第93話 動き出す滅びの日、或いは月光照らす反魂の蝶
優れた兵器とは、どんな兵器だろうか。
何よりも圧倒的な火力を持つことだろうか。
それとも、何も寄せ付けぬ長大な射程を持つことか。
或いは、何にも揺るがない装甲? それとも絶対的な隠密性や精密的な探知性を持つこと?
――いずれも、否だ。
優れた兵器とは、必要の下、必要に応じて、必要なだけの破壊を引き起こせるもの。
野を焼くなら火を放てばいい。敵を滅ぼすなら、焼き払えばいい。全ては文明の原初にして叡智の先駆けであった火そのものを加工せずとも、十分な破壊と破滅を齎せるのだから。
故に兵器は、それが、支配下に置かれるものではなくてはならない。
その兵器は、ある点では理想的だった。
決して揺るがぬ絶対的な不可視の鎧と、その鎧を鎚として叩きつける牙。
数多吹き散らす鱗粉は電波を乱反射させ、電波的な騒音の中の静寂を以ってその特定を許さない。
例え損傷を受けても、大地に満ちたる材料を元に自己を修復し克己する。
そして正確なセンサーと複雑な思考ルーティンを持ち合わせ、高度に状況に順応する。
ああ、何と優れた兵器だろうか。
しかしコントロールのできない兵器は、災害に等しい。
そういう意味で、それは史上最低の兵器であっただろうし――……
『――――z_____N\______/\/\/\__』
同時に、かつての主がその支配において与えた命題へと応え続ける最良の兵器だったのだろう。
即ちは――
『―――――――z_____/\/\__¡¡¡__iii____』
――地上人類の、殲滅。
◇ ◆ ◇
風が強く吹き抜ける。
第二衛星の引力による潮汐変化の影響により高まった地熱と加速した大気の対流が、今ではこの大地に容易く嵐の如き風を作る。
赤土の砂埃が、寂れた冬の廃棄都市を通り抜けていく。
……いや、廃棄都市ではない。暮らす人はいる。
それでもその街の道路の大半はもう舗装なき赤土に変わっており、そこにはもうかつての文明の名残をまるで感じさせない場所だ。
僅かにでもアスファルトが残っていれば再生骨材に利用できたかもしれないが、幾度と続く豪雨と暴風に全て押し流されてしまっていた。
それでも――
「……今日は、空が見えるのね。急な雨が振らないといいのだけれど」
地下壕の入り口から僅かに顔を出した亜麻色の髪の少女が、扉を盾に目を細めながら天を仰ぐ。
すっかり雨風に崩れかけた墓標めいた都市より、かつての地熱発電施設とその整備基地を流用した開発地下シェルターこそが今やその街の大半と呼んでもよかった。
それでも、人は、可能な限り空の下に暮らしたがる。風を身に受けたがる。陽光を受けたがる。
その村に移り住んだ彼女も、そんなうちの一人だった。
「お嬢様……ですので、まず顔をお出しになるのはお止めください。何が待ち構えているかわかりませんから」
「守備隊の彼らがいるのに、ここまで辿り着けるような危険な方がいるとは思えないのだけれど……それに地上センサーでも確認しましたし……」
「それでも、お止めください。……何かあってからでは遅いのです」
狭い地上への階段を足早に駆け上がった少女を追うような形で現れた黒髪の青年が、静かな声で嗜める。
燕尾服の上に纏った防砂塵用のマント。
少女が簡素な長袖のシャツとダボついた整備士ズボンを纏っていることに比べたら、酷く奇矯な格好に見えるだろう。
「……もうっ。大丈夫よ、サーヴェイ。今の私に何かあったって、誰も貴方を咎めないわ」
ラフな格好の少女が髪を揺らしつつ肩を竦めて快活に笑えば、燕尾服にマントの青年は口を噤んだ。
このような都市で暮らす人間としては酷く奇妙な関係にも見えるが、実際のところそう珍しいものではない。例えばこの
貴族間の政争で切り捨てられた傍系。
あの大戦に乗じて根拠地で武力革命を行われた者。
この大地で廃棄された都市同様に、その不幸は実に様々であった――……しかしいずれも貴種という身分を捨てさせるには、十分なほどに。
そんな彼女らが今暮らすこの都市は、
他には戦火による破壊に復興の手が追い付かずにやむなく捨てられたところ、降り注いだガンジリウムの重金属汚染により諦められたところなどあるが……少なくとも、ここは
地熱発電施設とその整備基地であったというのも大きいだろう。その住民は、エネルギー問題については少なくともあまり悩むこともなく暮らせている。
他には文字通りの自給自足の生活を行わねばならない自由都市、それすらも難しく輸送隊を襲撃して生きる遊牧都市、或いは廃棄されたアーク・フォートレスに根差した城塞都市やそれらを修繕・稼働させた移動都市なども見られるが……いずれにせよ何らかの生存に対する深刻な問題が付き纏っているのだから。
「それじゃあ、今日も探索に向かいましょうか。……廃棄された重機械の一つでも見付かれば、休風期に地上に簡易農場が作れるかもしれないわ。この間みたいに広域通信機器が見付かったら、もっと商隊の立ち寄りを求められるかも。……ふふ。そう思うと、宝探しをしてるみたいね」
「ですが、お嬢様……やはり護衛もなく出回るのは……」
「問題ないわ。今更、私の命を狙う方もいないでしょう? 簒奪したその荘園の手入れで忙しいはずよ」
「……」
「ふふ……それに私はもう、お嬢様ではないでしょう?」
それはせめてもの貴族としての強がりだったのか、それとも堅苦しさから逃れられた未来への希望だったのか。
そう笑う亜麻色の髪の少女を眺める青年は、何とも言えない表情のまま口を噤む。
そんな青年の沈痛そうな面持ちに気付いた少女も笑みを消して沈黙し――……やがて、意を決したように拳を握って口を開いた。
「貴方も、父への義理立てなんていらないわ。ありがたいことだけれど……もう、あの家はないの。私は貴方に返せるものも何もないわ。……どこへなりとも、行ってくださって結構なんですよ」
口にしたあと、その言葉の持つ残酷さに気付いた少女はハッと表情を変えて慌ただしく手を振った。
「あ……も、勿論この街から出ていけという意味ではなくて……! あの昨日来たあの旅人さんみたいに荒野を好きに動ける人は稀でしょうし、ここを出ていくのは現実的ではなくて――……ええとその、とにかく……あの……私なんかに時間を使わなくても、と言いたくて……。サーヴェイ、貴方なら何でもできるのだから――」
「……俺は、不要ですか?」
「サーヴェイ?」
独白にも近い、呟き。
「何でもなど、できませんよ俺は。……それでも貴方が邪魔だと言うなら、ここを去ります」
「サーヴェイ、私、そんなことを言いたい訳じゃ――」
「……そうですか。では、まだ、このままお嬢様のお供を続けてもよろしいということですか?」
「それは……嬉しいけど……でも、でもね? サーヴェイの、貴方の幸せは……」
案ずるように肩一つ下から見上げてくる少女を眺めて、燕尾服の彼はどこか自嘲気味に目を閉じた。
吐息が、一つ。
「……人が見えてないお方だ。これでは、本当に心配になる」
「サーヴェイ?」
「……いえ。お嬢様は、とても世間知らずだと思っただけです。何とも悲しくなるぐらいに」
「えっ、そ、そんなことないわ!? これでも私、色々と勉強だってしているのよ!?」
そんなやり取りも、何度目になるのだろうか。
慌てたように表情を変化させる彼女を見守る燕尾服の青年のその背には、どこか、哀愁が漂っていた。
そして何かを打ち切るような溜め息と共に、
「……第一、俺を遠ざけてお一人で何とかできるので? この間も危うく遭難されかけたというのに……」
「あ、あれは……コンパスがおかしくなってて……!」
「局地的な磁気異常、と言うのですよお嬢様。……あの戦争で散ったガンジリウムと対流活発によるマグマの影響だと以前ご説明したかと思いますが。それとも、惰眠を貪っていてお忘れいただいたのか……嘆かわしいものです」
やれやれ、と肩を竦める付き人の青年はその慇懃無礼さを隠そうともしなかった。それが、自分と彼女の間の親しみの一種であるのだとでも言いたげに。
「う……サーヴェイの意地悪……」
「意地悪で結構ですとも。貴方様が失われるより、よほどいい。……俺は貴方の元を離れませんよ、お嬢様」
「っ……!?」
青年の声に含まれた色に、そこに何か奇妙な真剣さすら伴っていると思えてしまって――……。
少女はそう感じた自分にすら僅かに面食らい、それからしどろもどろに適当な言い訳めいたことを口にしながら足早に最後の階段を駆け上がった。
フードを目深に被って、何度も首を振りながら。
それは錯覚なのだ、と。きっと自分の勘違いだ、と。
自分の中に秘したる――いつしか芽生えてきてしまっていた想いへと注がれる恵みの雨を齎されたかのような、錯覚。
今はまだ、その感情に名前をつけたくなかった。
……そしてその感情に、彼女が名前を付けることはなかった。
「……雪?」
地上に登ると同時に気付いた、空から降り注ぐ粒。
よく見れば、降り積もっている。
強風に煽られたそれが、陽光を反射してキラキラと――雪というよりはむしろ、銀色の硬貨の破片にも似ていた。
それが数多、天から地を埋め尽くすように宙を舞っていて――……
「――っ、お逃げください、お嬢さ――――」
そんな青年の声は、彼女の耳には届かなかった。
唐突に世界が揺らぎ、回り、地面が近付いてくる。否、地面が近付いているのではなく――彼女がそちらに倒れ込んでいるだけだ。
この場に異なる人間がいたならば、彼女を見てこう診断を下したかもしれない。
呼吸器症状。中枢神経症状。
――紛れもなく、急性のガンジリウム中毒だと。
重度の中毒症状を指して眠り姫の病とも称されるその病は、しかし、急性の中毒症状の場合は違う呼び名で呼称される。
呼吸器の疾患――まずは気道の封鎖に伴って、罹患者は喘息同然の窒息症状に襲われる。
そしてその発露の段階に至っては、鼻孔の血管から脳へと取り入れられるか既に肺胞へと蓄積されたか――それらの重金属の微粒子が中枢神経系へと至り、全身の筋繊維が引き攣って硬直を起こす。
結果、
「けひっ、」
喉から漏れるのは、笑い声にも似たナニカ。
そのまま手足が反射によって何度か波打ち、それはあたかも陸に打ち上げられて瀕死同然になった魚か、それとも気の狂った異形めいた踊りか。
ある種のホラームービーの中のゾンビじみてもいるし、それとも、そのまま哀れな犠牲者なのかもしれない。
いずれにせよ、おぞましいという言葉でしか表せない代物になる。
「けひっ、けひっ、けひひっ」
亜麻色の髪を地面に振り乱させた彼女の頬に苦しみの涙が伝い――そして許されたのは、一つの行為だけだ。
酸素を十分に取り入れられないまま必死に呼吸を行おうとする肉体は、歯を食い縛らされたままに無理矢理に頬を釣り上げさせ――硬直する肉体が浮かべるのは、あまりに歪んだ泣き笑い。
故に、急性中毒はこうも呼ばれる。
――
……故に。彼女はただ、願った。
その苦しみのうちで願った。
十七年付き添ってきた、そしてもう己の意に従うことなくまるで動かなくなってしまった肉の檻の中で願った。
どうか――。
どうかこんな自分の顔を彼に見せないでくれ、と。
ただそう願った。心から願った。
それは一人の少女の切実な、そして、彼女の人生最後の願いと呼んでよかった。
ああ――だが――……。
「けひっ、けひっ、けひひっ、けひひっ、けひっ」
その願いは、聞き届けられない。
彼女は低酸素の末に――更にその末に、栄養失調により死亡するまで笑い続けるしかない。
誰にも癒せない。誰にも治せない。
死ぬまで笑い続けて、そして、その死は中毒症状ではなく絶食による餓死の果てにしか訪れない。
この星歴に、神はいない。
切なる祈りを聞き届ける神は――いない。
◇ ◆ ◇
軍用の防護膜を被せられて、大きな岩山を影にして砂塵の中に膝を付いたのは三機のモッド・トルーパーと一機の
そのいずれもが既に塗装を塗り直すほどの余裕もなく、度重なる戦闘の痕跡を癒やすこともできてさえいない。
しかしながら、全くの廃棄品同然と呼ぶには似つかわしくない程度には、整備や修理を受けている。
「それで、どうするんですか隊長……色々と世間はヤバいことになってるみたいっスよ」
その内の一機が、弾数の限られたアサルトライフルに長距離補正用レーザー照準器を付けて単発射撃へと機構を固定した一機へ、通信にて問いかけた。
「隊長じゃねえ。お頭って呼べ」
「今更、呼び名だけでも山賊の真似事をしようなんて無理ですよ。オレたちもう、自警団みたいなモンなんスから」
「……チッ」
その部下の言葉は真実だ。
彼らはならず者ではなく、同時、民間軍事会社の社員でもない。ある意味では傭兵とは呼べるかもしれないが――素性も知れぬ武力集団と呼ぶにはあまりにも規律立ってしまっており、そしてそれが故に今の在り方に繋がった。
生息四圏の正規軍の庇護を受けられない
ときに他の都市への略奪や、商隊への強奪が行われてしまう中にあっての貴重な自衛戦力――即ちは、民の盾だ。
「んで、どうするんスか? なんか【
「……」
「今更っスよね。オレらを地上に置いていって。何が崇高なる大義で、何が大いなる理念なんだか……アイツら、まともに戦場に出たこともねえんスよ。だから戦いをやたらと美化したりありがたがったりする……どいつもこいつも童貞野郎なんだ。映像でしか見たことねえから、やりたがるんだ。あのときの政治家連中みたいに……馬鹿共が」
「……」
部下の愚痴を聞きながら、コックピットシートに身体を崩して座った部隊長はテンガロンハットを目深に被り直した。
彼の悩み事は、まさしくそれだ。
正直なところ、まともな国家に帰属しているとは呼べない
今日を食い潰して、あるかも知れない明日を待つ。
弾薬の補給もまともに行えず、機体の整備も十分に行えない。それどころか、冬を超すことさえも苦労しなければならない――……。
少なくともその食事は
「……ま、食いもんがねえと生きられねえのはどこも一緒か」
「え?」
「なんでもねえよ。無駄に無線を使うな」
「使ってないと、錆付くかもしれないじゃねえですか」
「……チッ」
心配なのは、部下たちだ。
誰もが
ハッキリ言えば、クズみたいな生まれにいてゴミみたいな育ち方をしてまるっきりガラクタ同然の――一山いくらで買い叩かれるような人命。
……それでも、部下だった。
「お前ら、たらふく食えるのと……そうじゃねえのの、どっちがいい?」
「んー……この場合、どっちがどっちなんスか?」
「……隊長。正直、あの手の残党連中に十分な食事があるとも思えねーンだけど」
「しかも不味い。……やっぱり、このままこっちにいた方がいいですって。この間も、なあ? なんか商人が色々とくれて――……しかもほら、アイツら喜んでたじゃないですか。ありがとう、って」
「……」
そのまま話題を引き継ぐように和気藹々と日常を語り出した部下たちに、彼は深い吐息を漏らした。
適性が無いものは最低限の教育のみで、中等教育や高等教育すらも受けられずに職業に割り当てられていく――本国はそれを先進的かつ効率的と称したが、それがあの大戦の敗北に繋がったのではないかと彼には思えてならなかった。
ただ……
「……お前ら、嬉しいのか。感謝が」
「当たり前じゃないっスか。ありがとう、って言われて嫌な気持ちにはなりませんって」
「そうだよな。それにアイツら、なんかくれたりするンだから……隊長は貰ってないのか?」
「いいよなあ、なんか……俺、故郷でも言われたらことなかったぜ? よろしくお願いしますって……そう言われると、なんかいいよなァ……」
「……」
そんな彼らの言葉に、隊長機のコックピットに沈黙が満ちた。
間違いなく――間違いなくこれだけは言える。
あんな残党に組みしたところで、感謝など受けられる筈がない。狂信的なサークルの中でエコーチェンバーを繰り返すだけで世間の評価と乖離し、社会からは厄介事そのものの目を向けられる。そして、死ぬまでそれに気付くこともできない。
そんな環境に、部下や自分を投じるべきだろうか。
勿論、兵士――と言うより戦いに連なるものとして、どことない焦燥はあった。
このまま錆び付いて朽ち果てていく己への焦燥。生きているのに何一つ結果も残せず、軍人として誇れる手柄も立てられず、機能が風化していくことへのどうしようもない焦りにも似た感情。
彼ら【
真空の宇宙に街を作ったという開拓者の夢を、地上という領土を切り拓くことで今一度見たかったのではないか?
……彼には、そんな風にも思えた。それは確かに、彼の血潮という潮騒の奥でも静かにさざ波を立てるように眠っているものなのだから。
だが、
「……全機密集。前方への索敵を開始」
「うっス」
「……また強盗団かよ?」
「商隊の予定もない筈なんですがね。……念の為に、あっちにも警報流しとくか。今頃は」
その内なる呼び声も遠ざかる。
すぐさま意識を切り替えて、彼らは軍人へと立ち返っていった。
【前方、レーダーに敵機反応なし。金属粒子の乱反射及び反射電波の減衰を確認。電波投射による索敵の限界を具申します】
冷静に告げる女性の声――学習型機体制御AIの補助音声。アイナと名付けられた彼女も、非戦闘時の柔らかな声色からすっかりと戦闘用に切り替わる。
赤土に含まれた酸化鉄の影響か。
それとも、ガンジリウムの影響か。
流体時にのみ特定周波数にて力場を発生させるその金属は、固体の状態においては一定レベルの電波の吸収機能を持つ。塗料に含有されて使用されるそれらが、電波的には不利である筈の形状の機体たちに最低限のステルス性能を齎すほどには。
「ガンジリウム・チャフ……
「隊長、この砂嵐じゃ画像索敵もできねえ……アクティブレーザー探知も使えねえよ」
「熱源探知と音紋解析音響センサーに切り替えろ。あれなら――」
言い切るが、早いか。
強烈な衝撃が
「隊長!?」
「っ、問題ねえ――! コックピットの隔壁で止まってる! クソ、喰い付いたまま――なんだってんだ! 新兵器か!? 不良品か!?」
「隊長――!?」
トラバサミの罠にかかった狼か、それとも巨大肉食魚に噛み付かれた人間か。
胴の部分に撃ち込まれた大型ミサイルが、そのままコックピットの隔壁に牙を立てるように突き立っていた。
痛烈なデッドウェイトに機体がバランスを失う。
増設ブースターほど巨大ではないにしろ、あたかもその前後を入れ替えたように胸へ長尺物をぶら下げているのは機体制御という意味では最悪だ。
元来は空力圧への対抗として行う力場の
「隊長!? なあ、さっきから何を言ってるんだ!? 隊長!?」
部下が零した意味不明な叫び声に、一瞬停止する。
そして――その瞬間、であった。
【不明な機器の接続を確認。エラー。未登録のユニットです。アクセスコード不正。機体制御権への不正なアクセスを検知しています。
リーゼ・バーウッドという特記戦力のために、ただ一個人のために軍が対処を要求されたということの恐ろしき証明たるエラーコード。
それが吐き出される。
戦友として、相棒として、時には恋人としての役割を果たす管制AIが悲鳴のようにエラーを吐き出している。
コックピット内を埋め尽くす赤き警告ホログラム。
そして、
「ガンジリウム――流出!? 吸ってるのか!? 俺の体液を!?」
撃ち込まれた弾体に目掛けて働く循環装置。
そして、ほとんどの制御を奪われた中で生き残った全周モニターに映る光景に驚愕した。
胴に撃ち込まれた弾体の形状が変化している。
それは展開され、あたかも蛇腹のある触手の如く天へと伸びて行っている。
空へと――太陽へと――……さながら、麦の穂のように。
そして、混乱に包まれた彼へと告げられる――
「あなたは『ドナー】に指定されました。ありがとうございます》
――感謝の言葉。
それを最後に、彼の相棒は沈黙した。
部下たちの声も届かない。何も届かない。コックピットはモニターが映像を映すだけで、異常に稼働するジェネレーターの音しか響かない。
――否。
「やめろ! ふざけるな……何を……――やめろッ! ふざけるなチクショウ! やめろっ、やめてくれ――――! 頼む、お願いだ……やめ――――」
悲痛なほどの絶叫と慟哭が、その機体を覆い尽くす。
延長脊椎のままにシートから飛び出してコックピットハッチに近寄ろうとも、その扉を開けることは叶わない。
緊急脱出用のハンドマチェットを打ち込んだところで揺るがない。
拳から血が流れるほどに殴ろうとも、開かない。
銀の煙が舞う。
荒野に、銀の煙が舞う。
彼が護ろうとしていた筈の都市に目掛けて、猛毒の重金属が放たれていた。
彼はただ、兵器の一部として――使われた。
◇ ◆ ◇
砂煙の上を、蝶が飛ぶ。
大いなる蝶が飛ぶ。
死と隔絶の鱗粉を散らして、蝶が飛ぶ。
一度は撃墜され――しかし長き歳月の末に、再び地上で巻き起こった争いによる残骸を、材料を集めて自己修復を行った月の蝶が舞う。
敵を滅ぼすのに、味方を使う必要はない。
ただ敵そのものを、その本土を焼く兵器として役立てればいいという効率的な殺戮。
その銘を――【
地上を死の星へと変える、
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