに入ろうとしていた。


「世には『戦争株』が戦争を助長する悪しきものだと言う言葉もありますが――……果たして、これほどまでに統制された健全な活動がこの世にあったでしょうか? 戦いの最中に行われる不当なる暴力も、戦いのあとに残る無秩序な暴力も、『戦争株』によって完全に制御される。古き時代の、悪しき戦争の悲劇は繰り返さない」


 声を落ち着けて――冷静に。

 私は現実を見ているのだと、悲劇を憂いているのだと。

 故に貴方がたも現実を見、悲劇を憂えれるのだと。


 そして彼女は皆を鼓舞するように――そこに彼らが懸念する悪が存在しないと断言するように、大いに頷いた。


「いいでしょうか? 我々は現在を壊すのではなく、そこに生まれるべきに手を差し伸べる――――そうあるべき健全な闘争たたかいを、理性と秩序を以って保証するものなのです!」


 ああ――だから。

 この手を取ってくれと、共に戦ってくれと。


「既に限られてしまった世界の中で、それでも未来に向けての資産を残す……経済活動とはすなわち信頼です。そして未来に対する希望です。我々こそが、この大地に、新たなる価値を創造するものとして手を取り合いませんか!」


 彼女は観衆に、当事者となるべきだと――今まさにその機会があるのだと。

 これは転換点なのだと。

 これは変化点なのだと。


 そうなることが正しいことなのだと――――そう訴えかけた。



 そして細かな銘柄のプレゼンテーションや構造のプレゼンテーションに移る中、舞台袖に戻った彼女の元にはタブレット端末を片手にした秘書の男が歩み寄った。


「民族自由主義戦線から、『戦争株』の発行依頼がありました。……合わせて、それを見た旧政府軍からも『戦争株』の発行の依頼が来ています」

「新銘柄だね。さて、あそこの資産価値はどうだったか」


 鷹揚な笑みのまま歩き出す彼女の予定は埋まっている。

 あくまでも、未だ、国家という支配者は残っている。反統一政府運動や諸外国との睨み合いにその力の大半を削がれて崩壊も秒読みでいるが――……未だに油断できるものではないと、新興勢力の彼女自身が判っている。

 故に、より結び付きを。

 既に大地の多くを闊歩する要塞企業都市アーク・フォートの面々との顔合わせのために足を運ぶ。


「『免争符』の売れ行きは?」

「どちらの陣営からも大きく購入されています。それにしても……やはり、あの旧政府が秘密資金を持っていたというのは本当なのですね。……まさか小規模とはいえ資源採掘を行えるだけの技術力があるとは」

「はは、貴族の縁なのだろうね。それとも、古き大きな国の公平さかな? ……ふむ。周辺資源は大規模ガンジリウム墜落片だけか」


 眉間に皺を寄せつつ、逆の手で一瞥もせずにホログラムをスライド。別の承認と査定を同時に行う怪物の頭脳。


「大変だねえ、こうも『免争符』が売れてしまうと。すぐに破壊禁止施設のランクが下げられてしまう」

「今回は……キラー・クイーン傭兵団からも、『戦争株』への買い注文があるようです」

「ほう?」


 ほんの少しだけ黒髪の女性は足を止め、


「じゃあ、『免争符』を今のうちにもっと売り込んで。彼らは免責金もお構いなしだから、後の伸びは期待しない方がいいね」

「承知しました」


 また、歩き出す。

 今の彼女に立ち止まるべき時間はない。

 何故なら、こうも、世界に機会は転がっているのだから。

 


 オニムラ・インダストリー。

 サー・ゴサニ製薬。

 ミタマエ・エンタープライズ。

 ガイナス・コーポレーション。


 四大超巨大企業ビッグ・フォーとも呼ばれる彼らが作り出した経済活動協力機構――《統一企業協会キャピタリア》の若き代表者。


 神職者――――侵食者。

 先導者――――扇動者。


 彼女を評する言葉には、まだ、名前を付けられてはいなかった。



 ◇ ◆ ◇



 ホログラムを前に、一人の老人が腕を組む。


「うーん、新しい銘柄か……」


 たった今しがた上場した銘柄を眺める彼へ、呆れ顔の息子が呟く。


「親父もそろそろ冒険はやめとけよ。その国、ずっと争ってるんだろ? 戦後に落ち着くか判らないぞ?」

「いや、争ってるということは何かしらの資源があるということで……実はあそこには地下埋没資源があるという話も聞くからな……」

「デマじゃないのか? 『戦争株』で破産とかやめてくれよ?」


 それは、ありふれた光景だ。

 或いは、別の家庭でも。


「んー、なあナンシー? 宇宙旅行に行きたいかー?」

「パパ! 宇宙に行けるの!?」

「ははっ、そうだ! 今度の夏休みに、皆を連れて宇宙に行こう!」


 それはホームドラマの一つとして。



 或いは、


「……仕手株なんじゃないの? 本当に利益は取れるの?」


 眉を寄せて眼鏡を上げた女性のそんな声。



 或いは、


「俺の知り合いの軍事会社の奴がさ、次にこの銘柄が来そうだから買っておいた方がいいって」

「本当か? んー、でもなあ……前のは本当に上がったからなあ」


 昼休みに顔を寄せ合う企業構成員。



 戦争は、経済だ。

 陰謀論でも、仮想論でもない。


 ただ間口を広げて――――そして社会に組み込んで。


 軍や国家などほどしか買付を行わない、技術の民間転用ができなければ赤字になってしまう資産ランキングに乗りもしない軍需企業などではない。

 輸送不安や政治不安によって株価が低下し、不利益を被る国家ではない。

 市民全てが、何らかの形での参画が行う――という最強の手札。


 多くの金が動くそこは、もう、経済だった。



 ◇ ◆ ◇



 戦場の、風が、吹き荒ぶ。

 それは血の匂いに乾いている。

 鉄錆じみた血と、鼻腔を刺激する硝煙と、吹き飛んだ人間の内容物の匂いが混じり合った――何とも呼べない異臭。


 それに――金髪が棚引く。


 遠く黒煙が上がる都市を眺めつつ、中型の航空要塞船の甲板で凛とした美貌の少女が琥珀色の目を細めた。


「よお、また壊して来てくれても構わねえんだぜ?」

「……」

「それとも、そろそろ時期的にはお前にとっちゃ不味いかね? なあ?」


 ボディラインの浮き出る駆動者リンカースーツへと不躾で気軽な目線をやって下卑た笑みを浮かべた整備兵の、そんな言葉を黙殺する。

 喫緊の苦い経験により否応なく想起された危機感は、もう、僅かな注意の欠落も生まないだろう――と表情を保ったまま彼女は拳を握った。

 少女というが、そう見えるだけで、実際のところは異なっている。ただ、酷く小柄なだけだ。


「……」


 そんな彼女の首筋には、抱き子のような大きな人形。

 あたかも子供を背負っている風に見えるそれは――無論のこと、人形などではない。


 ――【産女石クライベイビー】。


 背負子のように、後頚椎部に接続する赤子型の機械。

 アーセナル・コマンドとの脊椎接続アーセナルリンク機能を逆利用してつくられた『人体機能制御装置』は、その生命活動への足枷として存在する。


 命の無い赤子を抱えさせられた罪人。

 罪人が繋がる死の赤子。


 今やこの世において、罪科に対する償いは殆ど一つしかない。労役あるだけだ。【産女石クライベイビー】を負わされて、いくらかの社会的な自由と引き換えに企業に従事する。

 国家無き世界の法は各企業都市ごとに設定されており、例えば殺人・強盗・窃盗、或いはなど――――それぞれに応じた労役期間が設けられ、時にその専門能力に応じて各種の協力企業へと出向労役という形で発揮される。


「……」


 そうだ。

 国から外れたそこで、個別に、それぞれの罪が決定される。如何なる国家間の条約や法とも、無関係に。彼らは国ではないのだから。

 そして、これから彼女が向かう場面でもそれは繰り返されるだろう。


 罪状は――――だろうか。


 要請によって発行される『戦争株』のトレーディングは、「」と「」によって行われる。

 必ずしも、金銭のやり取りを伴うものではない。

 「」とは武器供与や戦力提供、資金提供として――――そして「」とは、土地・地下資源・成果物・人的資源など。


 株式戦争の名のもとに、そこには株取引のような構造が付き纏う。利益も同じだ。

 株式の発行数を全体で総合した後に、その所持比率によってを分配する――――配当=インカムゲイン。

 ある『戦争株』の売買による利得のキャピタルゲイン。

 勿論、戦争株主に対してのその土地の利用に関する『株主優待』も存在する。


 言葉を飾り尽くした企業家たちは、そこに奴隷貿易は存在していないと言う。

 そうだ。

 への労役として――――人々は取引される。


「……ッ」


 金糸の髪の少女は、遠く立ち昇る煙を見詰めて更に拳を握った。

 まだ、国家は残っている。かろうじて存続している。

 しかしながら余りにも被った打撃によってそれは支配者の座から降りる他なく――次いでやむを得ず支配の座についた企業の中から、それは現れた。


 


 旧来の書物や物語の中にあった戦争による技術革新などというお伽噺ではない。

 どれだけ戦争が起ころうとも、或いはその準備をしようとも、最大の経済企業になれない武器商人や武器開発者などでもない。

 商人はそんな小さな牌を見ない。市場規模を広げることが最大の利益に繋がるのだと、彼らは知っていた。


 ここは、童話の向こう側だ。


 彼らは『戦争株』の存在によって誰でも戦争を起こせるようにし――そして誰でも戦争に関われるようにした。

 トリガーロック機構のみならず、そんなでは決して倒すことのできないアーセナル・コマンドという最強の駒に基づいた戦争。

 ドミナント・フォース・システムと呼ばれるシステムによって、それらは発射禁止や武力制限を行われる『安全でクリーンな兵器』として行使される。


 長引かせるのは可能だが、終わらせるのが難しく上手く火がつくかも難しい――という戦争の欠点。

 過度に武器を巻けばその後の政情不安に繋がり、結果的にその社会の安定が遅くなり、そんな政情不安からは望んだ利益を得られない。

 その問題を彼らは、それまでの国家という支配者から受け継いだ火によって解決したのだ。


「ああ、そうだ。……『免争符』の発行がもう少し進むまで、戦闘は待てってな」

「……」

「ま、その分の機会損失金で補償はされるから――『免争符』に構わねえ。第一級破壊禁止施設以外は何を巻き込んでも構わねえぜ? いつも通りだ」


 整備兵の、そんな言葉。

 彼女は――ただ吐き捨てたくなった。


 ――『免争符』。それもまた、この世に生じた悪行の一つ。


 戦場では、誰かが購入した『免争符』に応じて『破壊禁止度』が定められる。

 これはその戦闘領域における『にて算出されるものであり――。

 つまり、誰も『免争符』を持っていない状況で一人で所持すれば自動的に『第一級破壊禁止施設』として登録を受け危険を免れるだろうが、周囲全員が所持している状態で同数を所持しても、それは『全体が均一』であるために何ら破壊禁止施設の登録がされない――――ということを意味する。


 売るのだ。

 安全を。生存を。割合で売るのだ。


 いくらでも発行されるそれに歯止めはない。

 周りが購入すればするだけ、こぞって人々は買い漁る。ゲーム理論の悪用。命懸けのゼロサムゲーム。あらゆる無にすらも価値を付与して取引するという、商業と経済の最悪の発露。

 かつてより、人は死ににくくなった。


 でも――――……なのだ。



 やがて、【産女石クライベイビー】も外される。

 恐るべき赤子との繋がりを立たれた金髪の少女は、コックピットにて新たなる接続を行った。

 脊椎から伸びる機体接続用のリンクケーブル。

 或いは、それは、臍の緒か。


 銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴンの肩に記されたエンブレム――――キラー・クイーン傭兵団。


「クイーン−09、ディアナ・アッシュグレイ――出撃します」


 そして彼女は、戦場に身を投じた。

 幾度も。幾度でも。

 その懲役が終わるまで――――一つの資源として、戦い続けるのだ。

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