第94話 我が往くは激情の彼方、或いは終焉に至るは理性
静音の中で、僅かに車体の揺れる音がする。
不調は酷いらしく、彼女は傷付いた猫のように丸まっていた。
この列車が日常になっている者たちは特にも利用しない高給客席。四人席が向かい合わせとなったシートのクッションは柔らかく、ボックス席めいて左右の仕切り板は迫り出している。
遠心力によって疑似重力を生み出している関係上、列車の速度は緩やかだ。
故に今の自分たちにとって、移動手段としては最適だった――……というのはさておき。
「はあ……。……なんでこんなのの相手させられてるんスかね、ボクは」
「……こんなの、とは?」
「自覚ねーんスか? 潜入任務中だってのにテロリストを随分とブチ殺して帰ってきて、それでいてさっきまで大の男の癖に大したことないプリンを気色悪い笑顔全開で嬉しそうに食べてた奴のことっスよ」
「……大したことない、ではない。頑張って作ってるお店の人に失礼だ。どうか訂正を。お店の人は頑張って作ってるんだ。こんな宇宙なのに。彼らへの侮辱は断じて控えるべきだ」
「…………はあ、すみません。……なんなんスかこの男」
スーツを着込んで、あの長ったらしかった前髪を整髪料で固めて額を顕にしたオーウェンが頬杖と共に溜め息を吐いた。
新緑の宝石のような黄緑色の瞳と、憂いがちな整った目鼻立ちの優面……なんとも美形だな、と思った。
ひょっとしたら所謂攻略対象なのかもしれないが……そうとも言い切れないだろう。度重なる戦乱や気候変動により、この世界には美形が多い。どういうことかと言われたら、年々と高学歴に美形が増えるのと同じだ。
つまり――……美しい、というのが資源や価値になる。
選ぶ意味がある、生き残らせる意味がある、殺さずにとっておくだけの意味がある……そうして、天災と戦災によってかつての十分の一にまで総人口を減らした人類には美形が増えた。
一説には、所謂“美しい”と感じる左右対称な顔は免疫系に優れるという研究結果があるらしいので、気候変動に伴う疫病や疾病にも強い面もあったのかもしれない。
……まあ、そんなこんなで乙女ゲーとして画面に映る顔面偏差値が高いということに無理のない説明付けがされていたのだろう。多分。
ともあれ、
「何とは……? 兵士だが……見て分からないのか?」
「………………クソ女衒野郎って言われた方が納得するっスわ」
名誉毀損ではないだろうか。
女衒、というのは女性に売春を斡旋させる類いの職業だ。無論ながらそんなことをした覚えはまるでない……戦時下の同僚の中には、駐留中の現地住民から兵士への売春を仲介・斡旋し、その利鞘をはね、更に自分でも“味見”をしている者も存在した。そんな彼から少女を宛てがわれそうになったこともあるが……もう彼も軍にはいない。
最終的にあまりにも抵抗が激しかったために、両足から下を失って退役することになっていた。不名誉除隊のために、おそらくあれでは退役後の補償も受けられてはいないだろう。……元より在籍年数は知れたものだが。
「……で、アンタ、これから戦いになったとして……ちゃんと壊せるんスか? アーセナル・コマンドは?」
「……破壊の必要があると判断された場合は所定の指示に従い、現地の駐留軍の予備機体を利用する――という手筈になっているが……」
シンデレラのあの言葉に従えば、この宙域のそばで平然と残党の輩が海賊行動を行っていたという事実がある。
よほど、そんなことも防げないほどに【フィッチャーの鳥】の戦力は不足しているか、それともどこかへと集められているか。
所定の符丁による伝達を駐留軍の基地へと行ったが、その連絡が返ってくるのはどれだけの時間がかかるか。そしてよしんば即座の返答があったとしても、こちらが任務で利用できるアーセナル・コマンドの用意がされるとは到底思えなかった。
つまり、
「……このままでは、鹵獲した【
「装備は?」
「格納型のプラズマブレードが一つ……あまり十分な武装とは言えないが、やるしかないならやるだけだ」
それは、あの戦争の頃から変わらない。
十分に恵まれた手札が配られるとは限らないのが戦の常だ。そして自分は、それでも生き残った。生き残るに足るだけの力を磨いてきた。
――つまりはいつも通りという奴だった。
「そら、頼もしいこって……自殺願望に聞こえるくらいっスわ。一体どんな戦いを送ればそうなるんスかねえ……。アンタの見てきたモンを知りたいくらいっスわ」
「あまり気分の良いものではないが――……貴官は、本当に聞きたいのか?」
「ま、参考までにはね。こっちがえっちらおっちら占領地域を逃げ回らせられながら必死こいて戦ってたとき、かの英雄サマがどんな澄まし顔して戦ってたのかには、興味がありますよ」
「……」
ふむ、としばし口を噤む。
隣のラモーナを見れば、保護服に包まれたままぐったりとしている。覚醒と睡眠の中間ほどか――……ならば聞かれる心配はないかと、内心で吐息を漏らす。
正直、声高に話すことではないのだが……
(五万人以上が住まう海上都市が、自分の攻撃により焼き払われ沈没していくのを見た。他には……次々と死んでいく戦友。流れ弾で死亡した救助対象。手の内で冷たくなる部下。投降した敵兵を私刑にする友軍や、戦況につれて占領地域で拷問や処刑・陵辱を行う敵兵士たち……)
どれも思い出せる。
(……酷いものでは、市民に糞尿或いはアーセナル・コマンドで踏み潰したその家族の肉を食べさせるなどのカニバリズム等の強要を行う者もいたか。奴隷オークションを現地開催する敵兵というのにも覚えがある。自国民に対しての強制徴収や過剰搾取を行う味方兵、戦後には――)
頭の中で指折り数える。
考えてるみたが……やはり、如何に相手が聞きたがっていても、人に伝えていいものではないと思えた。実際のところ戦後すぐに広報誌の依頼によって詳細を求められたときにインタビュー記事の差し替えがあったほどだ。
「そうだな……特筆することもない、他と何も変わらない戦争だ。……ただ人を殺しただけだ。誰よりも多く。……これは、それだけの話でしかない」
「そっスか。……流石は人類未踏の個人武力による百万人虐殺者だ。恐れ入りますよ、英雄サマ。……一体いくつの街を焼いたんだか」
「……特に数えてはいない」
犠牲者の数を誇るという、そんな趣味はない。
「ハッ。民間人なんて、いくら死んでもアンタを彩る戦果にも、曇らせる血脂にはならねえってことですかね」
「息を吐くよりも容易く殺せる相手を殺して、何も誇ることなどないだろう。……例えば貴官は屑籠に物を投げ入れたとき、それを大掃除だと胸を張るのか?」
「……」
そも、殺しなど誇るものではないのだ。
それは慎まれるべきであり、忌むべきものだ。どんな題目をつけすらしても、なんら価値のないばかりか負の価値を持ち合わせるものだ。
「それに……曇ると言ったか? 殺傷数が増えることによってその殺傷性が低下していたら、本末転倒だろう。それは、兵士として致命的な矛盾ある欠陥となる」
「……よく平然としてられますね、アンタ」
「俺が被害にあった訳ではない。……俺は特に痛くも苦しくもない」
最も辛く苦しかったのは、いずれもその被害者だ。それを差し置いて自分の痛みを主張するのは、まるで道理に適っていない。
……確かに、見聞きするたびにどうしようもない感情が己の内に溜まっていることは否めない。その凄惨さに吐き戻したくなる場面もあった。
だからこそ――……だからこそ、彼女たちがいつ何時それを目の当たりにしないか。それに直面させられないか、被害を受けないか。耐えようと試み、耐えられるだけの己を作った自分とは違う彼女たちが――その醜悪さに触れてしまわないか。案じたのはその点のみだ。
大切なのはそれだけで、あとは些事と言っていい。
「……ハハ。やっぱ兵士っスよ、アンタ。筋金入りの……無慈悲で、人の心がなくて、油が通って、血に飢えてる」
「食事以外に飢えた覚えはない。……血に飢えていると表現するなら、いずれその血で腹が満たされてしまう日が来るのではないのか?」
「……」
血は美味しくないと思う。血のソーセージ、というのは確かに料理としてあるが。……ただまあ食べる気は起きなくなった。散々他人の内臓を見てきたためだ。公園でパフォーマーがやっているバルーンアートも、不得意だ。腹圧のままに飛び出る小腸は本当にアレに似ているのだ。
ふう、と一息吐く。
会話は打ち止めになった。彼は口を噤んで、何か言いたげにこちらを見ている。
(……今や情報部としての情報収集も叶わぬ身で、オープンソースだけで敵目標を選定可能だとは、実に優秀な人材だな。そんな相手とこのような多弁を交えるほどの親密な関係になれたのは、実に喜ばしいことだろう)
彼が着目したのは各社の決算報告書であり、そこに記されていた保険料だった。
何が起こるかわからない真空の宇宙を進むが故にその沈没に対しての保険――というのも宙間輸送船には存在している。だが、その当時では新たな分野であったアステロイドマイニングに対しての補償を行う業者は少なく、そして、それらの補償に真っ先に手を出した新鋭の保険会社の多くは今では倒産していた。
しかし、未だに帳簿上ではそれへの支払いが行われている形跡があった。
杜撰と言う他ないが――おそらく、その秘密兵器の秘匿に関わった人間というのが極めて少数であり、引き継ぎらしい引き継ぎすら叶わなかったのだろう。そう考えれば無理はない。世に出せない兵器である以上の必然と考えてもいい。
或いは、その会社もそのことを知りつつも……苛烈化した【フィッチャーの鳥】などに対しての言い逃れを行うために、全てを少数の担当者の責任として切り捨てたのかも判らないが……事実は不明だ。
それらの会社が複数。更にその中から、オーウェンとその片腕のAIは単なるミスや税金逃れや裏金隠しを選別した。
そして会社の特定が叶った以上、残るはその航跡だ。
オープンソースとして転がっている保有会社の所有船の方面航路情報や、その手の宇宙船の好事家たちの撮った写真、守秘義務意識の低い船員のみならず民間船の搭乗者の体験談などを集約して――当時旅立った偽装船の行き先を突き止めた。
そして、残るは具体的な航路であるが――……。
これに関してはこれまで見つかっていない、という点から他の輸送船が
また、世に解き放たれる兵器としての時限性を持ち合わせるという点から地球圏からの距離を推定。
周回軌道や遊覧軌道を取るという点、宇宙海賊すらもねぐらにしない――つまり宇宙軍が船への臨検や確認を行わず今後も発見されなくなってしまい目的を果たせない場所――という点、その他の点を鑑みて、該当可能な箇所を割り出していた。
「緊急性がある……そう判断してくれるんスよね?」
「あくまでも現時点で、としか言えないが……報告は行うが、既に第一義として破壊は命じられている。俺はその通りに行動する。……アレは――」
「……」
「……宇宙軍が不審船に接触するよりも先に、こちらで対処すべきだろう。十二分に緊急性はある案件だ。宇宙軍とて十分に準備を行えば迎え撃つことは不可能ではないが、不意の遭遇戦となればどれだけ人的損耗が出るか計り知れない。そうなる前に取り除かなければならない事案だ」
シートの背から身を離して、頷く。
アーク・フォートレスの概ねの所在地が判明した以上、潜入任務というのもここまでだろう――……。
例の本命の方の進捗や優位性によってもまた話は異なる以上、その点は確認してみなければ、だろうが……。
それでもここから先は、暴力の時間だ。
この先に残す訳にはいかない滅びを、滅ぼすべきときが来たのだ。己の有用性のままに。
「取り除くのはアンタの得意分野なんでしょう? ……そこんとこ、頼みますわ」
「ああ。不本意ながら特に殺戮と破壊を得手としている。存分に機能性の発揮に努めよう」
「……っスか。こういうときは頼もしいんスね……アンタみたいな男は」
「ああ。そう備えている」
「……褒めてねえんスよ。この、すっとこどっこい」
……なんで?
それにしても手持ち無沙汰というか、なんとも落ち着かない。
これから激戦が予想されること、そして軍部がこちらの要求通りに戦闘を行わせてくれるかという懸念があるためだろうが――それにしても何故だろうか、と考えてから答えに至った。
いつものフライトジャケットを着ていないのだ。
寝入ったシンデレラに被せて、それから、回収していなかった。あの騒動のまま、彼女への防弾装備のために貸していた。
……ちゃんと洗濯しているつもりだが、不快な匂いはしないだろうか。どうにもやはりこの年齢になってしまうと気にしてしまうし、それが理由で彼女から汚物のように扱われるとか想像すると少し――……いやかなり傷付く。
まあ、案外今頃は普通に脱ぎ捨てられているかもしれない。銃撃戦を抜けてしまえば特に価値もないだろうし、きっとそうなっていてもおかしくないだろう。シンデレラにとっては、サイズも合わない余計な衣服以上の意味はない筈だ。……多分。いや確実に。
(……できれば、また戻ってくるといいのだが)
……こちらの家族からの入隊祝いの贈り物だった。
家も消し飛ばされて遺品が残っていない以上、できれば貴重なこちらの世での繋がりであるそれを手元に置いておきたかったが……ああなっては仕方ないことだ。
できれば返して貰いたいし、そんな機会があれば本当に望ましいのだが――……と目を閉じる。大量殺戮を前提としたアーク・フォートレスという兵器の出現が予期される以上、シンデレラと接触してその投降及び保護を早く行いたい。できないにしても、ただその生存を願いたかった。
だが、
(……君ほどの意思の持ち主が、信条故にあちらに与したとあれば簡単に諦めてくれるとも思えないのが本音でもある。そうなったら――……もし戦うことになってしまったら、俺は……)
思い返されるのは、あの燃える都市にて向かい合った白き機械騎士の姿。
胃に込み上げて来ようとする者を飲み下す。内心で頭を振って、そんな気持ちを入れ替えようとする。
己にかつて笑顔の写真を向けていた少女を、その成長を見守っていた少女の命を――奪う寸前までいった。そうせざるを得ない場面での衝突となった。
(……俺、は)
そんな風に思索に没頭しようとしているときに、対面の青年から声がかかる。
「……まったく、アンタとこうも話すことになるとは思わなかったっスよ。よりにもよってアンタとなんか……」
「俺が何か……? 恨まれることをした覚えは――……その、ありすぎて思い浮かばないのだが、何か?」
「……別に、こっちの話っスよ。負け犬のこっちの」
「……?」
やけに勝ち負けを強調されるが、勝負の覚えはない。
ともするとマグダレナのように戦場で――潜入任務中のオーウェンとかち合ったことがあるのだろうか。
……記憶を探ってみたが、心当たりはない。
戦争初期はともかく、バトル・ブーストの実装がされた中期以降について敵兵を逃した覚えは、それこそあのマグダレナ以外はないのだ。あとは殲滅するか投降させるか。基本的に、対立した相手の機体は必ず破壊し或いは
正直、内心で首を捻るしかない。そうしていたら、
「……んで、メイジーは。あの娘は、どうしているんスか? 元気にやってますか? アーサーは? エースは? セージは?」
全ての用意は終わったとばかりに僅かに肩の力を抜いたオーウェンが、そう、かつての戦友について問いかけてくる。
頷き返す。
メディア等で彼女の戦友であったことが何度も強調され、そうなっては攻略対象である可能性が高い彼らのその後についてはこちらも追っていた。
「アーサー・レン元艦長については、【
「……!」
「かつての大戦の英雄だから、軍も相応の扱いをしていたが……彼自身があまり軍閥には不向きだったようだ。軍人の在り方としてそれはある意味で正しいものだが……」
「……どうなったんスか」
「どうも……非主流派からこれ幸いと客寄せパンダのように扱われ、その関係で意図せず主流派と対立することになり……更には、模擬艦隊戦の際に直接的に諍いを起こしたそうだと聞く」
腹芸ができないタイプではないとも聞いたが、様々な摩擦から生じた嫌がらせに対してどうも部下を抑えきれなかったらしい。
「それから戦術研究室の……星暦以前の戦術研究部署に回されたらしい。言ってしまえば、閑職だ」
「……ったく、なにやってんスか。ホントなにやってんスか。あのお調子者のヘタレ男」
あちゃあ、とオーウェンは額に手をやった。
気安いなと思える。
まあ……自分の知っている限りでもあの朗らかだったメイジーを中心にする形で【
「エース・ビタンブームスに関してだが……幾度か新兵の教導でお目にかかったが……正直、こちらに関しても俺は噂話でしか聞かない。それでいいか?」
「いいっスよ、なんでも……聞けりゃあ。戦友のことなんだ。どんな話でも」
「そうか。……こちらもしばらくは民間人からの徴用というのに戦果を上げたという貴重な例として、教育訓練集団側で厚遇されたようだが……」
「……問題起こしたんスか」
頷く。
「どうも、甘やかされていた貴族院の議員の子息相手に相当にやらかしたようで――……色々と庇い建てはされたようだが、結局当人からの希望もあって戦史編纂部署に左遷されたそうだ」
「……あンの跳ねっ返り。そこの癖、まだ治ってねえんスかね……」
オーウェンが髪を掻きむしる。
どうやら、エース・ビタンブームスはそんな人間だったらしい。
メイジー・ブランシェットのハイスクールの同級生で、彼女と同じく戦火に巻き込まれた者――と聞いているが、色々とあったのだろう。インタビュー記事で彼は、新型機を駆るメイジーにコンプレックスのようなものを抱いていたと言っていた。
「セージ・オウルビークに関しては、
「あー……ったく。ヒネた物言いしてる癖に、結局そういう一番まともな道に……。……大丈夫な団体なんスか?」
「調べた限りでは、特には。……近頃は、
「……そう、スか。ったく……なんとも、らしいと言うか……軍人嫌いの癖に……」
セージ・オウルビークは元警官だ。
街の新人警官を努めていた際に、あのアナトリアの襲撃事件があった。そのまま射撃の腕を買われてアーセナル・コマンドの
半ば徴用された兵士になってからも、元警官だというのに何度も規則違反を犯したらしい。あまり真面目な人柄ではなかったようだが――それでもそんな彼も最終的には、秘密の最新鋭艦のクルーに相応しいほどの技量を身に着けたと聞く。
彼は、あの【
そして……
「メイジー・ブランシェットは……」
一際に沈黙した彼の前で、こちらも口を噤む。
これを告げるのかは、迷うところだ。しかしながら、ここまで尽力してくれた彼へと嘘の言葉で返すのは筋違いにも思えた。
故に、一度強く瞼を閉じてから、
「……メイジーは、行方不明だ」
「何だって……!?」
「所属先の基地から脱走し、アーセナル・コマンドに搭乗し――……
「な……」
絶句した直後、オーウェンのその長い腕が伸びる――こちらの胸倉へ。
ジャケットのファスナーが千切れんばかりに力を込められ、胸へと拳が激突する。
「どうして、守らなかった。……アンタは、婚約者じゃなかったんスか!?」
「……」
戦中、こちらからその情報を口にした覚えはない。……いやむしろ、戦いが始まってしまってからは――彼女と本来あるべき攻略対象との接触を妨げぬよう、婚約者という情報は重々に秘したつもりだ。ヘイゼルからナンパに誘われたときやその他も、万一を考えて断る口実にさえしなかった。あの大戦中は常にそうしていた。
戦後は……軍部に対して、メイジーとの社会的な繋がりを主張するために維持はしていたが――……。
何にせよ、そこまで把握しているのは、流石の情報部と言えるだろう。
「……配属先が大きく違った。戦後処理の中で彼女の行方は晦ませられ――……こちらも手を尽くして探してはいたが、その間の接触はできなかった」
「そんな簡単な言葉で……!」
「……彼女には、
「それを、あの娘が婚約者の口から聞きたい言葉なのか! あの娘に言えるのか、アンタは! それを!」
そうして拳を握り締めて怒りを顕にする彼の瞳には、戦友以上の感情が浮かんでいて――……。
ああ、と思い至る。ここに来てようやく思い至る。
そうか。彼は、メイジーに惹かれていたのだろう。だというのに情報部であるが故に、彼女に婚約者である男がいると知ってしまった。そうして、その慕情を胸に秘めたまま諦めた――……。
というのにその男は彼女の手を取りもせず、みすみすと死なせた。
……その怒りは、無理もないものだった。
しかし、そう言われたところで、
「……俺はメイジーではないので、彼女が何を聞きたいかは知らない。……彼女が何を考えているのかは、他人には知りようがない」
「アンタとあの子は、他人じゃ――!」
「他人だ。……如何に婚約の事実があろうとも、俺は彼女でもなければ彼女は俺でもない。彼女のその行動理念については……想像も及ばない」
「アンタ……ッ! 良くも抜け抜けと――!」
彼から繰り出される拳を腕で捌いて、そのまま肘の辺りを抑え制する。
ぐ、とその腕に力が籠もる。
だが揺るがない。こちらも、そんな生ぬるい鍛錬などしていない。
「……」
……及ばなかった。
及んでいたなら……彼女があの燃える
あの戦闘中のダメージとストレスで、
(彼女は、市民よりも戦友を優先させると――……そんな旨の言葉を告げていた。……死地に赴いた兵士の心情としては、確かに頷ける。実際、他にも多く聞きもした……だが、あの、燃える都市の中で市民のために戦闘を志した彼女が? 民間人だというのに人々のために立ち上がった彼女が? 何故、そうなってしまった?)
……それほどまでに彼女の中で、市民が重んずるに値しないと判断させるような事態が起きたのか。市民よりも戦友を優先してしまう――そんな事態が。
軍による何か非人道的な取り扱いか。
或いは、人々のために戦場に立ったというのにその答えが再びの戦争であり――あの燃える都市であったということか。
他に、社会を見限るに足る出来事か。
(いや――……)
――〈あなたがあんなふうにどうしようもなく怒っているなら、私はきっと、それを止めなきゃいけないんです〉〈あなたがこんな人殺しに〉〈あんなにもどうしようもない怒りを抱えてしまったって言うなら〉。
――〈そんなに怒って! そんなに鍛え上げて! ハンスさんはどこに行く気なんですか!〉〈世界でたった一人にでも、なる気なんですか〉〈そんな誰もいないどこかに行こうとしないでください〉。
――〈生命が尊いって言うなら〉〈どうしてそんな尊いものを、無銘の幽霊みたいなものに変えることを良しとしちゃうんですか?〉〈……誰がその理性を、保証するんですか〉。
(……まさか。彼女は、俺の今後の正気について――懸念していたのか?)
あの逼迫した状況を終えて今考えるならば、それがよほど筋が通ることだろう。
ハンス・グリム・グッドフェローが、いずれその身のうちの怒りにより――全てを焼き尽くして、誰もいないところへ向かう。全世界を滅ぼすような狂気に包まれる。その理性の保証を疑うに足るだけの感情的な暴発を起こす。
それを戦友として見過ごせず――故に実力を以って鎮圧にかかった。彼女は、それを選択した。
……筋が通る話だ。
いや、後から思えば――そう考える方がよほど自然だ。あの日の市民を見過ごせずに己のように立ち上がった彼女にとって、戦友が殺戮者となりかねない事態は到底看過できるものではなかった。
己が内なる感情に身を任せて世界を焼く男になると、彼女に見做されてしまったのだろう。
過去も未来も決してそうはならない――――そうあるべきと努めており、そう自認しているが、未来ばかりは己にも判らない。理性を願うということは、つまり現状はその逆なのだから。
「……何なんスか。これが、あの戦争に勝ってまで欲しかったものなんスか」
「……」
殴りかかろうとしていた腕に込めた力を抜いて、シートに座り込むオーウェン。そうして苦々しく口から零した彼を眺めながら、こちらもまた忸怩たる想いになった。
己は、決してこの首輪が外れぬように努めている。
何があろうともそれが外れぬように己を作り上げたつもりだが――メイジーには、到底そうは見えなかった。
世界を焼き尽くす純粋なる暴力。
確かに、正気の保証が疑わしいほどの怒りを抱えた人間が――なおも武力を磨き続けていれば、その懸念は尤もだろう。それを、これ以上高める前に取り除くべきだと思うのも必然だろう。
……認めるところだ。
こんなにもどうしようもない怒りを抱えている人間を他者が見て、一体何の理性を保てていると思うだろうか。今にも刃物を振り回しそうに見えるほどの憤怒と憎悪を抱えて刃を研ぐ男。それは、導火線に火を付けながらまだ爆発していないと言い張るほどに愚かしい。
あの場の人々を見捨ててなおも確実に滅ぼさなければならない相手だと、メイジー・ブランシェットはハンス・グリム・グッドフェローを認識したのかもしれない。
そうだ。
仲間が道を踏み外したならその始末を付けるという、理念の通りに。
彼女は、ハンス・グリム・グッドフェローを市民に対する深刻なる加害者と――そう見做した。排除に足ると。
「……少し、一人にして貰えるっスか」
そんな言葉と共に立ち去ろうとするオーウェンを手でいさめ、自分が席を外す。列車内に備えられた喫煙スペースまで足を運び、腹の底から紫煙を漏らす。
ヘイゼルは、いない。
ロビンも裏切り、アシュレイも離れた。
リーゼは戦闘可能な状態になく、マーガレットは喪われた。
何より、
「俺のこの怒りが……この先の君の未来を……奪ったのか……?」
守りたかった筈の少女を死地に赴かせたのは、己のこの、どうしようもない怒り――。
(……俺、は)
未来を知りながらも戦争の回避ができなかった。
二十年強、力を磨き続けても少女を死地に送り出した。
挙げ句、己の内なる怒りのために守りたかった筈の少女がそれを恐れ――命懸けで止めようとした。
何たる無様。何たる愚鈍。何たる無知蒙昧か。
……ああ、何度も味わわされる。己が、何一つ為せない敗残者であると。
いや、
(――――まだだ。そうだろう……!)
静かに拳を握る。
……戦いから遠ざかるという選択肢はない。この先の歴史を思えばなお、ここで己が武力を手放す道は選べない。何よりも現状、己が任務から降りることは深刻なる人々の死を意味している。そんなもの、許せる訳がない。
ならば――より、磨かねばならない。
理性というものを。この意思の刃というものを。
己に感傷は不要だ。機能としての完成を――この怒りを呑み下し、或いは己で始末を付ける。
いつか怒りに呑まれたその日には、まず己の喉へと刃を突き立てるのだと――――そう決意する。
それは新たな戒めであり、誓いだ。これより先、己は己の首を斬る処刑人となろう。
怒りの日には――その瞬間に己の首を断つ。
そう、確かに決意する。
つまりはその仮定が起きたならば、確実に実行されるということだ。己というのは、そういうものだ。そうしている。そうなるようにしている。
怒りで怒りを締め上げるというのは、そういうことだ。
ハンス・グリム・グッドフェローは、感情で世界を滅ぼすことはない――――。
それを確かな命題として刻み込み、また、腹から紫煙を深く漏らした。
想うのは、
――〈プレゼント、ありがとうございます〉〈お父さんのしりあいなんですか?〉〈こんなにきれいなお花の本を、ありがとうございます〉。
――〈ひょっとして、おかあさんですか?〉〈おかあさんは遠いところに出かけてしまったって聞いてますけど、もしかしてメイジーのことを覚えていてくれたんですか?〉〈だとしたら、うれしいです〉。
――〈このあいだ、お父さんと回路を組み立てました〉〈むずかしいことばかりでしたけど〉〈できあがったら褒めてくれました。見て欲しいなあ〉。
……身分を偽った手紙の主である自分を、母がそうしているのだと思って無垢な笑顔を向けてきた少女の写真。
その日々。
幾年も。自分は、それを、見守った。
――〈渡り鳥ってほんとうにいるんですか!?〉〈地球がむずかしくなってからいなくなったって先生が言ってました〉〈すごいなあ……見てみたいなあって思います〉。
――〈神話のご本を読んでくれたんですか?〉〈嬉しいなあって思います〉〈わたしが好きな英雄は……〉。
――〈ご飯は何が好きですか?〉〈わたしはお父さんの作るぐちゃぐちゃの卵が好きです〉〈どんなときでも毎朝ぜったいつくってくれます〉。
……守りたかった。
彼女の幸福を。彼女の平穏を。その未来を。願わくば、戦火に晒すことなく生きられるだけの人生を。
それを――……己が奪ったのだ。
他ならない、この己が。
手の内で煙草が、ジジジと音を立てる。
列車はゆっくりと進んでいく。
目的地までは、まだ、遠かった。
◇ ◆ ◇
おそらく――それに、真っ先に気付いたのはロビン・ダンスフィードだった。
赤土が地肌を見せた荒野と渓谷の、その辺り一帯の陽光を遮る積乱雲めいた大いなる影。
映画愛好家ならばどこかで一度は目にしたことがあるかもしれない――空を覆い尽くすほどに巨大な侵略宇宙人の空飛ぶ円盤を。
そんな影。
陽光を遮り、雲を遠ざけ、空を奪う冒涜的な科学の結晶。空飛ぶ都市。空飛ぶ基地。空飛ぶ要塞。
それは、現実感を失わせる。
人が普段見上げている空の大きさというのを改めて再認識させ、そして、その影の大きさを認識させ、見上げたそのままに地面にへたり込みたくなってしまうような威容。
蠢く、鉄と火の主。
それは、蝶と呼んでもよかったし――ある意味では、海洋生物と呼んでもよかった。
砦めいた巡洋艦ほどのその胴体を矮小に感じさせるほどの、一辺が
その表面を発光する血液の如き余剰光が回路めいて走り、あたかも墓場から飛び上がり出血するままに飛翔するゾンビ蝶じみていた。
特長的なのは、その胴から生えた八本のソリッドな触手だ。
その一本が全長二百メートルを超える戦艦を巻き上げ、そして巻き潰すことも可能なほどに長大なる蛇腹を持つ銀の触手を前に、人は一体どんな言葉を投げたらよいのだろうか。
寄生虫を身体から垂れ下げながらも飛行する巨大蝶、と称してなんの憚りもあるまい――それほどまでに、あまりに涜神的な姿を有していた。
「どうなってんのよ、サム! 何よこれ!」
「……情報にない。判別は、俺ではできない。……これが、話に聞く機体か? アーク・フォートレスか?」
ロビン・ダンスフィードの青き重装騎士に一方的な防戦を強いていた【
あたかも皆既日食を目の当たりにした土地の如く、天から降り注ぐ明かりというものが遠ざけられている。空に蓋をされている。
そんな超兵器の存在をにわかには信じられず――次の瞬間、
「サム!」
「了解だ、トゥルーデ」
二人の取った行動は、シンプルだった。
即ちは――迎撃。
ゲルトルートは躊躇わなかった。ロビン・ダンスフィードやその小隊に背を向けることも構わず、即座にその手に握った魔女箒めいた大口径プラズマカノンを敵へと照準。
彼女は、これこそが
サム・トールマンもまた打ち合わせ一つなく、その人妖花【ルースター】が鎖で腰に引き連れた
故に――彼らは、僅かに対処が遅れた。
何故巨大な姿を持つかと言われれば、知れたことだろうと――もしそのアーク・フォートレスに発声器官があったなら告げたかもしれない。
あたかも天蓋めいて敵の頭上を抑えるのは、ひとえに、それが視線を集めるためだ。遮るためだ。
その間に既に――攻撃は完了している。
コックピットに鳴り響く被ロック警報。
地平線から押し寄せるかの如きミサイルの大群。
あたかも天にされた蓋のようなその巨大な機体を目晦ましに、【
それは、津波だ。津波も同然だった。
大津波によって河口を波が逆上るときに白き飛沫を巻き上げるかの如く、それとも波濤そのものの如く、ミサイルの噴煙が左右の空を埋め尽くすほどの弾幕。
「チッ――」
舌打ち一つ。
ロビン・ダンスフィードの駆る青き【メタルウルフ】の腕部が稼働。ガトリングの砲身が回転し、迫る敵弾を迎撃にかかる。
更に肩部の近接迎撃機銃も連動。吐き出される無数の鉄火が、そのミサイルの破片を以って残りのミサイルを破壊せんと撃ち出され――ロビンは驚愕した。
「……重力異常!?」
――否、否だ。
それは疑似重力だ。疑似重力に過ぎない。
その蝶の発する力場が、あたかも重力めいて投射され――ロビン・ダンスフィードが放った弾幕のことごとくを大地目掛けて叩き落としているに過ぎない。
この疑似重力下では、力学的エネルギー弾は極端にその威力を制限される。その大半が有効射程までの到達を損ねられ、そして、破壊力さえも奪われる。
結果として、赤き大地も砕けるほどの圧力の下でまともな機動もままならぬその友軍機たちへとミサイルが突き刺さり――
「――下がってなさい! 何も死ぬことはないわ!」
その寸前にて、瞬く間に彼らの正面へと――彼らを背後へと庇った【ソーサレス】の巨大箒の一薙ぎにて、その不可視の力場による迎撃にてミサイルが爆炎を上げた。
先程まで相対していた敵機を庇う、という行為にさえも何の逡巡すらなく実行するその姿。
ロビン・ダンスフィードは、彼女のその判断速度にかつての戦友の一人を幻視した。
「サム! 状況を変更! 目標はあの巨大アーク・フォートレス! 【
そんな言葉も、言い終えるか否かであった。
「了解した、大佐。……トゥルーデ」
「何よ! アンタの機体が不向きなら、あたしが始末を付けるわ! サムは下がって掩護を――」
「言葉に誤りはないが、下がるのは二人ともだ。……撤退命令だ。戦闘続行すべきではない」
何処かとの通信を行ったサム・トールマンのそんな指示に、ゲルトルートは憤慨した。
「はあ!? あんなデカブツ、あたしたちが倒さなくて誰が倒すのよ! あんなの放っといたら、どれだけの人が犠牲になるかわかるでしょ! 何のための最強よ! あたしたちは、
「同じ想いだ。……だが、撤退だ。大佐からの命令だ、トゥルーデ」
「呑み込める訳ないでしょ! ここには、まだ街の人がいるのよ! それが軍人の仕事じゃない! サム、アンタだって――」
「撤退なんだ、トゥルーデ。……
有無を言わさぬ巌のようなその言葉に、少女は歯を食い縛った。
「っ、
「……」
「ただし、一時撤退なだけ! 市民を守らない軍隊に未来なんてないわ! 納得できなかったらあの陰キャイケメンぶっ飛ばしてやる! 通信をこっちに回しなさい! グダグダ言ったら戦闘続行するわよ!
「……ああ。
「大佐、ちょっと聞いてる――……ああもう! 何よこのバカみたいなガンジリウム! 電波が撹乱されてる! クソッタレ!」
ステルス性能にも肝要な電波吸収能を持つガンジリウムを塗布された装甲を持つ巨体が天を覆うことで、衛星との通信を阻害する。
更にはそのミサイルに充填されていたガンジリウムは、撃墜されてなおも電波を吸収・撹乱する一時的なチャフとして妨害の役目を果たす。
まさに、決定的に敵を殺害するために作り上げられた――そんな兵器と呼んでよかった。
だが、彼女の判断は早い。
「通信阻害により現地判断の必要アリ! 撤退命令の受諾は不可――迎撃するわよ、サム!」
まさしく、兵士だ。
最強の兵士を謳うに相応しいほど、その判断は全てにおいて
しかし――
「……その点について、大佐から既に指示されてしまっている。指示されてしまっているんだ、トゥルーデ」
兵士であるが故に、規範と法規を外れるという選択は除外されてしまっていた。
それでも――兵ならば、市民の安全の確保に尽力すべきだろう。
だが……仮に上級部隊が何かの作戦を考案しており、そしてその方が効率的で有用であり、ここで彼女たちが撤退しないことがその作戦の崩壊を招くとしたら? それがより多くの市民の死を招くとしたら?
確かに兵士としての理念と良心に従うべきだろう。ここで彼女が戦闘を継続しても、通常なら咎め立ては受けないことだろう。しかしながら、予め、通信異常についても指示があるというなら――そんな意味さえも発生してしまうのだ。
彼女は、十分に教育を受けてしまっている士官だった。
故に、
「……っ、なら一時的に見通し距離に移動するわ! 通信電波を確保する……サム、援護して! その後は街の人間の退避を優先して!」
選べる選択肢は、その一つ。
結果として、悔しさに歯を喰い縛りながらも箒に跨った鋼鉄の黒魔女は去っていく。
そして、取り残されたロビン・ダンスフィードが選ぶ選択肢はなんだろうか?
「……おいおい、あの連中だけでも随分だってのに。今日はハロウィンか? それとも春節か?
僅かに陰った口調と共に、天へと目掛けて向けられるプラズマライフルとレールガン。
敵が広域に広げた甚大な力場によって、武装の大半は封じられた。
無論それでいながら防げるほど容易い戦力ではないにしても――それでもロビン・ダンスフィードの武装とその相手は、相性が最悪と言う他ない。
或いは火力増設ブースターが未だに残っていれば、彼はそれでも正面から破壊できたかもしれないが……それは既に、
「ハッ、年貢の収め時――ってか? だがいいぜ。オレの年貢は随分とツケててな。……支払いがその器の小ささに収まると思うんじゃねえぞ、デカブツ」
しかし、その
たとえ
為すべきことを為す――――その命題のために存在していると言ってもいい社会的な機構にして、兵の最後の砦たる城塞のエンブレム。
不利も逆境も、知ったことか。
それらは全て踏破されるためにある――たとえその身が砕けようとも、だ。
「……それにテメェ、何をバラ撒いていやがる。テメェは、どこで、何をバラ撒いていやがる」
再び左右の地平から押し寄せる大量の大型ミサイル弾頭が照り返した陽光が、そのコックピットの中の全周モニターにも光の津波のように映し出された。
その銀フレームの眼鏡のレンズにも反射し、ロビンの表情は伺い知れない。
しかし彼には――
故にその漆黒の歯車は稼働し、彼を一つの機械の内部機構として――ここを死地として、完全に定めた。
殺さねばならない。
滅ぼさねばならない。
大地にガンジリウムの汚染を振り巻く死の化身を、ロビン・ダンスフィードは破壊せねばならない。
ジェネレーターの安全装置を解除。
過剰に供給される電力がレールガンの出力を跳ね上げ、疑似重力下での破壊力を確保する。
敵は巨大な破壊兵器。
友軍は戦意喪失。己は、あの、ハンス・グリム・グッドフェローのように兵の鼓舞も出来はしない。
だとしても――ここで死ね。
お前も、オレも、ここで死ね。
そう、銃身が稼働し――――奔る閃光。
ロビンのそれではないプラズマの瞬き。
爆裂するミサイル弾頭。
炸裂するプラズマ炎。
地平を覆い尽くさんとしていた敵機の飽和火力が、一陣の疾風に吹き散らされたかの如くに雲散霧消し――――入れ替わりに、
「――私が! 来た!」
白き無手の機体から齎された場違いに明るいその少女の声に、
「……………………………………あ?」
ロビン・ダンスフィードは、絶句した。
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