第105話 命の渦、或いは答えを祈る、またの名をホワイト・スノウ戦役


 それはあくる日、齎された問いだった。


『卿は、如何に思う?』


 ヴェレル・クノイスト・ゾイストが、コルベス・シュヴァーベンへと齎した問い。

 今後の世界の展望と、その危機感。

 ヴェレルは今まさに開戦を直前にした首脳陣の如く苦悩し、懊悩し、その眉間の皺を深く刻みながら――彼の持論を展開した。


『ふむ。全てがこの世を焼く火なり得る――と』

『そうだ。今やあの戦争から、秩序は新たな局面に至っている。かの偉大なるローマ帝国が大国との戦いのあとに非正規戦の時代に突入したように、或いはやがて旧世紀のパックス・アメリカーナがそうなったように――我々の世界は更にその先だ。……個人が、この世を滅ぼすことが可能となった世だ』


 この世を滅ぼす、というのは比喩や抽象であったが。

 しかし、例えば都市部や構造物の単騎破壊――それが原子力発電所や、大規模な油田やコンビナートか何かで行われてしまったなら。

 それともどこかの一都市でも、同じだ。

 真実そこに暮らす民にとっては、まさしくこの世を滅ぼされるのと同程度の破壊が引き起こされよう。


 確かに、とシュヴァーベンは頷いた。


 事実、目にした。

 これまでの人類では到底不可能な領域であった、個人での暴力性の発露による大規模な戦略目標の破壊を確かに目にした。

 ヴェレル・クノイスト・ゾイストという保護高地都市ハイランドの大将の懸念は実に尤もであり、故に、シュヴァーベンはと肩を竦めた。


『逆に考えればよいのです、閣下。つまりそれは――』


 その男の二つ名は、“焼夷”。


 勇猛でも、果断でも、軍略でもなく――“焼夷”であるのだ。



 ◇ ◆ ◇



 船内に、無線の音声が響く。


『同じ宇宙の仔らアステリアルならば、我らの苦境も理解できるだろう。共に戦え、とは言わぬ……だがこちらも目的あってのこと。大人しく協力して貰おうか』


 あまり厚いとは言えぬ装甲越しに突き付けられた巨大な銃口は、銃というよりも最早ほとんど砲の類であり、それが放たれれば間違いなく軍用ではない宇宙航行船などは容易く吹き飛ばされるのは間違いない。

 鉱物資源の輸送船の光学カメラを通じて表示された船外状況では、三機のアーセナル・コマンドが船を取り囲んでいた。

 狼の頭じみた頭部を持つ狩人狼ワーウルフ――狼などとは、言えぬだろう。心情的には彼らもハイエナと呼んでやりたかったし、外見的には刃めいて先鋭的な金属の塊であるそれは、冷えて硬化した鉄の炎にも見える。


 その駆動者リンカーたちの要求は、単純だった。


 船の航行の燃料であり、ジェネレーターにも用いられるガンジリウムの接収。

 長期かつ長距離に渡る航行に伴い、資源採掘線は不意の事態にも備えて予備のガンジリウム貯蔵タンクを有している。

 それを差し出せ――――と、そう要求していた。


『従いさえすれば手間は取らせない。早急にタンクを切り離せ』

「いえ、ですから、その……」


 船長は、どうにか真摯にそれの必要性を説こうとしていた。ガンジリウムは、特に宇宙空間長距離航行における要とも言える代物だ。

 電力さえあれば推進剤も不要とする航行手段となる力場の発生に加え、その大本たるエネルギー源である【ガンジリウム・プラズマ融合超伝導電力発生炉】――。

 アーセナル・コマンドにも用いられるそれは、炉に満たした気化ガンジリウムへと通電を行い爆縮めいて自己圧縮させプラズマを精製。そしてプラズマによって発生する磁場を利用して、発電を行う――タービンなどを必要とせずに電磁誘導によって直接的に電力を取り出せる極めて効率的なエネルギー炉だ。


 基本的に一度起動してしまえば、あとは半永久的にエネルギーを取り出せる。

 そういう意味では不要でもあるし、また、命に代えられるものではないと言っていいし――同時にその命のためにも、手放してはならない予備の命綱である。

 そして、何よりも高価なのだ。


 戦後、武器への転用が考えられる流体ガンジリウムには高額な税がかけられることとなった。

 それが故に違法組織の資金源にもなってしまっているのだが――その流量には激しい制限がかけられ、その保管や取り扱いもとても厳しい。

 奪われてしまえば、簡単に買い直せるものではないのだ。これほどの流量ともなると会社に査察にも入られ、その間の業務は停止せざるを得ない。そして、おそらくは確実に軍部から徹底的な調査を受ける――それだけで取り引き先から見離されることも、あり得るほどに。

 だが、


『貴様らに開拓者の魂はないのか! 今このときにも無情なる真空の宇宙にて、勇猛に死そうとしている軍人たちへの答えがそれか! 薄汚い商売人たちが!』


 そんな商売のことも考えない軍人は、船長の対応に激昂を顕にした。

 彼らからすれば、早々に自治を手放して保護高地都市ハイランドによる事実上の占領統治下のような祖国に甘んじる自分たちへの憤りがあるのだろう。

 だから、


「うるせえ! 今更になって出てきやがって! てめえらはパンの値段も水の値段も知らねえだろ! 戦前は軍に養われて、戦後は箱入りテロリストで! 機体みたいにでけえツラするんじゃねえ! 穀潰しが!」


 年若い船員の一人は、思わず叫んでいた。


『貴様……今なんと言った! 崇高なる烈士の志を侮辱するのか!』

「何が烈士だ! 素直に再就職できる脳味噌もねえって言いやがれ! 何が協力だ! 銃を突き付けて言うこと聞かせることしかできねえから、てめえは今もそうして戦争してるんだろうが!」

『黙れ! この風見鶏たちが! なんのために、誰のために、何故貴様らのそんな愚劣蒙昧なる目を覚まさせるために戦ってやっていると思っているのだ! 保護高地都市ハイランドに阿る奸賊たちめ! 企業の走狗め!』


 なおも口論を続けようとする彼を、他の船員が抑えた。

 わざとらしく見えるほどに腰を入れたパンチで弾き飛ばし、壁へとぶつかり跳ね戻った彼の胸倉を両手で締め上げながら耳元で囁く。


「……一応、保険は降りるかもしれねえ。刺激せずに言うとおりにしとけ」

「だけど……こんな、こんな奴らに今更……」

「刺激するな。ここに乗ってるのは、お前だけじゃないんだぞ」


 声は届かず、傍から見れば船員同士に巻き起こった諍いにも思えるだろうか。

 掴みあげるそのままに更に続ける。


「……まあ、撃たれはしねえだろ。タンクを引き剥がすまでは……他に近くに船もいねえみたいだし、アイツらもわざわざ不意にはしねえ」

「だったら通電させて力場を叩きつけてやった方がマシだ。フィッチャーのクソ共も気に食わねえが、コイツらはもっと気に食わねえ」

「それに付き合わせるんじゃねえ、こっちを! ……救難信号は出してるんだ。とにかく引き伸ばして時間を稼ぐんだよ……!」

「……他に近くに船がいねえのに、誰が来るんだよ」



 だけれども、来た。


 鋭角の軌道で――――猟犬が、来た。



 ◇ ◆ ◇



 こちらの航行軌道上に弾丸を放たれるという、妨害についてはひとまず脱したと言っていい。

 己の肉体を機体の予備部品の如く扱うその行為は、可能であるなら避けられるべきだ――と人は言うだろう。確かに、いつ制限を迎えるかも判らないものに関して使い続けることについては、こちらにも厭う気持ちが無い訳でもない。

 しかしながら、他に避けられる手段はなく――……此度もまだ肉体への悪影響というのは発生しなかったらしく、静かに胸を撫で下ろす。


 そして行うのは、減速だった。


 宇宙空間においては、この減速というものほど癖者であると言っていい。

 例えば地球の大気圏外を高速で飛行する宇宙ステーションの内部が無重力であるように、速度そのものと加速度というのはまた別の話となる。

 総体で見れば雷にも等しい速度域で動くものは、紛れもなく超高速で前方に飛行していると思われるものだが、それが亜高速からの減速した先であったのならば、内部では強烈なブレーキをかけたのに等しい圧がかかる。

 目標宙域における戦闘可能な速度への減速というのは、その加速度の方向性上――つまり負の加速度となる――人体への強い負担となり、それまでの加速よりも時間をかけて行う必要があった。


 そんな中での話だ。


 フィーカが拾い上げた民間船からの微弱な救難信号。

 進路上ではあるものの、目標とされるアーク・フォートレスとの会合地点よりは遥かに手前である場所。

 それがアーク・フォートレスによる偽装信号の一種であることも考えたが、すぐさまに否定された。そんな信号を発する仕組みがあるのならば、そも、此度の騒乱自体が発生してはいない。

 つまりは純粋に――助けを求める声と呼んでよかった。


『……御主人様マスター、予定到達時間に間に合わなくなりますが』


 こちらの対応を先読みしたような管制AIの言葉へ、首を振り返す。


「フィーカ、。友軍を見捨てぬように、民間人の救助を諦めてはならない。理念として、そこを譲ってはならない。そして可能な限り、俺は専心その職務の遂行に努めなければならない。義務を負っている」

『……それでこそ親愛なる我が主マスター・マイ・ディア、と答えるべきかと従者を試しておいでですか? ……実に結構なことです、ハンス・グリム・グッドフェロー大尉どの』


 棘のある口調と共に間をおかず返されたのは、制限時間と最短航路を示したデータだった。

 姿なき従者は、存分にこちらの行動の補佐を行ってくれるらしい。

 知ってはいたが――……


「貴官の理解に感謝する」


 改めてそう告げ、機体の方向を転換させる。

 おそらくは輸送業者の民間船からの救難信号だろう。

 罠であることも考えたが、果たして――――


『敵機認識。数は四。狩人狼ワーウルフの後期型と認定』

「こちらよりも進んだ機体か。油断はできなさそうだ」


 大型トラックをそのまま肥大化させて船体にしたような民間船と、それを取り囲む数機の狩人狼ワーウルフ

 加速するこちらへとハラスメント攻撃を行っていた部隊の一部か、それともまた別口のテロリストなのかは知れないが……いずれにせよそれが、衛星軌道都市サテライトの残党であることは確実だろう。

 通信をオープンチャンネルへと切り替え、通告を行う。


「こちらは保護高地都市ハイランド連盟軍所属のアーセナル・コマンドだ。暇がないため、警告は一度だ。軍事組織以外の戦闘服の着用は深刻なる国際法違反であり、武装を解除されない場合は所定の法規に従い対処する。……その不法行為を取りやめ、速やかに投降しろ」


 通例ならばこの一度で、アーセナル・コマンド・リンクにもアップロードされるカメラの手前の義務は果たしたと認識されるだろうが――続けた。


「繰り返す。テロリストに戦時法の適用は不適当だが、無意味に死する必要はない。投降しろ。犯罪者であれ何であれ、人命というのは尊いものだ。理解ある勇敢な行動を求める。投降は、決して怯懦ではない。……繰り返すが、投降しろ。貴官らの大切な人命を損なうな」


 相手方は何かヒステリックな言葉を言っていたが、構わずもう一度告げた。


「投降しろ。……結果は目に見えている。貴官らはこの真空に散り、その傲慢なる妄執の旗は焼け落ち――打ち砕かれる。……こんな場所で無意味に人命を損なうな。祖国に戻り、その復興へと手を貸せ。命は、簡単に失われるべきではない。彼らを解放し、速やかに投降せよ」


 そうして、僅かに待ったが、


「フン……我々は、死を恐れん! 貴様のそれは愚弄だ! 惰弱なる地を這うものテレストリアルには知れぬだろうが、我々の真空を開拓した崇高な意思は――」


 その後も紋切り型の、決まりきったような勇ましい言葉が口から垂れ流されるだけだ。

 それにしても常々疑問であるのは、左派も右派も極まってしまうとどちらも必ず似たような言動を行うようになるのは何故なのだろうか。ひょっとすると、人類という種が抱えるある種の脳基質の構造的な欠落なのだろうか。

 なんであれ、つまりは、ノーと言いたいのだろう。時間稼ぎの一環にすら思える。


衛星軌道都市サテライトでは借り物の言葉をと発音するのか。……翻訳者もさぞ苦労するだろう」

「……ッ、貴様……!」

「己の意志と抑圧された洗脳のその区別が付かなくなっているなら、貴官らには重篤な疾患の兆候が見受けられると言うべきか。……同情する。今からでも遅くない。これが最後通告だ。速やかに投降し、医療刑務所へ――」


 言い終わる、その前にだった。


「――やれ!」


 民間船を銃座の如く用いた敵機体たちからのライフルの掃射。

 第二世代型の《仮想装甲ゴーテル》、それも僅かな改修を加えただけのこちらの狩人狼ワーウルフでは一溜りもない攻撃であろう。

 無論、直撃してしまえば――の話であるが。

 幾度とこちらと共に戦いを潜り抜けてきたフィーカは、心得ている。常からの《仮想装甲ゴーテル》の厚みを削減し、不要なタイミングでの武器の蓄電装置キャパシタの供給も止めていた。

 そこに更に、推進剤のみを使用したバトルブーストを加えれば――この機体でも、三段バトルブーストは可能だ。


「無傷、だと……?」

欠伸あくびを生むことが今の行動の本意ならば、貴官らは見事に本懐を果たしたと言える。……実に称賛に値する」

「……ッ」

「満足したなら速やかに投降せよ。……優秀な軍人を気取りたいならば、ここで無価値に死する必要があるだろうか? 彼らを解放し――」

「黙れ……! 貴様の愚弄などは断じて受け付けぬ!」


 勇ましくコックピットの中でも手を払ったのだろう。

 それに追随する形で機体の左腕も稼働し、民間船に直撃した。

 ……装甲は無事らしいが、衝撃はかなりのものだろう。乗員は相当な恐怖である筈だ。内心で顔を顰める。


「如何様に吐こうとも、その苛烈なる物言いこそが何よりの証左だ! 貴様は我々の意思に恐怖しているのだ! 愚弄! 嘲弄! その無意味に攻撃的な勇ましさは、いずれも貴様の中の怯懦を――汚点を晒しているにすぎない!」

「そうか。……これを苛烈と称するなど、よほどぬるま湯で育ったと見える。羨ましい限りだ」


 いちいち言葉が長いな、と思った。

 これが時間稼ぎのためならば、思った以上の効果でありそこはこちらとて認めるべきだろう。彼らをそう仕立てた敵の洗脳教育も、なるほど確かな利点と視野の下に行われているのだ。

 しかしそれでも、可能な限りは投降を呼びかけるべきであり――


『御主人様、時間が……』

「……了解した。ここまでか」


 頷き、格納された右腕部のブレードを展開する。

 敵軍――ですらないテロリストの人命を惜しんで、自軍及び自国の民間人並びに第三国の民間人に被害を出していては筋が通らない。保護高地都市ハイランド連盟の軍人として誓約し、そして任務に従事している身にとってはそれは半ば契約不履行にも近い行為だ。

 最終的な判断の第一義は、あくまで与えられた交戦規定に示された通りの順位に従う――べきだろう。

 即ちは、アーク・フォートレスの破壊。

 彼らテロリストの命の優先度は低下した。必要な勧告を行った上で是正をされない以上、それは、彼らの自由は、こちらの手を離れたと言っていい。


 ここで時間を使うべきではない。


 巻き込まれた民間人のためにも、如何なる手段を用いても、ただ、速やかに除外すべき存在であった。

 奥歯を噛み締め、機動の圧力に身を任せる――――刹那に鞘走る腕部ブレード。

 一機、二機と、爆裂させ暗黒の宇宙の藻屑とする。

 そしてまた、加速に身を任せた。


(……民間船からは引き剥がせたか。通信の甲斐もあったものだ)


 派手に目を引く戦い方を、そしてあちらに強く危機感を抱かせる戦い方をしていれば民間船に注意を払う余地はなくなる。

 彼らを人質にしようとした者からまず撃墜したことも、功を奏したのだろう。

 そうしてその船の離脱を横目にしつつ――更に合流を行ってきた何機かを撃墜しながら取り留めもない言葉で会話に応じる内に、言われた。 


「貴様もまた兵士ならば……大義のために戦う者と言うならば、その侮辱の言葉を控えるがいい! それは神聖なる戦いを損なうだけだ! 貴様も武人ならば、弁舌ではなく力で語るがいい!」


 怒りと共に吐き出される弾丸を、貫いた敵機を盾にして受け止める。

 操縦者は即死していないために苦悶の絶叫を上げていたが、無視した。その人命の優先度は既に低下している。

 通電により爆発四散させ、腕部ブレードを翻して、更に別の目標へと喰らいかかる。


「……何か認識違いがあるらしい。そも、大義は理由にならない」

「ならば、何故貴様は戦う! 何故殺す! 貴様も武人ならば、己が掲げる大義と信念のためにその敵を殺している……そのことに違いはないだろう!」

「……」


 大義……人の命を奪うことを、その無情なる死を良しとすることに一体何のいなるがあるというのか。

 信念が故に人を殺すならば、それは軍人ではなく狂信者と名乗るべきだろう。

 そのどちらも、なんら殺人に対する正当化の理由にはならない。それを後生大事に抱えられるならば、それは、狂人と呼んで何の差し障りもない恐るべき異常者だ。


 そうなってはならない。

 人殺しには、他のどんな形容も付けるべきではない。

 そうして美辞麗句で本質から目を反らした先があのような絶滅戦争に繋がるならば、今まさに殺害されかかった民間人の犠牲に繋がるならば、それらは全て唾棄すべき欺瞞であろう。

 故に、


「斬れて、そこにいたからだ」

「な、に――?」


 ただ、そう返す。

 それらが戦闘する領域に存在しており、そして、それらが武力行使の対象となる行動を行い、また交戦規定に基づいてそれらに対して武力の行使が認められており、かつそれ以外に取り得る十分な手段がなかったから――――以上の理由はない。

 あとの一切は些事で、欺瞞で、本質を隠す目晦ましだ。


 全てはただ、必要性にすぎない――。


 法的に認められていなかったなら、或いはこの場にそんな武力を行使するに足る対象という形で存在していなかったなら、そして武力による対処が最も適当な対応手段でなかったなら、必要性の下にその命を奪うこともなかっただろう。

 斬ってはいけないものや必要ないものまで殺そうとする異常者になった覚えはなかった。

 問い返すような敵機へと、言葉を重ねる。


「聞こえなかったのか? だけだ。大義のために人を殺した覚えなどない。……妄想も甚だしいと言えるだろう。それとも武人とは、誇大妄想家の方言なのか?」


 その果てにあの大戦のように人の命と幸福を容易く失わせるとなれば、そう問いかけたくもなった。

 勇ましさも、信念も、美辞麗句も、全てが人命よりも下位の優先度だ。

 履き違えた大義など、犬にでも食わせていればいい。


「……ッ、この、戦争の犬め……! 血に飢えた殺人者め……! 貴様は、おぞましい人殺しだ!」

「血になど飢えない。いくら殺したところで収まることもないものは、飢えとは到底呼べないだろう」

「黙れ……黙れ、この殺人鬼め! 冒涜的な狂人め!」

「……」


 まるで自分が上等な側の人殺しのような物言いには強い引っかかりを覚えたが――……それが彼の自己認識というなら特に否定の必要もないだろう。

 内心の自由は認められている。

 好きにすればいい。

 彼が自己に対して、そして世に対して如何なる認識の元に生きていこうとも、それは彼に許された人生という名のものの大切な一部だ。そこに関してもまた、犯してはならぬ大切な権利と言えよう。

 こちらから求めるのは武力行使の停止と、その解除であり――それを為されない以上は、


「現実はどうあれ、意志だけは自由だろう。……好きにすればいい。望み通りに、速やかに殲滅する」


 あちらから返ってくるのは特に意味や中身のない罵倒ばかりで、結局、投降の意思も確認できない。

 ならば――あとは、殺すだけだ。

 時間もないために、それに付き合う必要性も存在していなかった。


 戦闘とは、そも、交渉における最終手段だ。


 戦端が開かれてしまった以上、そこにはもう、語るべき言葉や内心など存在しない。

 あとはただ、戦闘を停止するまで殺戮するだけだ。

 結局、残念ながら、戦意喪失の声は上がらず全てが絶命した。



 ◇ ◆ ◇



 超高速で暗黒の宇宙を立つ一筋の光の如く――巡航するその白き機体は、迎撃のミサイルも寄せ付けない。

 ピンポイントに放たれるレーザーの照射が放たれたそれらを焼き切り、そしてまた爆発が生まれた。

 迎撃のために【炎鳥の黄身クリスタルクーゲル】を出さないのは、流石はシュヴァーベン特務大佐と称していい判断であった。熱変化に強くないその兵器にとって、レーザーを所有するシンデレラの【コマンド・スワン】はまさしく天敵に当たる。


 降り注ぐ雷火の如き弾雨ですら、彼女を止めることができない。

 迎撃レーザーによる照射熱と気化圧が弾丸の軌道を変化させ、それを最小限の旋回と回転で回避していく。

 一度だけ彼が目にしたヘイゼル・ホーリーホックとロビン・ダンスフィードは、一発の弾丸を用いてそれらの弾丸を弾き反らして挙げ句攻撃まで両立していたが――それほどまでの腕前は、未だ、シンデレラ・グレイマンは有していないらしい。

 だが、


「やるではないか、小娘……! クソッ、欲しい……あれぐらいの照準をする【炎鳥の黄身クリスタルクーゲル】が欲しいぞッ」


 コルベス・シュヴァーベンは叫んだ。

 まさに出鱈目な一騎当千。弾丸を以って弾丸を防ぐ者。機械よりも精確な先読みと照準を行う駆動者リンカー

 結局のところ、アーセナル・コマンドの攻撃において最も警戒されるのはこの最高速度での突撃に終止する。


 一定の加速度の増速によって超高速に達したアーセナル・コマンドが、ただその運動エネルギーを込めた弾丸を放つ――――。


 それだけで、宇宙戦艦も宇宙要塞も理論上は一撃の下に破壊し得る。

 大気という壁がなく断熱圧縮の発生しない空間においてそれはあまりにも現実味を帯びた攻撃となり、必要な増速までの軌道計算と加速演算を行えば――特に宇宙要塞のような座標が大きく変化しない目標にとっては、既に、実現し得る脅威だ。

 故に究極的には、これを防ぐことだけが【フィッチャーの鳥】の全てに相当すると言って、過言ではなかった。


「メイジー・ブランシェット……シンデレラ・グレイマン……! この、焼け落ちる世界の象徴どもめ……!」


 既存の戦争という形態を踏み躙り、一個人の意思の下にそれを踏破する――――。

 高度に個人向けに設計された専用機と、それを使いこなす限界を超えた技量と、そしてその兵器の利点そのものを特化させた戦術。

 つまりはこの野焼け落ちる世界に灯る叢原火にして、篝火に彩られた月蝕の黒輪の主。暗夜の燐光。黄金の輪の継承者。


「艦長! 如何しますか! 防衛限界線まであまり時間はありません! 更に――敵増速!」


 副官の切迫した声に、コルベス・シュヴァーベンは片頬を上げた。

 防衛限界線――機体を破壊したところでその破片ですらも損傷を与えるに十分な運動エネルギーを保持する線。

 そこを超えられてしまえば、防衛は成り立たない。

 この戦闘においてではなく――今後のあらゆる戦闘の模範という意味で、防ぎ止めなければならない線。


「滅ぶのか、滅ばないのか、どちらなのか」


 呟く言葉。

 賽を投げてその出目を図るような言葉に、副官が顔を上げた。

 笑っている。

 ごく普通の笑みで、コルベス・シュヴァーベン特務大佐はハッと笑っている。


「使うぞ、諸君――これほどまでの腕ならば、まさしく通ずる。我々で、英雄を乗り越えるのだ。丸裸にしてやるぞ、小娘。……お前たちも、俺のために死ね!」


 かねてより立案されていた、対・超高速強襲機戦術。

 それの真価が――発揮される。


 ある意味でそれは、英雄めいた狩人でもなく不死者でもない人々の辿り着いた――と呼べるものだった。

 


 ◇ ◆ ◇



 シンデレラ・グレイマンは考える――。


 己が選ぶ道が本当に正しいのか、ということを。

 かつてあの燃えてしまった都市で、偶然出会ったマクシミリアン・ウルヴス・グレイコートより分断を避ける必要性を説かれた。

 そして【フィッチャーの鳥】という存在が如何に容易く暴力を用い、あの都市での虐殺を引き起こすような強権を持ち、己のようにその都合で呼び立てた筈の存在を闇に葬るかを知った。撃ち落とされたことについてを飲み込んでも、その死すらを容易く彼らのプロパガンダに利用されてしまう――情報操作の一つとして、生き様さえも歪ませられてしまうことを知った。

 そして、見た。

 衛星軌道都市サテライトの中で暴政と圧政を敷く彼らを。最早何の軍事的な合理性すらなく、ただその懐や欲望を満たすために振る舞う構成員を。

 急進的かつ極まってしまった権力では、そんな腐敗も起こり得るのだと――そう知った。


 だけれども、考える。


 分断を避けるという己たちの行動は、果たして正しいのだろうか。

 この行動こそが余計な分断を生むだけであり、そして、世に広がる戦争の影を生み出すものではないかと。

 あの大尉をあんなふうにしてしまうものの中に己も含まれているのではないかと――そう考える。


 果たして。


 己の行いは、それを鑑み、確かに実行されて然るべきものなのかと――――考える。


「シンデレラさん! このままの速度では、俺たちも戦闘に移れない! このまま一発きりで敵を破砕する形でいいのか!」


 カリュードの声に、思考は打ち切られた。

 否――打ち切ってはいない。接近する弾丸とミサイルをレーザーにて退けながら、暗黒の彼方に浮かんだ戦艦を捉えることをやめてはいない。

 それでも同時に、考えていた。

 彼らを撃ち落とすということは、殺すということだ。


 死んだ命は決して取り返されない。取り戻されない。その喪失は、犠牲は、如何なる力や運命によっても代替できない。


 その引き金を引くということへの答えを――定めなければならない。

 定めたから許される訳ではない。

 だとしても、定めずして行ってからそれを後に正すのであれば、そこで生じた犠牲というのは本当にこの世に生まれるべきではない――元より容易く生まれるべきではない死というものの中で、更に本当に生じてはならない忌み子となる。


 だから――答えを。

 祈りを。

 それは、彼女の戦いにおいてであった。そして、とうに決めた筈だった。

 覚悟を背負って戦場に臨んでいるのは、未だここに立っているというのは、あまりにも遥か昔に過ぎ去った――当たり前のことだった筈だった。

 だが、


 ――〈ここにいるのは、生きている人々だ……戦場にいるのは兵隊という記号ではなく、生きている人々だ〉。


 呑まれるなと、内なる彼の声は告げていた。

 定まるなと、内なる彼の言葉は告げていた。

 手放すなと、内なる彼の理念は告げていた。


 故に――最後まで、シンデレラは祈り続けなければならない。それを手放したそのときにこそ、一度は人として死んだシンデレラ・グレイマンは死ぬのだ。人ではなく、単なる機械の一部品に――戦争の歯車になるのだ。

 祈りを絶やしてはならない。

 答えに対する祈りを。

 それこそが人間を人間足らしめるのだと、彼女は奥歯を噛み締める。


「反転にはロスが生じる! このまま突破でいいのか!」

「こちらでタイミングは伝えます! そのときに――真後ろに向けて撃ってください! 慣性とその到達速度差を以って、時間差で多段攻撃を仕掛けます!」

「――了解! 要は君だ、シンデレラさん! 俺たちはそれに従うだけだ!」


 何故、今になってそれを――それもこの瞬間に考えるのだろうと、シンデレラは思った。

 だって自分は、本当に、とっくのとうにそれを済ませて戦場に戻ったのだから。

 あの自由放浪都市ロストワールでの日々の中、戦いの恐怖を乗り越えて機体に飛び込んだときに、自分は決めたというのに。

 そして、思い至った。


(そっか。……怖いんだ。自分一人じゃなくて、自分のために、自分の指揮の下に誰かがいるのが。自分の判断が、怖いんだ。それで仲間を殺すことが。部下を殺してしまうかもしれないことが)


 だから彼はあの日も、ただ、部下を第一に案じていた。


(人の命が、重さが……わかって、怖くなったんだ……わたしは)


 指揮官として戦場に立つ者は、きっとこれに折り合いを付けている。

 常に考えているのか、諦めたのか、慣れたのか、目を瞑っているのか、答えを見出したのか――……如何なる形にしてもそこにいる。

 シンデレラが今まで戦ってきた中にも。

 今まさに戦っている相手にも。

 皆、それを超えた上で――――そこに立っている。戦っている。命に対する考えを固めて、そこにいる。


(すごいな、この人たちは)


 段々と密度を増す射撃に冷や汗を流しつつ、流星の如く過ぎ去っていく宇宙の中の星々の光の流れに身を任せつつ、思った。敬意を抱いた。

 殺し合うとか、合わないとか、そんなのとはまた別の次元の場所で――己の及ばない境地にいる者たちの覚悟を、遠く瞬く極星を眺めるような心地で受け止める。

 敵だとか、味方だとか、そんなところを離れて、その人たちはすごい人たちだった。


 その上で、やはり――



 巡る――――〈中立である地域で敵の企図を知りながら意図的に、民間人を巻き込む軍事行動を行うことがと呼べるとは思えない。これは戦役後に深刻な処分の対象となる案件だ。繰り返すが、部下をそんなものに付き合わせる気はない〉。

 そうだ――――〈黙れ、英雄気取りの一大尉風情が! 彼らはテロリストを匿っていたのだ! それに対する空爆などの軍事行動は慣習的に認められている! これはだ!〉。


 思い出せ――――〈この空中浮游都市ステーションには病院も多い。それらを巻き込む大規模な攻撃など、理念に反しており違法に問われる可能性が高い……これは病院や中立都市に対する戦争被害を与えている行動も同然だ。故意にそれを行ったとなれば、処分の対象として十分な事案だ〉。

 忘れるな――――〈このまま戦闘が長引けば、その被害の方が大きいだろう! 故に……許されるのだ! 緊急避難と言ってしまえばいい! テロリストへの支援を行う都市に対する、やむを得ない接敵だ! 繰り返すが、なのだ!〉。


 何故、立つのか――――〈通例的に許されているのは、テロリストが明確に中立施設を盾にし、それを巻き込む攻撃が他に避けられようのない事態においてだ。今回の事例には該当しない。都市部そのものに対しては、事前の通告なしでは許容の対象にはなりえない〉。

 何がそれを導いたのか――――〈ならばこれが新たな判例で、より正しき法令なのだ! 【フィッチャーの鳥】こそが、新たなる世界の秩序そのものだ!〉。



 ――――。



 ――――〈うるさい、平兵士が! 我々は【フィッチャーの鳥】だ! そんなものはどうとでもなる! 必要ならば、奴らの側から撃ったことに仕立て上げればいいだけだ!〉。



(……そうだ)


 止めねばならない。

 自明の下に、それは許されてはならない。

 人の命を容易く踏み躙り、その命さえも蔑ろにする存在を許してはならない。それを許容してはならない。

 その構造を作り上げてしまうだけの歯車を、打ち砕かなければならない。


 誰かのためではなく。

 何かのためではなく。


 シンデレラ・グレイマンが――シンシア・ガブリエラ・グレイマンが、この命ある限り立ち向かわなければならない


「慣性力の攻撃で敵陣をかき乱します! 混乱に乗ずる形で味方と連携! カリュードさん、ライオネルさんの弾は後方! わたしの全弾は迎撃させる囮にします!」

「了解したぜ、お嬢様! 陣形はこのままでいいのか!」


 問いかけるライオネルの声へ、応じる。


「発射と共に三方へ離脱して、敵の目を反らしてください! そのままそれぞれ敵の艦隊の鼻先を掠めながら射撃を行い、敵を惹きつけながら大きく旋回して戦場に戻って!」

「あとはGとの戦いだな……いい感じだぜ、お嬢様。上はふんぞり返るほど自信満々な方が、下はやりやすいんだ!」

「ありがとうございます! 次にも活かします!」


 痛感する。

 あの日までの戦いの中で、ああも確信の下に戦闘に参加できていたのは――全てはそんなふうに指揮官が振る舞っていてくれたからだ。

 だから、シンデレラもそうならなくてはならない。

 一つずつ、そんなものを受け継いで集めていかなければならない。火のない灰に、再び炎が宿るかの如く。


 灰被りのエラシンダー・エラは、受け継がなければならないのだ――――。



「ッ、全弾発――――」


 タイミングを見計らったシンデレラのその宣言と、敵の母艦から予め切り離されていたミサイルが再点火するのは同じタイミングだった。

 進行方向上に軌道が重なった、無数のミサイル。

 それが――シンデレラのレーザーが撃墜するよりも先に、破裂する。


(煙幕!?)


 粒子を噴射するそれは、真空にても利用可能な煙幕の一種なのだろう。

 大気中の塵という素材がない宇宙空間では降り注ぐ太陽光はただ真っ直ぐに放射され、直視しない限りは物体が明るくなるか――影が暗くなるかという形でしか判別が付かない。

 だとしても、そこにこうして微粒子を投射されてしまえば、それは瞬く間に乱反射を起こし――――モニターが白く彩られる光の壁となる。

 だが、


「そこから狙おうと――そうしたところで!」


 流線型の船体めいた胸部装甲の上で、機体が連装ライフルを構えた。

 シンデレラは、目に頼って射撃をしているのではない。ただ、心で撃っているのだ。

 その防膜めいた煙幕はレーザー光の阻害を行うだろうが――他の実体弾は使用可能であり、そして、その光学偽装の奥から迫る攻撃にも対処は可能だ。


 生まれるマズルフラッシュ。


 強烈に太陽光を反射させた煙幕を貫き、右の機銃掃射がその奥に潜んだ殺意を一蹴する。

 爆発四散。

 迫りくるミサイルは全て撃ち落とされ――白き流線型の機体は、光霧の膜へと突っ込んだ。


 同時――けたたましいアラートと共に、瞬く間に力場が削られていく。


(――――っ、攻撃!? 今ので、もう、攻撃になってる!?)


 驚愕する。

 コックピット内に表示された力場出力の低下を示すホログラムと、力場解析による弾着方向の表示。

 機体のその全面に渡って、力場が削られていた。


 砂鉄や鉄粉を、広域に撒いたというのか。

 撃ち落としたミサイルには、それが詰まっていたというのか。詰められていたというのか。

 それならば、確かに実に有効な――――迎撃不能な攻撃として機能する。この速度域にあるシンデレラの【コマンド・スワン】にとっては、ただの塵でも弾丸の掃射に等しい運動エネルギー弾として降りかかる。


 いや――


「っ、カリュードさん! ライオネルさん! 装甲の力場を全開にして下さい!」


 目にはできぬが――シンデレラは感じた。

 殺意の紫電が弾ける音。

 何重にも張り巡らされた悪夢の霧のベールは、その全てが彼女に対する殺意の放射だ。攻撃だ。確実に撃ち落とさんと、幾重にも仕掛けてきている。


 己の内臓を引き絞るような不快感と共に、限界を超えるほどのジェネレーターの稼働によって力場を急回復。

 増速に用いていたものも全てを込めて、咄嗟に機体の全面から放射すると同時に――全方向から襲いかかる敵の力場の圧縮圧。

 煙幕に合わせて、おそらく流体ガンジリウムも散布されていた。それはまさしく物理的な不可視の壁となり、白き煙幕に包まれたシンデレラを圧殺せんと襲いかかった。


 だが――実に不可解なのは、その電力供給源。


 殺意を込めた、害意のある、そんな弾頭の存在の察知ができなかった。大型ジェネレーターをミサイルに据えて母艦から撃ち出すとしても、そこに込められた破壊の意思の流れを感じ取ることができなかった。

 まるで唐突に空間に殺意が降って湧いたように――不可解すぎる、急な放電。

 疑問が晴れぬ内に、煙が晴れる。純白の戦船が、雲海じみた煙幕の内を突き抜ける。


 そして果てない力場の重圧の終わりから――は、来た。



 ◇ ◆ ◇



 キングストンの艦内の指揮所の中で、コルベス・シュヴァーベンは頬を吊り上げた。

 何故これほどまでに有効な手立てを取れる男が、能力が保証されている男が、その実力とはあまりにも裏腹な位置にいるのか。

 何故、保護高地都市ハイランドは彼こそを軍の英雄として祭り上げずに――他の者を用いるのか。


 決まっている。


 その二つ名が、表している。


 つまりは――――“焼夷”。

 あらゆるものをとそう判断される者であるからこそ、あまりにも破滅的かつ致命的な暴力であるからこそ、その男はそう称された。

 故に男は、どこまでも苛烈であった。



 呟くその火傷顔が表すのは、一つの戦争の権化。

 つまりは――この世界におけるある種の秩序の一面にして、勝利の一面。

 焼き尽くす力という、この上ない形容で語られる暴虐にして暴力の主。


「便利な兵器だな、アーセナル・コマンドは。専門の訓練も教育もさほど必要とせず、ある程度までなら誰にでも動かせる。そして今や、至るところに落ちている」


 実感を込めて、彼はモニターを眺めた。

 既に展開したコマンド・レイヴンの精鋭でも、コマンド・リンクスの最精鋭でもない機影。

 つまりは種々様々――修理したモッド・トルーパー、接収したアーセナル・コマンド、或いはアーモリー・トルーパーなど……。


 四隻の船の内で、展開された部隊は合計:十の小隊。

 つまるところ、二つの大隊と一つの中隊――――。

 ならば、母艦に搭載可能な機体上限のその残りは如何なるものであろうか。


 そのあまりにも斉一性を欠く、まともに連携も取れぬ部隊とも呼べぬ何かを眺めつつ、彼は意地悪そうに目尻を緩めた。

 隣の副官の下には、各機体と紐付けされたホログラムマップが灯っており――そして言うまでもなく、その管制制御システムディスプレイも表示されている。

 つまりは、ここが盤面だ。

 将棋やチェスの指し手の如く、その命運は全て艦橋にある。

 

「防衛限界線は、貴様の方が先だぞ小娘。……最早、


 それは、【フィッチャーの鳥】が――【フィッチャーの鳥】として故に成り立たせられた駒だ。

 彼らが捜査権限を持ち、逮捕権限を有するが故に集められた駒だ。

 つまるところその保護高地都市ハイランドの持ち出しではないローコストな産物であり、そして幾らでも補充が効くからこそ容易く使えるという駒だ。


 さて――……テロリストと軍隊では、その練度がまるで違うという話をしたが。


 使


「今のうちに部隊の陣形を整えろ! ここからが、貴様らの連携の見せ所だ! 足止め共には構うな! 本領を発揮しろ!」


 コルベス・シュヴァーベンは、紛れもなく戦争の犬だった。戦闘の犬だった。

 限りなくその一点に限って、譲ることはない効率性の持ち主だった。

 ある一つの命題の解決においては、限りなくその効率性を最高に発揮する能力者。


 つまりはまさしく――――“焼夷”という、そのものだった。


 処刑を待つテロリスト。

 そして、走査線上で浮上した容疑者。或いは疑惑者。

 その内容においては、特に問わない。

 事実かどうかも、関係ない。

 身の潔白は、必要ない。

 何故なら彼に与えられた命題はただ一つ、保護高地都市ハイランドを焼き尽くしうる敵の攻撃への対応策だけであったから。


 あらゆる倫理と道理は、それを退けられると知っている。

 操縦制御によってその自由を奪い、機械操作によって反乱の余地を奪った回収品だけで作られた、用意には突破できない目晦ましの――

 どれも、あの、かつての戦いで執り行われた戦法のであり――つまりは、だ。


 “焼夷”のコルベス・シュヴァーベン。


 まさしく、正しい意味で――限りなくある一面においては優秀な男であった。




 煙幕と力場の圧殺を、加速度と装甲を犠牲に潜り抜けた先で――目の前に広がった光景に、シンデレラは思わず絶句した。

 己の軌道の未来へと投げ出された数多の鋼の巨人たち。

 艦隊の力場と、外部から指令を与えて宇宙へと投げ出されていた人型の障害物。

 それらは盾であり、そして電力発生装置。或いは爆発物だ。

 

(これは――――……!?)


 全周モニターの向こうにある――まるで殺意なき人型。


 感じる。

 怯えを感じる。

 恐怖を感じる。

 誰もが死にたくないと思っている。


 それは兵士としてではなく、その覚悟の中ではなく、ただ、そこに巻き込まれた人間として思っている。


 その重さがわかる。

 痛みがわかる。

 嘆きがわかる。


 少年がいる。

 子供がいる。

 老人がいる。

 妊婦がいる。


 その中の全てが戦闘者ではなく、ただ取り込まれてしまった者であることがわかる。

 無実がわかる。

 祈りがわかる。

 その恐怖が、懇願が、あたかも闇夜に這い寄る寒気のように――シンデレラの足元へと、迫りくる。


 飛び込む先の敵陣は、最早、敵陣とは呼べぬものになった。

 そこは命の渦だった。

 死にたくないと願う、命の渦だった。

 ただ集められ、引き立てられ、弾除けではなく――自立稼働する浮遊機雷として、そして力場という強固な装甲故に容易く撃ち落とせない壁として使われた人命であった。


 腹の痛まない資源として、どうにでも集められる効率性ある道具として、幾らでも代替可能な命として、そこにある世界を焼く炎の反転として使われた命の渦だった。

 まさしく、とうに答えは出ていたのだ。

 シンデレラが立ち上がると決めたその日のように、答えは出ていたのだ。

 とっくのとうに、それは、だったのだ。


「こんな……こんなことが……」


 故に。

 それは、腹の底からやってきた。


「こんなことが――……人が人に行って……人に向けて行われて……」


 ただ呆然と――そして奮然と。


「人が人の命をこう使って……それがこんなふうに赦されて……それでいいはずが、ないんだ――――――ッ!」


 少女の内なるその炎は、更に焚べられる。

 これが、この星暦という世界の齎すと――その縮図であった。


 大義はなくとも。


 不義は、正さなくてはならない。正されなくてはない。

 自明の下に、それは、打ち消されなければならない。

 そうだ。

 そうするという答えを、祈り続けなくてはならないのだ――――。





 ……ああ、だから。


 シンシア・ガブリエラ・グレイマンというは――――。


 と、とうに戦う運命にあったのだろう。

 

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