第52話 人が死ぬとき、或いは墓標、またの名を聖者の行進
考えることがある――いや、あったと言おうか。
かつての気候の変動に伴って噴火した火山灰の堆積した廃都市で、重金属の銀色の雨が降り注ぐ汚染された灰色の都市で。
ヘルメットを水滴が伝わる。廃ビルを利用した作戦指揮所に戻り、使い捨ての外套を脱ぎ捨てる。
『あ、お疲れ様です先輩! コーヒー、どうですか?』
『感謝する。……状況は?』
モニターの前で、オペレーターが――桃色髪の一部を後頭部でリボンで括ったエルゼ・ローズレッドが首を振った。
偵察に出た斥候からの報告は入らない。
他に待機する面々も皆、どうにも僅かに疲れが見える。
つまり、ほぼ、残党とその掃討だ。
しかし残党であろうとも警戒を絶やすことはできない。そもアーセナル・コマンドは単騎で敵都市を焼き尽くすに足る戦力だ。実行した己が、なおさらよく知っている。
今やこの地上で唯一のマスドライバーを握るのは、何たる皮肉か自分たち
あの
『いつまで続くんですかねー、これ』
『……敵に聞かねばな。次は生かして捕まえるように努力する』
『や、あの、先輩……そういうのドン引きされますから。笑えないですから。……もー、エルゼちゃんの忠告を聞いてくださいよー。何度も言ってるんですからー。面倒見きれなくなっちゃいますよ?』
『……失礼した。何か問題ある発言、とは理解できた。すまない』
『うーん、この。理解してないのに謝るこの男……』
彼女が口を尖らせると、釣られて待機している面々も笑った。
年若く、そして見目も若い彼女はこの部隊の清涼剤になっているようだ。自分のことを先輩と呼ぶのは……どうも卒業した大学の後輩らしい。ただし年齢の差から考えて、彼女が飛び級でもしていない限りは直接的な先輩後輩関係にはないだろうが。
戦も終わりになりかけて、開戦当初に比べて地上の兵力が安定してきたからだろうか。彼女のような民間人徴用も含めて、また、軍隊的な規律が戻ってきていた。
戦闘当初の絶望的な状況下での単騎による都市破壊。
そして、戦争中期での規律が乱れた傭兵の群れのような状態での乱戦や合戦。
それを経て、また、軍隊は取り戻されつつある。
開戦から一年強。ある種の、古参兵や手練兵のような人間も出来上がってきていた。
『全く、嫌な雨ですな。グッドフェロー小隊長殿。……こうも金属を含まれるとレーダーも上手く効きませんよ』
『ああ。だが、より大きな問題もあるだろう、軍曹? ……洗車が大変だ。貴官がせっかく組み立てた愛車のな』
『ははは、違いないことです。まあ、ボディを塗り替えるのにスプレーいらずってことで良しとしましょうや。気分転換もしたかったんでね。銀色も悪くない』
『そうか。雄々しい貴官にはあまり似合わない車体になりそうだな?』
『はっはっは、それでも乗りこなしてみせるのがいい男というものでしょう』
『違いない』
軽口を叩きあってから、改めてホワイトボードに貼られた周辺地図を見る。
マスドライバーまでの道程に設けられた数多の広域防空レーダーと精密レーダー。自分たちの守備対象が記されている。
個人が都市を焼けるほどの暴力を得たに伴って――しかし裏腹に、
現在のこの部隊の主任務は、マスドライバーの破壊を目論む敵のアーセナル・コマンドを迎撃すること。
あの
アーセナル・コマンドによる強襲を避けるためには、結局のところ縦深防御が採用されている。
在りし日の散兵戦術のように各所に見張りのアーセナル・コマンドとレーダーで網を作り、網にかかった敵へ機動即応部隊による有機的な迎撃を行う。重要地付近には複数の火砲で武装した要塞を設けて、その迎撃または遅滞を図るというものになっていた。
空域の制圧に関しては複数の
(……
このドクトリン自体は、元はと言えば彼らが用いていたものだ。
豊富なガンジリウム資源を背景とした
更に、小型の
この浮遊兵器を作戦空域に展開・随伴させることにより、彼らは増設ブースターを利用した
(今、戦後のことを考えても仕方がないが……戦時中はともかくとして、戦後はどうなるかだ)
いずれの防衛についても、問題となるのはそのコストだ。
仮にこのまま戦争が終わったとしても、やはり、アーセナル・コマンドのその機動強襲力の脅威というのは変わらない。
世界を焼くだけの火は、撒かれてしまったと言う訳だ。地上全てに。
そんな憂いを切り替えて、指揮官としての役割を果たそうと地図を指差す。
『航空監視にかからないということは、あまり一箇所に数を揃えてはいないだろう。攻撃の際は行動後に戦力を集中させるか、複数から同時多発的に攻撃を行うか、その両方か』
『なるほど、つまりどうなるんです?』
『大隊に来た情報では、敵軍は未だに逆転勝利を諦めていないそうだ。どこかしら後方の根拠地への集合……或いは狙うとしたら、一大攻勢のために、こちらのレーダーの破壊だろうな。あとは、こちらの監視レーダー増設や進軍への遅滞行動か。後者二つならそう兵力を割けない散発的行動になる』
『なるほど、いずれにせよ……つまり我々が最前線、というわけですな』
『ああ、待っていても敵からこちらにくる。そう思えば楽な任務だな、諸君?』
そう言えば、皆、肩を崩して笑いを浮かべた。
今度の冗談は効果的だったようだ。戦闘が続く中での強がりには、大切な意味がある。
彼らの顔を眺めて安堵に胸を撫で下ろしながら、考える。
十分な防御設備を整えた
敵の一兵までをも除くまでは、安堵には遠い。
敵が抗戦を続けるのは、それを理解しているからか――それとも別に理由があるからなのか。
『……それにしても、何故、彼らはああも戦い続けるんだろうな』
『おや、
『俺は――……そうすべきだと思ったから、実行した。その程度の考えしかなかった』
『ははは、聞いたか皆? 我らの小隊長、流石は鉄の男は言うことが違う。これがあの悪夢のような戦いから生還した御方だ。我々がこうして勝利に手をかけようとしているのも、このように不感症の方がいたからだ。女性には悪いが、中尉殿の不感症に感謝を』
先程の冗談よりも大きな笑いと拍手に包まれた。
解せない。
何かおかしなことを言ったかと内心で首を捻る。皆笑いすぎだと思う。構わないが。少し酷いぞ。実際は真逆なのに。
そんな笑いに包まれた面々を眺めつつ、軍曹は僅かに笑みを消して、静かに言った。
『ま、単純ですよ中尉殿。奴らももう、そうするしかないんですよ。この地上に置いていかれた……そのことに憤るか、自分たちを神聖視するかのどちらかです』
『そうか……』
『どんな人間にも神は要ります。……彼らは、自分とその戦いがそうなのでしょうな』
軍曹の言葉を聞きながら、建物の外にぬかるみを作る雨へと目を向ける。
重金属の雨。
戦争が作った汚染の雨。
しばらくは、止みそうになかった。
◇ ◆ ◇
――時刻、一三:三五。
奥歯を噛み締めてバトル・ブースト。
音速を超える加速圧に耐えつつ、振り抜くブレードで一機、二機と葬っていく。
赤熱した断面が、溶解した機体の上半身が路面に接触し舗装を破壊した。そこへ遅れて、砕けたビルの窓ガラスが降り注ぐ。
あれから五度――都合十七機ほどを撃破した。
やはりというべきか、投降の要請に答えるものはいなかった。
思い出されるのは、大戦の終盤時に当時の部下から聞いたそんな言葉だ。
自分たちの住処を遠く離れて、本国から友軍をも巻き込む爆撃を受けて、降伏も投降もできず、地上に溶け込むこともできなかった兵たち。
彼らの魂は、囚われてしまったのだろう。戦場に――燃える地上に。資源衛星B7Rのもたらした狂った力場に。
通電により力場を形成する高温の流体ガンジリウムをその身に巡らせ、ガンジリウム・チタニウム合金やガンジリウム・ヴォルフラミット鋼が骨や肉を作る機械の身体。
脊椎での接続により拡張された意識と肉体は、その魂を置き去りにする。鋼鉄の中に――炎と煙の戦いに。
何とも言えない気持ちにもなるが、それを保ったまま切り替えた。今は別に大切なことではない。
「五名か。……生き残った方だな」
モニターの先には、無造作に路上に並べられた頭部とコックピットのみとなった機体。
幸運にも周囲への被害物がなかったために、速やかなる撃破の必要はなく四肢の破壊の余裕があった敵機たちだ。
一つ考えているのが、敵が何故こうも大規模な破壊を行ったのか――ということだ。
元より正気や論理性を期待はしていないが、それにしても不可解だ。その装備から勘案するにおそらくは戦時の軍用品を持ち逃げしたか、それとも破棄された機体を闇市場で買い漁ったがであるが――……後者ならその資金源が不明だ。
旧世紀のテロリストは、人身売買や麻薬売買ほかの闇の産業ないしは敵対国からの援助によって資金を稼いでいたとされるが、【
或いは以前のロビンとのあの飛行機での事例を見るに、実際にその尖兵として金を集めている者も実はいるのかもしれないが――……今はいい。
支援についても今はいい。
ただ自分の、前線指揮官としての観点からいうなら、今回の敵の企図とその行動についてが非常に釣り合わないということだ。
(おそらく、例のアトム・ハート・マザーに対しての攻撃を行う――そして民間人を巻き込む迎撃を行わせようとする。それはいい。だがあまりにもお粗末だ)
現実として、往々にして軍隊が信じられない行動を行うというのはあり得る話だ。実際、前世でも現世でもそれを目の当たりにすることはあった。
しかしながら、これだけ大規模となると――過去のあの戦闘を鑑みても――それなりに妥当な、組織立った作戦の立案も有り得るだろう。
何故、当該目標の到達を待たずに攻撃を行ったのか。
何かの事情により戦力の隠蔽が難しくなったが故の突発的な事態なのか。……いや、あの宣誓を見るにそうではない。これは企図して行われたものだ。
(他に本命がいる――……と見て間違いはないと思うが)
それがあの【
どうも彼らの口ぶりに従えば、少なくともそれぞれの戦闘員の間で協働した作戦とは考えにくい。
また、マクシミリアンがそんな作戦を許容はしないと――信じたい面もあるが、それは個人的な感傷なので放置していいだろう。
何にせよ、材料が足りないと言うことだ。
ならば、集めるしかないだろうと、敵機へと通信を行う。
「正規軍のみならずも戦闘員の取り扱いを受けられることは国際法上に定められるところだが、貴官らは、軍事目標以外への破壊攻撃を行った深刻な戦争犯罪者だ。戦争法規の遵守を行っていないため、戦闘員の要項を満たさない」
何某かの反論をしていたが、無視して続ける。
「戦闘員として定義されぬ貴官らに対しては、捕虜としての取り扱いは認められない。加えて、
必要な前置きなので理解を求めたかったが、どうにもがなりたてる彼らの物語にはあまり差し込むことができていないらしい。
本来ならば根気よく、カウンセリング或いはセラピーによって彼らの精神状態の改善を図るべきであり……そうできないのは残念で、非常に無念だ。
だが現在、その余裕はない。そして必要性の観点から、取り扱いの順位は下だ。
「無論、拷問等の禁止に関わる条約によって捕虜かの如何に関わらず、貴官らに拷問が施されることはないので安心を。しかしながら、この法規では合法的な制裁等の範囲においての苦痛は拷問と規定されない。――連盟最高議会の採択に従い、貴官らに適法な範囲での尋問プログラムを実施する」
通信を一旦切り、コクピット内の管理人格AIへと呼びかけた。
既に解析を終えた敵機のセキュリティについては、やはりテロリストと言うべきかあまり優れたものではないらしい。つまり、実行上に問題はない。
「セキュリティの解析は完了。その
『本当に、実行するのですか……?
「法的に保証されたものだ。医学的にも問題はない、と所見は出ている。そして今回においては、その適用が完全に適法である」
『
そして通常の尋問ないしは取り調べの暇がないと判断されうるに足る事例であること。
敵に武装解除の兆候が見られず、再三の警告にも応じず、機体との接続解除及び機体内からの脱出を実施及びその意思も見せないこと。
他――いくつかの要件には該当している。
無令状逮捕の如く、法的には許可がされている。あまり褒められたことではないと思うし、人道的な見地から――法的な範囲のそれを超えた善の見地からは、自分としては否定したいものだ。
だが、適法だ。
そしてそんな自分がどうしても抱いてしまう忌避すべきではという所感と、一歩間違えば失われるであろう民間人の人命及び彼らが感じる苦痛――それを防ぐための任務とその意義については何ら関わりがないものだ。
「確かに俺も思うところはある……だが俺は、任務においては公私の別をつけることにしている」
フィーカにそう告げ、改めて敵機へと通信を行う。
眼の前に浮かんだホログラムコンソールと、機体の接触を通した敵機へのリンク状況。また、軍用クラウドリンクを通じた尋問プログラムの実行コマンド。
現場での恣意的な運用と成立要件の歪めた適用により人道が踏み躙られないように、そのモニタリングと観察を行うプログラムも正常に作動している。
思えば、元はと言えば――……このようなプログラムの土台を作ったのはリーゼだったか。
敵機へのクラッキングを通じた機体のシステム暴走を利用した内部破壊及び
再度、改めて敵機へと通信を行う。
「案ずるな。貴官らは決して死なせない。死なせてなどやらないし、狂うこともない。現時点では、医学的に安全性も確認されている。……――尋問プログラム【
同時に、痙攣するように敵機がその身を震わせ、その光学センサーが激しく明滅する。
それらを利用した尋問手段だった。
射精を超えるほどの多幸感と極限的な飢餓に等しい虚脱感を交互に味わわせて、或いは溺死や焼死を再現するような苦痛により、その大脳の皮質の判断能力を低下させるという電子的な自白剤。
「規定に従い、所定の時間を空けてから再度実施する。その範囲において後遺症は残らないそうだ。……案ずるな。通常の尋問よりも、統計的には遥かに安全であると言える」
呼びかけたが、言葉は返らない。
屈強な男たちが野太い嬌声をあげるという地獄。
狂ったように頭部を振り付ける敵機を眺めつつ、速やかに情報を吐くことを願いながら――現時点で想定しうる敵の作戦企図は何かと、考えていた。
◇ ◆ ◇
――時刻、一三:四七。
洋上を航行する
到着が、あまりにも遅すぎる。
聴く限りではエンジンに不調はなく、むしろ、意図してその速度の制限を行っているかとさえ思えた。
だから、であろうか。
敵を騙すにはまず味方から――というあまりに黴が生えた近代ではなんの軍事的な合理性もないばかりか、士気の低下ほか負の効果しか認められない愚者の理屈を信奉する艦長へと、改めて問いただす。
そうしていたときだった。
「……ある民間軍事会社から、情報がもたらされたのだよ。あの
「んで、それがどうかしたんですかね」
「判らないかね? そうして残党が市街地にて破壊を行った後に駆け付ければ、我々は彼らの救世主となろう。そうすれば、情報も集めやすくなるというものだ。これが戦略と言うのだよ」
ジャマナー・リンクランクの言葉を聞きながら、ヘイゼルは呆れを顔に出さないようにする努力に集中していた。
本当に図抜けた、救いようのない馬鹿だ。この男は。
そも自分たちの任務からして、【
彼の作戦に従えば、それがもたらす仮定と結果はこうなる――正直に通報してくるほど『こちらへ協力的な相手』に対して通報を活かせずに都市部の破壊を未然に防げないという結果をもたらすか、それとも虚偽或いは作戦上で『こちらを嵌めようとしている相手』へ無意味な好感度稼ぎをするか。
(好感度稼ぐにも、事前に止めなきゃ意味ねえだろうが。……なんでこんな馬鹿が佐官やってるんだ?)
こんな地位に来るまで誰か止めなかったのか、という呆れと諦め。
やろうと思えば流れ弾を装って殺すこともできるし、今までも数度と実行したことはあるが――果たしてそこまでやったものかな、と得意顔で演説するジャマナーを冷めた目で見ていた。
ヘイゼル・ホーリーホックは、
マーガレット・ワイズマンから与えられた命題へ、彼が用意した
「【
ジャマナーの嘲るような顔を見ながら、ヘイゼルは内心でまた溜め息を漏らした。
傭兵こそ金を目当てとするが故に信用を第一としているのだが、どうも、そんなことすら知らないらしい。
どうしてここまでの馬鹿が増長することになったのか……この軍隊も、そもこの世界も狂っているとしか思えない。
(……ま、今更か。なんにしても、お兄さんはお兄さんでやることは変わらねえ)
必要なら、更にその上から処分命令が下るだろう。
そうなったら、撃てばいいだけ。幸いなのは良心の呵責も懐きそうにない相手だということだけだった。
そして、もう一つ憂鬱なのが――……
「ヘイ――……ゼル――……ヘイ、ゼル――……」
「……お兄さんの名前はインターホンじゃないんですけどねえ。なんだよ、フィアーの坊っちゃん? いや、嬢ちゃんか?」
「フィアーは、フィアー……でも、フィア。フィアーじゃなくて、フィア――……」
「……あー、ハイハイ。悪かったって」
艦長室を後にすれば、そのドアの前にて佇むフィア・ムラマサだ。
まるで刷り込みでも行われたヒヨコのように、何かにつけてヘイゼルのあとをついて回っている。かと思えばどこかにいなくなったりと、心配事は耐えない。
特に先程話してからというもの、その付き纏いは酷くなった気がする。どちらかと言えば以前は、ヘイゼルが追っていた筈だ。
艦内の廊下を進むときも、とてとてとついてくる。
それを眺めて揶揄しようとした【フィッチャーの鳥】の兵士を、一瞥で黙らせた。
あの惨劇以後、イカれた倫理観と自負心と自尊心を拗らせてしまった彼らとは会話する気も起きない。
もう諌める気もなかった。必要なタイミングが来たら、全員、ただ処分するだけになる。それまで精々楽しく暮らしてくれればそれでいい。好きにしたらいい。
その憤懣をせめて煙で吐き出すか――……と思えば、後ろから袖を引かれた。
ピンクダイヤモンドの様な瞳の大半をその黒髪に隠したフィアは、やはりボンヤリとしていてあまり覇気が見られない。
「来る。そこから」
「あん?」
「来る――……そこから。うみの、そこから」
フィアのその言葉にヘイゼルは僅かに目を見開き、それから、ガリガリと後頭部を掻いた。
「……あの無能とまた話さにゃいけねえのか。ったく、冗談キツいぜ」
「……」
「お前さんに怒ってる訳じゃねえんだよ、フィア。……いい子だ。その分、ちゃんと活かしてやる」
雑にくしゃくしゃとその黒髪を撫でて、廊下を引き返す。
結局の所、敵の市街地における反乱は陽動なのだろう。本命を別に用意していたというわけだ。先に降伏した
おそらくはアーセナル・コマンドに対しての一方的な有利を持ち、そして、
覚えがある。当然、沈めた覚えだが。
そして、更に艦内に伝えられた放送。
現地の【フィッチャーの鳥】――ハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉からもたらされたという情報を前に、
「マスドライバー、か。……お兄さんが空で動いてるモンを墜とすのは得意だって知ってるよなぁ、弾バカ」
ヘイゼル・ホーリーホックは、複数の感情が入り混じったような笑みを浮かべた。
かの【
そして【
そのどちらをも潰すのは、まさしく
その後ろでフィアは、彼から渡された飴玉を口に含みながら、ボンヤリとその背を眺めていた。
◇ ◆ ◇
人が本当に死ぬときとは、いつだろう。
誰からも忘れられたときだろうか。
銃を突きつけられつつ、笑いものにされながら、踏み躙られながら、それでも相手へ慈悲の懇願をさせられたときだろうか。
それとも、帰還した自国で後ろ指をさされながら生きるときだろうか。
そのどれでもない――と、彼女は思う。
自分の中の一部が決定的に失われてしまうとき。
自分と共にあった怒りが喪失してしまうとき。
それが、人が本当に死ぬときだ。
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