【180万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜
第106話 腕無しの娘、或いは音楽隊、またの名をホワイト・スノウ戦役
第106話 腕無しの娘、或いは音楽隊、またの名をホワイト・スノウ戦役
もしもその光景を見て――――言葉を発する口があったら、それは何と言っただろうか?
◇ ◆ ◇
全ての星々の明かりが残響めいて過ぎ去りし加速世界の中で、コックピットで、シンデレラは歯を喰い縛る。
「この人だけは――――!」
睨み付け、目指す先の戦艦の主が行った恐ろしい戦術。
人民を用いた肉盾であり、
如何にまともな動きを取れず、無重力下で碌に姿勢制御が行えない程度の訓練しか受けていない相手だとしても――その相対速度を鑑みれば、それは極超高速で敵機が突撃してくるにも等しい衝撃を受けるだろう。
最早、レールガンなどというものではない。
シンデレラがこれまで出会ったどの質量兵器よりもエネルギーを持つ運動エネルギー弾攻撃だ。ぶつかると同時に、それは、シンデレラと相手への深刻な被害を引き起こす。
(躱さなきゃ――――でも、どうやって!?)
彼我の距離はまだあるために、大きく迂回を行えば逃げられないものではない。
だがそれは速やかなる敵母艦の撃破との対極をもたらす行動であり、敵母艦へのこのままの攻撃を考えると――この壁は極めて強力な役割を発揮し始める。
アーセナル・コマンド或いはモッド・トルーパーの有するジェネレーターを利用した最大放電と、それらの機体の周囲に充満させられた流体ガンジリウムが織りなす爆裂とも言うべき広域での力場展開。
一度その機体たちの壁の内に飛び込んでしまったならば、その広域攻撃を避けるためには急激な弧を描いて進路の変更をせざるを得ず、つまりは、旋回に伴うGの増加を意味している。
この速度域での急旋回は、まさしく撃ち落とすことも必要とせず
そしてその機体たちは互いに千鳥や格子状に並べられ、一見すればその網の中に飛び込んでも困難だが何とか回避は可能だ――――と敵対者に思わせるほどの距離感のまま、つまり実に的確に配置されていると言ってよかった。
迂闊に近付けばその力場の爆裂に巻き込まれて損傷し、もしくはその爆圧と急減速により
有効な、策だ。
高度に精密な操作にて弾丸で弾丸を撃墜できるような一騎当千の
しかし――ガチャリと、【コマンド・スワン】に掴まった青黒き海棲生物めいたアーセナル・コマンドから、武装のロックを解除する音が聞こえた。
「……罠と言う割には、少し杜撰だな」
「カリュードさん……?」
「防衛限界線はあの機体たちにとっても同じだ。……この位置からならば、撃ち込んだ弾丸のエネルギーにて機体を破壊しきり、そのまま破片もあちらへと吹き飛ばせる。そして俺の弾は運動エネルギー弾だ」
「……!」
「照準に関しては君に任せる。レーザーの砲塔とこちらの腕部をリンクさせてくれ。いつでもいける」
呟く【
右腕の銃砲一体型の力学ブレードと日本刀めいたブレードを背部へと収納した彼は、ライフルを掲げながら静かに告げた。
短距離コマンド・リンク・システムが照準を自動補正し両機の動きを共同させる。対象との距離に応じて異なる二点からの各角度は大きく変化してしまうものだが――この見通し距離の下、ロックオン情報は既に共有された。
「っ、待ってください……! あの人たちは兵士じゃないんです! きっと、捕まえてきた人たちを載せて――だから!」
「そうか。……逆に言うなら、あちらからの迎撃を気にする必要は薄いってことだな、シンデレラさん」
「……!?」
「悪趣味だ。……悪趣味だからこそ、それは、そう思ってくれる相手にしか通じない。そしてそんな悪趣味な奴は、早く倒さないと駄目だと――そう思う人間はまずそう判断する。……人読みが甘いぞ、コルベス・シュヴァーベン」
あとは、引き金を引くだけだ。
シンデレラ・グレイマンの殺意と判断を以って、巻き込まれた人間たちに対しての引き金を――引くだけだ。
打ち払うだけだ。
それをしろと――そうすべきだと、彼は無言で指揮を促していた。
(……わたし、は)
息が詰まる。
そうだ。指揮官を務めるということは、とどのつまりは、それだ。それを行うのが指揮官だ。
己の殺意と判断を以って相手の命を奪う決断をするというのが、何にもおいて指揮官の役割だ。
カリュード・カインハーストも、ライオネル・フォックスも、公平な男たちだった。
決してシンデレラを軽んじず、甘く見ず、対等の人間として扱い――――その上で今後を見据えて、兵士として、指揮官としての責務を果たせと告げていた。
胸が苦しい。
敵機が近付く。
時間が失われる。
決断が迫る。
これは、やらなければならないことだ。疑いなくそうしなければならないことだ。それはシンデレラにも十二分に理解できた。
だから、踏み超えるしかない。
そうしなければならないのだ――――今まで誰かがそうしてくれていたように、今度はお前が号令を出せと順番が巡って来たのだから。
(……っ、う……、……――でもっ、やらなきゃいけないってわたしが――――そう求められているんだ……だったら!)
瞳を固く閉じて、震える手で操縦桿を握り締め、覚悟を済ませる。
あまりにも長くも感じられたが、一瞬だった。
そうせざるを得ないという理性と感情は、シンデレラの内心を僅かな間もなく決定させた。
トリガーがリンクする。
砲塔と、腕部が稼働する。
呼吸を絞る。
暗黒の宇宙の海原の奥の未だに遠きその点目掛けて、盾として展開されたその人の命に目掛けて、その更に奥に潜んだ邪悪なる企みの主へ向けた怒りの手綱を握って――狙いをつける。
良心を眠らせろ。
その邪悪を討つためには、厳然と行わなければならないのだから、そこに逡巡や容赦の余地はない。
それが兵士であるということだ。
兵士となると、いうことだ。
(……こんなことは、許されちゃいけない。許しちゃいけない――だから、わたしはッ!)
金色の瞳を見開いて、遥か彼方の敵を睨みつける。
そして引き金を勢いよく引く――――――〈シンシア〉――――――その寸前にて、リフレインする。
優しい眼差し。
悼む眼差し。
和らいだ、アイスブルーの眼差し。
あの人は、あのとき、なんと言ってくれただろう。
――〈君が優しい子だとはわかっている。出会ったときも、そうだった〉〈君は自分より弱い人のために立ち上がろうとした〉〈……それは尊いことだと思う〉。
――〈人が人を助けようと思った優しい心があるなら、それを押し殺すべきではない〉〈……俺はそう思う〉〈思うが同時に、こうも思う〉。
――〈そんな気持ちだけでは、君はいつか潰れてしまう〉〈……慣れろとは言わない。押し殺せとも言わない〉〈ただ、そんな気持ちを大切に箱にしまって……いずれまた開けるための心の備えを作る。そういう訓練だと、思ってほしい〉。
そうだ。
箱にしまっておけと――いずれまた開けられると、言ってくれた。
だから、
(ああ――――……)
いずれとは、いつだろう。
この人たちの命は、今まさに、奪われようとしている。
終わってしまう。
そんないずれの日には、この人たちはそこにはいない。
失われてしまう。
取り戻すことはできない。
死んでしまった命は、たとえどんな形でも元に戻ることはない。永遠に其処からいなくなってしまう。消えてしまう。何からも、何までも。
いずれとは、いつだろう?
見える。――――〈民間人に対する不当なる虐殺を防ぐことも、兵士たるものの義務であり職務だ!〉。
あの人ならどうやって立つのか。――――〈……その程度で俺を止めることはできない。俺は、そんな程度の脅迫には屈しない〉。
聞こえる。――――〈俺は曲がらない、折れない、妥協しない〉。
あの人の研ぎ澄まされた生き方が。――――〈……たとえ彼らを斬り捨ててでも、だ〉。
そして、知っている。――――〈……実は俺も、ハンス・グリム・グッドフェローではない〉。
自分だけが、知っている。――――〈本当は、別の名前で呼ばれていた。ここではないどこかで――……〉。
あの人がどれだけの覚悟でそうあろうとしているのか。――――〈きっと――……ただの俺では、辿り着けないから〉。
……ああ、そうだ。
それは失われてはならないから。
それは失くしてはならないから。
それは、命は、大切なものだから。
だからきっと、彼は、いつだって備えているのだ。
彼は、決して毀れぬ剣になろうとしているのだ。
名前すらも何もかもを捧げて、そうなろうとしているのだ。何もかもを手放して、果てもない極光に向かおうとしているのだ。
ただ命の、そのためだけに。
だから――――自分は。
シンデレラ・グレイマンは、シンシア・ガブリエラ・グレイマンは、その火を継いだのだから。
立ち上がらなければならないのだ。
立たなくてはならないのだ。
掲げなければならないのだ。
彼がそうだからではない。
誰かに求められたからではない。
誰よりもシンシア・ガブリエラ・グレイマンが、そうしなければならないと思ったからだ。
「――ッ、迂回します! このまま大きく距離を取るので、二人は掴まっていて下さい!」
「シンデレラさん、残念だけど戦場だ。俺たちは勝つために――」
冷静そうに諭そうとしたカリュードの言葉に、シンデレラは強く首を振った。
それは彼女の怯懦を咎めるような、是正させるような言葉だった。
だが違うのだ――そうではないのだ、と。
「その――その勝ちは、何のための勝ちなんですか! わたしたちはなんで戦うと決めたんですか! なんで目を瞑って黙って生きようとしないで……見逃したまま生きようとしないで……今この場に、戦いに来ているんですか!」
「……!」
「こんなことは許されちゃいけないんです! いけないと思ったから――アレが許されてはならないと思ったから、だからわたしたちは立ち上がったっていうのに! それを見逃してたら――おかしいでしょう!? おかしいんです、そんなことは! それじゃあ、どうして戦ったのかまでが消えてなくなってしまう!」
それでは矛盾だと、自己破綻だと、シンデレラは首を振る。
判っている――これだけでは、幼子の我儘と変わらないということだと判っている。
強く立ち続けることと、現実を受け入れないことは別だと判っている。否、判らなければならない。そうでなくては、自分が、あの人の覚悟を侮辱することになる。
その二つは厳然と分けられて語られるべきなのだと、示さなければならない。
だからそのまま、強く言い放った。
「この戦いの映像と――――生き残った人たちの証言があれば、【フィッチャーの鳥】の残酷さを伝えられるでしょう!? だから、諦めちゃいけないんです! あの人たちの命も! 大切な証拠なんです! 手放しちゃならないものなんです!」
それは、理性だ。そして合理だ。
健全なる感情の下に合理を用いよと、彼女の理性の炎は告げていた。
故に、
「そうしちゃいけないと思ったから、わたしたちは立ち上がったんだから――」
一息のままに、
「だから――――わたしたちは、そうやって勝たなくちゃいけないんだッ!」
歯を喰い縛る。
いつだって、答えは示されていた。
首から下げたロザリオに宿るように、その熱は灯っていた。
そして僅かな僅かな沈黙の後に、返答がされる。
「……すまない、シンデレラさん。君の言う通りだ。戦術面ではなく、ここは戦略的な勝利を目指すべきだな」
「了解だぜ、お嬢様。そうでなくちゃ、オレもなんで軍籍蹴ってまでこっちに来たのか判らなくなるもんな。……賛成だぜ、小隊長。オレはあんたのどんな指揮にも従う」
「――っ、ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
小隊員二人の支持を受け、【コマンド・スワン】の白き大柄の船体めいた機首が翻らされる。
一直線に突き進む軌道から、弧を描く軌道への変化。
加速度が肉体に顕著な影響を与えない程度の角度にて行われた迂回と共に、確保された時間の中で行われるのは作戦の練り直しだ。
「とはいえ現実的にどうすべきか……仕切り直して同じく斬りかかったところで、その間に壁を展開し直される」
「三方から同時に叩くか? でも、小隊長以外はそもそも迎撃ミサイルでやられちまうぜ?」
そうだ。
機体レーザー兵器にて敵弾を迎撃できるのはシンデレラのみであり、だからこそ敵はこんな非人道的な手段すらも用いて止めにかかった。
しばし口を噤み、
「あの人たちは、壁の役目しかできません。……だからあの内側に入っての戦いになれば、同じ手段は使えない。構ってる暇がなくなれば、多分、起爆することも……」
「乱戦に持ち込むしかないか。……内側に入るのは現実的ではないから、その外に戦力を出させるまであえて低速に戻ってやるしかないな。流石に、自前の兵隊の損失は嫌うだろう。士気も下がる」
「そこらへんはまだ判ってる指揮官だぜ、アレは。……んじゃあ、わざと相手の得意の土俵に乗ってやるしかないか、これは。しやすくしてやって、波状攻撃を仕掛けさせてやるしかねえ」
結論は、敵にこちらの対処をさせることではなく――対処をする敵は手段を選ばない――敵の得意な手段を使えるようにしてやるという、その一点だけだった。
「でも……そうなると……」
最高の国力を持つ国家の、最高練度の兵隊。
流石にそれを前に無事に切り抜けられるとは――それをして生き残れるのは、あの
そして彼らさえも、己の命以外は守ることはできなかったのだ。
だが、
「シンデレラさん。……俺は君が、信頼に足る指揮官と思ったから告げる。俺たちの命に構うな。君のその考えは、戦略的にも人道的にも正しいものだ。そのどちらの面からも疑いなく正しいものだ。明らかなる自明の理のために、そのために戦おうとしたならば……同じ旗の下で共に戦う俺たちの命を惜しんじゃ駄目だ。その正しさの筋だけは譲っちゃいけない」
「カリュードの奴がさっき言ってたろ? オレたちは、まあ、不死身みたいなもんだ。だから――気にせずやるんだ、小隊長。チュートリアルだと思って、やればいいさ。オレも随分と長く戦ってきたから、恨みっこなしさ」
通信の向こうで軽快に肩を崩したライオネルと、穏やかな口調のまま背を支えようとしてくれるカリュード。
思わず熱く目に滲んできてしまったそれを腕で拭い、唇を結んだシンデレラは加速圧に身を任せた。
彼らは、受け継いできたものを次へと繋いでいく人たちだった。
そして、対する戦艦の艦長席にて火傷顔の男が不機嫌そうに頬を下ろした。
「逃げるか……まだまだ小娘に見える。こちらの策を、全て使わせて貰えんとはな。せっかく備えたというのに」
あくまでも【フィッチャーの鳥】の、コルベス・シュヴァーベンの、その存在の理由は脅威への対処だ。
通常の対空砲火もものともせずに超高速で接近する少数精鋭のアーセナル・コマンドという、この世界にある明白な――――そして極めて人智を超越した存在を打倒するためだけにいる。
この戦いに勝つためだけではない。
そのドクトリンこそが、今後の世界の礎となる。全ての基礎となる。
それを今日作るためにいるのだと、苛立ちを腹から漏らした。
ただ勝つのではなく、策を使った上でそれが有効なのか無意味なのか、改善の余地がどうあるのかを確認せねばならないのだから。
「どうしますか、艦長」
「フン。ひとまずは、相互の力場でガンジリウムの拡散を抑えさせろ。そのための数だろう」
「了解! 力場調節を開始しろ! 一滴たりとも逃すんじゃあないぞ! 血よりも高いものと思え!」
副官の呼びかけに応じ、遠隔操作手がホログラムコンソールにて各機の力場の調節に入る。
リーゼ・バーウッドという存在が一度この世に確認されてしまったがために、完全なる無人機での防衛網の構築はできない。人体という不純物との接続という余分を加えてセーフティ代わりに用いなければ、ともすれば滅びの火を打ち消す壁が滅びそのものになりかねないのだ。
とはいえ、問題はなかった。
未だにこの社会の労働全てが機械化されぬのは要するに――安いからだ。人命の方が安いからだ。
元敵国二つの、しかも、テロリストに関わっているという疑惑をかけられても払拭することができない程度の社会的地位と能力しか持たない者は、ミサイルよりも極めて安価な資源と呼んでいいだろう。
いなくなっても碌に騒ぎ立てる者もおらず、また、惜しまれることもない。
一騎当千――。
あれほどの弾幕を用いて行った通常の対空迎撃を寄せ付けぬ
国家に反逆していた反体制主義者への、有情なる罰としての労役――――スペースデブリの撤去や軍の補給業務上の、痛ましい事故という名目。
あとはよりその調達コストを減らし、供給のルートを整え、仮に世に露見したところで騒ぎ建てられない法整備を進め、それが仕方ないと許されるだけの強い危機感を国民たちに抱かせる――――。
「やることは多いというのに……全く、仕方のない奴だ」
せめてその策の検証のためにもう少し役立ってくれぬものかと、そう頬杖をついたときだった。
不明機の接近を告げる警報。
シンデレラ・グレイマンが一時離脱した方角ではなく、また、シュヴァーベンが密かに狙いをつけていた敵母艦の方角とも一致しない。
「……何だ? 残党か? 【
怪訝そうに眉をあげる彼らは、知り得ない。
それが他機の起動に伴い、戦闘状態に移行したこと。
それはとうに滅ぼされた国の戦力であり、今は警戒対象とも呼べぬものであること。
それはある機体と共に用いられる存在であり――――奇しくもその周回軌道の近接であったこの場に、その機体の行う戦術を取る者が居たが故に呼び寄せられたこと。
迫る。
這い寄る強大なる滅びが、迫る。
【
◇ ◆ ◇
それは既に、捧げられていた。
大型のガンジリウム貯蔵タンクを二つ連結した母体。
その姿はあまりにも冒涜的な海産物の、その軟体生物にも見えた。
その貯蔵タンクは膨れ上がった膿の詰まった目玉めいており、他にも機体が有する昆虫じみた触腕には無数に大小のタンクが埋め込まれており、さながら不治の病に侵された巨大な烏賊だ。
巡航船に偽装していた流線型の船体後部から生えた気色の悪い硬質の触腕たちは、機械的な腕というよりはむしろもうある種の頭髪めいて不気味なほど。
首を切られたまま浮遊する悪夢的な膿曩だらけの烏賊。
ともすれば直視した人間の精神を破壊するほどの狂気的なその姿は、暗黒の宇宙空間においてはあまりにもちっぽけで――そして人間の開発した兵器としてはあまりにも巨大で、眺めるだけで正気を削られるような現実離れした壮大さを持つ殺戮兵器の一種であった。
それを前に、
「一人は射撃に集中! 残りは撹乱と援護だ!」
言葉と共に、迸る紫電。
通常以上の電力を込めたレールガンと、射撃役のその周囲にて撹乱と防御を行う友軍機。
全ての力を受けた砲撃が一直線に敵機を目指し――――しかし、その力場を前に空中にて停止する。
他の牽制の弾丸も、本命の射撃も同じだ。
通じない。
通らない。
敵機を貫くはずの弾丸は空中で停止させられ――あまつさえそれは、なんたることか、容易く投げ返された。
強烈な衝撃が機体を揺らす。
全開にした第三世代型の最新機の力場が、打ち据えられた。
アーセナル・コマンドの携行火器では、その力場を貫くことができない。
「近接戦を試みる! 援護を頼む!」
言い切った友軍の一人が、牽制の弾幕が放たれると共にその腕部のブレードを抜き放ち突撃する。
迸る紫炎。
そのままに突き進む。
膨大な運動エネルギーを持つ、しかし力場を有しない弾丸を――それを押し留めた敵の力場さえも、その突撃は押し退ける。
その圧力のまま一直線に敵機を目指し、そして、
「な――――!?」
不可思議なる機体の停止。
直接攻撃を行おうとした狩人は急遽沈黙し、直後、待ち構えていたようにその機体目掛けて巨大な弾頭のミサイルが撃ち込まれた。
だが――爆発はしない。
特殊弾頭が機体の胴を咥え込み、それは、何かに寄生されたようにも見えた。
「生体反応は!?」
「判らない――――通信が途絶してる!」
「クソッ、なら、生きてるものとして行動するぞ! 近接戦闘は駄目だ! 射撃にて牽制を続行!」
「いや――待て、クソッ! あいつ、味方を盾に――!」
見えない腕がそうするように、放つ弾丸の射線上に友軍機を運んでいく。
更に――――ああ、なんたる冒涜的な光景か。
引きちぎられていく。
その腕が、足が、引きちぎられていく。人形のように。
見えない腕に達磨にされて、弄ばれている。
鋼の人型は、強靭なる軍事兵器は、しかし今は子供の玩具以下の頼りなさまで貶められた。
「なんなんだこれは……一体、こんなの……なんなんだこれは……!」
その呟きに返される声はない。
そして友軍の射撃の停止と共に、入れ替わりのように無数のドローンが展開する。
プラズマ砲台。
十や二十にも及ぶその空域制圧兵器は目玉の如き姿で空間を飛び交い、敵対するアーセナル・コマンドの完全沈黙を行うべく炎を吐き出していく。
一方的だ。
一方的に吐き出される炎と、撃ち返したところで阻まれる射撃。
現実が侵食されるように、次々に敵兵器は空間へと展開されていく。戦場の支配が、制空権が、有利が塗り替えられていく。
さながらそこは、その冒涜的な生物の巣ともいうべきか。
飛び込んだ獲物たちをまさしく捕食せんと――その手足だけを千切り飛ばさんとドローンたちから吹き上がるプラズマの炎。
単騎にての空間制圧。
単騎にての戦場掌握。
その外宇宙の化身とも称すべきほどの兵器が、現実空間を悪夢的なまでに侵食融解させ――
「――友軍機、こちらグリント
剣閃が瞬いた。
それは閃光と――そう呼んでいいだけの煌めきだった。
全周モニターを睨みつつ、声を上げた。
「射撃は、敵のプラズマ砲の投射に合わせるべきだ。一瞬力場が途切れる。一人を囮に対処せよ」
告げながら、ホログラムコンソールにて力場を調節。
機体の前後と上下を同時に転換するような旋回と同時にバトルブースト。強制的に軌道を反転させ、更に己の身体をシート目掛けて押し付ける。
無理矢理、敵機と――そして友軍機へと向かい合った。
「
「いや、
「グリント
「どの……かは判らないが、おそらくそうだ」
呟きつつ、敵母艦――
【
宙に浮かぶ暗黒の眼球じみたその自律型プラズマ投射砲台は実に優れた防衛兵器であり、つまりは厄介な代物だ。油断できる相手ではない。
「五十一空軍――
「申し訳ないが、特殊作戦従事中につき当機単独の行動となる。……すまない。他の援軍の期待はできない。期待に応えられず、本当にすまない」
「い、いえ……」
こちらに応じるように友軍機もレールガンやライフルを用いて、相互に連携を行いながらその目玉を撃ち落としていく。
その中で、
「グッドフェロー大尉、母艦に予備機があります! ここは自分たちが惹きつけます! もし機種転換がお済みでしたら新型に――」
「ありがたいが、生憎と時間がない。……こんなものは、近寄って、ただ斬れればいいだけだ。機種は問わない」
「――――!」
無論、強がりだ。
第二世代型と第三世代型には大きな隔たりがある。万全を期すならば、乗り換えを行いたいというのが本音だ。
ただ、時間がない。
その行動を行うだけの余地は存在し得ない。
「では……大尉、戦闘を掩護します!」
「……感謝する。だが、不要だ」
「ですが――」
フィーカに命じ、短距離通信のコマンド・リンクを通じて情報を投げる。
「敵機に関する情報を可能な限り共有した。あの大戦時の大量殺戮用の特殊防衛兵器の一種だ。……これを狙う残党勢力の合流も懸念される。貴官らは母艦に戻り、一度体勢を立て直すべきだろう」
「……了解しました! では、グッドフェロー大尉も――」
問いかける彼らへと首を振り、言い切った。
「アレを抑え、そして、破壊を試みる」
「っ、無茶ですよ!? そんな旧式機で……!」
迫るプラズマ砲を、バトルブーストで回避。
確かに、傑作機たる【コマンド・レイヴン】よりも劣る機体を用いてあの焼ける街で戦ったアーク・フォートレスよりも強力な敵と戦闘を行うのは、心底避けたいものだ。
自殺志願者ではない。
できるならば生き続けたいと願い、そして生き残らなければならないと誓っている――――だとしても。
「時間がない。この空域で轟沈させねばならない。……どうか速やかな撤退を。当方が注意を惹き付ける」
「ですが――」
なおも、彼は食い下がる。
年若く――そして勇敢な兵士なのだろう。その献身には頭が下がる思いだった。
バトルブースト。次々に発射されるプラズマ砲撃の密度は増している。このまま続けば、いずれ、この戦場全てが敵の支配下に置かれるだろう。
であるが故に、
「……早く戻らねば、貴官らの取り分が減る。俺がアレを
「――!」
「どうか宙域を速やかに離脱し、戦力の再編成を頼む。不徳のこの身では、そんな強がりの確実な実行も難しいだろう。……貴官らの勇敢なる献身を待つ。時間稼ぎならば、こんな俺にもできよう」
単純な方程式の一つだ。
近現代の戦場にては、戦闘力は装備の質が同じだった場合には数の二乗に比例する。
一機から二機に増えたときの戦闘力は、一から四への――つまり三の上昇。
だが、二機から三機に増えたときは、四から九への――つまりは五の上昇であり、要するに寡兵に更に兵を加えるよりも大軍に兵を加えた方が効率的なのだ。
今この場でハンス・グリム・グッドフェローの援護を行うよりも、その母隊に合流した方が彼という戦力の一つはより活かせる形となる。
これは己一人で破壊できるという確固たる自負でもなく、己一人が困難に向かうべきだという映画のヒーローの如き傲慢でもなく、本当にただ単純な方程式に従った上での合理とも呼んでいいだろう。
その方が彼らの生存率も上がるのだ。選択すべきがそちらの手段であることは明白だ。
彼は、僅かな沈黙の間と共に、
「……承知しました! すぐに戻ります! どうかご武運を、鉄のハンス! 連盟の守護者! できるなら――囚われたアイツのことを、助けて下さい!」
「ああ。……可能な限り、その負託に応えよう」
推進剤を撒いて速やかに暗黒へと去っていく彼らのその機体を眺めながら、ふと、最後にちゃんとしたコーヒーを飲んだのがいつのことであったかなと思った。
できればもう一度、飲んでおきたかったと思う。
人生最後のコーヒーが、インスタント品の中でも更に粗悪で金物めいた雑味が強いものだというのは僅かばかりに悲しくなる。
吐息を漏らした。
敵は人智を超えた大量破壊兵器で、自分は単騎。支援はなし。そして武装は旧式のアーセナル・コマンドで、武器は格納型のブレードが一つ。
今更ここで死に怯えはしないが、同時に覚悟する。
ここが自分の死に場所かもしれない。
今日を最後に、自分の命が終わるかもしれない。
日常や戦場にてそれを忘れたことはなかったが、ただ、その異様な巨体を前には改めて強く意識させられる。
その上で――――奥歯を噛み締める。
(あの娘たちがいる世界だ。彼らが暮らす世界だ。人々が生きる世界だ。大切であり、決して滅んではならぬものだ。……俺に撤退の選択肢はない)
人殺ししかできない自分に、一体、何ができるだろう。
輝かしい彼らや彼女らのその人生の、その誠実なる献身のための、何の助けになれるだろう。
その苦難を和らげてあげることなど、傷に手を添えてやることなど、自分にはできないというのに。
何をしてあげられるだろう。
泣かないでくれと――そう言いたいのは己の方なのに。
あの金糸の髪を持つ勇敢な少女の小さな背中に、一体、何を託してあげられるだろう――こんな自分が。
困難に臨む人々に、己の身の何を捧げられるだろう。
祝福される命たちに、どう報えるというのだろう。
望むなら、己の全てを――何もかもを施しても構わぬというのに。許されるならば、胸を裂き心臓を取り出しても構わぬというのに。この血肉の一片すらも惜しくはないというのに。
こんな自分に捧げ施せるものが、一体、いくつあるというのだろう。
(……決まっている)
義務を果たせ――兵士であるということの義務を。
それ以外、俺には、お前には、求められていない。
焼き尽くせ。
破壊せよ。
灰燼と帰せ。
己は――――線だ。
振り下ろされた刃の痕であり、傷であり、これからも振り下ろされる刃の一片だ。その斬撃だ。斬撃のその線だ。
己が連盟の、その旗の最後の線だ。
この線の外に生はなく、この線の後ろに生はなし。
ならば――
「敵機認識。【
己の有用性を発揮せよ。
ただ一振りの、滅びの剣となれ。
それだけが、この身の有用性だ。
あとのことごとくは些事だろう。――――切り離せ。己の感情を、有用性で凌駕せよ。
お前は一つの、答えとなれ。
「
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