第55話 慈悲深く、そして慈悲無き者よ。汝の名は死

 一言で言うなら、その攻撃は苛烈だった。

 四足の爪が、アンカーが、コンクリートに強く食い込み路面が割れる。

 毛を逆立てるように起立した【ホワイトフット】の漆黒の装甲板。剣山めいた無数の鋭角の先端から、無数の閃光が明滅し――考える暇も与えず、それは、来た。


「――ッ」


 豪雨。

 降り注ぐプラズマ砲の雨が、大通りを無数に焼き払っていく。

 比喩でもなく――文字通りに、雨なのだ。

 それは湾曲し、曲行し、その背から放たれたというのに全てが不可思議な軌道で曲がり――そして容赦なく降り注ぐ。

 爆裂の矢が、光の槍が、ただ無情に地上を薙ぎ払っていく。

 咄嗟の回避機動の真横で、路面が弾け飛んだ。

 終わらない。止まらない。駆り立てる獣の追跡の如く、弧を描いたプラズマの掃射は執拗な追撃として襲いかかる。


(力場で――曲げているのか、プラズマを)


 力場を利用したプラズマの曲射――。

 確かに理論上は可能である。《仮想装甲ゴーテル》というのは、力場にて迫りくる弾体を減衰し或いは排斥することがその役割であり、そしてプラズマブレードは実際力場によって形を整形しているのだから。

 理屈としては単純だ。

 しかしながら、この数のプラズマを前にそれを行うというのは――一体どれほどの精密にして複雑なる力場の操作を行えば可能だというのか。

 いや、そもそもの話――力場の操作とは、そうも精緻にして自在かつ流動的に働くものではない。


汎拡張的人間イグゼンプトか――……それに、この機体は……!)


 都市を焼夷する曲線を描いたプラズマの豪雨は、しかしその弾体――つまり大気中でプラズマが拡散せぬように抑え続ける、力場のその発生装置は共に撃ち出してはいない。

 故に、この獣の一撃は決して致命傷とはならない。

 かつて――……死したメイジーが、かつて利用していたプラズマ・ライフルは、力場の発生装置を核として撃ち出されていた。故にそれはプラズマブレードを射出するに等しい殺傷性を持った。

 そうでないならば、恐れるに足りないか。

 いいや――否だ。否である。

 千頭の閃光の羊が襲いかかる波濤めいた攻撃はそれ自体が脅威であり、


(文字通りの、か……!)


 地表をスライドするような巡航飛行で、ビルを盾に敵弾を懸命にやり過ごす。強大な熱量を持つプラズマは、しかし、力場によって制御されないそれは大気中で容易く発散していく。

 だとしても、多い。あまりにも多い。

 集積ミサイルの如き密度で、ガトリングガンさながらの速度で、ただひたすらに撃ち続けられるプラズマ弾。

 たとえ一発一発は力場の加護を受けていないものだとしても、こうまで放たれてしまえば、受けてしまえば破壊は免れない。

 ビルが穿たれ、道路が貫かれ、大気が熱く焦げていく。最早その余波でさえも、都市の火を免れた僅かな街路樹が自然発火するほどに。

 更に、


(つまり――……文字通り、こちらの刃も歯が立たないということになる)


 これほどまでとは誰が予想するだろう。

 プラズマを曲行させて撃ち出せるほどの《仮想装甲ゴーテル》など、貫くにはもうアーセナル・コマンドの武器では足りない。それこそ、あの神の杖でも降り注がせない限りはその力場を完全に奪い去ることなどできやしないだろう。

 そして、接近を封じる槍衾や矢雨の如きプラズマの弾幕。


 まさしく無敵。

 まさしく鉄壁。


 それが、このアーセナル・コマンド――【ホワイトフッド】であった。


(これほどの破壊力とは……ラッド大佐の見込みは、確かであったのだろう)


 ハロルドから聞いてはいた。

 彼ら【狩人連盟ハンターリメインズ】の中から、要請により【フィッチャーの鳥】への所属変更を行われた人材がいるとは。

 それは、ラッド大佐の要求を満たす水準まで届かなかったこともあるが――……自分という、ハンス・グリム・グッドフェローという、対一〇〇〇〇機テンサウザンド・オーバーを失ったからこそ強権的に求められたのだとも。

 かつて彼が自分に、仲間を討てるかと聞いたのは――そんな意図もあったのだ。あの名も知らぬ艦長の元で、もし友軍が都市をも焼く暴力として使われてしまったなら、と。


(……或いは貴官の言う監察とは、黒衣の七人ブラックパレードのようにいざとなれば仲間をも止めねばならないと――そんな素質を求めていたのかもしれないが)


 今、彼には聞けない。

 数多に打ち付けられるプラズマ炎の中、紅蓮の市街の中を飛行しながら勘案する――如何にすれば敵のその装甲を打破できるか。

 一つは、やはり、別にエネルギーを加えることだ。

 超高高度からの垂直降下によって空戦エネルギーを加えた上での両断。おそらく限界まで加速すればその装甲をも貫けるであろうが、しかしながら同時にきっと自分も死ぬ。行うとすれば最終手段だ。

 もう一つは――やはりこちらも、その強烈なプラズマ砲の防御をくぐり抜けなければならないのだが、


「――っ、しまっ」


 気付けば周囲に満ちた銀煙。

 姿を隠した敵に対しては、そうすると決めているのか――都市の低空を覆い尽くす気化したガンジリウムの煙。

 それ自体が高温である有毒のその気体は、通電に従い――


「フィーカ!」


 ――透明に炸裂する。

 装甲が、衝突し合う力場と力場が激しく軋んだ。無色の圧力は波濤となり、銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴンの全身を打ち据えながらも辺りのビルを砕き散らす。

 第三世代型コマンド・レイヴンでなければ――量産性と共に優れた性能を持つその機体でなければ、ただの一撃――或いはコマンド・レイヴンでも、幾度と受ければ砕け散ろう。

 そして、全ての電力を防御に回した――まだ立ち直り切らない機体のそこへ、


「――ッ」


 崩落したビルの煙を掻き分け、無数の光弾が押し寄せる。

 舌打ち一つ。奥歯を噛み締め、力場ではなくその加速全てを推進剤で補うバトル・ブースト。

 立て続けに。

 連続して。

 機体電力の回復まで凌ぎきろうと回避を続ければ――見る見るうちに、機体内の推進剤の残量が減っていく。

 当然だ。あくまで主体は、力場の偏向なのだ。推進剤はその初動の補助に過ぎず、決して戦闘機動の全てではない。


(通常、連戦を続けても――このような機体の装備構成アセンブルだからこそ推進剤もあまり使わず、いつまでも戦い続けることはできるが――……だが)


 逆説的に言うのであれば、推進剤頼りの戦いには極めて不向きということだ。普段の自分の機動は全て、急進的な回避を念頭に置いているのだから。

 ああ――何たることだ。

 感服する。

 敬服する。

 確かにハンターという部隊は、そのコンセプトは、あまりにも正しい。


 その銀煙の大量破壊にて敵の力場を打ち破り、障害物を粉砕し、加護なきそこに誘導したプラズマを叩き付ける。

 遠距離攻撃では貫けない装甲と、近距離での機動を封じるプラズマの対空砲火。

 あまりにも圧倒的なその黒き獣は――まさしく、その名に恥じぬ対一〇〇〇〇〇機ハンドレッドサウザンド・オーバーであろう。


(或いは、俺のような非才でなければ――……他の皆なら、それでも打破は可能だろうが)


 回避を続けながら歯噛みする。

 ハンス・グリム・グッドフェローの限界は、すなわちは機体の限界とイコールだ。

 機体の限界まで、或いは有する全ての潜在的な火力までは発揮できたとしても、それを決して超えることはできない。

 故の、非才。

 彼らは皆、アーセナル・コマンドすらをも。その性能の限度を超え、限界を超え、想定できるカタログスペックなどを置き去りにする。

 自分にできるのは――精々が、その上限までなのだ。限界まで引き出すことはできても、限界を超えることは――できない。


(……感服するしかない。フィアと言ったか。貴官は確かに、俺よりも遥かに上位だ)


 回復しつつある電力を全て推進力に回し、一目散に都市部のその地表から上空へと飛翔する。

 あの破壊攻撃を二度はさせない。

 その原因となる己の機動も戒めねばなるまい。自機への心配のみならず――この都市のためにもあの攻撃を繰り返させてはならないのだ。

 膨大に立ち昇る煙に紛れ、しかし、それを貫くように牙が如き紫炎が四方八方から襲いかかる。

 当然だろう。

 宙に浮かべば、それは全方位を敵の攻撃の場にすることに等しい。全く以って単純な定理としか言えず――そして己は、そんな定理を超越するほどの技量は持たない。


(ああ――……)


 認めよう。

 自分には、ハンス・グリム・グッドフェローには、彼らのような才は欠片もない。

 何ら、特別な力など持ち合わせない。


 メイジー・ブランシェットのような超越性も。

 マーガレット・ワイズマンのような反射性と空間識も。

 リーゼ・バーウッドのような並列処理能力と思考加速も。

 ロビン・ダンスフィードのような把握力も超精密性も。

 ユーレ・グライフのような戦闘勘も頑強性も。

 アシュレイ・アイアンストーブの如き対応力も認識力も。

 マグダレナ・ブレンネッセルのような洞察力も適応力も。

 ヘイゼル・ホーリーホックのような超感覚も計算性も。


 己には、何一つない。

 その全てが彼らに及ばず、そのどれもが彼らに伍し得ないのだ。

 故に目の前の光の嵐を放つこの機体が、その主が、まさしく彼らをも超えるべくして作られたのだと言われたら――ハンス・グリム・グッドフェローの才は、まるで比し得ない。

 分かりきっている。

 己には、あまりにも不足が多い。きっと、戦えば勝ち目などないと――そんなことは十二分に把握できている。


(だが――。俺はただ本分のまま、この都市を焼く貴官を撃破するのみだ)


 奥歯を噛み締め、上下左右から襲いかかる輝く狼の牙を見据えて――バトルブースト。

 両目を見開き、ただ頷いた。

 地獄めいた炎と煙と光の中、それでも己がやることは変わらない。自分に持ちうる武器は変わらない。


 自分にあるのは、ただ――――意志一つだ。


 それのみが唯一、万物を断つ。

 万象を両断し、万有を踏破し、万端を超越し、ただ意志一つで全てを塗り替える。

 己が有するのは、この理性のみ。

 その武器だけで――それは、あまりにも十全。一切万事、不足なし。


 才能による限界の突破、機体による限度の上昇、いずれも必要なし。

 ただ、意志だけだ。

 己のそれ一つで、あまりにも十分過ぎる――と、内なる獣も呼応する。


――


 言葉と共に己の内の深度が増す。

 潜航せよ――――己が内に埋没せよ。ただ、己という刃を、その静謐なる湖面を成立させよ。

 あとの一切、必要なし。

 敵を断つという――その有用性を研ぎ澄ませ。発揮せよ。自身の身にある命題は、ただその一点のみ。


 睨む先の、光線の主。

 怒りの刃を、憤怒の毛皮を纏った黒衣の狼。黒死の炎。死出の黒犬獣。

 その背にてプラズマ炎が形成されるのを眺めつつ――突撃する。

 曲を描いて射出される攻撃の欠点は一つ。

 敵の想定する着弾点よりも内側に潜り込んだ際、それは、全く射撃対象に対しての有効打になり得ないこと。


 故に、進め。

 善き狩人に後退の二字はない。

 躱すときもただ前方へ。迫る敵の攻撃へと敢えて肉薄し、ただその隙へ攻撃を置き行くのみ。

 一撃で削れぬならば積み上げろ。

 どこまでも――どこまでも果てしなく。どこまでも高く。どこまでも終わりなく。ただひたすらに、その毛皮を削ぎ、肉を削ぎ、骨を削ぎ、心を削ぐ。


 一撃での死など、この剣の本懐にあらじ。


 ただ果てどなく、永続して、殺人を継続し続けることこそが――此れなる不毀の剣の性能なり。

 そのために備えている。

 そのためだけに備えている。

 たとえ世の全てが敵になろうとも、その悉くを殺しきれるが故の――無毀なる剣の本懐なり。


(一、二、三、四――……六十二、六十四、六十八――……百あまり、といったところか)


 ブレードを放ち、それでも通じずに弾かれ続ける銃鉄色ガンメタルの機体の真横を抜けるプラズマ弾。

 その数をカウントし、改めて結論付ける敵の砲数。

 計百門ほどの増設装甲板にして砲門――そして、プラズマブレードかつ力場エネルギーブレードの刀身。

 それが敵の有する装備の全てだ。

 

 敵が撃ってくるということは、つまり、そこがという距離であるということだ。

 逆説的に、敢えて撃たせることでその武装の射程距離を推察できる。こうして戦いの最中に情報を収集することを、大戦中は幾度も行った。

 そのプラズマの源も無限ではあるまい。

 継続する戦闘は、一切落ちることのない戦闘力は、つまり時間の経過はただこちらへの利となる――それがハンス・グリム・グッドフェローの持つ最大の性能だ。


 しかしながら、今回はそれを発揮している暇はない。

 市街地に未だ残る市民の命は、戦闘の継続と共に失われていくだろう。

 自分は、自己に有利な状況で戦う暇がないということだ。それは許されない。

 ああ――だが構わない。不利は構わない。


 ――――。


 ただ勝つためではない。

 ただ生きるためではない。

 己は市民の刃たる軍人として、その盾である兵士として、そんな規定されている有用性をいつ如何なる場合も発揮できるように備えている。そのためだけに備えている。

 ならば、たかが勝ち筋の一つが潰されたからといって――というのだ。


(恐るべき機体だ……だが――)


 ここで己の有利を取れなければ戦えないと言うなら、そも、兵士になどなるべきではない。

 それでも剣を執ったということはつまり、ただ、役目を果たせということだ。

 つまりは、意志だ。

 意志一つだ。

 有利不利、得手不得手などは問題ではない。ただ己が本分を発揮せよと――――そう命じる己の意志こそが最も重要なことであり、あとの全てはだ。


「貴官との戦闘にかける時間はない。速やかに殲滅する」


 射程を測り、惹き付ける敵のプラズマ砲。

 曲線を描くそれを、僅かな機動で回避する。紙一重で、霧散とのその境界を闊歩する。

 いくら撃ちかかられようとも、いくら放たれようともこちらへは届かない。

 そんな状態のまま、紅蓮の炎に彩られる敵の周囲を飛行して――こちらへの接近を誘発させる中、驚愕した。


 にわかに沈み、そして跳ね上がった敵の四脚。

 明らかに跳べるとは思えない巨体はそれでも跳躍し、そして、空中を跳ね回りながらもこちら目掛けて突撃してくる。

 黒き暴風。

 ひときわに増設装甲板の――剣なる毛が逆立ったように開いた敵の両腕から迸る、巨大なるプラズマブレード――腕そのものを完全なる刃と化した絶死の魔剣。


 決して、遅くはない。

 むしろ、速い。

 他の余分な装備を削って速度を確保した当機には及ばないとしても、他のコマンド・レイヴンには相当するであろう――膨大な加速。

 そこで、気付いた。

 敵のその加速の絡繰りに。


(なるほど、このプラズマ弾は同時に――その巨体が十全に動けるだけのフィールドを作るという、そんな意味もあるのか)


 ガンジリウムをプラズマ化させて撃ち出しているプラズマ弾。

 その高温の流体は、更に燃え上がる市街は、幾重にも火砲が撃ち出され続けて熱された大気は、その流体ガンジリウムを容易く固体には戻さないのだろう。

 結果、その膨大な装甲板が発生させる力場と――散布されたガンジリウムが作り出すフィールドは、漆黒の獣を超高速の魔剣と化させるだけの効果を持った。


 あたかも二足歩行の狼の如く身を起こした【ホワイトフット】の跳躍――そして突撃。


 吶喊、バトルブースト――振りかぶられるその腕部プラズマブレードを、その内側に潜り込むように躱しながら、力場を全開。

 敵の力場との反発により己を斜めに撃ち出し、あたかもすれ違うかの如くに回避を図る。

 だが、その傍を通っただけでエラーメッセージが吐き出された。

 敵のその巨大にして重厚なる力場は、剣状の装甲板から発される力場は、ただそれだけでこちらの機体を苛むらしい。

 装甲が削られていた。


(心底、脅威と言う他ない……)


 そして空中を壁や足場の如く跳ねた【ホワイトフット】の巨体が、再び――迫る。

 巨大なプラズマブレードを有する、それ自体が斬撃の嵐の如き獣。

 決して防げず、妨げられない破滅の黒炎。

 なんたる恐るべき機体なのか――……幾度とその爆発的な襲撃を躱しながら、驚嘆するしかなかった。


(だが――……発射と突撃は組み合わせられないらしいな)


 おそらくは、あのプラズマ弾の曲射のためには力場の大半を利用する。

 つまりこのような超高速跳躍や超高速接近に組み合わせては、行うことができないという訳だ。無論、あれほどまでに射出しなければ射撃しながらの運動も可能ではあろうが。

 そしてこのような戦闘機動は、十分にガンジリウムが満ちている場でしか行えない。


 やはりと言おうか、火力に反比例するように継続戦闘能力はそう高くはないらしい。

 それでも数時間は戦闘を続けられるだろうが……。


 まあ、そんな分析などは良い。

 重要なのは――――別だ。


(――


 それこそが、こちらの策に必要不可欠であった要素だ。

 例の大量起爆のせいで、敵機の周辺は更地にされてしまっていた。それでは、考えた攻撃を実行できない。

 ビルの谷間を飛びながら、機体の頭部センサーによるスキャンを実行する――【生存者:ゼロ】。

 あの大戦を経て自軍への情報伝達のためにその建物内の残存人員を知らせる情報機能は、無情にも燃える市街地のそのビルたちの内情を知らせてくる。


 跳躍を取りやめ、再びプラズマ砲の砲台と化した敵機目掛けて機体を反転させる。


 炎に包まれたビル群。

 燃え盛り、炭化し、崩れ落ちる街路樹。炎上した乗用車。

 それらを眺めつつ、あたかも滑走路が如く敵の四脚機との間を遮るもののなくなった車道上を――飛行する。

 瞬くと共に撃ち出されるプラズマ砲。

 連装ミサイルの如く連続で射出され、こちらを目指してくる高熱の光の弾。


 それらをくぐり、躱し、振り切りながらも敵機目掛けて肉薄。

 咄嗟に身を起こした敵の前脚の巨大プラズマブレードを、真下へのバトルブーストにて回避。

 こちらを捉える敵機頭部の三つの光学バイザーを同じく眺めつつ――それを裏切るように、今度は切り返して上空へのバトルブースト。

 反射的に応じた敵機がプラズマ弾を放つ。

 惹きつけてから、回避。撃ち込まれる光の弾が、銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴンの背後のビルへと降り掛かっていく。


 それを繰り返し――直後、抜き放つはこちらのプラズマブレード。

 回避機動に合わせつつビルへと突き立て、切り倒す。

 さながら、達磨落としか。それとも朽ち木倒しか。

 その支柱を破壊されたビルが、支えを砕かれたビルが崩れかかると同時――『最大通電オーバーロード』――宙に流れる敵機が放ったガンジリウムを利用し、瞬発的な力場として倒れかかるビルを僅かに押しのける。

 結果、ビルそのものを一つの質量弾として――振りかぶられた金槌の如く、地に陣取った敵機の頭上目掛けて叩き付けた。


 しかし、


(これも――……防ぐ、か。デタラメな圧力と言う他ない)


 四脚を踏ん張る敵機の、その背中で逆立てられた剣山。

 外部にも弾ける程に紫電が満ち、起立するその増設装甲板の先――透明なる刃が、振り付けられたビルの残骸を更に砕き晒す。

 何たる暴虐か。

 何たる刃か。

 その機体の持つ力場の装甲は、鎧であり剣であるかのように――迫る攻撃を逆に斬り刻み、そして撃滅していく。


 それはまさしく、絶望と言うのだろう。


 万物を破砕する黒き炎の獣。

 砲台にして城塞であり、騎兵であり、剣そのものである破滅の獣。

 その【ホワイトフット】はまさしく対一〇〇〇〇〇機ハンドレッド・サウザンドオーバーの――そんな専用機であるのだ。

 まるで怪獣映画かのように暴れまわる破滅の獣。

 おそらく真実、あれでは刃が立たぬどころか斬りかかったこちらが刻まれよう。その出力が違いすぎる。


 自然現象に単なる人の身が抗えないと改めて理解させるかの如く――燃える街並みで咆哮する鋼の獣。


 ならば、如何にして打倒するか。

 そう考える、その最中だった。


「――グリムくん。手伝えることは、あるかい?」


 儚げな、力ない……それでいて穏やかな声。

 全てに疲れ切ってしまっていたとしても、それでも誰かを思いやり手を伸ばす優しさを持った男の声。

 突如としてコックピットに響いた通信のその声には――覚えがある。

 それはまさしく、また、炎と風という自然現象を司る擲炎者スコーチャー――――。


「アシュレイ……? まさか、アシュレイ・アイアンストーブか……?」


 黒衣の七人ブラックパレード――不殺の僧兵、黒の交渉人ブラックビショップ

 かつての戦いの友軍であり、仲間であり、そして軍をやめて医者に戻った筈の――無二の戦友であった。



 ◇ ◆ ◇



 その男を初めて見たときに思ったのは、何故、彼のような男がここにいるのだろう――ということだった。

 極度のストレスの連続で白くなってしまった銀髪。

 その先端は鼻先にかかろうかという秩序のない癖っ毛と、隈が濃い睡眠不足の銀色の瞳。

 首からは十字架を下げ、黒シャツ黒スーツを纏ったその姿はどこか葬儀屋めいていた。

 話は――……聞いた。元は医者であり、それが軍医に志願して、更に敵の地上部隊の攻勢により死亡した味方に代わってアーセナル・コマンドに乗り込んだことが始まりだという駆動者リンカー


 不殺を公言し、実行し、味方が幾度壊滅しても生き残ったという――自分と異なる、もうひとりの


 ――〈よろしくね。僕は、アシュレイ・アイアンストーブ……悪評は、有名かな……〉〈……今回、君とも、共同で任務をすることになったんだ〉〈せめて挨拶だけでもって思ったんだけど……はは、ごめんね、話しかけて〉。


 猫背気味の長身を曲げて、そう幸薄げな苦笑をして頬を掻く男性。

 どことなく卑屈そうに、或いは完全に疲れ切ったと言いたげにその隈の強い目を逸して……彼は握手に出そうとした手を、半ばで引っ込めて戻していた。

 ふむ、と考えて――確かこちらは、こう言ったと思う。


『ハンス・グリム・グッドフェロー中尉だ。貴官との会話を厭う理由はない。……もし貴官さえ良ければ、もう少し会話をできないだろうか?』


 熱力学兵器を用いて、敵のアーセナル・コマンドの内部配線などを焼き切ることで戦闘不能とさせるその腕前。

 そして、幾度の戦場で撃墜されることなく戦い続けるその腕前。

 それを成立させるに至った才能と、何よりもその研鑽と献身は自分にとってあまりに得難いものに映った。

 そうして幾らか会話を交わす中で、彼から改めて聞かれた――と思う。

 怖くないのかとか、嫌ではないのとか、不吉だと思わないのかとか、確かそんな言葉だった。


『俺が死ぬのは、他の誰でもなく俺が理由だからだろう。そこに貴官の責などない。それに、貴官はただ最後の一人になっても任務に邁進できる、極めて優秀な人材と聞いている。……見習いたい。聞きたいことも多い。良ければ、食事を共にどうだろうか?』


 提案は結局のところ拒否されて――……その理由はむしろ、こちらが彼を嫌がっているというよりも彼が他者との交流を嫌がっているとか、そんなものだったかと思う。

 どれだけ言葉を交わしても。

 どれだけ交流を行っても。

 生き残るのは彼だけで、常に――……どれだけ友誼を交わした相手であろうとも、物言わぬ躯となってしまう。それが彼の持つ懸念の理由だった。

 故に自分は、端的に返したかと思う。


『……貴官も認識のほどと思うが、俺もまた死神だ。少なくとも貴官を残して死ぬことはないだろう。……もしくは、二人同時に死ぬかだ。そしてそのような戦場にこそ、むしろ、貴官が友軍であることに安心しかない筈だ』


 ジンクスを気にしていられるほど、そんな戦い以外のことを考えていられるほど、自分は余裕と共に戦闘に臨める人間ではない――。

 そう告げた。

 結局、部隊が壊滅するというのはただの不幸な偶然で――……この激戦では珍しくないことだと証明されて。

 一度そこで別れてから、改めてマーガレット・ワイズマンの下、黒衣の七人ブラックパレードとしてお互いに再会する――そんな程度の関係だった筈だ。


 そんな程度の。

 得難い、戦友だった。



 ◇ ◆ ◇



 何故、アシュレイ・アイアンストーブがこの場にいるのか――。

 そのことに疑問を抱きはした。

 彼は戦闘を厭い、死神と呼ばれ続けることを厭い、犠牲になったマーガレット・ワイズマンと、死んでいった兵たちのために終戦までは戦いこそすれ、退役した。

 アーセナル・コマンドを何故有しているかは――……正直、この世の中で論ずるには今更なところがあろうが。

 しかし何にしても、特に敵があのような強力な装甲と相応の流体ガンジリウム循環パイプを有していることを考えれば、アシュレイはまさしくその天敵と呼んでいいだろう。


 あれほどの力場とはいえ、純粋に光子を歪めることはできない。

 彼の機体が有するレーザーは、そしてその照射による加熱と内部の回路や配線への破壊は――おそらく、最上に位置する決定的な切り札だろう。

 故に、自分のする回答は決まっていた。


「……いや、必要ない」


 そう告げ、降り注ぐビルの残骸を完全なる破片へと変えた鋭い炎の獣へ――その背から放たれる光弾へと向かい合う。

 宙に浮かぶプラズマの槍兵たちが、宙を漂う大鴉レイヴン目掛けてその穂先を繰り出してくる。

 それを、何とか躱す。

 盾にしたビルが融解し、或いは爆散する。

 容赦なく突き立てられる数多のプラズマの矢は、なんの呵責もなくコンクリートの建造物を喰い千切っていく。


「え、――」


 通信越しの、困惑するようなアシュレイの声。

 加速圧に耐えつつ、ビルの谷間を縫うように飛行しながら、彼へと告げる。


「アシュレイ、貴官との再会を嬉しく思う。……だが、貴官は軍人ではなく、医者だろう。如何に貴官の力が貴重なれども、その理念を損なうべきではないと思う。……貴方の手は、人の命を助ける手なんだ」

「――」

「俺は兵士で、貴官は医師だ。……その領分を犯すべきではない」


 打ち据えられたビルがまた一つ崩れた。

 その崩落の粉塵すらも掻き分け、プラズマ弾が迫る。

 都合――三十以上だ。数えるのも馬鹿らしい。通常の巡航機動とバトルブーストの組み合わせで飛行し、ただ一心に回避する。

 都市の黒煙と赤炎は、まさしく地獄そのものだ。

 眼下に映るその光景を眺めつつ、改めてこちらも口を開く。


「……その上で、もしも頼まれて貰えるなら一つだけいいだろうか?」

「なんだい、グリムくん。僕に何かできることとは――」

「――人を、救ってくれ」


 通信の向こうで息を呑んだような彼へ、改めて呼びかける。


「この火災の中でも、未だに生きている者もいるかもしれない。貴官は特に燃焼について、類まれなる知見を持っていると知っている。どうか――民間人の救助を。他ならぬ、人を助ける医師である貴官の手で――


 それこそが心優しき彼に相応しい役割だと――そう告げる。


「……やっぱりだね、グリムくん。君は、当たり前にそこにある命を尊ぶ心の持ち主だ。本当に――本当に、誰よりも優しい男なんだね……」

「俺、は」

「うん、ありがとう。……お言葉に甘えさせて貰うよ。実は、まだ、戦いは怖くて……ははは、情けないんだけど、震えが止まらないんだ」

「貴官は情けなくなどない。誰もが人を殺すこの場において、不殺を貫ける貴官のその研鑽と献身は、この世の何よりも強く輝かしいものだ」

「――――」


 大挙して襲いかかるプラズマの雨を縫う。

 一処に留まらないようにするしかない。この雨は、いずれ、敵のあの起爆の材料となる。そしてその絶命の魔剣の解放の下地になる。

 なるべく同じ場所を漂わないように旋回しながら距離を見計らうしかない。


「都市部の避難所のデータを送る。救助を頼む。……生き残りがいるなら、どうか、その心のケアに努めてほしい」

「あ、ああ……大丈夫。必ず助けになるよ」

「感謝する。……念の為に確認するが、そのデータ上の避難所で――こちらの機体の周囲に、貴官から見て生存者がいるだろう場所はあるだろうか?」


 アシュレイに呼びかけつつ、ホログラムコンソールを操作。

 ホログラムコンソール上に表示される友軍のデータ――フェレナンドとエルゼは生存しているらしい。念の為、機体での待機を命じていた甲斐があった。

 彼らには、【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】の残存勢力を連れて都市から一時離脱するように指示を飛ばす。

 洋上での待機。

 どう転ぶにしても、余剰戦力は必要だろう。そう勘案する。

 そして改めてアシュレイからされた回答はやはり、当機の周辺に生存者がいる可能性は極めて低い――炎の専門家としての彼から言わせれば、ゼロだそうだ。

 そのまま続けて、


「……ありがとう。君にまた出会えて、君が変わらないでいてくれて……本当に嬉しいよ、グリ厶くん。あの子から、聞いていたとおりだった……」


 噛みしめるようなアシュレイの言葉に、


「……俺は、優しくなどない」


 そう端的に返し、一度瞳を閉じる。

 彼に避難者や生存者の救出を頼んだ事は――無論ながら、その手を汚してほしくないという願いがあったからだ。

 それは嘘偽りない。

 だが――自分はより、合理的な人間だ。ただ理性がそうさせる。

 つまり、単純に――


(これで安心して、問題なく戦える)


 ――


 熱力学的エネルギー兵器の運用に長けた彼は、数多のアーセナル・コマンドを焼いてきた彼は、炎に対しての天才的な感覚を持つ。

 それを利用すれば、実に的確に『焼け落ちてなお生存者がいるであろう場所』を突き止められるだろう。

 こちらが全て終わったあとに探す必要はなくなる。

 生存者に怯えて、迂遠なる戦いをする必要はなくなる。


 十全に――


「どうか、祈りを。――貴官らには、もう、


 改めて敵機にそう告げ――目指す先は一点。

 この地獄めいた火に彩られたその都市の上空で、指揮者を失いながらも未だ航行する鋼鉄の城――航空要塞艦アーク・フォートレスアトム・ハート・マザー。

 その航行力は損なわれていない。

 そして、その機能性も――……接近に従い、対空砲火が返された。艦橋での指揮者の死亡への備えとして、艦内にも指揮所は存在している。

 生き残った誰かが、その指揮をとったのだろう。


 戦闘続行の意思は確認でき――故に救助の必要なし。

 つまり、


「フィーカ。以前の同型艦の破壊時のデータがあるはずだ」


 まずは先程斬り刻んだその甲板にブレードを突き立て、電力供給。

 航行に必要なエンジンやジェネレーターを残し――以前のエイシズ・ハイの撃墜時の演算によるデータがある――内向きの力場により、その乗組員の全てを殺傷した。

 そして今度は、沈めない。

 再びの電力供給に従う力場の操作――主を失い、なおも上空を漂うその船を、力場を操ることにより飛行の方向を変える。


 甲板に降り立ち、その両腕の刃を突き立てる銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴン


 死体を操り糸で動かすかの如く、艦それ自身の力場にて艦を殴り付けて操舵を行う。

 目指す先の黒い炎の四足獣――。

 敵機から釣瓶撃ちに放たれるプラズマの雨も、船そのものを盾として受け止める。その巨体に相応しい力場は、十分に敵の火砲を凌ぎ切る。

 いや、完全に防げずとも構わない。

 装甲が融解し、船外に流体ガンジリウムが噴出してしまうというならば――それもまた、加速のために用いればいいだけのことだ。


 そして、


「――使

 

 迸る紫電――――《指令コード》:《最大通電オーバーロード》。


 その身に抱えたガンジリウム全てを推進力に利用された戦艦が、紅蓮の都市を覆う地獄の窯の蓋が、乗組員全てが死亡した航空要塞艦アーク・フォートレスが。

 まさしく、鉄槌の先端として。

 甚大な加速を持った巨大なる質量弾として、【ホワイトフット】目掛けて――――叩き付けられた。



 ◇ ◆ ◇



 凌ぐ、凌ぐ、凌ぐ――。

 その獣は毛を逆立て、大地を踏みしめ、鋼と鋼が上げる悲鳴に包まれてなお――耐えていた。

 上向きに発生させる剣めいた力場と、艦が持つ重厚なる装甲と力場の衝突。

 質量そのものを攻撃に変えた、振り下ろされる鉄槌。

 敵機は耐えていた。獣は耐えていた。その全ての力場を上空へと向け、己目掛けて振り下ろされた金槌の先で踏みとどまっていた。


 故に――――


 奥歯を一つ。

 通電により、既に自力航行能力を喪失した航空要塞艦アーク・フォートレスより離脱する。

 あとは力場を失い、競り合うこともできなくなり、その機械の獣の発する剣型の力場により切り刻まれるだろう。

 それはいい。それがいい。

 ただ僅かなその時間に――こちらは、すべきことを為すだけだ。


「貴官自身が壊したこの都市により、貴官は葬られるのだ」


 地上間際を舐めるように飛行しながら、その路面にプラズマブレードを突き立てる。海上遊弋都市フロートを切り分ける。

 単純な話だ。

 如何に力場にて耐えようとしても、如何にその身体は砕け散らずとも。

 足場にされている海上遊弋都市フロートは耐えきれない。数多にプラズマ弾にて破壊され、あの透明な力場の爆裂にて歪められている都市は耐えられない。


 区画をプラズマブレードにて切断し、そして駄目押し――。


 両手足で鉄槌へと抗うように耐えている【ホワイトフット】を、その全てを対抗に回してしまった力場を――――その四肢を。

 切り刻む。

 破壊する。

 ただ一振りの剣として――――一閃、二閃、三閃。敵機の脚部を、完全に切断する。


『あ――……あ、あ――……あ――――』


 踏ん張ることもできずに、敵機のその胴が地面に落ちた。

 そこへと、船の艦首が突き刺さる。

 如何に力場にて応じようとしても、最早、切断されたその肢から銀血を撒いた敵機に抵抗はできない。

 完全に流体から失って押し潰されるのが先か、それとも都市部が耐えかねて諸共に水底に沈むのが先か――そんな二つの死だけだ。残されているのは。


 アシュレイの、民間人の救助は完了するだろうか。


 海上遊弋都市フロートを沈めるにしても、その全てが一息に沈むことはない。

 まずは、このブロックから。

 それでも浮力を持つ残りの部分は浮上を続け、やがて、もう抗えぬ程に海面に覆われるに連れて転覆するか破砕するかで――そうしてこの都市は沈んでいく。

 幾度と破壊したから、覚えはあるのだ。

 おそらく自分はこの地球上で、最もこの都市を破壊するのに適正がある男だろう。


(……その轟沈までの間に残る市民の救助は叶うだろう。俺一人では難しいものだったが……アシュレイが居てくれたなら、それも容易い)


 フェレナンドたちへと、敵機撃墜の報告を送る。

 残る作業は、市民の救助だ。どれほど生き残りがいるかはわからないが――……それでも見捨てていい理由などはない。

 視線の先の敵機は、肢を失った獣は、押し寄せる船を力場とプラズマにて懸命に破壊しているが――もう手遅れだろう。

 そのまま押し潰されて死ぬだけだ。

 もしくは、海中に没するか。

 何にせよ、最早脅威ではない。トドメを刺すことも今なら容易いが――――


「……脱出を行うならば、手早く。投降するなら命は奪わない。必要な処置があれば伝えろ。援助する」


 脅威でないなら、破壊の必要はないということだ。

 そう呼びかけ、しばし待つ。

 その間も航空要塞艦アーク・フォートレスの船首が突き刺さった敵機は、岩に潰され藻掻くような敵機とその装甲は不協和音を響かせている。

 そして――……ややあって、通信が入った。


『お星、さま――……あなたは、どこに――……墜ちたかった――……?』


 喘鳴と吐血の混じった通信。

 手遅れだろう。そう思いつつ、こちらも言葉を返す。


「……俺に、落ちる先などない。俺は常に両足で立つ」

『そっ、か。あなたは――……あなた、たちは――……パレード――……』

「……」

『お星様、きれい――……きれいな、お星様――……また、たすけて、くれた――……たすけてって言ったら、来てくれる……』


 一本だけ残った前脚を、まるで手のように燃える街並みへと伸ばす【ホワイトフット】。

 臨死に際して、意識が混濁していると言うのか。

 その年若い駆動者リンカーの中では、自分が街を焼いたという自覚はなく――ともすれば自分が戦闘に巻き込まれた市民であり、こちらをその救助者とでも思っているのかもしれない。

 そして、


『うん、いたんだねぇ――……嬉しい、ねぇ――……』


 都市の路盤が、地盤が砕ける。

 質量弾とした攻撃に耐えきったのは、驚嘆に値するだろう。優れた機体と駆動者リンカーであると、そう認識する。

 だが、戦場としたその都市は――耐えきれなかったのだ。


『ヘイ――……ゼル――……』


 自分の戦友へと呼びかけるそのような声を残して、ついに黒き炎の獣が――【ホワイトフット】を戦艦と挟み込んでいた地面が砕け散る。

 最早、助けはない。

 如何に優れた装甲を持とうとも、力場を持とうとも――水中にあって生きていくことなど、できやしない。


「沈むがいい――……貴官が奪った、その重さで」


 こちらのそんな言葉に、返される声はなかった。

 一際大きな音と共に海上遊弋都市フロートの基盤は砕け、そして、二つの黒き塊は海中へと飲み込まれた。

 その強烈なる揺り戻しで都市が揺らぐ。

 大きく波打ち、砕けた区画を元にした亀裂が更に大きく広がり――或いはそこから流入する海水によって、遠からずこの都市も滅ぶだろう。


「……どうか、せめて安らかに。誰も皆、その死の果てには、ただ安らかなる眠りを」


 呟きつつ、拳を握り続けていた。

 これの何が助けのものか――こんなものの何が。殺すしかない、これの何が。

 誰も彼も死んだ。市民も、軍人も、少女も、少年も、老いも若きも――……全てが燃えて、死に絶えたというのに。

 そう、叫びたくなった気持ちを切り替える。

 戦場において、己に感傷は不要だ。

 泣き叫びたければ部屋に籠もっていればいいのだ。なのに、それを行わなかった。ならばあとの一切の帰結の責任は自分にある。

 苦しいのは己ではない。

 もう苦しむこともできず――そしてそれを拭うことも永遠にできない、かつて生者であった死者だけだ。


 そして己は、死者に曇らない。

 その死脂を寄せ付けず、その死血に曇らない。行うのは、ただ生者に向けて――それだけでいい。

 ヘルメットの前で十字を切り、再び両手で操縦桿を握り締めた。


「ノーフェイス1、全機の殲滅を確認。……可及的速やかに救助に移る」


 あとはただ、剣ではなく兵士として――その有用性の発揮に務める。

 ただ、それだけだ。

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