第92話 悪夢の狩人、或いは衝突


 多くの文化圏において、蝶は死と再生の象徴――或いは霊魂や精霊の化身として表現される。


 死したる人の魂が、蝶の姿で現れる。

 或いは蝶が、霊魂の先導として飛翔する。


 そんな伝承には、暇がない。


 そして、そのは――――



 ◇ ◆ ◇



 空中浮游都市ステーションストロンバーグの道は石畳で整っており、それはかつての大厄災にて壊滅する前の欧州の古き街並みを思わせた。

 敢えて作られた坂や、敢えて不揃いにされた細い路地。

 それは在りし日を想ってのことなのか――人々の郷愁というのは、薄れ難く忘れ難いものであるのだろう。

 そして、その中に一人。

 その華奢な小柄をちょっとした白いライダースーツに包んだ桃色髪の少女――否、成人女性もまたある種の郷愁めいた小型二輪車を愛用していた。


「よしよし、沢山食べて元気に走りましょうねー」


 街に一つしかない、嗜好者向けのガソリンスタンド。

 今や世の大半が環境に配慮した電動車両になったその中でも、エルゼ・ローズレッドは敢えてガソリンで走るスクーターを使用している。

 ほとんどアンティークと言っていいし、やはり高層を漂うが故に内部循環させた調整大気へのその汚染に気を払う空中浮游都市ステーションにおいては重税の対象だ。それでも彼女は、戦後購入したそのスクーターを愛用していた。

 とぼけた貧弱青白ロボットのような、簡素過ぎてチープのような、むしろシンプルさの美しさがあるような、どこか可愛らしいデザイン。密かに名前までつけて可愛がっている。小柄な彼女にとっては、自分の腰の下の二本のそれよりも頼りになる足である。


 元々は飛び級での大学進学を機に購入したスクーター。

 その時は電動で、特にこだわりもなかった。

 ただ戦時中オペレーターとして従軍する中の待機時間で同僚のバイク狂から色々と説明を受け――彼女は二十歳上の恋人の影響だった――それから戦後、なんとなく手を出した。

 今では給料の使いみちの大部分である。

 他は、アンティークバイクのコレクショントイであったり、自作コンピューターのパーツであったり……衣食住が軍に保証されているので、そういう趣味に大いに活用していた。自炊能力がちょっと……ホンのちょっとだけ不得意というか若干だけいわゆるまあ多少は苦手にしていても生きられるとは、軍とは実に素晴らしい場所だとエルゼは思っていた。


「さて、と。新型モデルを見に行くとして――」


 指折り、今日の予定を考えてみる。

 ウィンドウショッピング。パーツ漁り。最高の娯楽。店舗に訪れずに3D商品イメージを眺める? ……冗談じゃない。VR空間の買い切りモデル? ……お断りだ。

 あとは……そうだ。マッサージだ。人の手ではなくマッサージチェア。しかもちゃんとした大幅かつ細かい身長調整機能がついてるやつ。そういう施設があった筈。

 いっそ買うのも悪くないかな、とまで思っていた。どうせ金の使いみちなんて大してない。他には美味しいものを食べるか、冷蔵庫の中の大量の缶ビールになるか、高価すぎるガソリン代に消えるか……それでも毎月そこそこ余ってはいるので口座には残っている。

 世の中は年末休暇の一色であるがなんのそのだ。

 鼻歌でも歌いたい調子で、軽快なエンジン音を鳴らした愛車を一撫でしたところで――着信。

 目を細めながら腕に巻いた時計型可搬デバイスを眺め、エルゼ・ローズレッドは露骨に顔を顰めた。そして、音声のみの通話モードに切り替え。


「……ああ、はい。はい。ご飯? ちゃんと食べてますって。こっちは問題ないですよー? ええ、はい、はい、ちゃんと聞いてますって……。……そういうの、お姉に言ってくれません? あの人わたしより優秀ですから」


 目を半眼にして、淡々とした言葉で。


「だから……あー、訓練が忙しいんです。上官がわたしのことを呼んでてー……駄目ですよー切りますねー忙しいんです今ー。軍隊なので無理ですー。それじゃあ」


 にべもなくあしらうように通話を終える。

 そして吐息と共に、一言。


「……お姉に連絡する口実にあたしを使うなっつーの。だから娘たちに見棄てられるんだぞ、っと」


 心の底からの呆れを表すように呟いて、だが気を取り直したように彼女はスクーターに腰掛けた。

 いざ、と右手を捻りアクセルを開こうとして――また着信。


「もしもし、なんですか後輩……エルゼちゃんは本日有給休暇の消化中なんですけどー? デートに誘いたいなら知能指数をあげてからにしてくれませんー?」

『休み中すんません、ローズレッド先輩! でも、緊急事態って――ニュース見たっスか!?』

「あんなの暇なバカが見るものですけど……なんです? ウサギとカメがチークダンスでも踊りました?」


 やる気なさげな言葉とは裏腹に、素早い手付きで他のホログラム投射型デバイスを操作。

 既にエルゼは仕事のために切り替わっている。否、諦めている。

 素早くホログラムヴィジョンをフリック――……【元宙間レースチャンピオン、新競技設立への熱意】……違う。【サー・ゴサニ製薬、画期的治療法の新開発】……違う。【徹底解説!次世代型アーセナル・コマンド:コマンド・レイヴン】……邪魔。【VR葬儀&コンポスト葬に待ったか!?】……違う。【フェデラル・ホール・エレクトロニクス、新型接続素子発表】……興味あるけど違う。

 【終戦記念式典、襲撃――――】

 

「……あー。もしかして先輩が追放されたのって、こういうためですかねぇ……」


 ポツリ、とエルゼは呟く。

 終戦記念式典は、十二月二十四日の実施。

 それほどのことがあったというのに彼女の有給休暇が取り消されることもなく――つまり臨戦態勢を取られることもなく――それでいて数日後に突然、民間のニュースとして報道される事実。現役軍人であるエルゼやフェレナンドが、軍からの通達ではなくニュースからそれを知る事実。

 それだけで、知れるものだ。

 そこに何かが蠢き、そして、そのパワーゲームが戦役よりも上に置かれてしまっているということは。


 身近なものは、誰一人、ハンス・グリム・グッドフェローの連盟離脱を真に受けていない。

 あの男がそうすることなど、世界が裏返ってもあり得ないだろう。

 あれは、常に連盟旗の下に立ち続ける。例え連盟自身がその理念の旗を裏切ろうとも、彼だけは最後までその旗の下に立ち続ける。かの主アクタイオンを狩り殺した猟犬の如く――その狩りという本分を全し続ける。


 それが、あの、鋼鉄製の理性クロームヘッドだ。

 英雄でもなく、英傑でもなく、ただの兵士として立ち続ける。エルゼはそう思っていたし、フェレナンドもそれに同意していた。

 だからこそ……


「どこで何やってんだか……ちゃんと戻ってきてくださいよ、先輩」


 彼女は吐息と共にそう零した。

 今はきっと狂言だろうと思えても――いつの日か。

 本当に彼が連盟を離れ、或いは連盟自身との対立を起こしてしまうのではないか。連盟が連盟旗の理念を裏切るならば、それを滅ぼしてしまうのではないか。

 どこかそう思えて、ならなかった。

 或いはもっと、別の形で――


「……はあ。年末年始ぐらい休ませて欲しいんですけどねぇー……まあ、それも込みで軍人なんですけど」


 やれやれ、と肩を竦めてスクーターの向きを変える。

 こうなってしまっては、これから忙しくなると思うほかなかった。



 ◇ ◆ ◇



 おお、恐るべき狩人よ! 血を青褪めさせるほど大いなる狩人よ!


 汝が全うせし狩りの名は人生。


 汝の名は――――



             ――ヘレス・サムエル・シンプソン【戯曲:悪夢の狩人】より。



 ◇ ◆ ◇



 ――以下、【図解アーセナル・コマンド】より引用。



 アーセナル・コマンドという兵器の特性については既に既知のものであろうが……その兵器の戦法の周知については、あまり一般的ではないだろう。


 つまり何故、有視界での戦闘が多用されるか。

 そして、互いに正対した状態での戦闘となるかである。


 まず、後者については単純な理由だ。

 人体の構造上、耐Gという観点から機体の主推力は機体後部に集中する。指向性を持たせられる力場と言っても万能ではなく、あまりにも違う角度に投射することにはエネルギーのロスも多い。また推進剤なども併用する点から、機体後部というのは推力に関する部位が集中するためどうしても装甲で劣る部分となる。

 故に、可能な限り相手には機体正面を向けるのが望ましい――とされる。

 そしてかつての戦闘機などの飛行とは異なり、力場の力により、一定の速度を持たずとも失速による墜落ということを防げるようになった。また同時に、停止状態や滞空状態からの再加速というのも容易に行える。

 つまり、一定方向へと常に飛び続ける必要がなくなったのだ。


 駆動者リンカーによっては継続した推力を発揮して絶えず高速で運動を続け、かつての戦闘機のような戦いを行う者もいるが……これはどちらかと言えば一般的ではない。

 どちらも超高速で飛び交ってしまうと、敵に攻撃を命中させるまでの機会と時間が著しく減少する。そうなってしまうと、攻撃による《仮想装甲ゴーテル》の減衰よりも時間経過による回復が上回ってしまう。

 これでは戦闘は千日手となり、弾薬を浪費するだけで決着がつかないのだ。

 劣勢側がそのような手段を用いることは実際に存在したが、それも結局のところはあまり有意ではなかった。

 結果として、必要な際に、必要な分だけ、必要に応じて高速での飛翔を行う――という形に戦闘形態は変化した。



 では、前者については何故だろうか。

 優れたレーダーがある。優れたミサイルがある。超高速で飛翔する艦載レールガンもある。

 それならば、有視界戦闘を行う必要はない――そう考えるのが一般的だろう。


 しかし、実態は異なる。


 まず一点目。

 それは、戦闘において「無制限に敵機を攻撃できる状況」というのがあまり現実的ではないためだ。

 これが可能であるのは、戦域に明確に自機や自機編隊以外の友軍機が存在せず――そして、撃破して良い敵目標以外が戦場に存在しない場合に限る。

 つまり、中立勢力が存在しているならば誤ってその対象を攻撃してしまわないかとか、明確に対象を敵機と判別不能とか、或いは戦域に複雑に敵味方機が入り混じっているとか……そのように遠距離から潜んで一方的な攻撃を行えない状況というのが確かにある。

 これを防ぐために敵味方識別装置が存在しているが、高度に発達した識別欺瞞AIによって高速解析及び急速偽装が可能となってしまっていること等によって、事実上の無力化をされてしまっている。


 続く二点目。

 戦闘する二国――特に衛星軌道都市サテライトの地政学的特性。

 無重力かつ真空という条件下に暮らしている彼らにとって、重力下・有大気下の航空機の使用並びに訓練というのは現実的ではなかった。

 海上遊弋都市フロートとの同盟というのにも、そのような意味合いがあったのだ。

 結果としてアーセナル・コマンドの開発に伴って、彼らは空戦の主体を航空機ではなく宇宙空間でも利用可能であるアーセナル・コマンドで設定するようになり――対する保護高地都市ハイランドも、敵力場による持続回復的防御という特性と衝突するため、偵察機や管制機を除いた航空機の使用機会を減少させていった。


 三点目は、ステルス性。

 高性能な電波吸収材の開発により、航空機同士での戦闘というのもレーダー利用による撃ち合いというよりも有視界戦闘の機会が増えていた。つまり、既に戦場の主体はそちらに移っていたのだ。

 そして現在では電波的な広域探知に代わって、赤外線による探知・画像識別AIと高性能カメラによる探知・レーザー利用振動測定機による探知・指向性音波反響による探知が主となっている。

 なお、これまで保護高地都市ハイランドはそれらのセンサー施設を広域に展開し、衛星を利用したデータリンクによって情報共有を行いレーダーよりも探知範囲に劣るそれらでも十分な防空網を形成していたが――……その通信衛星は戦争に先立ち大半を破壊されており、データリンクシステムの根本が破壊されていた――とは付け加えておくべきだろう。


 なお、ステルス性――についてではあるが。

 多くのアーセナル・コマンドが上記の電波吸収材を利用しつつも、形状としてステルス性の追求に向かわぬことには理由がある。

 高度に発達した電磁的欺瞞措置のその対策として、より進化した監視衛星による高性能の光学的な監視装置によって電波的欺瞞というのは極めて通じにくくなってしまっていた。

 そのために、ステルス性能により敵からの探知や照準のリスクを減らすことよりも、如何に敵のその攻撃で撃破されないか――……つまりは装甲性が求められる戦場であったというのが、大きな要因だ。


 進歩した科学技術と、戦争の状況こそがこの兵器を必然として導き出した。


 そう言っても、過言ではないだろう。


 皮肉にもそれはかつての重装歩兵同然に、生身の身体を拡張した装甲に包み込んで有視界で戦闘を行う――という形に回帰を齎したのだ。



 ◇ ◆ ◇



 四方を渓谷に囲まれ、まさしく陸の孤島めいて孤立する市街――。

 故にこそ、剥き出しの岩肌にはかつて坑道が掘られ、その後も保護高地都市ハイランドの地下輸送網に貢献したブルー・クリフ崖上都市。

 そこは今まさに、戦地に――それも星暦においても激戦区と呼んでいい場所へと化していた。


 降り注ぐ無数のミサイル。砲弾。銃撃。


 実のところ、あの大戦を経た上でアーセナル・コマンドの戦闘における定石というのは確立されていた。

 まず《仮想装甲ゴーテル》という力場に裏打ちされた、電力さえあれば時間経過によって取り戻される非実体装甲に対する対処法。

 これは、至短時間における飽和火力による突破こそが適切だ。


 つまりは、大別して二種類。


 一つは強力な力学的エネルギーや化学的エネルギーを有する攻撃の一点突破によって力場の持つ斥力を上回って、その実体装甲にダメージを与える方法。これにより内部の流体装甲を露出させ、ガンジリウムを流出させることにより力場形成の大元を奪う。

 つまりはレールガンやラージキャノン等による超高速ないしは重量弾による攻撃や、豊富な火薬を持つ大型ミサイルによる攻撃だ。

 もう一つは、広範囲に拡散する弾丸などによって力場全体へと負荷をかけて蓄電を全て吐き出させた上で、力場の出力を弱めて削り殺す方法。

 これは、至近距離でのショットガンの銃撃や、グレネードや小型ミサイルなどの爆破攻撃、或いはプラズマを利用した電磁誘導による力場への阻害及び熱エネルギーによる攻撃である。


 故に、継続戦闘能力ということを加味しないのであればミサイル――という戦法は手堅いものであった。


 その破片や爆炎による《仮想装甲ゴーテル》への打撃力。

 高速で飛行し続ける敵機に対する有意な誘導攻撃力。

 機体に比べて小さな飛翔体であり、他機とデータリンクを行えば極めて容易く協同攻撃可能である多角的な連携攻撃能力。


 バトルブーストによる急速回避によってその誘導可能角度から振り切られてしまうとしても、まずそのバトルブースト自体に力場の出力及び電力を消費する。

 つまりは、当てられようとも当てられずとも、相手に対処させるだけで《仮想装甲ゴーテル》の出力限界を近付けさせる役目も担えるのだ。


 戦時中は新開発されたアーセナル・コマンドという兵器の戦法の模索のために、搭乗者によって様々な兵装の選択がされたものの――……。

 大戦後に戦時中の教訓を活かし、更に兵という均一的な戦力を育成する必要に基づいて重ねられた研究の結果、今では『牽制かつ力場を失った機体に対する有効な攻撃となる連装小銃』『力場の上から敵機に打撃を与えられるレールガン』『敵の力場を減衰させるための無線ミサイル』『敵ミサイル攻撃に対する欺瞞兵器』などの構成が一般的となっていた。


 その上で――……


「な、なんなんだ……なんなんだコイツ……!」


 その機体は、を逸脱していた。

 まず、不気味なほどに――巨大すぎる金属切断鋏ボルトカッター。持ち手を大きく開いたそれは、アーセナル・コマンドを容易く呑み込むほどの弧幅を展開している。胴を容易く両断するであろう刃渡り。

 武装を伴っているというより、武装が本体とも思われかねぬ異様。推進剤の噴出孔まで備えられたそれは、最早、外付けの加速装置とまで呼んでいい――だが。


 その装備に比してなおも呑み込まれぬ威容を放つからこそ、その機体は恐ろしかった。


 王を迎えるように片膝をついた八機の人狼。

 コックピットのみを潰されて虚ろな空洞を胴に有するそれらは死人に等しく――……であるからこそ、それらの機体と鎖で接続された大元たるアーセナル・コマンドに抱く印象は、さながら死体を養分とする冬虫夏草だ。

 縦長に引き伸ばされたような青白き機影。

 それは、花人間に見えた。奴隷商の花人間だ。

 数多の鎖が接続した先の、痩せこけた大男じみてひょろ長い長身を形成する五体と、あたかも雄鶏めいて頭部から背部へ無数に展開した鶏冠とさかに思しき装甲板。

 薔薇だ。

 青白き薔薇の如き、人型だった。


 この現代に出現した機械的怪異存在――――……。


 そう背筋を薄ら寒くするそのアーセナル・コマンドは、何よりもその戦闘機動そのものが怪奇である。

 煙を吐いて追尾するミサイルを迎撃する対空砲火。

 それらは全て、鎖にて接続された虚ろなる人狼たちがその手に握ったライフルにて行っていた。

 寄生し、養分を吸い上げる人型肉食植物が死体で小隊を作っていると言うべきか――その青白き薔薇人間【ルースター】を中心とした異常なアーセナル・コマンド群は一糸乱れぬ連携で、多角的に迫るミサイルを掃射にて迎撃する。


「狂ってる……なんなんだこれは……」

「四方に散開! 集中砲火で仕留めるぞ!」


 ロビン・ダンスフィードの撤退警告も間に合わず現れた敵機へ、三体のハートの兵士ハーツ・ソルジャーが攻勢をかける。

 ハート型のように肩が上へと迫り出した逆三角形の胴。その手のライフルとレールガンを陽光に輝かせて、三機一編隊のままに空中から【ルースター】を取り囲む。

 僅かに時間差をつけて、斜めから撃ち下ろすような集中砲火。これで如何に敵機がバトル・ブーストを行ったとしても――


「――え、」


 一機が、絶句する。

 バトル・ブーストの移動距離については把握しているつもりだった。それでも敵機を機体正面に収められるとの算段で距離を取ったつもりだった。例えあの死神でも、数度に立て続けに急速機動しなければ躱しきれない間合いの筈だった。

 だが――――何故、その図体に、背後に回り込まれている? 直線軌道でしか移動できないというのに、何故?


『……流石は、黒衣の七人ブラックパレードと言う他ない』


 敵機の呟き。

 同時、一機の頭上をボルトカッターの刃が通過した。青き重装騎士【メタルウルフ】のガトリング砲から上がった硝煙――……彼が牽制したのだと、そこで知れる。

 気付くと同時に推進剤を全開に離脱を開始していた。

 赤きハートの兵士ハーツ・ソルジャーと入れ違いに殺到する小型ミサイル・散弾・レールガン・プラズマ砲・グレネード弾――――単騎にて一個中隊に比すほどの火力の嵐。鉄と炎の雨が、降り注ぐ。

 しかし、その一つとて敵機を捉えることはない。


 ああ、なんたることか。


 ときに先行する飼い犬に引きずられるように狩人狼ワーウルフの加速によってその場を離れ、ときに武装に振り回されるようにボルトカッターの圧力により回避し、ときに花が水流に攫われるようにその機体の姿勢制御によって攻撃を往なす。

 咲き乱れている、と呼んでもいい。

 青白き薔薇人間の【ルースター】を中心とした鎖で繋がれたアーセナル・コマンドが、一つの不定形生物が有機的に形状を変化させるかの如く、目まぐるしく位置を変えながらその力場の相互作用により破片の一欠片まで掠らせずに銃火をやり過ごす。


「なんだよ、これ……」


 兵の一人が思わず口から零した。

 この現代の戦場で、鎧めいた人型機械に身を包んだ戦場で、まさか、こんなホラーモンスターの如き存在に遭遇して死ぬのが自分の末路だというのか?

 そう神に問いかけたくなるような異常な戦闘機動。

 それは、ある意味で制圧者エンフォーサーと呼んでいい。その異様さを以って、戦場で会敵した全ての者の心を制圧するのだ。

 そして、


「――とっととオレの後ろに下がれ!」


 声を張り上げたロビン・ダンスフィードの通信に、反射的に出力を全開にする。

 そうしていた――そのまさに数瞬の後に撃ち込まれたプラズマ砲。長距離プラズマ砲の狙撃という、つまりを持ち合わせたブレードを射出するに等しい絶死の砲撃。

 近接で注目を集める異常機体と、遠距離から致死の砲撃を行う火力支援機体の部隊構成――――否、


「ごめん、サム。仕留め損なったわ」

「構わない、トゥルーデ。これは週末のダーツバーではない」


 確かに狙撃――そう判断して間違いないはずの距離だったところにいた筈の敵機が、砲撃と数瞬違わずに戦場へと出現した。

 黒き魔女――【ソーサラー】。

 まさにその駆動者リンカーが口にした機体名と同様、その金属の人型はこれ以上ないほどにだった。


 平均的なアーセナル・コマンドの全高を遥かに凌駕する――そうと思しき長大なる兵装に跨った軽装の二脚の機体。

 箒は推進機か、それとも超大型狙撃銃か。

 大きなとんがり帽子を被ったような頭部と、黒マントのように機体外周を覆った増設装甲板。

 全てが、大元である素体への追加兵装なのだろう。その換装によって多用途性を再現する機体と言っていい。

 その上で、ロビン・ダンスフィードは――


(とんでもねえな、特にこののっぽの方……冗談抜きで


 そう評価した。

 彼には、【ルースター】のあの機動のからくりが読めていた。

 推力重量比という言葉がある。つまり、機体重量に比べてその機体がどれだけの推力を持つかという指標であり、翼を持たずに離昇するアーセナル・コマンドにおいては当然この比率が一を大きく超えている。

 仮にアーセナル・コマンドを束ねて合体させたとしても、それを引き回して飛べるだけの余剰出力があるということだ。

 そうして、あの鎖で繋いだ狩人狼ワーウルフたちをあたかも角度調節可能な外付けのブースターめいて用いて、【ルースター】はあのように幻惑的なバトル・ブーストを行った。おそらく大元の機体とそのボルトカッター兵装の推力が余剰重量を牽引してなおも通常のそれを凌駕するほど飛び抜けて強い上で、バトル・ブースト中に牽引機たちのそれを段階使用したのだろう。それが、急速直線機動中に軌道変更を行いつつも回り込んだからくりだ。


 ……だが、だからこそ知れる。


 その駆動者リンカーは、全機と同時に接続を果たしていると考えていい。

 その上で全てを使いこなし、巧みに連動させ、あのような機動を可能とした。

 それはリーゼ・バーウッドの持つ電子操作能力と、マーガレット・ワイズマンの空間識能力を併せ持っているのも同然と言ってもよかった。


 友軍機の仕切り直しのために、再びその重火力の一斉掃射を行った【メタルウルフ】から――


「よぉ、気の利く後輩。テメーが、その部隊で最強……ってことで構わねえか?」


 砂埃の中に無傷で佇む【ルースター】に向けての通信。


 それは、最上位の称賛に等しかった。

 ロビン・ダンスフィード、マーガレット・ワイズマン、リーゼ・バーウッド、アシュレイ・アイアンストーブ、ヘイゼル・ホーリーホック……誰もが単騎で大軍を破壊し撃滅する術を磨いた駆動者リンカーだ。そのための精密性を突き詰め、彼らは単機のままに大量破壊を繰り出せる技能を磨いた。試されることはないが、文字通りこの惑星の全住民を個人で殺戮し恒久的に死の星へと変貌させることが可能なほどに。

 この、狩人連盟ハンターリメインズにそれはない。射撃や攻撃において人智を超えた精密性の発露はしていない。

 単に一対一を突き詰めたような――……。

 その方向性は黒衣の七人ブラックパレード最強のメイジー・ブランシェットや、最高の対応力のハンス・グリム・グッドフェローの在り方に近い。

 魔技も、絶技も必要ない。

 ただ相手を殺せばいい――――そんな風に作り上げられた狩人であった。


「……先達よ。俺からの忠告だ――俺は、最強ではない。俺ではなく、俺たちが最強なのだ」

「あ?」


 その言葉と共に――これもまた同じく、砂塵の内から無傷のまま現れた鋼鉄の黒魔女【ソーサレス】。

 彼女もまた、ロビン・ダンスフィードの初撃を全て捌ききった。狩人の名に相応しいほどの実力の一端を示した。

 否、それどころか――


「マルチアームド・アーセナル・コマンド――【ソーサレス】の力は、こんなものじゃないわ!」


 少女の声と共に突き出された野太い砲身。

 その黒き大魔女は長大な箒の柄と巨大な筆状の尖端を入れ替えるように掲げ直し、そして――――

 箒のその筆めいた部位が、

 そう、それは箒ではなく、だ。

 アーセナル・コマンドそのものを呑み込まんほどの直径を持つ紡錘状の超大なる砲身が高速回転を開始していた。

 同時、その部位の有する開孔部が一斉展開。

 あたかも上下に引き伸ばされた蜂の巣を振り回してその内の働き蜂を振り飛ばすように――砲身側面から一斉に放たれる光弾。


 土を穿つ。

 空を穿つ。


 砲身のその回転に合わせて、プラズマ弾は弧を描いて湾曲する。拡散される。放射される。

 振り回すバケツを手放したように、無数のプラズマが力場の作用が作り出す擬似的な遠心力めいた力に曲げられ、曲線を描いて撃ち出された。

 さながら、北極星を中心にした天体の運動めいて棚引く光の渦か。


 それは雨だ。

 一つの嵐だ。一つの炸裂だ。

 ――否、一つのである。


「――ッ」


 その破壊は児戯に等しいのだと、更に砲身は回転数を上げた。放たれるプラズマが、散発的な流星ではなく恒星のフレアめいて放射される巨大な回転光刃の如き――確かな密度ある破壊空間を形成する。

 空間そのものを撹拌するかの如き、尖った渦を作ったプラズマ弾幕。力場と熱の氾濫。もはや、光の空間掘削機とも呼べるほどのそれが――水平線目掛けて容赦なく突き出された。


 回る、回る、回る――――。

 砕く、砕く、砕く――――。

 削る、削る、削る――――。


 地票が粉砕され、地形が変形され、地殻が穿孔される。回転する穂先の、その直線上の全てを掘削して進む不可視にして可視の圧力。

 プラズマ化したガンジリウムは辺りを焼き払い、漂い、そしてドリルの回転力場の圧力と砲身からの放電に合わせて新たな力場を形成し、空間を無限に穿孔する光の尖嵐と化していた。

 その、あたかも歯車回転的な破壊渦――一つの小宇宙の天体運行めいた密度を持つ空間圧殺。


 これこそが【ソーサレス】。


 多種多様な特化兵装に転換可能な拡張性と、それを成り立たせるだけのジェネレーター出力。

 対一〇〇〇〇〇機ハンドレッドサウザンド・オーバーという言葉に虚飾や誇張なく、相対する全てを破壊する一つの最強の牙であった。


「……どう、サム! やっぱりあたしが最強よね!?」

「この圧倒的な破壊は、他に比類ない……だが……」


 刳り取られ、削り取られ、こ削ぎ取られた渓谷。

 山が砕かれ、谷が潰れる。

 街の周囲を覆っていた渓谷の荒野じみた岩肌は、その高温により融解して赤熱していた。

 破壊神と呼んで、なんら偽りない。人の作り出した兵器は、これほどの至短時間に地形すら破壊する能力を会得したのだ。

 だが、


「ハッ、なるほど面白い曲芸だったぜ。回せるのは皿だけじゃねえのは、大したサーカスだ」


 それでも荒れ野に無傷で佇む青き重騎士――【メタルウルフ】。

 その増設火力ブースターは損なわれ、ただ単機にて佇むのみだ。しかしそれでも、友軍も全て生き残り――ロビン・ダンスフィードという男の発する圧力は変わらない。

 否――


「……オレからの返礼も受け取ってくれや」


 

 掘り返された赤土の土中成分。射出されたミサイルの燃焼剤と、弾丸の硝煙。それらの摩擦。【ソーサレス】のプラズマ高温及び電荷。そして味方の防御を行いつつ、投棄した増設ブースターの構成素材――……。

 頭上に、急速発達した雷雲が形成される。

 己の支配下にない敵の攻撃すらも用いて大量破壊を引き起こす――それがかの撃墜数上位陣ダブルオーナンバーズの一角、第四位の制圧者ダブルオーフォーロビン・ダンスフィードという男であった。

 しかし、

 

「トゥルーデ!」

わかってるわよアイ・コピー、サム!」


 【ソーサレス】が大地へと逆さまに箒を突き立て、離脱する。放たれるプラズマが天へと目掛けて打ち出され――そのプラズマが作る電荷の道が、雷撃を引き寄せる。


「如何にお前が優れようとも、お前は神ではない。……雷霆を統べるのは、お前だけの特権ではない」


 単なる自然現象の一つであり、物理的に正当な帰結だ。

 プラズマとは、電離だ。物体を構成する分子が陽イオンと電子に分かたれ自由に飛び回っている状態であり――その陽イオンは、雷という負の電荷を引き寄せる恰好の餌となる。

 如何なロビン・ダンスフィードと言えども、現実に存在する法則を歪めることはできない。彼は決して魔法使いや超能力者ではなく、類まれなる計算と判断と操作勘の下にだけの人間に過ぎない。

 故に正当なる科学は、その、異能に等しい技術を制圧する。更に――


「消し飛ばしてやるわ!」


 ゲルトルートの遠隔操作により、直撃雷を受けつつも力場の掘削空間を天へと目掛けて放つ大型砲身。

 雷雲が、駆逐される。

 地形粉砕。

 天候破砕。

 それを可能とするアーセナル・コマンドこそが【ソーサレス】であり、そして、彼女はただ破壊のみを行う駆動者リンカーではない。

 狩りなのだ。

 彼女は狩人にして――制圧者なのだ。


 奇しくも、【狩人連盟ハンターリメインズ】におけるその成立番号はロビン・ダンスフィードと同じ第四位。

 同時期の四号被験体フィア・ムラマサを廃棄に足ると判断させ、安定性と破壊性によってその序列を塗り替えた少女――黒衣の魔女ブラックウィッチゲルトルート・ブラック。


 第一号の強襲手オーガ・ザ・ストーム

 第二号の葬送手エコー・ザ・レクイエム

 第三号の殲滅手ルースター・ザ・スローター

 第四号の迫撃手ソーサレス・ジ・アーテリー

 第五号の破城手ブルーランプ・ザ・ブレード

 第六号の撹乱手ラビット・ザ・タービュランス

 第七号の突撃手アイアンリング・ジ・アサルト


 その銘は、伊達や酔狂では――ない。


「ハッ、ハハハ――」


 ロビン・ダンスフィードは肩を揺らした。

 吹き飛ばされた雷雲。

 隔絶した機体の性能差。

 味方はことごとく戦意喪失も同然。

 故に彼は、笑うほかなかった。


「ハッ――ああ、久しぶりに思い出したぜ。ああ、そうだな……あのアーク・フォートレスってのを初めて見たとき以来か? あんときはバカ犬が真っ先に喰らいかかって喰い千切っちまったが――……ああ、確かにこんな感覚だったな」


 露出した赤土の岩肌に囲まれた渓谷。

 緩やかに構えたガトリング砲の先で、抉られた大地の上に陽炎が揺れる。

 対する先は数多の人狼を鎖に繋いだ人妖花と、長大なる主砲で武装した黒魔女。一方の青き重装騎士は装甲表面が熱にて融解し、その友軍たちは及び腰に固まっている。

 第三者がいれば、趨勢は決したと――そう言うかもしれない。


「へえ? あんなの程度にビビるなんて、黒衣の七人ブラックパレードも随分とかわいいところがあるのね?」

「ハッ。伝わらなくて何よりだぜ、カウガール? オレはこう言ったんだ……お前らは対一〇〇〇機サウザンドオーバーせいぜいだってな」


 しかし、その男――傲岸不遜。

 銀フレームの眼鏡を押し上げ、口角を釣り上げた。


「ハンター……さしずめハンドレッド・サウザンド・オーバーか? 御大層な名前のわりには中身が伴っちゃいねえな。オレたちより先を謳うなら、せめてもう少し楽をさせて貰いたいもんだぜ。……軍の後進がこんなザマじゃ、オレらも晩酌も楽しめねえ」

「……言ったわね、ロートル」

「言ったぜ、キッズ。それでテメーはマイムマイムでも踊るのかい?」


 その舌戦。その挑発。

 それこそが数多の歴戦をくぐり抜けた兵士と言わんばかりの態度に、ゲルトルートも獰猛な笑みを浮かべた。

 まさしく、頂上決戦。

 片や技量一つで全人類を殺戮可能な高みに至った極限の到達点と――片やこの世界が作り上げた科学技術の深遠によって成立した彼方への通過点。

 最早その闘争に、余人が関わることなど不可能。


 まさしく、その火蓋が切られようとし――


「――あ?」


 ――戦場に、一匹の、蝶が舞った。

 

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