第95話 地球生まれの、或いはブラックパレード・エンゲージ


 その通信の声の主に気付いたとき、ロビン・ダンスフィードの口から零れたのは一言だった。


「……死者の日か? 祭壇オフレンダにはまだ何も捧げちゃいねえぞ」


 話は聞いた。聞いていた。

 あの保護高地都市ハイランド連盟からの離脱と、その消息不明。

 どのような理由があってハンス・グリム・グッドフェローと衝突したかは定かではないが、あの猟犬に限って仕損じるなどと言うことは有り得ず、それにも増して第五位からの追撃を受けたと言われた少女。

 流石のロビンとしても、まず間違いなく死んだものだと思っていた。

 黒衣の七人ブラックパレードとはそういうものであり、撃墜数上位陣ダブルオーナンバーズとはそういうものだ。よしんば一人を切り抜けたとしても、続く戦いでは必ず死ぬ。それが暴力装置にして、その暴力への制御装置たる彼らの力だ。

 だが、


「勝手に殺さないで欲しいんですよね。相変わらず失礼だなあ……そういうところ、ハンスさんを見倣ってくれません?」

「………………誰が誰を?」


 相変わらずの戦闘時のローテンションに切り替わった彼女は、僅かな損壊ある純白の機械騎士を断崖へと降り立たせながら口を尖らせる。


「愛しのラブラブマイダーリンを、です。ラブラブ・マイ・プレシャス・ダーリン――ハンスさんのことを!」

「……………………あ?」


 誰と誰が? 誰が何だって?


 ……聞き逃せないような言葉を聞いた気がしたが、ロビンは無視することにした。あの男が奇妙な女や厄介な女を引っ掛けるのはそう珍しいことではない。そいつらは大抵まともな恋愛経験を送っていないのでアレが普通に接してるだけで引っかかる。気付いたときにはアレの沼に嵌ってる。いつからかは知れないが、メイジー・ブランシェットもその分類なのだろう。きっと。多分。詳しくは知りたくもない。ロビンは職場で恋愛は御免なタイプだった。

 それよりも――と、彼は意識を切り替える。

 アクション・シネマのような登場をされて面食らってしまったが、未だに戦闘は継続中だ。否、戦闘にすら発展していない。

 荒野の天蓋を覆ったアーク・フォートレスは、未だ本格的な攻撃を実施していない。理由は単純――目の前にいるのは的であって、脅威ではないから。ロビンさえも、

 ならば、


「第五位と一緒に消えたって聞いてたが……ま、生きてたなら何よりだアホの子イディオット。だけどな、テメーみてえなクソガキにできる仕事なんざねえ……第一、そんな素手の機体で何が――」


 言いかけて、止まる。


「……――お前、どうやって生き残った? いや、お前、さっきのアレをどうやって撃墜した?」


 素手の機体が――……ミサイルを撃墜?

 起きる筈がない。起こりうる筈がない。それは奇跡ではなく、最早、超常現象ではないか。

 だが、


「そんな簡単なこともわからないんですか、ロビンさん」

「あ?」

「愛の前に不可能はない――ってことですよ!」

「………………あ?」


 何言ってんだコイツ。


「……愛とか言ってるけど、お前、あのバカ犬にそれ言ったのか? いや言ってねえよな。言ってたらお前ここには居ねえだろ」

「ぐぅ……」

「恋煩いで竜にでもなって鐘楼を焼き尽くす気か? それともあいつの首を盆にでも乗せるか? そういうのなんつーか知ってっか? ストーカーって言うんだよ」

「ふぐぅ……」

「ノコノコ出てきて何をしてえか知らねえが、ここで戦うより先にすることあるんじゃねえのか?」


 一部の隙もない正論だった。


「………………うるさい。うるさいんです。うるさいなあ」


 失礼な物言いに口を尖らせたメイジー・ブランシェットは回想する。

 それは、彼女が決死の覚悟を済ませた洋上の戦闘でのことだった。


 絶対的な不利――。


 かつての大戦で使用していた戦法はまるで取れない。

 いや、取れたとしてもグライフには及ばないだろう。何も鍛えていなかった少女の体躯が故に積極的に行えぬバトル・ブースト――という命題を切り抜けるべく編み出した戦法。敵の力場をショットガンにて削り、その力場を補おうとジェネレーターが出力を切り替えるないしは蓄電装置から吐き出す一瞬の硬直へと致命の攻撃を突き刺すという戦法。

 それは、彼には通じない。強靭な装甲と膨大な出力と質量を持つ彼に対しては、おまけに際立った戦闘勘によって弾丸すらも素手で捌く彼に対しては通じない。


 そうだ。かつての彼女をして、最悪の相性だ。


 おまけに今の彼女の機体にはあらゆる遠距離攻撃の術はなく――質量・装甲・出力・推力が下回った状態で、同じ無手による戦いである。

 そんな状況で勝利を掴めると思うほど、彼女は楽観的ではなかった。

 ……故に、だからこそ。


『あ、』


 呟き一つ。

 彼女は――ある可能性へと、思い至った。

 そうだ。今のままでは勝てぬならば……


『……そっか。ああ、そうだ。なんで気付かなかったんだろう』


 呟きと共に稼働する白き機械騎士――黒騎士霊ダークソウルの指。

 それは牙だった。

 そして爪であり、刃だった。

 曲刃めいて曲げられたアーセナル・コマンドの五指。

 その両手が、上下に縦に合わせられたそれは――


『プ』


 機体の正面へと真っ直ぐに伸ばされ、手首を上下に打ち当てた両手はさながら牙を剥いた龍の顎か、それとも宝珠を握る龍の爪か。

 銃身と呼ぶには馬鹿げており、砲身と呼ぶには狂っている。

 だが少女は一つの元に躊躇いなくそれを実行しており――そして大気を揺るがす大いなる流れが起きる。

 空気の、渦が巻き起こる。


『ラ』


 出力を上げる内部ジェネレーター。

 より高次に循環する全身の流体ガンジリウムと、圧力を高める《仮想装甲ゴーテル》のフィールド。

 その振動は、機体の装甲にすら届いている。

 それは大気を震わせ――そして収束する。ある一点目掛けて。腰溜めに構え直した宝玉を握る龍の爪目掛けて、渦巻く大気が集中していく。


『ズ』


 限界を超えて高まるジェネレーター。

 その余剰排熱が機体を赤く染め上げ――それに留まらない。否、収束していく。

 全身の赤熱が一点へ。

 脚部から、腰部から、胸部から、腕部から――その両腕目掛けて、熱の塊が集中していく。

 その赤熱に煽られた大気もまた、腰溜めに合わせた両手へと――龍の顎へと集まっていく。

 熱であり、圧力だ。つまりはそれはプラズマだ。大気を弾体として圧縮させ、そして、その高熱と収束により起こした電離を以って彼女は無手ながら――


『マ』


 ついにはその力場にて抑えきれぬほどの発光。

 手の内に圧縮されたそれが膨れ上がり、そして――


『破ぁ――――――――ッ!』


 ――――光熱一閃。


 一体、何たることか。

 正面目掛けて一直線に突き出されたその両手から、プラズマの奔流が発射される。

 それは無手対無手という状況を認識していたユーレ・グライフ――イリヤー・ペトロヴィッチ・ゴーリキーにとっては、完全に意表を突く攻撃だったと言っていい。


 否。たとえそれが世の常識を凌駕して放たれた遠距離攻撃であったとしても、重装甲にして高機動を持つ彼の【アパッチ】ならば回避できたかもしれない。

 しかし――跳んだ。

 プラズマの凝縮に使っていた力場をただ発散させるのではなく、メイジー・ブランシェットはそれを瞬時に推進力へと切り替えた。

 結果として――この戦いより未来において――エディス・ゴールズヘアがそうしていたように、白き黒騎士霊ダークソウルは跳躍する。あたかも瞬間移動の如く、突撃をプラズマ砲に対する回避へと切り替えた黒き【アパッチ】のその側面へと跳躍する。

 それは、接射だ。

 己の力場と敵の力場を衝突させて削りながら、撃ち込まれる密着近接砲撃――押し当てられた龍の顎。

 結果――……巻き起こる爆炎。


『――は、はは。なんと、なんともこれは――……なんたるデタラメ! なんたる理不尽! なんたる力か! やはり、そうでなくては……そうでなくては第一位とは名乗れませんな!』


 煙を裂いて距離を取る、赤き脈動の浮かぶ黒装甲――隕石めいた塗装を持つ、片腕を破壊された【アパッチ】が高らかに笑う。

 どちらも恐るべき判断力、と言う他ない。

 敵のバトル・ブーストという力場の減衰に合わせて、更に己の力場を叩き付けて無理矢理プラズマ炎を流し込んだメイジー・ブランシェットの機を褒め称えるべきか――。

 それとも、必敗が定められたその状態で咄嗟に力場を片腕に集めて捌ききったユーレ・グライフの近接戦闘勘を称賛すべきか――。


『……うるさいなあ。なんかテンション高くないですか、グライフさん』

『貴方が低すぎるのですよ、ミス・第一位オーバーテイカー――――!』


 なんにせよ、彼女は死地を抜けた。

 明らかに――どう足掻いても無手対無手の戦いならば、ユーレ・グライフに軍配が上がっただろう。

 如何なメイジー・ブランシェットと言えども、重量で劣り、速度で劣り、装甲で劣り、経験で劣るという状態で以って敵の土俵で勝利するほどの超越性など持ちはしない。

 だが――彼女は切り開いた。

 己の持つ、汎拡張的人間イグゼンプトとしての能力を更に突き詰めて――――これまでのその先へと、足を踏み入れた。

 故に、


『まあいいや。やり方が判ったから……多分、次かその次ぐらいに死ぬと思います。殺せると思います。……やめましょうよ、私、グライフさんのこと結構好きですから』

『はは、この期に及んでその言葉……まさしく貴殿は上位者ですな、ミス・第一位オーバーテイカー

『別に私、化け物じゃないんだけどな。……はあ、やだなあ。嫌だなあ……』


 心底憂鬱そうに呟く彼女の声も、目の前の困難へと頬を釣り上げた褐色の男には届かない。

 だからこそ、


『まあいいや。壊れないでくださいね……壊しますから』


 淡々と告げる処刑人めいたその言葉。

 今ここに、メイジー・ブランシェットはさらなる開花を遂げ、そしてユーレ・グライフの【アパッチ】は機体を損壊させた。

 その後について、論ずる必要はあるだろうか?

 白きその機械騎士に損傷はない――それがその戦闘の、顛末であった。



 そして、


「プラズマ破ぁ――――――ッ!」


 再びアーク・フォートレスから放たれたミサイルを撃墜するプラズマの奔流。光弾。

 それを目の当たりにしたロビンは、


「……………………なんて?」


 目を疑った。

 地球テラ生まれのBさんは、知らない間に素手から光線を放つ女になっていた。


「ブランシェット神拳奥義、プラズマ波です」

「……………………………………………………なんて?」

「力場を利用して大気を圧縮して、体を流れる流体ガンジリウムの熱を伝達させて作ったプラズマを相手に目掛けて――」

「……いや、いい」


 ロビンは口を噤んだ。

 原理的には可能なんだろうが、それを人間がやるのはデタラメだとは判る。


 確かに単身での大気圏離脱が可能な速度を有し、その際に機体が熱によって融解しないよう衝撃波を遠ざけるだけの尖衝角ラムバウを作れるということは、つまり、その反力を発生させるだけの力場のポテンシャルをアーセナル・コマンドが有しているという事だ。

 その力を以って断熱圧縮を起こせば、確かに無手だろうとも大気をプラズマに変えることは可能だろう。

 尖衝角ラムバウのように機体の全身をカバーするものではなく、それを両手に集中させればより高温となるのは自明の理だ。その速度域にては、断熱圧縮により機体前面はプラズマに覆われる。ならば両手の内にそれを集められないというのは、理に叶わない。

 だが――それは真実、自在に力場を制御するという力あってのものだ。あたかも不可視の超念動力サイコキネシスを操るように、第一位の超越者ダブルオーワンはその力場を自在に操作している。


 だが、


「おい、ただのプラズマじゃ相手の力場を――」


 仮にそうだとしても、やはり、この戦況を覆すだけの力を持ちはしない。

 そう告げようとした彼の前で、再び大気が収束してメイジー・ブランシェットの駆る白き機械騎士の両手に光球が形成される。

 飛び上がり、あたかもさながら磔刑に用いられる十字架めいて両腕を広げた黒騎士霊ダークソウル


「そしてこれが――」


 天を睨み、そして、


「プラズマ・レイッ!」


 強烈な閃光が――漂う力場の圧力だけで何の防御も不要とばかりに対空するアーク・フォートレスの表面目掛けて照射される。


「……………………………………………………なんて?」


 ロビンは絶句した。

 如何に力場と言えども、防ぎ切ることの能わない光学兵器。それを、当然の如く彼女は放っていた。


「ブランシェット神拳奥義、プラズマ・レイです! 空気中の水分を集めて力場でレンズを作って、プラズマの発光を一点に収束して――」

「……いや、いい」


 ロビンは口を噤んだ。

 原理的には可能なんだろうが、人間がやるのはデタラメだとは判る。


 確かに大気には水分が含まれており、それを集めればレンズの一つや二つは作れるだろう。そしてレンズである以上はその屈折によって焦点を操作し、光を一点に集めることはできるだろう。例えば、アシュレイ・アイアンストーブはそれをより超越的な形で行使している。

 だが――力場でそれを行うというのは、真実、極めて精緻に力場を操作できるという力あってのものだ。あたかも超感覚的知覚サイキックを有するかのように、メイジー・ブランシェットはそれを完全に支配している。


 だが、


「お前じゃアシュレイの旦那みてえにはいかねえだろ。虫眼鏡で焼けるにはあの蝶は――」


 言うが早いか。


「プラズマ・ハリケ――――――ンッ!」


 少女の叫びとともに巻き起こった竜巻が、ようやく脅威度を切り替えたアーク・フォートレスの下で稼働を始めた巨大な触腕目掛けて打ち込まれていた。


「……………………………………………………なんて?」


 ロビンは絶句した。

 ごくごくあたり前に、彼女は嵐を巻き起こしていた。完全な素手で。


「ブランシェット神拳奥義、プラズマ・ハリケーンです! プラズマを解放して膨張させつつ、力場を銃身として空気の塊を――」

「……いや、いい」


 ロビンは口を噤んだ。

 原理的には可能なんだろうが、人間がやるのはデタラメだとは判る。

 以下略。


 しかし、それでもアーク・フォートレスは揺るがない。地獄蝶めいた【麦の穂ゴッドブレス】は揺るがない。

 その蛇腹を有する巨大な八本の触腕は、戦艦さえも巻き上げて引き千切るほどの強大さを有している。

 もしその内部全てに流体ガンジリウムが――それも戦艦と異なり、人間の居住空間や弾薬庫すらも不要として充填されていたら?

 その力場は、比類ない。

 まさしくこの世のあらゆる既存兵器では破壊できぬ無敵の盾にして鉾だろう。ただ振り付けるだけで地形を破壊し、ただ振り下ろすだけで都市を粉砕する……それだけの力はある。

 まさしく対一〇〇〇〇〇機ハンドレッドサウザンド・オーバー――――全世界を破壊可能なほどの、確かな一つの暴力だ。


 それは煩わしい蝿を叩き潰すかの如く、メイジー・ブランシェットの駆る白き機械騎士目掛けて振り付けられ――


「プラズマ・トマホ――――――――――クッ!」


 銀色の長大なる触腕とその力場と、白き機械騎士の手の内にてプラズマで形成された双斧が激突した。


「……………………………………………………なんて?」


 ロビンは絶句した。

 何のプラズマブレード発振装置も有していない。それなのに彼女は、当然のようにプラズマ近接武装を振り回していた。


「ブランシェット神拳奥義、プラズマ・トマホークです! 機体の力場を全部回して、プラズマブレードよりも強く圧縮して温度を上昇させつつ、継続的に全身の力場の力を加えて――」

「……いや、いい」


 ロビンは口を噤んだ。

 原理的には可能なんだろうが、人間がやるのはデタラメだとは判る。

 以下略。


 こいつだけなんか生きてる世界が違わないか?

 ジャンルが違わないか?

 そんな言葉をロビン・ダンスフィードは呑み込んだ。呑み込もうとしていた。

 そして――それでも触腕に損傷らしい損傷はない。一極集中させた力場でも、切断は叶わないということだ。

 つまり未だ、敵への有効攻撃手段はなく――


「プラズマ・ガンマレイ――フルバーストッ!」


 なんか光った。


「……………………………………………………なんて?」


 メイジーがグッと拳を握ったら、なんか光った。爆発した。


「ブランシェット神拳奥義、プラズマ・ガンマレイ・フルバーストです! プラズマ内で磁気リコネクションを起こして、電子を亜光速で撃ち出すことでガンマ線を――」

「……いや、いい。というかいい。やめろ使うな」

「あ、はい。……というか流石に無理でした。ははは」

「………………」


 原理的には可能なのか不明だし、人間がやるのはダメだとは判る。出力によっては地球上の全生物が死ぬ。というか撃った側が無事では済まない。

 いや、無理だというのが嘘に思える。多分できるが良識により止めたのだろう。そのはずだ。……良識? この全身からアホを漂わせるアホの子に? ……多分。きっと。

 いや、驚くべきはそこではない。


(……コイツ、あれだけの激戦を経てまさか全く完成してなかったってのか?)


 マーガレット・ワイズマン、リーゼ・バーウッド、ロビン・ダンスフィード、ユーレ・グライフ、アシュレイ・アイアンストーブ、マレーン・ブレンネッセル、ヘイゼル・ホーリーホック――……そのいずれにも共通することがある。

 それは、各人の技術を極限まで高めたということ。

 人智を超えているとも思わせるほどの、技術の極点。最早、異能に等しい領域にも達した操縦能力。それを以って皆が皆、撃墜数上位陣ダブルオーナンバーズ黒衣の七人ブラックパレードという人類の限界域――到達点へと至った。つまりは完成であり、覚醒と呼んでいい。皆が皆、それだけの存在だった。

 だが――超越者オーバーテイカー

 あれほどまでの戦果を叩き出し、堂々たる第一位として君臨した筈の少女が――一体その時、その領域に到達していなかったと誰が想像する?


 メイジー・ブランシェットは、未完成の器のまま、全人類の頂点に達していたのだ。


 機体の加速圧に耐える肉体の成長と、研鑽。

 そして無手という圧倒的な不利と、それが齎した極限の戦闘経験。

 それを以って初めて――彼女は、ようやく、異能に等しいほどの力場操作能力という領域に到達した。

 あたかも生まれたての赤子同然ながら、彼女は、全ての人類を超越するほどの戦闘力を見せ付けていたのだ。


 赤子じみた果てない成長性と、超能力じみた力場操作性と超感覚。


 それこそが、第一位の超越者ダブルオーワン――その真価であった。


「というわけで、ここはなんか私一人でどうにかできちゃいそうなんで……ロビンさんもそこら辺の人たちも、ちゃっちゃとどっかに行ってください。あとはまあ、全部私がなんとかしちゃいますので!」


 そう背を向けて天の【麦の穂ゴッドブレス】と向き合う彼女を前に、友軍機は顔を見合わせていた。

 当然だろう。

 これこそが偶像だ。あの絶望的な戦争の中でも希望として語られ続けた少女。あたかもヒーロー映画の主人公のように、隔絶した一として立ち続けた少女。

 故に――ロビン・ダンスフィードは、レールガンに流し込む電力量を最大値に切り替えた。


「……話聞いてます?」

「聞いてねえのはお前の方だろ、アホの子。……確かに大層な芸当だが、お前のそれは、プラズマを力場で覆って撃ち出してるわけでもねえ……プラズマライフルの一発分にも遠く及ばねえ。そんなもんでアレは壊せねえ。ただ意外で、弾数が多くて、派手で――……ただだ」

「……」


 事実、何ら損傷はない。

 海上遊弋都市フロートよりも巨大な四対の蝶の翅も、あらゆる車両編成の列車よりも長大な銀の触腕も、巡洋艦めいたその胴も、何一つ壊れていない。

 というより、ロビン・ダンスフィードは知っていた。

 メイジー・ブランシェットは、アーク・フォートレスとの戦いを不得手としている。自分やヘイゼル・ホーリーホック、或いは史上初のアーク・フォートレス破壊者となったハンス・グリム・グッドフェローと異なり、彼女は単独でのアーク・フォートレス撃破経験がない。

 故に――彼はただ、言った。


「で、お前、なんだそのイカれたテンションは。覚醒剤アイスでもキメて来たのか? 違うだろ?」

「……」

「……おかしなノリじゃねえと戦えねえってんなら、それこそとっとと帰りやがれ。もう一度言うぞ? 


 コックピットの中で銀フレームを押し上げて、ロビンは告げる。

 そもそも彼の選択肢に、少女を殿に捧げるというものはない。それだけは有り得ない。

 散っていった数多の戦友たちの祈り――というままに、彼は、絶対に子供を犠牲にはしない。

 それは鉄則だ。

 だからこそ、


「………………うるさいなあ。ロビンさんの癖に。弾バカロビンさんの癖に。うるさいなあ。見透かすようなこと言わないでくださいよ。うるさいなあ。そういうとこ嫌いなんですよ。うるさいなあ」


 メイジーは口を尖らせた。

 せっかく取り繕った戦闘への恐れを、完全に引き剥がされた気がした。

 リーゼ・バーウッドの再起不能と激戦によるトラウマ。

 そして、婚約者からの痛烈な拒絶と、見知った相手との極限の殺し合い。

 それでも彼女が戦場に立とうとした理由は、一つだった。


「……聞こえちゃったんですよ。しょうがないじゃないですか」


 ポツリと零された、言葉。

 その白き機体の両手からプラズマ弾を次々に投げつけつつ、呟かれる言葉。


「助けて――って。なんとかして、って。アレを倒して――って。聞こえちゃったんですよ……そうしてって……どうせロビンさんにも声では聞こえてるんじゃないですか? 無駄に耳だけはいいんですから」

「……」

「ならまあ、私がやらないと――駄目じゃないですか。聞いちゃったんだから、ちょっとぐらい応えてあげないと」


 再び掲げられた銀色の触腕。

 世界を呑み込む大蛇めいた触腕が、八本の触腕が、それも気が狂いそうなほどに天そのものを喰らう芋虫じみて見上げる視界を埋め尽くす触腕が、山を持ち上げるかの如くに振り付けられ――立て続けに打ち込まれたレールガンとプラズマライフルの圧力によって、僅かに揺らぐ。


「とっとと帰れ、バカガキ。……この世界にはな、テメーみたいなクソガキの自己犠牲が入る余地なんざねえんだよ。ガキはガキらしく学校にでも通ってやがれ」


 呟きつつ、コックピット内に映されるホログラムの――機体の残弾データや損傷度合いを確認する。

 未だに敵機の疑似重力は働いている。

 ロビン・ダンスフィードの積載過多の重量機にとってそれは致命的であり、だが、だとしても彼はメイジー・ブランシェットを庇うように前に立った。

 しかし、


「自己犠牲……じゃないんですよねー」

「あン?」

「いやほら……まあロビンさんは知らないでしょうけど、私こないだちょっとやらかしてしまいまして……」

「……」

「ここらへんでバランスとっておかないと……ハンスさんから嫌われちゃってやだなー……みたいな? あはは」


 無理して取り繕うような、場違いに明るい声。


(……クソボケのガキが。見え透いた嘘なんざ吐きやがって)


 それを聞くたびに苛立ちが募った。

 シンデレラ・グレイマンの撃墜に先立ち――そも、ロビン・ダンスフィードを苛立たせたのは戦争であり、マーガレット・ワイズマンの犠牲であり、メイジー・ブランシェットの憔悴だ。

 死に行く友軍たちの最後の願いを踏みにじるような、子供たちの犠牲。

 それを肯んぜられない。断じて肯んぜられない。

 だからこそ、世界を焼き尽くすほどの怒りを抱えて――


 ――〈そんなもの全部――何もかも全部! わたしが背負って! 受け継いで! 何もかも終わらせてあげますよ!〉〈こんな悲しみの何もかも!〉〈わたしの命を、皆に貸してやるッ!〉。

 ――〈止めます。わたしが〉〈こんなことがまた繰り返されてしまう前に〉〈――って言わなきゃいけないんです〉。

 ――〈世界を焼き尽くせる力があるって、アナタ自身がそう思うなら〉〈それは、使んだって〉〈そう思ってくださいよ!〉。


 ――――〈わたしに従え、黒衣の七人ブラックパレード――――!〉。


 ……ああ。

 あれだけの受難者がそれを飲み込み、荒野を進む殉教者の信念を持って先導者の道を選ぶならば――。

 どうして己が、それ一つを呑み下さずにいられようか。


「……チッ。クソガキが。テメエにオレがああ言ったんなら、黒衣の主に相応しい動きをしろと言ったんなら……オレも、黒衣の七人ブラックパレードに相応しい働きをしねえとな」

「え? なんです?」

「……なんでもねえよ。そういや、テメーもガキだったんだな。忘れてたぜ……と思っただけだ、アホの子」

「…………知ってます? アホって言う方がアホなんですよ?」

「うるせえ。……準備しろ、元々オレらはこういうときのためにいるんだったな。すっかりと忘れてたぜ……


 銀のフレームを押し上げ、獰猛に見えるほど口角を上げて――そして、青き【メタルウルフ】は有効な使用の叶わなくなった武装を次々と切り離す。


 両腕外甲:大型ガトリングガン四門――――投棄パージ

 両肩部:近接迎撃機関砲二門――投棄パージ

 腰部:携行型ハンドグレネード八個――――投棄パージ

 両大腿部:ミサイルポッド八門――――投棄パージ

 両脛部外装:予備携行大型ショットガン及びグレネードランチャー――――投棄パージ


 握るのは両腕の厳しいプラズマライフルと鋭いレールガンのみ。

 不壊の城塞ヘッジホッグは、その身を覆う針の大半を脱ぎ捨てた。つまりは、味方への防御を捨てた。

 そして、


「よぉ、お前ら……どうする? 逃げるか? 戦うか?」

『え……』

「どっちを選んで貰っても構わねえが――……ま、居てくれた方が助かるってのが本音だな。……ただ、オレからの援護はまるでできねえ。つまりは、ここで死んでくれって意味だが――お前らはどうする?」


 この戦闘の中、完全に庇護者の如く扱われていた――そして事実それに彼らも甘んじていた三機のハートの兵士ハーツソルジャーは、改めて入れられた通信に戸惑った。

 そして逡巡の後、彼らもレールガンを構える。

 答えは決まっていた。或いは今ここで決まったのか。

 この絶望的に巨大なアーク・フォートレスを目の前にして――だが、だからこそ、彼らの覚悟は定まった。どう足掻いても逃げることは叶わず、そして、アーセナル・コマンドに乗り込んだ彼らにすらそれができないということは、にとっては余計にそうなのだと――そんな事実が、彼らの足を止めさせた。


「やだな、ロビンさん。……私もいるんだから、そう簡単には死なせませんよ」

「ハッ、あのバカ犬やお嬢ならともかく……指揮能力が壊滅してるオレら二人でか? 大口叩いたところで、死ぬことは死ぬんだよ」

「ニヒリスト気取っても似合ってないんですよね……だからパンクやってる奴は駄目なんだって言われません?」


 軽口を叩きながら、彼らは天を覆う巨体へと照準する。

 敵は、その能力の一割も発揮していない。

 何故これほどまでに穏やかな攻撃しか行って来ないかは――単純だ。【麦の穂ゴッドブレス】にとって、全てのアーセナル・コマンドはだから。

 その機体を傷付けることもできずに、ただ悲しく動き回るだけの餌。それを本気で排除しようとする捕食者など、この世には居まい。

 その機体の戦力分析に、何一つ誤りはなかった。この場に存在している全ての兵装を用いたところで、巨体に傷一つつけられまい。それは事実だ。その計算は全く以って真実だ。


 故にこそ、


黒衣の七人ブラックパレード――――戦闘開始エンゲージッ!」


 余計な言葉は必要なく。

 ただ絶望を踏破し、蹂躙する行進を行うべく――。


 ――第一位の超越者ダブルオーワン


 ――第四位の制圧者ダブルオーフォー


 今現存する黒衣の七人ブラックパレードの上位二名は、交戦を開始した。

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