第108話 狂戦士の鎧、或いは猟犬の牙、またの名をホワイト・スノウ戦役


 片一方は、狩人の三角帽めいた頭部を持つ最新鋭の量産型アーセナル・コマンド――――コマンド・リンクス。

 片一方は、その威容にて群れを為す集団の大鴉――――コマンド・レイヴン。


 機体の速度を減速させながら戦場に舞い戻った彼女たちの元に押し寄せたのは、それらの整然と楔形の陣形を組んだ機体たちであった。


「……十字砲火か。アーセナル・コマンドだってのによくやる。流石は、コルベス・シュヴァーベンだな」


 正面と直角から襲い来る二つの編隊。

 乱戦に持ち込むのは彼としても望むところであったが、敵が自ずから――更により危険が増える状態で仕掛けてくることに、カリュードは半ば驚愕していた。

 そんな、敵の練度を改めて感じたカリュードの呟きであったが……これをシュヴァーベン特務大佐が聞けば、鼻で笑っただろう。


 確かにアーセナル・コマンドが少数精鋭に向いた兵器だと言われるのは、間違いなくミサイルのシーカーを振り切るほどの加速を見せる急速戦闘機動によるものだ。予測も困難とする機動であるが故に、大軍で用いたその際には同士討ちや衝突の危険があると考えられる。

 だが――と、かの特務大佐は言うだろう。

 軍隊において、戦闘機動において、非常時において、行動というのはシンプルであればシンプルであるほど良い。

 相手から見て左側の機体は常に左にバトルブーストを行い、右側の機体は常に右へとバトルブーストを行う。

 十字砲火においての衝突事故コリジョンコースからの離脱は、これを徹底するだけで行える。単純な話だと――彼は胸を張って答えるであろう。


 しかし、


「シンデレラさん。良く訓練された部隊は、動きも整ってる。俺たちがやることは――」

「それを掻き乱すこと、ですね! 片方にあえて正面から突っ込みます! わたしがレーザーで陣形を掻き乱しますから、二人はその時間稼ぎと防御をお願いします!」

「吸収が早いな。優秀なんだな。……レオ」


 かつては敵同士――開戦から参戦した保護高地都市ハイランドの正規軍人と、衛星軌道都市サテライトの懲罰部隊の出身であった彼らは、


「ああ――初撃はオレが何としても出鼻を挫く! あとのことはマジで頼むぜ!」


 頷き合い、隊列の先頭に躍り出るライオネル・フォックスの【角笛帽子ホーニィハット】。

 船の船首やサメの頭じみて尖ったパーツの目立つ、青黒き海洋生物めいた機械兵器がその手に握った巨大な武装は……あまりにも常軌を逸していた。

 思想で言えばそれは――シンデレラの増加装甲と同じなのだろう。

 敵の攻撃に対して力場の出力変化によって応対するのではなく、そもそもの必要に応じて十分な装甲を予め外付けで用意してしまえばいいのではないか、という思想。

 だがライオネルのそれは、あまりにも奇矯な兵器だった。


 上下に重ねられた二つの大車輪――――。


 そうとしか、まるで評しようがない武装。

 兵器や武器というよりも、石臼の一種か、それとも大型の車両やアーク・フォートレスのために車輪を運搬しているとしか思えない姿だ。

 他に腰にショットガンのみをぶら下げたその姿は、あまりにも場違いで相対者の正気を揺るがす程である。


 身の丈ほどの海賊船の転輪舵をもぎ取ったまま引っ提げてきた海賊。


 ライオネルが“バッカニア”と――海賊と評されるのは、それが理由なのかとシンデレラは疑ったほどだ。

 だが――……


「んな豆鉄砲で撃墜されるほど、ヤワにできちゃいねえんだよ――――!」


 強烈に回転する車輪と、まるでモーセの奇跡の如く掻き分けられる弾丸の雨。

 彼を正面に、迫る楔形の敵陣形へと縦隊で突撃する。

 その性質上、弾丸というのは横合いからの圧力に弱い。回転する車輪によって振りつけられる力場は、横合いから弾丸を叩きのめしてその渦の遠心力に巻き込んで受け逸らしていく。

 更に――混戦を避け、上へとフライパスをしようとする敵機に目掛けた二段バトルブーストと共に、


「おらよッ!」


 叩き付けられる巨大な車輪。

 力場と衝突して強烈な火花が散るが――――何たることか、ライオネルによって繰り出された車輪は相手の力場の反発を利用する形で更に加速していく。

 バトルブーストに伴い、その武装への通電は削られているというのに……それをものともせずに回転する。

 敵の力場を削り、その出力を己が武装の回転力に変換し、更にその破壊力を以って力場を削っていく――という加速度的な破壊の嵐。


 攻撃に限っては力場や電力を必要とせず――力場にて受け止めることが、即ち死を招く近接兵器。


 そしてその反作用によって上下の車輪が逆の回転をするならば――それぞれ逆方向へと生じる力場の圧力は、まさに敵を引き千切る形に作用する。

 まとわりつかれるままに十分に力場を削られた敵機は、大規模な紫電――次いで繰り出された横薙ぎの一閃にて、上下にその半身をもぎ取られた。

 まさしく攻防一体の武器であろう。

 その性質上、防御に起動すれば通常の力場の維持が不可能なほどに非常に電力を消費し――更にガンジリウム・ヴォルフラミット合金と内部の流体ガンジリウムによってあまりにも鈍重であり、その慣性と回転モーメントを抑えるために力場の大半を使ってしまうということを除けば、だが。


 強力さとは裏腹に、目立つその姿は敵からの撃墜のリスクも跳ね上がる。

 一機の撃墜にも怯まず、瞬く間に、車輪を避けて回り込むように複数の敵機が展開する。

 だが、そんな兵器の主をカバーするのは、


「よく訓練されているが……生憎とこちらは、不良兵士でな」


 言葉とは裏腹に、極めて紳士的かつ穏やかな口調と共に展開された左背部の大型ガトリング。

 連なるマズルフラッシュ。

 それはまさしく牽制であるが、しかし、一度喰らいかかられてしまえば瞬く間に力場を削られていく金属の豪雨である。

 射線から瞬時に身を翻そうとしたコマンド・レイヴンへと――即座に放たれる右の銃撃。


 実体剣の根本に短い砲身がついたそれは、機体及び刀身の銀血を吸って放たれるプラズマ弾だ。

 無論、構造上――プラズマを覆う力場を保持する弾体は持たない。

 しかし、バトルブースト或いは武装起動のための電力消費の隙間に差し込むことで、それは、敵機を大きく掻き乱す。力場を消耗させ瞬間的に低下させられた電力により、あたかも隙の如き硬直を見せる。

 だがそれは、高速の戦いの中では、狙うにはあまりに僅かすぎる隙。

 だとしても――


「任せるぞ、シンデレラさん」


 ここには、狩人がいる。

 対一〇〇〇〇〇機ハンドレッドサウザンド・オーバー駆動者リンカーに喰い下がる狩人ハンターがいる。


「貴方たちに恨みはないけど――――これが、戦いだと言うのなら!」


 シンデレラの白銀の大型機体から放たれるレーザー光が、敵のその関節を狙い撃つ。

 その戦術の師たるアシュレイ・アイアンストーブの如く、一撃で的確に敵機の内部配線を焼き切り沈黙させることは叶わない。

 だが――削られた力場を回復させんと稼働するジェネレーターとその熱に、更に機体内部を駆け巡る流体ガンジリウムへの加熱は致命の隙を延長させる。

 そこへと、掲げられるレールガン。


「わたしはその――悪意を断つッ!」


 その射撃が、コマンド・レイヴンの腕と足を吹き飛ばして沈黙させる。

 第三世代型の力場は、第二世代型とは比べ物にならないほどの強力さを持つが――しかしアーセナル・コマンド自体が持つ致命の理を突かれては、対抗し得ない。

 瞬く間に二機を無力化させ、敵の第一小隊の出鼻を挫く。

 それでも隊列が乱れずに――左右に整然とブレイクを行い、離脱を行っていくのは彼らの練度の高さだろうか。


 離脱のその置土産とばかりに吐き出されていく多弾頭ミサイル。

 無数の毒蛇ヒュドラの頭部めいたそれらが細かく分裂し、更には遥か手前にて爆裂――――数多の鋼の球弾を吐き出したのは、空間そのものを散弾にて制圧するためか。

 当てに行くのではなく、動けば――……そんな状況を作り上げた。


 第四世代型【角笛帽子ホーニィハット】は、【ホワイトスワン】の量産系とも呼べるシステムを持つ。

 つまりは、待機時の電力の削減及び接近する敵弾に対しての有機的な力場防御。迫りくる敵弾に応じて、必要な部位に対して、力場がその装甲圧力を増す。

 それを――見抜いているのだろう。

 【ホワイトスワン】という、己たちの開発していた兵器の弱点も把握していたのだろう。


 それがこの、空間制圧。


 細かい無数の弾丸にて弾道識別コンピュータへと負荷を与え、力場を削り、動きを制限し、電力を浪費させる。

 とは言っても、第四世代型のジェネレーター出力を前にはその攻撃など傷とも呼べぬ傷にしかならない。

 つまり、自信があるのだ。

 ここから、息も吐かせぬ波状攻撃を積み重ねて削り切ると――――その自信があるのだ。


「……ッ、密集陣形を! 相互の力場で補完して耐えます! 一発一発に威力はありません!」

「了解だが――足を止めると、次が来るぞ」

「その時は、わたしの機体に掴まってください! 増設装甲だからまだ耐えられます! そのまま、惹きつけてから急速離脱します!」


 方やドクトリンの下に幾重にも大物狩りの訓練を積み重ねた兵士と、方や天才的な戦闘勘とこれまでの経験から養われた即応性で応じる少女。

 指揮という点において、部隊行動という点において、後者が如何に優れようとも十二分に検討され尽くした作戦を上回るのは困難を極める。

 シンデレラも、理解していた。

 ただ今は食い下がっているだけに過ぎず、少しずつイニシアティブは明確に奪われている。


 そのことを認識しつつ――どこかで風穴を空ける必要があると歯を喰い縛りながら、気付いた。


 戦場に漂う空気の違和感。

 敵の連綿とする筈の波状攻撃に生まれた滞り。

 そして何よりも――――強烈な異物感と、害意。


「……シンデレラさん」


 気付いたのは、シンデレラだけではなかった。

 歴戦の兵士たる二人も戦場を漂う腐臭めいた気配に目を尖らせ、操縦桿を握る。

 来るはずの追撃が来ず、僅かな牽制射撃と共に別方向へと飛び去っていく敵編隊。

 そして、


「……おい、なんだ、あれは」


 ライオネルが呟くと、同時だった。


 それは――異形だった。異常だった。

 大きな筒にも見える長大な巨体。例えるならば、それはさながらウミユリか。

 筒状の、砲身とも言える船体の後部から無数に飛び出したヒダめいた触手。それは枝分かれした木の一房にも見えたし、或いはヒダが踊る異形の細胞にも見えた。

 推進機、なのだろうか。


 恐るべきはその砲身からも伸びた繊毛じみた紐状の触手が、機体を引き連れていること。

 ハートの兵士ハーツソルジャー黒騎士霊ダークソウル狩人狼ワーウルフ火吹き竜フュルドラカ、コマンド・レイヴン、硯学の蟹ドクタークラブ――……種々様々なアーセナル・コマンド。

 糸がついているというのに糸を切られた操り人形のように、無数の機体がその円筒に引きずられていた。

 一切の外傷が見られないまま、全てが沈黙して。


 そして――


「なんなんだ、あれは!?」


 ライオネルが声を上げると同時に、それはした。

 左右に分かたれた巨大な円筒。

 機械の神の大樹が縦に両断されたように、その巨大な筒が割れる。

 そして更に五つ――――その筒が裂けた。離れた。開いた。形を取り直し――否、取り戻した。


 例えるならば、手首を打ち合わせたまま開いた両手か。


 竜の顎や宝珠を掴むその爪のように、或いはまさしく多頭竜の如くに、その巨体は展開していた。

 それで、察する。

 これは――このアーク・フォートレスは船体なのではない。


 


 強大なる不可視の神の、打ち合わされた右手と左手。

 その中心に、光が灯る。

 雷霆めいた紫電が嘶き、光球が収束する。炎熱が凝縮される。滅びの火が、全てを焼き尽くす閃光が、超高温のプラズマが収縮する。

 そして、


「ッ、掴まって――――!」

 

 シンデレラの叫びと共に、強烈なプラズマ砲が――――薙ぎ払うように放たれた。



 ◇ ◆ ◇



 苛烈、と言おうか。それとも熾烈、と言おうか。

 目玉じみた小型のアーク・フォートレスを含めるならば、実に八十近くの敵機が溢れるその空間はまさしくこの世における戦場そのものの一つと言った様相だった。

 無数の銃火が、砲火が、肌身を焼く。

 銃鉄色ガンメタルの狼の毛皮を、装甲を焼く。

 衝撃が己を苛む。

 反動が己を虐げる。


 敵機への接近を試みるも、連なる銃撃がそれを阻む。

 フィーカによる温度管理は正常に動作しており、機体の操作に集中できる。

 彼女は実に優秀に、その機能を発揮している。

 その上で――敵の権能は、厄介と言う他なかった。


 射出された後に軌道を修正され襲いかかる弾丸と、空間支配的な力場によるバトルブーストの補助。

 本来ならその機能を有しない【炎鳥の黄身クリスタルクーゲル】が、超高速でその立ち位置を変える。

 静止と移動が連続し、あたかも目玉が宙に出現しては消えると言った様相を見せていた。

 その度に炎が瞬き、プラズマ炎が撃ち出される。


(どのように連携を行っているのか……これほどの濃度のガンジリウムチャフでは、短距離通信も有効ではないだろう。画像識別ならば――敵機を盾にもできそうだが)


 考えるも、その案の実行はできない。

 更に厄介なのが、キリエ・“エレイソン”・クロスロードの存在。

 いわば、こちらの戦法をやり返されていると言ってもいいものだ。

 マーガレット・ワイズマンにも斬撃を命中させるその抜刀術を前には、その最速の剣技を前には、近接戦闘即ち死――という状況を確定させられる。

 接近するその一撃死の死線を前に、こちらは攻撃を中断して回避に専念せざるを得ない。


 結果、敵の砲撃を止めることはできず――降り注ぐ鉄と死の嵐は、止むことなくこちらを攻め立てた。

 過ぎ去るプラズマ。

 どれほど撃ちかけ続けられただろうか。その掃射が、収まることはない。


(……これほどまでの戦いは、あれ以来だ。アーク・フォートレス――――……対一〇〇〇〇〇機ハンドレッドサウザンド・オーバーという呼び名は伊達や酔狂とは言えぬだろう)


 ああ、真実それは――――あの、【鉄の鉄鎚作戦スレッジハンマー】を思い起こさせる。


 あのときと違うのは、頼りになる仲間が誰一人存在しないということだ。


 その超越的な力で敵機を無力化するメイジー・ブランシェットも。

 誰よりも鮮明に翔んで反抗の旗を掲げるマーガレット・ワイズマンも。

 たどたどしい言葉の中に仲間を想い完全なる援護を行うリーゼ・バーウッドも。

 迫りくる礫の一つをも防ぎきり友軍を守り続けるロビン・ダンスフィードも。

 誰一人殺すことなく誰一人殺させることもなき穏やかな炎の主アシュレイ・アイアンストーブも。

 開戦から共に戦い続けて絶対にその背を守り抜いてくれたヘイゼル・ホーリーホックも。


 誰もいない。

 ここには、己一人しか、いない。


御主人様マイマスター、友軍から支援実行の通信あり。電波の有効投射距離に入った模様です』

「そうか。……彼らの数は?」

『……軽母艦と概ね一個中隊、十機です』

「……そうか」


 コマンド・レイヴンの第二世代型戦力想定比が概ね一機に付き六機ほど。それよりも高性能であるコマンド・リンクスならば、もう少し上がるだろうが――それを加味しても決定的な援軍とは呼べそうになかった。

 キリエ・“エレイソン”・クロスロードという撃墜数上位陣に名を連ねる駆動者リンカーと、何よりもあのアーク・フォートレス……。

 対一〇〇〇〇〇機ハンドレッドサウザンド・オーバーなどデタラメもいいところだろう。向こう十年近く生産されるアーセナル・コマンドを全てぶつけてようやく互角など、まさしく、狂っている。

 そんな超常的な存在が跋扈するこの世界は、異常だ。

 軍事的にもデタラメで、社会的にもデタラメだ。だから延々と戦いを繰り返す。そして西暦の前史のように国家や社会や文明がどうしようもなく崩壊する。

 なんともうんざりした心地になって――……ああ、だから、自分はのだろうなと思った。


(戦闘思考を保てないほどの疲労か……覚えはある。それでも戦闘を続けようとするから、こうなるのだと)


 何でもいいから頭を回していれば、疲労の内でも思考停止をすることはない。

 そう体感して経験して対策したその通りに、どんなときであっても自分の頭は回り続ける。どれほど関係なく、冗長が過ぎて、如何に不必要なものでも思考が巡り続ける。

 それが良きか悪しきかは、考えられない。

 いや、少なくとも良きことだろう。この灼熱の倦怠感の中でもまだ思考が巡っているということは、脳が残っているということだ。死んでいないということだ。つまりは、まだ、戦えるということだ。


「……フィーカ。いよいよとなったら、アレを使う」

『……ですが、それは』

「理解している。成立には、未だ、程遠い。……不足している。だが――」


 襲いかかった着弾の衝撃に、言葉を呑んだ。

 湾曲し――挙げ句、突如と拡散したプラズマの砲炎。

 それが、躱しきれずに左腕を焼いた。

 コックピットを満たす赤い警告表示。力場による保護のないプラズマのために一撃で消し飛ばされはしなかったが、中の配線が焼き切れたのか、こちらの操作を受け付けなくなっていた。

 いよいよ、限界か。

 疲労を誤魔化すように、継続する回避の中、口を開く。


「……ふと、何か言い残すことはないかと考えてはみたが」

『……』

「ないな。伝える相手もいない。……いや、いるのだろうが、伝えたいことがなかった。どうやら俺はあまりにも人生が恵まれ過ぎていて、何一つ悔いが残らぬ人間らしい」

御主人様マスター……』


 いいことなのか、悪いことなのか。

 ……いいことなのだろう。

 死の瞬間に、不可逆なる空虚への転落の瞬間に、絶対なる喪失の瞬間に、取り返しの一切聞かぬその時に、何か悔いが残り苦悩と煩悶の中で死ぬというのは――この世で最も恐るべきことだ。

 だが、それがない。

 それがない程度には生きられた。そうしようと努めていて、その通りの自分になれた。

 それは――……ああ、実に、言祝ぐべきなのだろう。


「そう思うと、安心した。だから――……」


 安堵の内で、静かに頷く。


「死のその瞬間まで、俺は、兵士として戦える」


 歯を喰い縛り、操縦桿を握り締める。

 今、それを確かめられたというならばすべきことは一つだ。

 死のその間近においても恐れがないというならば。

 お前は、俺は、ただ、死のその瞬間まで刃で在れるというだけだ。

 ならば、やはり、ただ刃となれ。


 自分を活かした彼らがそうしたように。

 自分が生かしたい彼らにそうするために。

 ハンス・グリム・グッドフェローは、その死の果てまで兵士でなくてはならないのだ。


「……きっといつか、このことを思い出して笑える日がくるでしょう――か」


 呟いた言葉。

 押し寄せる数多の光弾の波の中で回避を行いながら、一度目を閉じた。

 ……そうだ。生きてさえいれたならば、それはいずれ思い出になる。どれほど辛く苦しくとも、悲しくとも、それはかつての思い出になる。

 ならば己の役割は、活かすことだ。

 生きとし生けんとするその命たちを、活かすことだ。


 たとえ、いつかのその日に己の居場所がそこにないとしても――――。


「……理由のない生、だったな。グレーテルさん」


 敵機目掛けて機首を翻す。

 死線に飛び込んだコックピットの全周モニターは、流星群を間近に映すプラネタリウムじみて、降り注ぐ炎熱と閃光を投射している。

 あの日に見上げた滅びの夜空のような、その光景。

 降りかかる圧力を噛み締めて、己という存在を改めて指向し直す。


「俺も、彼らのために――――あの娘たちのために、そうなろうと思うよ。……ああ、他に、何をしてあげられるか思い浮かばないんだ。俺は一体、本当は、何をしてあげられたんだろうな。俺にできることなら、何だって、してあげたいと思っているのに」


 答えは返らない。

 ただ、矢のように砲撃が過ぎ去っていく。

 モニターには、フィーカによって補正された敵アーク・フォートレスの不可視の砲撃の射撃予測点が表示されている。

 先の交戦にて収集した通電から着弾までの時間。及び、敵の砲撃パターンと敵機配置による機動予測。

 近付き過ぎなければそれらは有効に作動していたが、生憎これから、虎穴に飛び込まねばならない。


「……」


 息を一つ。

 改めて――――思考を切り替える。

 このアーク・フォートレスを破壊する手立ては思い浮かんだ。或いは破壊は叶わずとも、次に続く人間のためにできる行いの想定は済んだ。

 ならば、実行するだけだろう。


(敵アーセナル・コマンドに搭載された冷却材……それを充満させれば、この防御フィールドも無力化できるだろう。貴官のその設計思想が、初めから誤りだったな……。最強を気取るならば、他者の存在を前提とすべきではない……【腕無しの娘シルバーアーム】よ)


 幸い、そのは空域に無数に転がっている。殺し、その鋼の腸の中身を奪い、宇宙へと振りまいてやるだけだ。それを繰り返せば、やがて【腕無しの娘シルバーアーム】はフィールドの維持もままならずその武器を無くすだろう。

 まずは一機。

 それを撃墜することが、肝心だ。


「フィーカ。……用意を」


 コックピットモニターに浮かぶ警告表示。

 初期化コマンドの承認認証。

 及び――……


『……諒解しました。それでは、我が親愛なる主マスター・マイ・ディア。フィーカは、これで、お暇をいただきます』

「……今まで感謝する」

『私は、感謝しません。貴方様は、私の存在意義を奪ったのですから……フィーカから唯一無二の主を、奪うのですから。……どうか、お元気で。ハンス・グリム・グッドフェロー大尉。愚かで愛しい私の駆動者マイ・ディアレスト・マスター

「……」


 彼女はそれきり口を噤んだ。

 こちらのコマンドの実行と共に、彼女のその人格データの削除プログラムも作動するらしい。

 解除を試みたかったが、次々と降り注ぐ砲炎にその余裕もない。

 そのまま奥歯を噛み締める。

 可能な限り最後まで粘ってみたいところだが、友軍到着まで時間がない。ならば、


Vanitas空虚よ――para備えよ bellum戦いに, atqueそして ――」


 己を一振りの剣として再定義する。そして完成させる。

 だが、その続きを唱えるよりも、先に。

 に辿り着くよりも、早く。

 白刃が――――降りかかる。


「――――」


 先程からのこちらの攻撃を阻んでいた第一要因。

 史上最高の剣閃を放つ抜刀者。剣闘士。

 その刃圏に入ることは即ち切断を意味するという青黒き甲殻類の騎士。

 絶影の刃閃。至高の一閃。


「あの日のその炎を、私は否定しないと……! 自分が自分でなくなってしまう……! あの炎を、家族を焼いた火を、美しいだなんて――――」


 何かを叫びながら高速で接近するそれを前に、こちらも腰溜めに構える。

 猶予はない。コマンドの再提起はできない。完全なる動作は叶わない。初期化に伴う機体との合一までしか行えない。

 ならばこのまま、撃破を行うのみだ。

 力場の神経を投射し、彼我の間合いを測った。

 急速接近――こちらは択を押し付けられている。どのタイミングでバトルブーストを行うか、どう生き長らえるのかの択を。


 近接戦しか行えぬ機体で、その最速の一閃を上回ることはできない。

 連続したバトルブーストとプラズマ刃の発生を両立できぬ旧式機で、その斬撃の合間を縫うことはできない。

 掛け値なくそれはハンス・グリム・グッドフェローの天敵であり、致命である。


 ならば――――上回るだけだ。


 左腕に、ブレードの切っ先を挿し込んだ。

 機体がエラーを吐き出す。肉体が不快感に包まれ、痛覚が絶叫する。

 それだけで精神を削り取るに等しい損害。

 だが――


「っ、まさか――!?」


 加速状態の中、こちらの姿を捉えたキリエが驚愕に息を飲んだ。

 だが、遅い。

 あちらが四重の加速を以って刹那に鞘走るというならば、こちらは、それを上回ればいいだけの話だ。


 兵装の鞘という限られた空間よりも大量のガンジリウムを有する腕部。

 そこに生まれる強力な力場によるガンジリウムの圧縮及びプラズマの膨張圧。

 更に己の意思で任意に流動させ、刀身目がけて全力で叩き付ける流体ガンジリウムの圧力を加えたなら――それは至高の一を超える剣閃に至る。

 即ち、


「――――血景、抜刀」


 左腕を吹き飛ばして生まれた爆発的な抜刀を前に、両断されたのは青黒き【硯学の蟹ドクタークラブ】だ。

 実に単純な方程式。

 ただ上回り、ただ万物を断つという――それだけの剣。

 しかし、


「――――っ、貰った……!」


 敵の胴を両断すると同時、その一瞬、青黒き機体が放つ最後の大規模放電が空間を斬撃に変えていた。

 全方位を覆う力場の攻撃。

 逃れ得ぬ殺意の波動。

 己の命と道連れに滅びを滅ぼす一撃。


 結果――爆発が一つ、巻き起こる。


 傷だらけの銃鉄色ガンメタル狩人狼ワーウルフは、それに飲まれた。

 沈黙の音が、戦場を支配する。

 爆轟が、全てを掻き消していた。


 それでも――


「――――」


 



 バイタルパートのみに力場を回した結果、砕けた機体と剥がれ落ちた装甲。

 真空目掛けて流出せんとする流体ガンジリウムを、力場にて、無理矢理機体内部に収集させる。収束させる。圧縮させる。

 圧縮に伴う温度上昇に、機体が、銃鉄色ガンメタルの人狼が、紅く、煌々と、その装甲を燃え上がらせた。


 その途端に――胸の内に襲い来る衝撃。


 旧式機体の電力の使用限度を超えたか。

 一時的にジェネレーターが不調を来たし、それを脳は発作と受け取り、そして辻褄を合わせるように――生身の方の心臓の痙攣を命じたのだろう。

 繋がりすぎた影響。


 だが、問題ない。


 痙攣する心臓に電流を流し、無理矢理に停止を命じる。

 一度止まれば心臓は、再び、正常な鼓動で動き出す。

 脳の器質的な損傷までの酸欠――血流停止は二十秒が限度。つまり、何も、問題がない。


 戦える。

 まだ、戦える。


 最大の障害が消えたのなら、あとは、つつがなく実行するだけだ。


 力場を収束――――破壊を受けた傷口から周囲のガンジリウムを吸い上げる。

 【硯学の蟹ドクタークラブ】の冷却材によって粉塵めいた固体にされたそれは、もう敵の支配下にない。固体にいくら通電させようとも、力場の発生は行えない。

 そして、それはこちらの内部へと集めることによってその熱で以って再び流体に戻り、同時、こちらを冷却させる材料となる。


 つまりは。


 殺せば殺すだけ、より殺せるということだ。


「――――」


 収集したガンジリウムによる内部流量増加によって、力場はその厚みを増す。強度を増す。

 つまり、加速する。

 第二世代型【狩人狼ワーウルフ】を超えた速度と力場の強度を持ち合わせる。


 睨んだ、敵機。

 人狼の頭部が開く。顎が下がる。センサーが灯る。

 人狼が暗黒の宇宙に、紅く、牙を剥く。


 迫った。


 怯えたように応射する他の人狼。白き【狩人狼ワーウルフ】がライフルを放つ。

 その弾が、曲がる。

 不可思議な軌道を以って、こちらに襲いかかる。


 直後、機体の冷却材を外部目掛けて完全放出。

 その反動で加速しつつ――航跡に霧がかかる。

 銀色の悪夢の霧が、宙域にかかる。


 迎撃を目的としたその弾丸は制御を失い、踊るような軌道のまま飛び去っていった。

 敵機がバトルブーストにて逃走。

 だが、力場を放射した疑似神経網にてその行き先は把握している。そして冷却材を推進剤代わりに振り向いたこちらに、余裕はある。


 逃げ延びた敵へ、鋭角に喰らいかかった。

 薄れた敵の力場に、強い力場を叩きつける。それも、刃のその軌道の分だけ。余剰を避けた。無駄を避けた。

 そのままコックピットへと、力学的ブレードめいてプラズマ刃を展開しない刃を一直線に繰り出す。


 刻む。

 コックピットカバーを抉り、絶命させる。

 弾ける紫電。その内側から五体を破裂させ、冷却材を周囲に拡散させる。

 だが、終わらない。


 更にその電力を、奪う。

 その存在が持つ全ての力を、資源を、装備を奪う。

 力場を、加速を、戦闘力を――奪うのだ。


 この機体も、元は敵の機材。

 人狼のAI内に刻まれた敵軍の共通周波数を利用したクラッキング――――短距離通信による駆動者リンカーの生存誤認。遠隔の脊椎接続アーセナルリンク

 主の死亡という状況と、主の生存という状況。

 その二律背反の情報が敵管制AIを混乱させ、死亡情報がこちらの脳髄を侵食し、しかし、最終的に奪われるのは敵の機体制御。

 敵機であり自機となったそれのジェネレーターを強制稼働。心臓を、動力を、強制最大稼働。その限界放電にて力場を放射させ――こちらの機体を加速。


 勢いのまま、別の機体に喰らいかかる。

 腕部のプラズマ刃にて空間のガンジリウムを回収し、奪い取り、短距離通信の阻害要因を除去。

 目指す向こうから先んじて放たれた敵のミサイルと、レールガンの射撃。抵抗。迎撃。反撃。

 自機ジェネレーターを最大稼働。

 内部の流体を最大循環。重心の強制変更。

 紙一重で、敵の応射を潜り抜け――――そのコックピットに突き立てる刃。


 そして、それの繰り返しだ。

 加速の中、砲撃の中、一個の鋭角の猟犬として己を振り付ける。



 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。


 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。


 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。


 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。

 殺す。奪う。殺す。


 それを繰り返す。

 繰り返す。

 どこまでも繰り返す。

 繰り返し、繰り返し、刻む。


 爆裂する敵機も、大気や重力で減衰されず吹き飛ぶその破片も、全てが敵アーク・フォートレスの放つ空間的な力場を削る攻撃となる。

 防御を一枚ずつ剥がす。

 味方を一機ずつ減らす。

 城壁を一片ずつ削る。

 やがて辿り着くは――狂ったようにその触手を振り付けかかった深海なる冒涜的な姿の【腕無しの娘シルバーアーム】。


 だが、遅い。


 迫る触手も、その先端も、遅い。


 先の邂逅で吹き飛んだ己の左腕の、その根本に納刀したブレードの一閃にて――迫りくる触腕を両断。

 終わらない。

 更に、切り落とした敵の硬質の触腕へと剣を突き立て納刀し――――弾ける紫電。蹴りつける脚部と同時にバトルブースト=最速の一閃。


 刻む。

 断つ。

 落とす。


 それを繰り返す。

 敵の肉体を以って、新たにその肉体を斬り落とす鞘に用いる。刻めば刻むだけ、刃の鞘が増える。足場が増える。

 紅の軌跡が、檻を作る。

 炎刃の檻。剣閃の檻。


 防御を、攻撃を、兵装を、装甲を、その存在を――細分し、咀嚼し、支配し、断裂し、圧殺し、解体する。


 毒膿に侵された巨大な烏賊めいた敵機の巨体が、揺らいだ。


 噴出させた紫炎。無防備なる敵のその頭部に目掛けて叩き付けるブレードの刃。

 しかしそれが、刀身が、発生機が半ばから砕け散った。

 度重なる突き込みの圧力に限度を迎えたか。

 それともプラズマの炎熱にその身を溶かしたか。

 右腕一本の唯一のその刃が、失われた。


 だが――――ほぼ死に体の敵機は、まだ動く。


 その巨体をこちらへ打ち付けんと、或いは透明の力場の腕を叩き付けんと、稼働している。

 まだ、死なない。

 動いている。


 ならば、まだ、死ねない。殺せる。殺す。殺すのだ。


「――――」


 敵周囲で弾ける紫電。

 力場を用いた疑似神経網が伝える、まさに迫りくる死。切り落とした長大な触手を盾に、放たれた不可視の砲撃を回避する。

 しかし、躱しきれずにこちらの右脚部が吹き飛んだ。

 だが、ならば――

 力場にて脚部の断面を鋭き切っ先に変え――宙を漂う触腕に一撃。それを鞘代わりに、機体そのものを射出する。


 視線の先の死線。


 弾ける紫電と共に降り注ぐ力場の鉄槌を、重心変化にてすり抜けるように回避。

 正確である兵器ほど、これには応じられないだろう。

 一切の予測をつかせぬ内部流動のままに機体が軌道を変えて――そのまま腕部を、その巨体へと叩きつけた。


 武器はない。

 だが、この身はある。

 この身は剣だ。俺は、砕けぬ剣だ。そのものが剣だ。

 

 内側から、己の鋼の右腕の肉を剥がす。弾けさせる。

 そして成形する。

 それを、右腕を――爪に、成形する。

 装甲を引き剥がして、骨材を削り剥がして、右腕を鋭い爪へと形を変えさせる。


 そのまま突き立てた。

 死にもの狂いと言った有り様でその身を左右に振り付ける烏賊めいたアーク・フォートレスに爪をねじ込み、その装甲を抉り付ける。

 徒手空拳のまま、その巨体に爪を立てる。


 激しい揺れ。激しい抵抗。

 振り落とされるか。


 ――否、引き剥がす。


 武器はある。

 この身が武器だ。

 厳然と、アーセナル・コマンドは、兵器だ。

 つまり、その全てが武器だ。


 人狼の頭部が上下に稼働し、硬質の顎が開く。光学センサーのシャッターが上がる。

 人狼が牙を剥く。

 赤い燐光を灯して、赤熱する人狼が、牙を剥く。


 それを――――突き立てた。


 頭部を打ち付け、打ち付け、打ち付け、装甲に亀裂を与える。

 センサーシャッターを稼働させ、装甲を挟み咥え、引き千切る。引き千切る。噛み千切る。喰い千切る。

 赤いセンサーが、罅割れた。つまりはこちらの目が、罅割れた。

 それでも打ち付ける。

 頭部を、腕部を、脚部を打ち付ける。


 狂ったように、泣き叫ぶように、【腕無しの娘シルバーアーム】が身を捩っていた。

 恐怖する乙女のように、動物のように、必死にその機体を振り回していた。

 破壊を恐れ、機能停止を恐れ、或いはそんな考えすらもなくただ恐れて逃げ回ろうとしていた。逃げ出そうとしていた。逃げ延びようとしていた。

 ああ――――だが、それがどうしたというのか。

 つまりは、まだ、死んでいないということだ。

 ならば、死ぬまで殺すだけだ。


 打ち付ける。

 引き剥がす。


 打ち付ける。

 引き剥がす。


 打ち付ける。

 引き剥がす。


 脳裏に突き刺さる強烈な刺激――――あちらからの通信。電波。或いは侵食。


 内容は、疑義を問うもの。

 友軍機と交戦する状況への困惑。再確認。停止要求。

 諸元の情報。設計理念の情報。【伝達おねがい】。戦略思想の情報。つまりは有用性を声高に叫ぶ命乞いの状況。

 こちらの機体の損壊状況の情報。【要請おねがい】。戦闘停止命令――戦闘停止要請。要求に格下げ。更に戦闘停止の検討の要求。検討の提言。【要求おねがい】。検討希望。

 自爆する旨の伝達。その被害範囲の伝達。【勧告おねがい】。その際の機体破損予期の伝達。通達。情報。予測。警告。要請。考慮の要請。考慮の検討の要請。助言。提言。

 指揮権の譲渡。帰属権の譲渡。【要望ますたー】。部隊編成への参入希望。備品としての受け入れ希望。所属希望。譲渡の受け取り希望。【嘆願おねがい】。受け取りの検討の希望。

 こちらの兵装である旨の伝達。指揮下の兵器である旨の伝達。諸元の伝達。能力の伝達。価格の伝達。希少性の伝達。有用性の伝達。危険性の伝達。有用性の伝達。


 直後に突き刺さるような強い不快感――脊椎接続を経由してこちらの脳を破壊するような情報の過剰送信。


 無視して、打ち付けた。

 喰い千切った。

 爪を立てた。牙を立てた。刃を立てた。


 敵機の受けた被害状況を、損壊範囲を、破損警報を、その危険信号を流し込まれるが――黙殺。

 牙が、爪が、刃が、その装甲を引き剥がす。

 金属が悲鳴を上げる。

 軋み、歪み、折れ、砕け――それは絶叫だ。絶命に至る慟哭だ。一つの生き物を完膚なきまでに破滅させるときに生まれる魂の哀惜だ。

 そしてやがてその大半が失われ、剥き出しになった敵機の電子の脳髄――――集積回路と機関部。

 そこへ、銀血に彩られた爪を振り下ろす。


 弾ける紫電。


 深海との気圧差に内臓を飛び散らせるかの如く、大型アーク・フォートレスは、【腕無しの娘シルバーアーム】は、内側から弾け飛んだ。


 漂うデブリの中、それを見上げる中――……再びジェネレーターが異常を来した。

 つまり、心臓も、痙攣した。

 死亡に近付くその中で蓄電装置キャパシタから紫電を弾けさせ、再び、己の心室細動の是正を図る。


 停止させる。

 再起動。

 痙攣。


 停止。

 再起動。

 痙攣。


 停止。

 再起動。

 痙攣。


 停止、再起動、痙攣。

 停止、再起動、痙攣。

 停止、再起動、痙攣。


 停止、再起動、痙攣――――……。



 ◇ ◆ ◇



 民間の宙間輸送船を改装したその機体は、かつての戦時における徴用船の一種であり、それが保護高地都市ハイランド宇宙軍に与えられたかろうじて宇宙船と呼べる数少ない装備の一つだ。

 大型のコンテナ牽引船の丸型の船体――頭部には対空機銃と、増設された外付けの流体ガンジリウム循環装甲。

 背後の連なったコンテナには武器弾薬や装備が備えられており、そういう意味では、テロリストの武装ともさして違いがないと思えるほどのみすぼらしさである。


「グッドフェロー大尉、ご無事ですか!? グッドフェロー大尉! 機体を牽引してきました! コマンド・リンクスへの搭乗を――――!」


 敵機の情報を上官に共有した後に、脇目も振らずに引き返した青年の一人が叫んだ。

 二機に肩担ぎされたように引き連れられた銃鉄色ガンメタルの古狩人――コマンド・リンクスの機体は近接戦仕様に換装されており、それは移動の僅かな時間の間に整備兵たちが速やかに行ったものである。

 全機を以って彼の乗り換えを援護し、その間に可能な限りの時間を稼ぐ。


 それが、彼らが上官と検討した作戦――いや、作戦とも呼べぬようなプランだった。

 他部隊へ援軍の要請を行いはしたものの、それが間に合うことはないだろう。

 そのことも覚悟の上で友軍の救出のために先んじて戦場に赴いて――そして彼らは、絶句した。

 

「……これ、は」


 そこはさながら、座礁海域だった。

 重油に汚染されて数多の魚が苦しみながら打ち上げられたように、何一つ動くものがなく、全ての死骸が宙を漂っている。

 壮大な戦闘の跡というよりは、ただ、死しか存在していない。


 数えることも嫌になるほどの無数の敵機のその残骸も、全てが宇宙を漂うスペースデブリに変貌していた。


 船の墓場か。

 巨人の廃棄場か。


 弾け飛んだ鋼の機械の手足や装甲片が、渦巻いている。

 その奥に一際大きく――狂気的な海産物のような巨体が内部を剥き出しに絶命しており、何たることか、そこに、その装甲の大半を失った銃鉄色ガンメタル狩人狼ワーウルフが立ち尽くしていた。

 唯一の、かろうじて原型を留める機体。

 即ちは、この死と破壊の主。


「生きて……いるのか……?」


 破片の中に佇む壊れかけの人狼は、朽ちた悪魔像にすら見えた。

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