【180万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜
第107話 腕無しの腕、或いは人でなしの人、またの名をホワイト・スノウ戦役
第107話 腕無しの腕、或いは人でなしの人、またの名をホワイト・スノウ戦役
どこまでも果てしなく広がる暗黒の中に浮かぶ数多の眼球は、小舟の背にて夜の大海に漕ぎ出したかのような、はてどない恐れを感じさせる。
漁り火の如く瞬いて、多角的に降り注ぐプラズマ砲炎。
荒れ狂う波の中で夜空の星が吐き出した炎の涙か。それとも煌々と灯る聖エルモの火か。
十重、二十重と織り込まれた黒のドレスに誂えられた装飾品じみて、それは、全周コックピットの前面モニターを埋め尽くしていた。
奥歯を噛み締め、その炎熱の視線を振り切る。
星々に彩られた暗夜は最早、雷火の空に変わった。
神秘的破壊海域のその奥に座すは、冒涜なるその主。
おぞましき膿の詰まった巨大な二つの眼玉を持つ烏賊――。
【
つまりは幸い、まだそれ単騎を相手にすることは他のアーク・フォートレスと比して著しい困難や不可能とは呼べず、そして何よりもオーウェンの情報収集によってその特性が明かされているがために決して無理筋とは呼べない。
そう、己に言い聞かせる。
これは――無謀ではない。勝算はあるのだ、と。
降りかかる加速圧の中、己に言い聞かせる。
……たとえ宇宙に浮かぶ敵のその巨体が、如何に太古の遺伝子に刻まれた非捕食者としての根源的な恐怖を煽るようなものだとしても。
『
「打ち合わせのとおりだ。変わりない」
一つは、その運用に兵士を必要としていないこと。
一つは、完全なスタンドアロン・コントロールにて外部からのハッキング破壊の危険を低減させていること。
及び、リーゼのような電脳の支配者への対策として、その中枢に複数の脳と脊椎だけになった人間たち――を用いていること。
そして、対策はそれだけではない。
その機体の持つセンサーの類を、あたかも烏賊のその眼球やタコのその触腕のように人間を遥かに超える精密性や機能性を有する器官とすることで、それらとの
翼を有しない生物が翼の動かし方を知らぬように――逆説的に――翼の動かし方を知る生物は、翼を有しない生物とは別物だと言っていい。
これにより、迂闊にその機構へと
人の脳では、それとの接続に耐えられない。
故におそらく、
それが、これらの
まさしくメイジー・ブランシェットを筆頭として、通常の人間の領域の拡張を行っているかの如き者たちを殺すために生まれたのであろう。
その上で――【
「フィーカ、赤外線センサーの温度表示を重ねてくれ」
『
全周モニターの光学カメラ映像に、分析された赤外線の温度表示が重なる。
やはり――と言っていい。
眼前の空間に満ちた高温の反応。
あのアーセナル・コマンドの停止のからくりは単純だ。宇宙空間であるが故に大気への熱放散などが行えず、大気に減衰されない直射日光の照射による急激な温度上昇がある中で、機体の温度管理――冷却装置というのは実に厳密に行われている。
敵の巣――ともいうべきその暗黒の空間には、気化した不可視のガンジリウムが満ちていた。
有大気下では銀の煙や霧のようにして振る舞うガンジリウムであるが、それは文字通りまさしく煙や霧と同じだ。つまり、気体という状態ではなく細かく拡散された液体という状態であるからこそ――そのような銀煙としての目視が可能であるのだ。
そして完全に気化させられたまま一切の冷却がされないそれは、目視叶わぬ気体として空間に満ちる。
おそらくは、宇宙に暮らす者たちだからこそ思い付いた戦法だ。地球上でのガンジリウムの振る舞いに慣れたものでは、そこが一見して危険域とは判らぬままに踏み込んでしまう。
なるほど――対・地球人と呼んでもいい殺戮機構。情報を得ていなければ、こちらも危うかったかもしれない。
回避を続行しながら、腹の底から吐息を漏らす。
(ここまで情報を得た上でこそ――――しかしそれでも、実態との違いに関しては未知だ。ここから先は、未知の領域となる)
オーウェンという青年を信用していない訳ではなく、単に秘密兵器というものに関しての情報がどこまで精確なものが世に出るのかという心配。
情報を前に対策を立てるということは、即ち、その情報に誤りがあったら致命を引き起こすということ。
だがそれでも、今は、こうするしかなかった。
敵機の圧倒的な殺傷能力と、そしてこちらの手の内の乏しい兵装。
故にこれは――ある種の例外と言っても過言ではない。
その戦いのみならず、あらゆる戦いに耐えうる己を作るという――決して揺るがぬ己を磨くという意味を込めた戦闘ではなく。
そんな己が作り上げられているのか、果たして貫けるのかを確認するという戦闘ではなく。
己の全てを今日この日のために――――この存在を滅ぼすためだけに、己を指向する。
なんとしても、この兵器だけはここで滅ぼさなくてはならない。一体たりとも、ここから外へと逃すわけにはいかない。
(……戦うのが、俺でよかった。おそらく――そしてかつての大戦時ならば猛威を振るったはずだ。だが――……)
人狼の機体を翻しつつ、奥歯を噛み締める。
温度変化が肝であるというなら、取れる手立ては一つだった。
敵の影響を受けぬほどの厳密な温度管理の制御が求められ、ある意味でそれは――こちらの得意分野であると言ってもいい。
故に、出し惜しみはしない。
たとえその先に何が待ち受けるとしても――明日のこの日を己が人として迎えることが叶わなくなろうとも、それで己は構わない。
誓ったのだ――ならば、疑うべくもなく。
ただ一振りの剣として。
ただ一つの滅びとして。
義務を果たせ。――兵士であるということの義務を。
「
言葉の引き金が、機体と己を一体化させる。
大元は外宇宙への航行のために――その船外活動や、人の寿命では辿り着けない遠隔地においての活動のために考案されていた機械がアーセナル・コマンドだ。
宇宙航行において如何なる怪我を負ったとしても、それでも何とか人を活かしていくための技術であったものだ。
それを悪用するかのような手法を行うのは、皮肉的だろうか。製作者への侮辱だろうか。
そこまで考えつつ、ふと、気付いた。
己の機械化。
肉体と精神の最適化。
そこにこのような余分の――余計な考えの入る余地はこれまではなかった。
つまり、この状態を緊急や非常ではないと己の脳が見做す程度に進んでいるということなのだろう。
「――――」
即座に、切り替えた。
連続して真横を通り過ぎていくプラズマの掃射。
目指す先は、虚ろに果なき宇宙の空座に鎮座する――冒涜的な水棲生物めいたアーク・フォートレス。
己が幸運であったと疑うべくもなく安堵する心と同時に訪れる――――死線。
死の海域が、蠕動する。
そうだ。
これは、最低の前提条件に過ぎない。
これをして初めて、深海めいた敵の領域の内で呼吸が叶うという――そんな最低の前提にしか過ぎない。
宙に浮かんだ無数の目玉から放たれるプラズマ炎。
そして、それらの目玉が紫電を発すると同時に――その弾幕の軌道が歪む。
弧を描き、宙をなぞって飛来するプラズマの光弾。
流体ガンジリウムの満ちたその空間は、放電によって無限に敵の制御下に収まる――文字通りの手中であった。
(――――)
【
一つ、広域展開した流体ガンジリウムと本体の電力によってそれ自身が力場を持たない類の遠距離攻撃を無力化すること。
一つ、急激な温度変化により敵機の冷却材を誤作動させ、或いは熱暴走による形で近接戦闘を試みた機体を行動停止に追い込むこと。
一つ、本体から子機を――つまり怪物的な脳髄を満たした弾丸を――敵機へと撃ち込み、強制的な相互の接続にて
この三つだ。
それはロビン・ダンスフィードへの対策であり、ハンス・グリム・グッドフェローとマーガレット・ワイズマンへの対策であり、リーゼ・バーウッドへの対策であり、メイジー・ブランシェットへの対策だ。
また、気体を満たしているという関係上、その収束率を操作して屈折を操ったのならばアシュレイ・アイアンストーブのレーザーまでも遮ることができるだろう。
そしてガンジリウムの気体により、電波の電力も大きく阻害され――通信を途絶させられる。
まさしく、対軍団や対
流体ガンジリウムをこちらで利用することも可能であるが、第二世代型のジェネレーターではその度に機体の力場や移動の推進力が損なわれる。
そして外部への投射という非効率な行為では通常、機体そのもの内部で発生する力場よりも出力が下がる。
かつ、例え最大出力で用いたところで――ジェネレーター出力ではアーク・フォートレスを上回ることは不可能であろう。結局は、そんな外部の力場も出力で押し負ける。
つまり、到底、現実的ではない。
「――――」
【
プラズマの隙間を縫うように、透明の砲撃が――力場の鉄槌が巻き起こる。
自己の力場の低減を察知する機能を転じた、いわば力場の触覚ともいうべきその空域では、急速戦闘機動であるバトルブーストさえも敵にとっては見え透いた移動に過ぎぬだろう。
回避先を読むように、飛び来る衝撃波。
だが、それでも、こちらは回避する。
内部の流動変化による重心の変化。
そればかりは、力場そのものを己の触覚として用いるアーク・フォートレスにも知覚不可能だ。
こちらの内部までは、その能力も及ばない。
だとして――
「――――」
湾曲するプラズマ掃射と合わせて襲いかかる連射じみた透明の砲撃によって、己の皮膚を――力場を剥がされる。
躱しきれず、肉を――装甲を砕かれる。
【
それは真実、見えざる手――まさしく【
重心変化は、あくまでも対人戦の技術に過ぎない。
対人の、そして手練の、それを相手にしたときの一瞬の勝機を掴み取るための技に過ぎない。
故にそれだけで躱し続けることには、無理がある。
脳が警鐘を鳴らす。
己の生身を削られているのと等しい神経信号の嵐が、透明の文字のように視界を埋める――――だが、構わない。
つまりはまだ、死んでいないということだ。
ならば、何も問題はない。
殺すまで殺せれば、ただ、それでいい。
つまりは右腕一本――――それが敵の下に辿り着くならば、この己の内に座る生身の部分の損害も構う必要はないのだ。
「――――」
生身が、奥歯を噛み締めた。
飛びずさると同時、迸る紫電――破裂する空間。圧裂する空間。掌握され、歪曲され、貫かれ、突き刺され、断たれ、潰され――こちらの軌道跡に生じる不可視にして絶対の様々な破壊。
ときにこちらの回避を先読み。
ときにこちらの逃げ道を潰すように。
兆候なき殺意は、吹き荒れる。数多の花火めいたプラズマの砲火と共に、戦場の女神たる砲兵がそうするように、空間を制圧するかの如く吹き荒れる。
それを――――躱す。躱し続ける。
いいや、躱し続けられる。
「
言葉と共に、深まる接続と力場の制御。
己の肉体という定義の拡張と、その精密さの拡張。
どこまでも深く、より深く、沈降していく己の内面。
こちらも、細く深く絞った力場の糸。力場の触覚。
あたかも腕から神経線維を引き摺りだすが如く枝状に力場を伸ばし、不可視の殺意を察知する。
強いて言うならば、敵の破壊的な力場は唐突に巻き起こるものではない。
必ずその核があり、起電部がある。そこから遠方へと放射されていく。故に全く兆候が存在しない訳では――――ない。
故に、躱せる。
こちらが躱そうと動くことを察知した敵の攻撃の変化と、その変化を読み取った上での欺瞞回避。
重心変化を伴う急速回避起動と、行動速度の変化と、認知と、その凌ぎ合い。
己の脳が機体の一部と化すどころか――。
力場の触覚をあたかも己の剥き出しの神経線維めいて感じ、火傷に対する反射の如く回避行動を実行する。
砲撃、圧撃、削撃、爆撃――――この暗黒の宇宙の中で巻き起こる不可視の死と衝撃波を、
擦れ違うその衝撃に、実に様々な破壊があることを認識し――――……正しく言うなら、その必要も無かろう。
そこに留まれば死ぬと、そんな方程式があるだけだ。
どう殺されるかは、どう死ぬかは、実のところはどうでもいいものなのだ。壊されたら動かなくなってしまうだけのことなのだから。
ただ――敵の反応速度を読み、反射能力を読み、充填速度を読み、つまりはその呼吸を読むだけ。
大いなる深淵の内側に潜む冒涜的な軟体生物めいたその存在の殺意を、ただ、読んでやるだけだ。
理解は必要ない。
納得も必要ない。
殺意と害意は――――外敵に対する彼我の共通言語であるのだから。そこに、種族の違いは存在しない。
肉を削られようと、皮膚を削られようと構わない。
ただ刃が残れば、殺しきれる。
そんな己の在り方について、以前――――まさしくこのような意識の中であの婚約者だった少女から何か言われた気もしたが、どうでもよかった。
それは些事だ。
先程まである筈だった恐怖という不要なものは、とうに切り離された。
己を一つの方程式と化す――――。
力場を絞る。
電力を蓄える。
推進剤を保つ。
必殺となるその場所までそれらを温存し――牙を突き立てるべく、肉を削がれながらも回避を続ける。
ただ、それだけだ。
既にオーウェンから敵の諸元の情報は得ており、あとはそれらの擦り合わせに過ぎない。
案じていたのは、そうするよりも先に己が散らぬかということだったのだろう。きっと。おそらく。
最早、その不要なものは思い出せない。
戦いに絶対普遍はないということ。敵機の現況が諸元とは全く異ならないかということ。己の武装では及ばぬかもしれないということ――――たったそれだけ。それが一体、どうしたのだろうか?
だが、故に――把握が済んでしまったのならば、
「――――――」
降り注ぐ流星や火山じみた多重のプラズマの砲撃の内に、外宇宙生命体的な敵機の動揺のようなものが、見える。
既に、諸元は把握した。
その、実稼働も把握した。
最早その攻撃に、理解の及ばぬ箇所はない。
必要な反射は確立した。
最適な力場――疑似神経網は成立させた。
ならば何故、それに敗れる道理がある?
幾度と繰り返した演算の果てに全てを躱すように――決まりきった未来への軌跡を、一歩ずつ、着実に、どこまでもなぞっていくだけだ。
あとはただ、近付いて斬るだけだ。
今の己の
だから、こんなものは、
「ハンス・グリム・グッドフェロー――――!」
戦場に割り込んだ女の声に、僅かに意識を阻害される。
弧を描き迫りくる推進炎。
弾ける紫電。
実弾を放つ左腕一体型のレールガンと、そのか細い腰部に備えられた鞘を持つプラズマブレード=抜刀術の備え。
鋏の如き腕部砲門――武器と一体化した両腕部が特徴的な機体【
右腕だけを通常の五指ある腕部に換装されたそれに、覚えがあるか。
いや……あろうが、なかろうが、構わない。
丁度いい。
コックピットでその刃を受け止め、それを引き連れたまま盾に使って敵アーク・フォートレスへと接近する。
それが最も効率的であり、この場での最良に近い手段であろう――――〈よぉ、猟犬。生き急ぎすぎるなよ?〉=煙草と酒を勧めた男の嗄れたハスキーボイス。人生に滑り込んだ余分。片目を閉じた笑顔。記憶の揺り戻しを伴った己の生存本能の声。
「――――ッ、《
回避は間に合わぬ。既に、敵の刃のその間合い。
咄嗟に、全ての出力を腕部の格納ブレードに回す。
弾ける紫電と共に敵の手元で鞘走る――刹那の光刃。
圧縮されたガンジリウムの膨張圧と、力場の爆発圧。更に磁気反発を加えた実体剣の――その先端から噴出するプラズマ刃。
四重の加速。
四重の殺意。
迫りくる強烈な抜刀のその圧力を正面から受け止めたこちらの紫炎が、弾き飛ぶ。機体も互いに弾き飛ぶ。
強制的な仕切り直し。
敵支配圏から叩き出された。
加速圧を抜くために身を翻してから向き合った遥か先の――宇宙に浮かぶ青黒き【
腕部を改修したその機体は――……こちらの記憶が正しければ、撃墜数ランク十六位のキリエ・“エレイソン”・クロスロード。
その抜刀速度を以って、かの飛翔状態に入ったマーガレット・ワイズマンの腕部を両断した凄腕の
「……ああ、本当、流石――――それでこそ、ですね。実に殺しがいがあるわ。あの日の、破滅の化身……」
そして彼女が増援の先鋒であったのだろう。
それに遅れる形で、二個中隊ほどのアーセナル・コマンドと武装改造したコンテナ船が接近するのが見えた。
冷や汗の中、舌打ちを噛み殺す。
(……想定していた最悪の展開か)
そのアーク・フォートレス――【
つまりは、友軍機などと競合しての稼働こそを得手とする機体。その支配領域下での運動予測及び弾道支配は、友軍と共同して本領を発揮する兵器だろう。
そして――……同時に、ホログラムコンソールにてバイタルデータを確認する。
(不味いな。……思った以上に状態が悪い。同じ手段を使えば、どうなるか)
全身の神経系に与えられたストレス。
頑健に鍛えた肉体により直接的な損傷まではないものの、接続に伴う神経系への負荷によって分泌された多量のストレスホルモンと、扁桃体の血流増加。それに伴う血中酸素濃度の変化。血圧の変動。それに応じた血管の急拡張の兆候。
いわゆるショック死の一歩手前、というものだろう。
「フィーカ、先程までの俺のデータは取れただろうか?」
『……勿論です、
「ならば、温度管理は貴官に委ねる。……君こそが生命線だ」
『……!』
全身を覆う疝痛と倦怠感と焦燥感を押し殺す。
機体状態は大きな損壊こそないが、装甲の各部位が砕けて
敵は抜刀速度なら四界一の
そして、敵兵器の本領を発揮する場面が整えられており――こちらの状態は戦闘開始時点よりも悪い。
なるほど、実に最悪そのものだろう。だが――……
「さては、この一太刀で――――!」
推進炎と共に爆発的な接近を図る【
敵は待たない。
ならばこちらも、待たない。
ここに或いはヘイゼルが居てくれたならば――と思ってしまう己の心を斬り捨てる。
それは、自分が辿り着くべき場所ではない。
その領域で得られるものなどない。
故に――言うべき言葉は、一つだけだ。
「……暇がない。残念だが、投降勧告は行えない」
言い切り、バトルブースト。
絶影の抜刀術を躱したところで――敵支配圏にて放たれる数多の弾丸が、プラズマ炎が、弧を描きこちらへと接近する。
その中に、あの不可視の鉄槌も混じる。
降り注ぐその雷火の主は、まさしく一個の鉄と火の支配者だろうか。
或いはそれは、かのロビン・ダンスフィードの破壊規模を何倍にも広げたかのような戦場支配だった。
弾丸一つ。
破片一つ。
火花一つ。
何もかもが、その透明なる指先の下で奏でられる。
殺意の海域の奥に息を潜める【
「く……!」
敵アーセナル・コマンド――二十四機。
敵モッド・トルーパー――――二十四機。
敵小型アーク・フォートレス――三十機。
敵大型アーク・フォートレス――――一機。
いずれも膨大にも見えるその宙域は、心理的には敵の一方面隊にすら感じられる。
かつての――あの流星の日の戦場を思い出した。
敵も味方も多く死んだ。はてどなく死に、はてどなく飛んだ。もう二度と、戦いに出たくないと思ったほど。
声が聞こえる気がした。
あの日の戦友たちの、部下たちの声が。
彼らはこちらを案じるような、健闘を称えるような、そんな言葉を言っている。
或いは、寂しがるような、悲しがるような言葉を言っている。
降り注ぐ弾丸の中、押し寄せる敵機の中、翻るプラズマ炎の影の下、爆裂する不可視の鉄槌の波の内で悼むように囁いている。
だが――ああ。
『でもアンタは飛ぶんだ。そうだろ、隊長?』
最後に皆は、そう、口を揃えた。
なんら、現実味のない幻聴だ。
魂の行き着く先はここではない。彼らが自分に呼びかけてくることなどあり得ない。
だからこれは幻想だ。
故に、
「途方もないことと、果てがないこと――――それでも俺が歩むこと。それとこれとに、一体何の関係がある?」
そう呟き、奥歯を噛み締める。
己に求められるのは一つの役割だ。
この程度の危機で毀れる剣は求めていない。求められていない。
ならば己は、ただ、進まねばならないのだ。
◇ ◆ ◇
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