第104話 いっぱいの大好きを君に、或いは謀略、またの名をホワイト・スノウ戦役

 その一報は、執務室にて調整作業を行うヴェレル・クノイスト・ゾイスト特務大将の元にも届けられた。

 いくつもの中継を挟んだ上での秘匿回線。

 懐古主義を思わせる重厚なる黒木と穏やかな白い壁紙が綺麗に二色に区切られた壁面を作った広い室内にて、赤絨毯の上の丸長い議会用テーブルに向かう老獅子めいた老人はその報告を受け、椅子から腰を上げることもなく呻くように呟いた。


「そうか。……あの、メイジー・ブランシェットが」

『死体は機体爆発の中でも奇跡的にも原型を留めておりまして、焼け残った部位の遺伝鑑定では極めて高い確率で本人の生体情報との一致を示しておりました。……その死は確実かと。ゾイスト特務大将』

「……」


 にわかに信じがたい話であったが、だからこそ信じられるとヴェレル・クノイスト・ゾイストは瞼を固く閉じた。

 撃墜されるとは思えなかった駆動者リンカーの死。

 自分よりも生き残るに足る筈だった同期の死。

 かつての大戦を経て、その眉間に深い皺が刻まれるほどに重々に体験した。そんな信じられないことほど、戦場では、確かに起こるのだと。

 

 ――〈大丈夫です! 私も、私の大切な人も――きっとこの国を守りたいって、皆が生きてる場所を守りたいんだって、そう思ってる筈ですから!〉。


 一度、出会った。

 戦勝記念後に、その功労者として勲章の授与が行われるときに機会があった。

 決して浅からぬ繋がりがある縁で、それを機に会話をすることになった少女は――母親由来の僅かに癖のある明るい茶髪を揺らしながら、そう、このままの世界の未来への不安を零したヴェレルへと笑いかけて来ていた。


「……ハンス・グリム・グッドフェロー大尉には……」

『追って伝えるべきでしょうな。あの海上都市で交戦に伴い婚約を破棄したとも聞いておりますが、やはり、家の関係とはいえ……そして、元とはいえ婚約者のその死に様というものは知りたいものでしょう』

「それは――……」


 言いかけた言葉を飲み込む。

 おそらくそこは、余人が立ち入って良い領分ではない。

 マーガレット・ワイズマンの婚約者――――あまり公にされていない事実ではあるものの、その限られた情報の保有者としてのヴェレル・クノイスト・ゾイストは、口を噤むことを選択した。


 目を通していた書類から視線を外し、ふと、椅子に身体を預けたくなった。

 かつては吸っていた葉巻きを吸いたくなる気分にもなるかと思われたが、むしろ、余計にそんな気分にはなれなかった。

 腹の底から出てくる怖気めいた吐息と共に、ヴェレルの脳をまとまりのない言葉が転がる。


 保護高地都市ハイランドの英雄――……。


 あの【星の銀貨シュテルンターラー】戦争における最大の戦功者。

 不敗神話を象徴する偶像。

 年端も行かぬ、しかし輝かしき英雄。


 それが、こうも、無常に失われるともなると――


「……一つの時代の、終わりを目にした気分だ」

『ならば次は、始まりでしかありますまい』

「……」


 呟くラッド・マウス大佐は冷静そのものと言った様子で、何ら慌てた様子も見せない。

 彼からしてみれば、鳴り物入りのその手駒がまさしく本懐を遂げたという誇らしい状況なのか――。

 いや、そんな昂ぶった様子さえもなかった。コックピット内にて戦闘待機を行っている彼は、心底冷静に事態を見詰めている。少なくともヴェレル・クノイスト・ゾイストにも、そうとしか感じられない様子であった。


「……妨害、か」


 にわかに信じがたいのは、その死因だ。

 状況としては、かつて撃墜されていた筈の大型アーク・フォートレスの再起動。

 その落下地点から程近い場所にて【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】を迎え撃とうとしていた【狩人連盟ハンターリメインズ】との間に戦闘が発生し、そして、アーク・フォートレスの迎撃を阻む形で戦闘への介入が行われたためにやむなくメイジー・ブランシェットを撃墜した。

 それが、ラッド・マウス大佐から齎された現地の状況であった。


「卿は何故、彼女たちは妨害を仕掛けて来たものと考える?」

『さて。……個人的な見解でよろしいのであれば』

「聞かせてくれ、ラッド・マウス大佐」


 続きを促すヴェレルの言葉を前に、コックピット内の美丈夫は僅かに言葉を選ぶように沈黙を交えつつ、


『ロビン・ダンスフィードとも共にいたように――明確に彼女は、【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】と行動を共にしていたものと考えられます。つまりは、アーク・フォートレスを見逃すことはその組織の総意……』

「……」

『部下の戦闘記録音声に、気になる点がありまして……お送り致します』


 そして送信される、膨大なる映像データ。

 アーセナル・コマンドは、その光学カメラなどで入手した情報などをアーセナル・コマンド・リンク――軍用のネットワークにて共有する特性を持つ。

 それはまだ見ぬ敵機の情報共有のためであり、そして、自軍による軍機違反を防ぐためでもある。



 ――〈悪いですけど……こっちの目的のためにも、今ここでは、これを撃墜される訳にはいかないんです。邪魔をするなら、撃ち落とします〉。


 ――〈ってことだ、後輩。……テメーらの立ち位置は知らねえが、指を咥えて見逃しな。お前らが戦う相手じゃねえよ、これは。……ま、どうしても戦いたいってんなら、こっちもそのつもりで対応するぜ?〉。



 彼から与えられた画像データには、確かに、メイジー・ブランシェットとロビン・ダンスフィードがアーク・フォートレスの撃墜を阻害しようとした映像と、その交戦を指し示す音声が記録されている。

 ……フェイク映像ということも、一瞬は考えた。

 それは欺瞞工作の一種として実際に確かに存在する話であるが、だが、今回に限っては有り得ないことだ。


 まず、偶発的に発生した特定人物が映るその戦闘を――特に未だ観測されたことのない未知のアーク・フォートレスまで含めた――偽造するには、時間が足りない点。

 そして吹き荒ぶ土煙や弾丸、その岩肌の一つをとっても、仮に如何なる既存のコンピュータを用いてもそれほどまでに現実味のある映像は作れない点。

 更に、機体が軍用リンクと接続している状態に限っては自動で情報のアップロードがされてしまうため、改変のためには極めて高度なセキュリティを持つ軍用ネットワークへのクラッキングが必要となる点。


 その三点が、ラッド・マウス大佐の持つその映像の確実さを保証していた。

 映像確認の傍ら、フェイク映像を判別するためのAIに識別を行わせても、九九.九九八パーセントの確率でそれが現実のものである――という結果を示している。

 、そんなものは作りようがないのだ。


「つまり彼女らは……あのアーク・フォートレスへの対処へを別の者に――こちらに行わせようと……」

『おそらくは、そうしてこちらがその秘匿を破ることを目的としていたのでしょう。包み隠された神秘の儀式の秘匿を破るように。……果たして、釣り出させてどうするつもりなのかは――』

「……分断の根絶。そしてその象徴とも言うべき兵器こそ、神の杖か」


 確かに――神の杖の火力を用いれば、驚異的な力場を持つアーク・フォートレスといえども、それが地上にいる限りは打破が可能だろう。

 筋は通る。

 かの【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】が神の杖の根絶を目的としており、【フィッチャーの鳥】がそれを秘密裏に運用しているという情報を彼らが有している以上、そんな行動の筋は通る。


 神の杖でなくては破壊できない兵器を見逃すことによって、神の杖を秘匿から解き放つという――――あまりにも筋の通った行動となる。


 そして、


『彼らとの戦闘により、こちらの三機も少なくない被害を負いました。……稼働可能なのは、謹慎中のハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉のみですが、如何されますかな?』

「……彼とその機体で、その兵器への対処は?」

『さて。……少なくとも、【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】への対処は可能かと思われますが』

「護衛として、か」

『確実さを以って語るならば、それが限度でしょう』

「……」


 つまりは流石の黒衣の狩人ブラックハンターといえども、単騎にての対応は難しい兵器であるということだ。

 最早、神の力か。

 観測衛星――神の眼により得られた情報だけで、少なくとも保護高地都市ハイランド公式の都市も含めて十三の居住区に被害が確認されている。

 かつてないほどのその破壊の速度は、あらゆる既存兵器を上回っていると言えるだろう。


 それから戦闘状況の変動によりあちらから音声が打ち切られるまでに二三言の通信を交わして眉間を抑えたヴェレルへと、背後から声がかけられた。


「さて、アーク・フォートレス――【麦の穂ゴッドブレス】への対処は、如何するおつもりで?」


 瀟洒なメイドといった楚々とした風情のまま、僅かに薄ら笑いを浮かべるようなマレーン・ブレンネッセル。

 それは傭兵として混乱を言祝いでいるのか。

 それとも己の戦闘力とそれを比べた上での、頂点に立つ戦闘者としての獰猛な笑みを押し殺しているのか。

 はたまた別の理由があるのかはしれないが――ヴェレルに言えるのは、一つしかなかった。


「【雪衣の白肌リヒルディス】を出すしか、他あるまい。少なくとも軍部はそう判断するだろう。……考えようによっては、これで秘匿を公にして使用の大義名分もできると」

「……」

「メイジー・ブランシェットの死は――……可能であれば、彼女がそのアーク・フォートレスと戦闘を行った末の死という形でせめて名誉は保ちたいものだが……」


 そこに関しては、一大将であるヴェレルの一存では決められなかった。

 新たなるメイジー・ブランシェットとしての期待がされたシンデレラ・グレイマンの離脱の際も、志願した彼女の名誉及びかの【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】へのネガティブキャンペーンの一環として、シンデレラ・グレイマンは救助活動中の英雄的な死として偽装された。

 だが、それより後のメイジー・ブランシェットの脱走。

 そしてロビン・ダンスフィードやアシュレイ・アイアンストーブによるレジスタンスへの合流を受けてしまっては、当時とは対応が変わることも考えられる。


 裏切り者への寛大なる処置こそが、さらなる裏切りを招いたのだ――――と。


 そう、保護高地都市ハイランドを離れたことに対しての報復行動や今後の同様の事例に対する抑止行動的な宣伝さえもあり得た。

 特に今、この、個人が都市を焼き尽くすことを可能としてしまうアーセナル・コマンドという兵器の登場とあっては……そんな個人の扱いについても、これまでの世のようにはいかないだろう。

 或いは彼女の死そのものの情報統制もあり得るところであるが……こればかりは、軍上層部と政府議会がどんな結論を出すかまではヴェレルには読めないところだ。


(あたかも、かつての大戦のように……失われたマーガレット・ワイズマンを英雄としたかのようになるか、それとも、彼女とは真逆に最悪の反逆者として後世に名を残すことになるか……)


 一人の人としてのヴェレルは、今の行動が如何なる理由であれかつて保護高地都市ハイランドに尽くしてくれた一人の英雄の不名誉なる死は止めたい気持ちが大きい。

 だが、それを万民がどう見るかまでは、大将の肩書を持つ彼としても予測できなかった。

 代わりに、ふと、ある言葉が口をついた。


「……何かに導かれているとしか、私には思えない」

「しかし、見過ごす訳にもいかない。人の世とは、そうであるものでしょう?」

「……」


 あたかも人の世の外の存在のように微笑を浮かべたマレーンへと抱いた言葉を、ヴェレルは何とか呑み込んだ。


 歴史の針の動きに、今まさに決定的に崩壊に向かうような戦乱の予兆に、そんな馬鹿らしい言葉を口に出すことを憚らせたのだ。

 この世の人智を超えた神性が蠢くような、何か超越的な存在が息づくかの如き薄ら寒さまで覚える。

 これまで連綿と紡がれてきた人類の歴史や叡智というものが、大海の小舟に等しく――そしてその下に眠れる大鯨が潜っているような、そんな、途方もない滅びに向けた悍ましさ。


 一方では、まさしく人の営みのような戦闘を行うコルベス・シュヴァーベンとその麾下たちの戦いが、リアルタイムより僅かに遅れてホログラムにて共有されていた。



 参謀本部への情報共有と共にその緊急招集を待つヴェレルは、腰を下ろした円卓テーブルの前で僅かにその疲れた瞳を閉じた。

 メイジー・ブランシェット。

 ハンス・グリム・グッドフェロー。

 そのどちらの親をも知るヴェレルは、かつて、限られた時間の中で英雄たる彼女と深く語った。

 ヴェレルの高い階級と、そして見知らぬ大人であることに僅かに警戒を滲ませたのか――英雄の面に反して彼女には緊張しがちな面があったらしい――所在なさげにしていた茶髪の少女も、しかし、ヴェレルと二人で語るそのときに……ある話題に関してだけは、その深青の瞳を輝かせながら語っていた。


 ――〈ずっとずっと、大好きな人なんです〉。〈頼りになって、不器用さんで、いっぱい考えてて、人のことがすっごく大好きなとってもとっても優しい人〉。〈私、この人となら……この人のためだったら、って……〉。

 ――〈いっぱいやりたいこと、してみたいこと、あるんです〉〈あの人にも……もう少し、色んな幸せとか考えて貰えたらなあって〉〈それを隣で、見ていたいんです〉。

 ――〈どうしよっかな。まず最初に、何をしようかな〉〈話したいこととか、聞きたいこととか本当にいっぱいあって……へへへ。ごめんなさい、私ばっかりこんなこと話しちゃって〉〈でも本当、楽しみで楽しみで……きっとハンスさんとだったら、幸せになれるんだって〉。


 そうして胸の前で指を絡ませて語る彼女は、終戦と共に幸福な未来を思い描いていたのだろう。

 戦いが終わった先に待っていた幸福な未来。それに思いを寄せる馳せる少女は実に嬉しげで――。

 問いかけたヴェレル・クノイスト・ゾイストへ、


 ――〈大好きなんです! 子供の頃から! ずっと、ずーっと!〉。


 返されたのは、太陽のような笑みだった。


 だが、その願いは、果たされなかった。

 アーセナル・コマンドという兵器の登場によって、個人の暴力があまりにも拡大した世界にあって、文字通りの一騎当千である彼らの集合は憚られた。

 それが前大戦の英雄であろうとも――……或いは英雄的な戦果を上げてしまったからこそ、余計にそれは軍部の危機感を煽る結果となった。


 当然ながら、その婚姻に関しても圧力がかかった。


 その幽閉とも言える閑職に追い込むことに同意を示したのは、他ならぬヴェレル・クノイスト・ゾイストとて同じことだ。

 しかし――


「……すまない。ブランシェットよ。卿の娘を……すまない……」


 それでも決して死ぬとも思えなかった英雄たる彼女が永久に失われてしまうと同時に――そんな少女の細やかな願いを踏みにじったことは、何よりも強く胸の内で痛みを発する。

 メイジー・ブランシェットは、死んだ。

 その二十年にも届かぬ人生の中で、戦いの中で、愛しい男と語り合うこともできずに死んだ。

 結ばれることも、思い出を育むこともできずに、無残に焼け焦げて死んだ。引き取り手の縁者すらなく、戦場で死んだ。


 友人の娘にそれを招いたのは、紛れもなくヴェレル・クノイスト・ゾイストその人であるのだから。



 ◇ ◆ ◇



 【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】が有する航空艦は三隻。

 内一隻はヘンリー・アイアンリングの手により沈められ、残る二隻は前大戦の英雄たるアーサー・レンを艦長に据えた『ドラゴン・フォース』と、その二番艦である『アークティカ』である。

 その、大剣めいた甲板の形状を持つ航空巡洋母艦『アークティカ』の指揮所にて、黒髪赤目の青年は誰にも聞こえぬほどに小さく零した。


「……さて、任されてみたはいいものの」


 戦況は、あまり、よろしいとは言えなかった。

 目や耳とも言える電波の中継を無数に敷設した上で、本艦の欺瞞を図っている。

 そうして戦場の状況の把握は厳に為している――――戦術の師たるマクシミリアン・ウルヴス・グレイコートの教えの通りの、かのユリウス・カエサルから続く戦いにおける基本中の基本である索敵と把握。


 最低条件であり最大の秘跡を整えた上で、あとは如何にして勝利を得るかという命題であったが……敵が高度に訓練された自軍よりも兵数が勝る正規軍とあっては、それは非常に困難であると謂わざるを得なかった。


 そして悪いことに、あの傭兵――アーネスト・ヒルデブランド・ギャスコニーという男によって開かれてしまった啓蒙。獣性。

 治安も倫理も地に落ちた船は、幽霊船に等しいものであった。

 特にそのギャスコニーの鞍替えによって、そんな毒と腐敗は目に見えて猛威を振るうこととなった。最新鋭機強奪に伴う黒の駒の二枚重ねという状況に対応するためにはやむを得ない――特に出資者がそれを強く求めた――ものだったが、長期的には組織の弱体化に繋がったと言っていいだろう。


(質も数も勝る正規軍との戦い……マクシミリアン様なら、それでも如何様にもできただろうが)


 多岐に渡る才能を発揮すると称されるローランドにおいても、当然、それを得手とする専門家には劣るのが実情だった。

 それでも、ギャスコニーの膿は出した。

 汚染が少ないものは機種転換に託けた研修にて心身の立て直しを図り、そうでないものは重要度の低い任務に割り当て遠ざけ、或いは別に募った志願者たちと入れ替え、また、秘密裏に組織への不満を抱かせる取り扱いを行い別の残党への合流を促し――――そうして作り上げた今回の戦場。


 ギャスコニーの遺児とも呼べる者たちを餌に使って釣り出した【衛士にして王ドロッセルバールト】と【フィッチャーの鳥】の衝突。


 それは客観的にローランドの取り得る中での最善手であり、そして実際に戦闘にならなければ発揮されない正規軍の練度の確認という意味で情報収集としても重要な手であったが――……その上で、こう言えた。

 

 勝ち目を模索するための情報収集は、皮肉にも裏腹にローランドたちのその勝ち目の乏しさを知らせるだけの結果となった。


 利するは三点。


 明確に第4世代型【ホワイトスワン】のデータ解析により作り上げられた【角笛帽子ホーニィハット】という新機体。

 そして、撃墜数上位陣に組み込まれる突出した質を持つ一部の駆動者リンカー

 あとは、事実上の迎撃ではあるが正規軍とは異なるレジスタンスであるから行える攻勢側という有利の取得だ。


 故に畢竟、その戦法というのはある一点に向けて収束する。


「……まさか、アナタに頼ることになろうとは」


 彼の兄の死因となった戦闘に立ち会った少女。

 兄は無情にも死したというのに、同じく撃墜されたというのに、それでも未だに奇跡的に生き残っている少女。

 兄に死を齎した男を、仲間たちの死を呼んだ男を未だに己の師と仰いで憚ることなく――明確にそれを慕い続ける少女。


 灰被りの姫君、シンデレラ・グレイマン。


 黒衣の七人ブラックパレードの薫陶を受け、同時にある意味で黒衣の狩人ブラックハンターじみている専用機体を持ち合わせるという、を受け継いだその少女こそが――ローランドたちの持ちうる切り札と呼んでも過言ではなかった。

 

「使えるものは全て使わなければ、善き従者とは呼べませんので……致し方ありませんね」


 小さく呟き、ローランドはレーダー画面を眺める。

 そこには、一塊になった三機の――超高速で接近する機影が、光点として表示されていた。


 最小編成数による、最大速度による急速接近。


 言わばこの世に生を受けたアーセナル・コマンドという炎の――――その象徴とも呼べる戦法であった。



 ◇ ◆ ◇



 対する『キングストン』を旗艦とした四隻の宇宙艦隊の指揮所に、その観測レーダーにも光点が灯る。


「超高速で接近する敵機影を確認! 敵は増設ブースターを――いや、なんだこれは!? 新手のアーク・フォートレスか!?」

「光学と赤外線で拾えるか!」

「は――今モニターに表示します!」


 宇宙航空路及び、彼らが敷設してきた『目』に補足されたその機体を目の当たりにしたとき、幾人かは思わず息を呑んだ。


 大砲の砲身めいて超大である幾本ものプロペラントタンクを背筋に抱え、鏃の如き流線型の装甲を持つ一つの巡航クルーザーじみた機影を持つ大型の機体。

 それに付随するというより、掴まって飛行するのは二機のアーセナル・コマンド。

 船に引きずられる罪人騎士じみていて――――だが明確に姿勢を固定していつでも応射可能に振る舞うそれらは、間違いなく槍の急先鋒と呼べるほどの敵主力と見て間違いない威容を誇っていた。


 宇宙という暗黒の海原を一直線に飛行する白き巡航艦。


 言うなれば、それは、系統で言うなら熊の革ベアコートと呼ばれる機体の発展系であったと言っていい。

 流体ガンジリウムを満載にした増設ブースターに、更には追加された流体ガンジリウムを満タンに蓄えた尖形増加装甲。

 第四世代型アーセナル・コマンド【ホワイトスワン】のその複雑な力場制御能力へと、?――と正面から中指を突き立てるような解答アンサー


 否、だがそれは、増加装甲と呼ぶには大き過ぎる。

 鴉か何かの嘴のように機体全面を覆って――最早アーセナル・コマンドではなく、小型のアーク・フォートレスと呼んでも差し支えはあるまい。

 構造は実に単純だ。

 ガンジリウムさえ得られたならば、民間での製造も決して不可能とは呼べぬ容易すぎる代物だ。


 実際のところ、軍の研究所にても研究されている一つの答え。


 用途によって機体そのものを改修させるのではなく、増加装甲と増加武装によって機体の役割を変動させる。

 ――マルチアームド・アーセナル・コマンド。

 素体は企画統一した一機を用いて、それを大量生産することで軍全体でのコストの低下を図り、各軍における任務に応じて装備の換装を行う。

 結局はコストの関係と即応性という面とある理由によってによって採用が見送られていたが――それをまさか、実用に移すものが居たとは。

 否、それは、実用と呼べるほどに上品ではない。


 ただ流体ガンジリウムを存分に循環させた尖った大胸殻とその冷却剤と冷却装置を内在させたプロペラントタンク及び肩部増加装甲。

 アーセナル・コマンドの利点である、高速と低速の切り替え――つまりは留まっての火力発揮という面を完全に捨て去った設計。

 高速で飛ぶのはいいが、一体、その速度でどうやって戦闘を行うというのか。


 力場というものに合わせて、によって設計し直されようとしていた戦闘機が否定され、結局はアーセナル・コマンドが戦場の主流となったその理由。


 仮にマッハ一でロボットが飛べるようになったなら、その何十倍もの速度で戦闘機は飛行できるだろうが――……果たしてそれを行ったところで誰がその速度に対応し、そして、どのように戦闘を行うというのか。

 現実的ではないのだ。

 人型ロボットを飛ばす力で戦闘機を飛ばせばいいというのは、悲しい机上の空論にすぎなかった。

 そんな理由から放り捨てられた戦場の高速化。

 結局のところ肥大しすぎた恐竜に同じく、それは、アーセナル・コマンドの持つ汎用性を捨てるという理由によって放棄された進化の行き詰まり。燃え尽きた灰の欠片。


 だが――――極まった先読み的な能力により、が用いるならば?


「……あの機体。あの胴はもしや、【ホワイトスワン】の――? ……まさか、シンデレラ・グレイマンか?」


 艦長席の火傷顔のコルベス・シュヴァーベン特務大佐が、呆然と呟いた。

 指揮所の視線が集中する。

 不安そうな彼らの眼差しは――――……直後、首が折れんほどの凄まじい勢いで逸らされていた。


「ふははっ、ふはっ、いいだろう――んふっ、ふふ、来るがいい、小娘よ。貴様が単なる向こう見ずな小娘なのか、それとも正しく黒衣の七人ブラックパレードを継ぐものなのか――それを見極めてやろうではないか!」


 今日イチ気持ち悪い笑顔を浮かべたコルベス・シュヴァーベン特務大佐。

 なんというか、事案だ。完全に事案だ。

 夜道で出会ったなら早起きすぎた朝散歩の老婆が心停止し、始発帰りのサラリーマンが失禁し、犬は吠え、太陽は微笑みを忘れ、空は荒れ、大海原は怒り狂うほどに気色の悪い笑顔だった。

 顔をしわくちゃのアンパンで作って、般若の能面とおかめの能面を混ぜ合わせた上に翁の能面の皺を刻み込んだ果てしなく下劣で醜悪な笑み。

 二名ほどが、真空に備えた防護ヘルメットの内で朝食を吐き戻して混乱と恐怖と吐瀉物に包まれた。

 それにも構わず――――一瞬で冷める眼差し。戦闘者としての、艦長としてのコルベス・シュヴァーベン。


「まずはコマンド・リンクスを出せ! 密集陣形で相互に力場によって防御を! あれでは小回りはきかん! 何としても、一発だけでも撃ち込んでやれ! 当てれば休暇でも何でもくれてやる!」


 すぐさまにその想定しうる弱点を考え――かねてより思案の内にあった、超高速で接近する敵機に対する戦術を脳内で組み立て始める。

 上官であるヴェレル・クノイスト・ゾイストが懸念するアーセナル・コマンドの最も恐ろしい戦法。

 超高速で急速接近する極めて高い質と技量を持つ少数の機体――――まさしく、新たなる世の秩序に反抗する全てを焼き尽くす鳥の象徴。


 意図せずその衝突の場面を与えられたことに、彼は、乙女のように胸を高鳴らせていた。

 嫌いすぎて、嫌いすぎて、嫌いすぎて、反吐にも似た好感を抱くほどのそれまでの現代軍事合理を超えた存在。

 好きだ。むしろ、大好きだと言えた。


 日に数分だけ、何度か考える――例えば夕飯をどうしようとか、軍人に志願した息子をどうしようとか。

 それ以外は、ずっと、どうやってそれらの存在をブチ殺してやるかだけを考えていた。

 自分を拷問したあの糞宇宙人どもがやたらめったら降り注がせたカスみたいな金属を鋳溶かして作られた理不尽で非合理な超常兵器。その神秘を汲まなく押し開いて服を剥ぎ取るように幻想を奪って殺してやろうと思っていた。

 つまりは軍隊訓練生向け用語集における大好きだった。


「これでモノになっていたならば――ジャマナーの無能のヤツを張り倒さなければならぬな、諸君。我々はどうやら死んでも穏やかにはいかないようだ!」


 一方で艦橋に激を飛ばしつつ副官と頷き合い、重点的に行った訓練の結果を示すべく男は胸を張る。


 アーセナル・コマンド。

 黒衣の七人ブラックパレード

 アーク・フォートレス。

 黒衣の狩人ブラックハンター


 その全てを受け継いで象徴するその姿こそは――まさにこれからの世の秩序にとっての、保護高地都市ハイランド連盟軍にとっての、コルベス・シュヴァーベンにとっての、紛れもない宿敵なのだと。

 

「さて、乳がデカイだけの小娘か――それとも有能で乳がデカイ小娘か、確かめさせてもらおうか!」


 意気揚々と吠えた男と――そして指揮所内の防護服に包まれた女性士官と、彼女らの手前で良識的かつ臆病な男性士官から返される抗議の目。

 凄まじい圧力で。

 思わずシュヴァーベン特務大佐は、お茶を濁すように視線を周囲に漂わせた。


 そうだ。


 軍部と【フィッチャーの鳥】が新たなる偶像として打ち立てようとしていたシンデレラ・グレイマンは、困ったことに、この艦内においても人気があった。

 おそらくは、直接的に彼女と関わらずその人間性を知ることなく――どこかで任務を共にするかもしれないと情報共有のみが行われたためであろうが。

 男性は、幼く小柄ながらにも凛としたその美貌とあとまあ身体のどっかとか何かいろいろに。

 女性は、戦に巻き込まれながらも決意を持って立ち上がり父親を助けるために戦場に足を踏み出し、あとは何かそのとき命を助けたり何やりしたとかいう一人のある軍人がそのまま訓練から始まって上官になっておまけに戦場では騎士然と彼女を守っていたとかいうところに、ひょっとしたら何かロマンスとかあるんじゃないかなその内映画化されるんじゃないかなドラマみたいだなとか想像して。


 なんか、まあ、なんていうか、こう、人気があった。


 そして脱走したから撃ち落とされたとかそこらへんが情報統制によってちゃんと共有がなされてなかったために、こう、救助活動中に死んだ悲劇のヒロインと見做されていて、なんか、こう、未だに人気があった。

 多分、本当に気持ち悪い笑顔を浮かべるハゲで火傷顔で刀傷があるゴツいハゲゴリラマッチョ男より、間違いなくヴィジュアル的に人気はあった。

 悲しいけどそんな感じだった。


「………………ハラスメントで訴える馬鹿者はおるまい。おるまい? そうだな? 軍隊と建設業界と芸能界にハラスメントはない。そうだな? ……そうだな? な?」

「あっはい」


 なんとなく話しかけられたオペレーターが頷く中、改めて仕切り直すように最新鋭の機材が蠢く秘密基地じみた指揮所は、静かに戦闘へと取り戻されていった。



 ◇ ◆ ◇



 暗夜の宇宙を、白き高速船が両断する。

 その行く手に僅かにでも漂う筈のデブリは、機体のレーザー砲塔から放たれた光線と蒸発圧によって軌道を逸らされ、結果、その機体を阻むものはいない。

 クルーザーじみた純白のその胴に取り付いた二機の青黒きアーセナル・コマンド。


 表面積の増大のために肥大化した胴部や肩部・大腿部などが、ある種の顎を閉じたサメの如き印象を抱かせる。

 さながらそれは、巨大鮫に喰らい付かれる船と称すべきであろうか。

 その内で――通信が響く。


「近付いたら適当なところで捨ててくれ、シンデレラさん」


 カリュード・カインハーストという黒髪に金目を持つ男は、頬に大きな傷を持ち、衛星軌道都市サテライトの懲罰部隊――つまり囚人から構成された兵隊だ――の出身であるというのに、それを感じさせない程度には物腰柔らかな男性だった。


「はあ。今度ばかりはアレみたいなのが出てこないことを祈るしかないな。……もう簡便だぜ、あんな黒衣の七人ブラックパレードもどきは」

「その時はわたしが何とかします。きっと。何としても」

「……グリムみたいなことを言うんだな、君は。アイツどうしてっかな。絶対殺されるから会いたくねえ……絶対何一つ容赦とかしてくれねえ……頼むからどっか行っててくれグリム……この世で今一番会いたくねえ……」


 幾度も戦場に出撃されては撃墜され、そのたびに敵の乗り物を奪って帰ってきたという“海賊”ライオネル・フォックスは、浅黒い肌と黒髪で如何にも健康そうな、そして僅かに頼りなさそうな雰囲気を醸し出している。

 だが、二人とも、撃墜数ランクに名を残す凄腕。

 それをシンデレラに預けられたということは――明らかにこの場の誰よりも高位の兵士を預けられたということが、何を意味しているかは彼女とて理解している。


 その機体を中核にした、機動力と打撃力を用いた敵陣への衝撃作戦。


 その編隊の長として、作戦の中核を為す機体を駆る彼女は選ばれていた。


「……」


 未知なる戦を前にした身震いのまま、首から下げた十字架を握り締める。


 役割を与えられるということ。

 そして期待と責務を背負うということ。


 自分たちの引率や指揮を担ってくれていた彼がどれだけの心中でそれを行っていたかは推測さえもできないが、ただ、知ることはできる。

 世を語るより。

 戦争を語るより。

 信念を語るより。

 まずは生き延びなければならない。そして自分の小隊の生存に尽力しなければならない。


 ――――〈俺には、彼らを生かして家に返す義務があるだけだ。上官として、先達として、それが果たさねばならない職責だ〉。


 あの初めて出会ったその日の言葉に、一体どれほどの重さと決意が秘められていたのだろうか。

 ようやく僅かばかりにもそれに触れる立場となったことで、心中を込み上げてくる焦りを知る。

 これまでは一人だった。

 自分の命は、自分の力で保てた。保つしかなかった。保つことができていた。


 だけれども、物語の騎士や伝承の狩人ではない兵士として生きるということを否応なく意識させる軍事行動に伴って――それは今まで感じたことのない薄ら寒さとして、シンデレラの首元を包んでいた。


「楽に行こう、シンデレラさん。死なない駒だと思って、俺は気軽に使ってくれていい」

「……一緒にされても困るし、こっちは毎回死ぬ死ぬって思ってるんだけどなぁ、コイツ」


 戦闘の高揚を感じさせぬ歴戦たちの声に、現実に引き戻される。


「グリムなら、専用の教育もないのに指揮をさせるなって言いそうだけど……まあ、アイツの代わりにオレたちがついてる。この戦術に関しては初めてなんで譲ることになったが、他に関してはオレたちで大丈夫だ。お互いに上手く補ってやっていこうぜ、お嬢様」

「レオの奴の言う通りだ。実力はさておき、俺たちには経験がある。勝ち負けより、まず、生存を考えてくれ。大切なのはそれだけだ、小隊長」


 ここには光り輝く英雄などおらず、全てはただ、生きようとしている命があるだけだ――。


 かつてハンス・グリム・グッドフェローが説いた言葉の形を変えるような実感に、もう一度、シンデレラは背筋を震わせた。

 そこに、生きている人がいる。

 その中で自分が際立った異物でもなく――特異すぎる存在でもなく、それでも自分にとっては特別な命で、そして誰かにとっても特別な役割を持っていて、今それを望まれる。


 ――〈ここにいるのは、生きている人々だ……戦場にいるのは兵隊という記号ではなく、生きている人々だ〉。


 きっと、それが、秘訣なのだ。

 人が人を、命として認識できる秘訣。当たり前の理念。決して手放してはならず、命がそこにあることを忘れないための警句。

 それを手放すなと――手の内の十字架が知らせてくる。


「――――はい! シンデレラ・グレイマン、【コマンド・スワン】――交戦します!」


 奥歯を噛み締め、純白の機体が艦隊目掛けて突撃する。



 ◇ ◆ ◇



 そして暗黒の宙域で――数機の人型の機械が衝突する。

 そのいずれもが、二足歩行を行う人狼じみた機影。

 一機を取り囲み打ち叩こうとする姿は、狂暴な狼同士の共食いにも見えたし、或いは、粛清にも見えた。

 だが、その中で淡々と――銃鉄色ガンメタルの体毛なき鋭角の人狼が、命目掛けてその刃を翻す。


 第二世代型アーセナル・コマンドの宿命。


 プラズマブレードさえもその抜刀に伴い力場を大きく減衰させるがために、あたかも抜刀術めいた使用が求められる戦闘。

 その内にあって、ましてや収束率や保有熱量が不足している格納型ブレードの使用にあって――そんな不利の内にあって、折りたたみナイフじみた右腕の格納型プラズマブレードを有する一機が、連装ライフルにて武装を行う数機に狩り立てられていた。


 狩り――そうだ。それは、狩りだ。


 命を命とも思わない、人を人とも思わない、ただ獲物の生命を終わらせるためだけの狩りだ。

 折り畳まれたブレードが展開する。

 あまりにも頼りなきその平たく鋭い刃は、ブレードを形成したところでも素手とそう変わらぬ刃渡りであると知らせるに十分。

 であるからこそ――いや、何たることか。まるでプラズマ刃を形成することないままに、その刃は実体ブレードめいて振るわれた。


 そして、


尖衝角ラムバウ、展開」


 刃ではなく力場の射程に収めた敵機を打ち据えるような、対空力障壁を用いた衝撃。

 強制的に力場と力場を衝突させて打ち消し――そして、力場を用いぬ推進剤のみの全力の疾駆にて突き立てられる鋼の牙。

 意表を突く、狩人にして獣の殺意。

 

「な、――あぁッ!?」


 コックピットを正面から貫いた刃は、それでも兵器というには殺傷力が足りぬままに、その駆動者リンカーの命までは奪わなかった。

 それを幸いと取るか。

 それとも不幸と取るか。


 貫かれた人狼の友軍機への盾じみてその身体は使用され、そして、彼らにとっておぞましきそれは開始された。


「《指令コード》――《最大通電オーバーロード》」


 迸る紫電と共に内から炸裂する友軍機。

 散弾だ。

 重力と空気抵抗がない宇宙空間だからこそ有効に働く、情け容赦のない無慈悲なる一撃。


 散弾により力場を削られた機体目掛けてのバトルブースト。


 避けられない。

 避けようがない。

 削られた力場の回復を優先させてしまうAIは、彼らに、バトルブーストすらも許さない。

 結果、為すすべもなく――再び爆発が巻き起こる。


 それはあまりにも計算され尽くし、そして最早計算を不要とした、極めて洗練された――命を命とも認識していないような狩りの手際であった。

 故に、


「よくもあんな殺し方を……貴様、よくも……! こんな残酷な死に方を人間に……懸命なる戦士に……! こんな……こんな酷い殺し方を……! そうまであの大戦の恨みを晴らしたいか、殺人鬼め……!」

「……まるで死が残酷ではない、という高度なレトリックだろうか? それとも、衛星軌道都市サテライトの独自の方言か?」


 淡々と。

 落ち着いた声のまま返される通信。


「時間がないと言った。それだけだ。意味もなければ、深い理由もない……何か貴官らに対して恨みもなければ、思うところなど存在しない。その死に、価値などない」


 度重なるハラスメント的な攻撃を受けながらも、想定された戦場への到達のために減速を行ったその狩人狼ワーウルフ

 そこへ目掛けて仕掛けてきた中隊との戦闘だった。

 男が、吠える。


「貴様もまた兵士ならば……大義のために戦う者と言うならば、その侮辱の言葉を控えるがいい! それは神聖なる戦いを損なうだけだ! 貴様も武人ならば、弁舌ではなく力で語るがいい!」

「……多弁はそちらなのにか? まあいい。何か認識違いがあるらしい。そも、大義は理由にならない」

「ならば、何故貴様は戦う! 何故殺す! 貴様も武人ならば、己が掲げる大義と信念のためにその敵を殺している……そのことに違いはないだろう!」


 互いに機動を取りながらも――方やその激情を表すような憤懣とした動作で。

 方やただ、昆虫か何かが目の前の餌の捕食を行うかのような冷淡さで。

 一方が引き止めにかかろうとしても、応じられない。

 その味方たちを用いて射線を遮りながらも、隙を見せた敵機をまた爆発四散させつつ――――言葉が返される。


「斬れて、そこにいたからだ」

「な、に――?」


 断絶的な、その声。

 その青年を知るものからすれば、普段通りの――何も変わらない声。


「聞こえなかったのか? だけだ。大義のために人を殺した覚えなどない。……妄想も甚だしいと言えるだろう。それとも武人とは、誇大妄想家の方言なのか?」


 突き放すような物言いと共に、鋭角的な機動。

 星屑が辺りを彩る宇宙の中、接近する人狼と人狼。

 力場による推進と、更に、力場を用いぬ推進剤だけの推進の併用。彗星と呼ぶには、それは、あまりにも禍々しすぎた。

 また、一機が葬られる。爆裂する。物言わぬ、そして友軍を害する流星として破裂する。


「……ッ、この、戦争の犬め……! 血に飢えた殺人者め……! 貴様は、おぞましい人殺しだ!」

「血になど飢えない。いくら殺したところで収まることもないものは、飢えとは到底呼べぬだろう」

「黙れ……黙れ、この殺人鬼め! 冒涜的な狂人め!」


 理解できぬ何かを覗き込んでしまったように声をあげた男へ、実に冷ややかな声が返される。


「……安心しろ。俺は理性に主眼を置いている。投降は問題なく受け付け、人道法に従った措置を行うと約束する」


 青年は幾度と降伏勧告を行っていたが――だが、そんなものを見せられて果たして一体何の人道を感じられるだろうか。

 それのどこに、人としての道があるというのか。

 故に答えは、決まっていた。


「お前を……お前を、意味がない死に変えてやる……! 仲間を侮辱したその通りに……!」

「我らの誇りにかけて――及ばないまでもその腕の一本までは奪うぞ、死神ィ!」


 そんな激昂に返される答えも――決まっている。

 それは、答えを求めていない。

 既に、と呼べた。


「そうか。現実はどうあれ、意志だけは自由だろう。……好きにすればいい。望み通りに、速やかに殲滅する」


 そして、もう、数分の後に。

 命など――――そこにはなかった。


 答えだ。


 それは――――死という答え、そのものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る